第32話 番外編 ④ 『輪廻転生』

 我が名は山井出やまいで 鈴音すずね……。


 我こそは神の生まれ変わりで、世界をべし者……。


 いや、我はもはや神と同等の存在……っ!


「――――」


 というワケでもないのに……何故だか、今――。


 私は二人の母親から同時に土下座され、まるで崇拝でもされているような状態になっていた。


「あ、あの~……お母さん? 何してるの?」


「………」


 明らかに聞こえているハズなのに、返ってくるのは無言。


「か、勝希お母さんまで~、一体どうしちゃったの!?」


「――え? 私!? 私は~……何か、流れで?」


「な! 何なのそれ~!? そもそもどうしてこんな状態になってるの!?」


「わ、私はさっき普通に――」


「『今日の夕飯、私が作ってあげようか?』 って、そう言っただけじゃないっ!」


「お願いします。 ヤメテください」


 顔を伏せたままの――千夏がそうつぶやいた。


「――な! ちょっ! やっぱりソレが原因なの!? ひっどーいっ!!」


「ねっ! 勝希お母さんっ!」


「―――っ」


 言われて目が合った瞬間、バッと再び顔を伏せてしまう勝希。


「~~~~っ!」


「な、夏希っ!? 夏希ちゃんはどう思うっ!?」


 いつも優しく、何があっても私の味方をしてくれる夏希ちゃん。


 その夏希ならば――と、そちらの方に視線を向ける、も――。


「………」


「――――」


 わずかに続いた沈黙の後――チラッと、その視線を逸らされてしまった。


「~~~~っ!!」


 それを見た鈴音は両頬をフグのようにプク~ッと膨らませると――。


「も、もういいっ! 誰に何て言われようと、私作るから――んぎゃっ!」


「かっきちゃんっ! リンちゃんは私が抑えてるから、かっきちゃんはその間に料理をっ!」


「んなっ! ――ちょっ! 離してよ、お母さん! っていうか、私のことリンちゃんて呼ばないでっ!」


「え~っ、昔のリンちゃんはお母さまお母さまって言って、私のそばから離れなかったのに~っ」


「そ、そんなの嘘っ! 私そんなの覚えてないしっ!」


「私は料理がしたいの~っ!! お願い~~~っ!!!」


「――――」


「――――」


 結局……あれから家での料理を禁止されてしまった私は、ここの料理教室で料理を基礎から学ぶようにと、そう言われてしまった。


「――――」


 そして、こうして私がいま作っているのは家庭料理の基礎、肉じゃがだった。


 確かに……これまでの私は食べる専門で、料理なんてほとんどしたことがない。


 けど、これまで料理してる両親の姿を横で何度も見てきた経験もあるし、それだったら絶対に大丈夫だろうと、先生の話もそこそこにすぐに調理を開始させていた私だった。


「――――」


 そして、見た目は多少いびつながらも、初めて私が一から調理した料理――肉じゃがが完成した。


 こうして完成させた後はどうすればいいのだろうと、私がしばらく固まっていたところで――。


「――鈴音?」


 と、いきなり普通に声を掛けられた。


「――――」


「――――」


 高校時代……クラスは別だったけど、私には親友と呼べる友達がいた……。


 名前は天西あまにし 鈴音すずね


 勉強もスポーツも苦手だった彼女は、ずっごくヘタな料理が大好きで――その想いだけは誰にも負けない。


 そんな、どこにでもいる普通――とはちょっと言えない、そんな子だった。


 その鈴音が、ある日を境にますます普通じゃなくなったかと思うと――。


 学校で起きた襲撃事件の後、そのまま行方不明となった……。


 そして、あれから二十年近く経った今も、鈴音は変わらずに行方不明のまま……。


 それは……とても寂しくはあるけど、決して悲しくはない。


 あの子だったら、きっと世界のどこにいても変わらずにあのままなのだろうと、何故か不思議とそう思えている自分がいるから……。


 鈴音は居ないながらも――時間だけは変わることなく流れ続ける……。


 私は学生時代の頃から、将来は絶対にスポーツにかかわる仕事に就きたいと、そう考えていた。


 幸いにも、私にはスポーツの才能があった。


 運動が盛んだった高校の陸上でも優秀な成績を収め、人に何かを教えるのだって得意で、好きだった。


 そう思った私はスポーツを教えるインストラクターになりたいと考え、専門の大学にも入学した。


 そうして……今――。


 私は、調理師免許と栄養士の資格を取得し、この教室でこうして生徒達に料理を教えている。


「………」


 私自身……どうしてこうなったのかよくわかっていない。


 ただ、あの子――鈴音が……あんなに楽しく、一生懸命にやっていた料理に何故だか無性に興味が湧き、妙にきつけられてしまった。


 おそらく、それが一番の理由だったのだろうと思う……。


「………」


 あの頃から……私の胸の内で湧き続けているこの感情の正体は一体何なんだろうと、ずっと自問し続けている気がする……。


 そして、わからないながらも、本能は別――。


 普通に街を歩いていても、こうして仕事をしていても、どこか必ず目で追い――探してしまっている……そんな自分がいることにふと気付く。


 今だってそう……。


 自然と……今もこうしてここに集まっている生徒全員の顔へ、順番に視線が移っていき――。


「――鈴音?」


「――――」


「――――」


「はい」


 思わずとっさに声を掛けてしまった、ここの料理教室の先生――長壁おさかべ 美樹みき。 それに対して普通の返事を返した鈴音。


「あっ! この教室の先生ですよねっ。 よかったらコレ、味見してみてくださいっ」


 言われた側の鈴音は特に何かを気に掛ける様子も見せず、さっき完成させた肉じゃがの入った小さなお椀を美樹の方へ――。


「……え? う、うん……」


 それとは対照的に美樹は困惑させて表情を硬くさせた状態のまま、目の前に差し出された肉じゃがをそのまま口にする。


「―――っ」


「~~~~っ!」


 とっさに横を向いてしまった美樹がその直後、プルプルと身体を細かく震わせる。


「――? 先生?」


 それを見た鈴音が少しだけ首をかしげ、先生の様子を気に掛ける。


 その間、美樹は――。


「~~~~っ!!!」


 いまだに細かな身体の震えは収まっておらず、目尻に涙を浮かべさせながら口元を押さえていて――。


「――ふふっ、マズイねっ」


 と、本当に可笑しそうな笑顔でそう言い、鈴音と向かい合った。


「~~~~っ!!!」


 それを聞いた鈴音は、まるで風船のようにプク~ッと両頬を膨らませ――。


「わ! わかってますよっ、そんなことっ! だ、だからここに来てるんじゃないですかっ!」


 プリプリとそう怒りながら叫び、自身の中にある感情をあらわにさせた。


「――――」


 それを聞いた美樹はキョトンとなって目を見開くと――。


「――プッ、アハハッ!! ゴ、ゴメンッ! そうだよね……プッ、アハハハッ!!!」


 本当にこらえ切れないといった感じでそのまま笑い出してしまった美樹。


「――~~~~っ!!!」


 それを見た鈴音はますます顔を膨らませ、怒りでその顔を紅潮こうちょうさせ――。


「な、何なんですか、一体!? そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかっ!」


 目の前の美樹のことが許せず、そう叫ぶも――。


「――プッ、アハハッ! ゴ、ゴメンッ!!」


 笑っている美樹を、さらに笑わせてしまう結果につながってしまうだけだった。


 それを見た鈴音は――。


『い、一体、何なの!? この人っ! ものすっごく失礼~っ!!』


『こ、この人~っ! いつか絶対に美味しいって言わせてみせてやる~っ!!』


 と、心の内でそんな決意を新たに胸にいだき、燃え上がらせていた。


 そんなワケもあって――。


「あの――」


「ふぅ~、え?」


「あ、あの……っ。 あ、あなた――お名前は何て言うんですか?」


 と、鈴音の方からそう質問していた。


「――――」


 それを聞いた美樹は再びキョトンとなったかと思うと、そこから少しだけジト目になり――。


「――ねぇ、私の名前~……教えてもいいケド、次の日の朝起きたら、いきなりド忘れしたりしない? ――フフッ」


 そう意地悪く言った後で、また小さく笑い出してしまった。


「~~~~っ!!!」


 それを聞いた鈴音はまた顔を熱くさせ――。


「わ! 忘れませんよっ! 私を一体何だと思ってるんですかっ!!」


「――――」


 そう叫んだ鈴音を見た美樹は、それで少しだけ微笑んだように見えた後、ずっと中腰状態だった上体を起こし――。


「私の名前は長壁おさかべ 美樹みき。 ちゃんと覚えておいてね」


 と、鈴音のすぐ後ろの壁に軽く手を押し当てながら、まっすぐに視線を合わせて自己紹介した。


「~~~~っ!!!」


 そんな言動を間近で見た鈴音は、これまでの怒りとは違う感情で顔を熱くさせ――。


『長壁 美樹……長壁 美樹……』


 小声で何度も、今の名前を決して忘れぬよう、そのままつぶやき続けていた。




『神の巫女を殺めた者には絶大なる幸福が訪れる』


 そんな――呪いとも呼べるむべき力……。


 それが今では呪いではなく『光』となって、鈴音の胸の内を明るく照らし続けていた……。




― 完 ―

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山井出 千夏の見た世界 シャイン・シュガー @shine-sugar

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