今日の難易度はイージー推奨!!
ちびまるフォイ
あとは寿命を費やすだけの日々
朝起きたとき、視界には三択が表示されていた。
「イージー」「ノーマル」「ハード」
疲れているのかと目をこすっても見えるし。
目を閉じてもまぶたの裏に白地で表示されている。
そっと「イージー」に触れてみるとボタンが反応して三択が消えた。
「なんだったんだ、今の……」
慌てて学校へと急いだ。
なにせ今日は1時間目から漢字の小テスト。
前日に勉強していない俺はテスト開始までの5分間が生命線。
「テストはじめ!」
テスト用紙をひっくり返すと、見たことしか無い問題に驚いた。
張っていたヤマが的中しすぎて進研ゼミからヘッドハンティングされるレベル。
「おおお! めっちゃ簡単じゃん!!」
その後の採点でもまさかの満点を取り、
「ガチで勉強してないのに満点」という天才レッテルを欲しいままにした。
その日の放課後。
「佐藤くん……ちょっと話があるんだけど……」
と、以前から気になっていた女子に声をかけられ――(割愛)
気がつけばデートの約束までこぎつけてしまった。
「なんて最高の日だ!!」
学生生活始まって以来のハッピーデーにはしゃぎまわった。
信号は常に青色だし、電車では常に席が開くし、買い物は運よく特売日。
何をしても失敗知らずで、簡単になっていた。
「まさか、今朝の選択のせいか! 人生イージーモードに切り替わったんだ!」
喜んだ翌日、目を覚ますと、今度は二択だった。
「ノーマル」
「ハード」
「……え、イージーは?」
人生イージーモードなどではなく、昨日だけイージーモードでした。
ノーマルを選択すると、ハードが消えてしまった。
その日はごく普通の日常だった。
勉強していなかった英語のテストでは見事に惨敗。
できたての彼女とイチャつけるかと思えば、そんなこともなく。
良いことも、悪いこともプラスマイナスゼロで精算されるような日々。
「……あれ、もしかして、明日ヤバくないか」
今日はノーマルに乗り切った自分だったが、翌日を迎えるのが怖くなった。
寝なければ良いんじゃないかと日付が変わるまで起きていたが、
そんなことは無駄なあがきだと00:00に気付かされた。
最小化されていた難易度選択が視界の中央に表示される。
「ハード」
「うわぁ……これしか無いじゃん……」
それでも気をつけていればハードな状況も防げるだろうと、
ハードを選択して布団についた。
「ね、寝れない……」
のっけからハードな状況を持ち込まれてしまった。
結局、一睡もできず疲れも取れないまま学校に行った。
今日に限って弁当を忘れ、今日に限って売店が売り切れで、
今日に限ってコンビニが隕石直撃で消滅していた。
「うそだろ……こんなに徹底してるのかよ……」
体育の授業は今日に限ってSASUKEを取り入れたハードプログラム。
反り立つ壁で背中を強打して保健室に運ばれた。
「は、ハードすぎる……」
以降も不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまいそうな出来事の連続でたまらず早退した。
家に帰ってからも親からの執拗な質問攻めに合い、精神を病みそうになる。
その翌日、目を覚ますと、3択が表示されていた。
「イージー」「ノーマル」「ハード」
「おおお! 選択肢使い切ると復活するのか!」
過去の栄華にすがるようにイージーを選択しそうになる手を止めた。
「……待てよ。イージーは今日使って良いのだろうか」
冷静な自分を取り戻してカレンダーの前に立つ。
今日はとくにイベントごとはない。明日は女子と合同の体育がある。
イージーを使うなら体育だろう。そこで英雄になれる。
普通な日常はノーマルやハードで乗り切るのが正解だ。
「よし、今日はノーマルだ」
毎日3択を選んでいくから、3日ごとにリセットされる。
自分にとってのビッグイベントは控えているデートの日。
この日にイージーをぶつけられるように調節しなければならない。
また翌日に選択肢2択が表示された。
「イージー」
「ハード」
「明日はデートだから、イージーは温存しておかなくちゃな」
迷わずハードを選んだ。
そして、今日は明日のデートに備える必要があった。
髪を整え、服を準備し、デートのルートを確認し、
途中出てくる不良とのやり取りをリハーサルしておく。
唯一忘れていたのは、今日の難易度がハードだということだった。
最初の工程である美容室で事件は起きた。
「髪型、こちらでよろしかったでしょうか」
「なんでこんな前髪パッツンなんだよ!?」
「手が……この手に乗り移った悪しき魂がそうさせたんです」
今日はハードの日だった。
何をやっても上手くいかないし、上手くいくためのハードルも高い。
このままじゃ、この先控えている、服の購入やルート確認も難航が必至。
下手をすれば再起不能なケガをしてしまう恐れもある。
「ま、まぁ、使い切ったら、どうせ明日リセットされるよな」
最小化されていた難易度選択を引き出し、最後の1択「イージー」に切り替えた。
その後の工程は順調に進めることができた。
真っ黒でベルトだらけの超絶かっこいい服がワゴンセールされてたし、
ルート確認も運良くレッドカーペットが敷かれて迷うこともなかった。
「よし、これで完璧だ。明日が楽しみだ!」
その日の夜も寝付きが驚くほどよく、快眠を貪って明日を迎えた。
「さて、今日の難易度はっと。もちろんイージーだな」
目を覚まして、日課になっている難易度選択をしようとすると
今度の選択肢は1つしかなかった。
「ナイトメア」
「え゛っ……」
字体もコレまでの普通のフォントではなく、おどろおどろしい形になっている。
確実にヤバそうな難易度。しかしコレ以外の難易度はない。
「どうしよう……これを選択するしか無いのか……」
いや、そんなことはない。
こんな見るからに危険な橋を渡るくらいならむしろ選ばない。
俺は目の前に選択肢が見えながらも、そのまま今日を乗り切ることにした。
「ごめん、待った?」
「いいや、いま来たところだよ」
昨日、練習したての台詞で軽やかに答えた。
彼女は俺のつま先から頭までの完全コーディネートを見ていた。
「……その服は?」
「普段着さ」
「毎日、そんな真っ黒でベルトとチャックだらけの服と
凶器みたいに尖った靴を履いて、右手に包帯巻いてるの?」
気まずい空気が流れた。
俺の中で構築していたプランがすでに崩れ始めている気がする。
その後も、第一印象が足を引っ張ったのか、彼女は距離をおいて接していた。
冷や汗が流れ、心臓は早鐘のようになっていた。
(まずいぞ……これは非常にまずい……)
今日の難易度を選択しなかったばっかりにこんな悪い日になっているのか。
しかし、残された選択肢は「ナイトメア」のみ。
「あーーもう! どうせこのままじゃ失敗するに決まってる!
だったらこの選択肢を選んでやるーー!!」
ナイトメアを選択した。
・
・
・
目を覚ますと、布団だった。
「……夢オチ?」
布団から這い出してケータイの電源をつける。
ディスプレイに表示されていたのは1日前の日付。
「はぁ……良かったぁ。ナイトメアってそういうことか。
すべてを悪夢として片付けるって意味だったのかぁ」
名前や字体的にハードを超える恐ろしい難易度かと怯えていたが、
すべてをリセットして1日前に戻れる素敵ツールだった。
「全部ただの悪夢だったんだ。今度はミスしないようにしないとな」
いつものように今日の難易度選択を表示した。
そして、3択が表示された。
--------------
「ナイトメア」
「ナイトメア」
「ナイトメア」
※選択しない場合は「ナイトメア」になります。
--------------
「あ、悪夢だ……」
その日を最後に明日を迎えることはなくなった。
今日の難易度はイージー推奨!! ちびまるフォイ @firestorage
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