風とともに

「さぁ、旅に出よう!!」


それが彼の口癖だった。


その言葉とともに世界地図を開く。


私の隣の席に座る彼は転入生だった。


「昨日は北欧の真ん中まで来たね」


「フィンランドから」


彼はフィンランドで出会った人の話をする。


ご飯、環境、その他にもたくさん話す。


最近転校してきた彼は世界を回っていた。


「フィンランドといえばサルミアッキ」


昼休みになると決まって講釈を始める。


私は彼の話を聞くのが楽しみだった。


十七歳の彼が話した国は今まで三十二ヶ国。


まだまだ話は尽きなさそう。


私は彼の話を全て信じているわけではない。


きっと半分くらいデタラメだ。


観光パンフレット集めが趣味とかそういう。


「君はどこかいったことないの?」


彼は出し抜けにそう聞いた。


「私? 私はどこにも」


「じゃあ行きたいところは?」


私は黙ってしまった。


彼の転校が決まったのは次の日だった。


「どうして教えてくれなかったの?」


彼はやさしく微笑んだ。


「今日決めたんだ」


今にも行ってしまいそうな彼。


私は意を決して、彼に言葉をかけた。


「私、月に行きたいの」


「月?」


「誰に言っても笑われた。でも私は本気」


彼はにこやかに頷いた。


「じゃあ、今度は月で会おう」





十年後、私は念願の宇宙飛行士になった。


ミッションは月面の生育環境の確認。


私は月面にその一歩を踏み出した。


目の前に広がるのは、どこまでも広がる無。


淡い期待が、胸の中で泡になって弾けた。


いるわけないか。そう思った矢先。


私の足元には、一冊の地図帳が落ちていた。



〈完〉

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