第31話 番外編 ③ 『ファミレス』

 この糸には、他人を操る不思議な力がある……?


 いつの間にか、気付いた時には私の目の前に見えていた、この糸。


 そして、おそらくその糸が原因と思われることで起きた、周囲の様々な現象……。


 他人を操る糸、か……。


 そう思いながら、こうして糸の出ている指先を見つめ――。


「――――」


 その視線の先にいた風子と普通に目が合った。


 そして、その風子が不意にニコリと微笑み――。


「山井出さ~ん、さっきの映画、よかったよね~っ」


 と、嬉しそうに話しながら手にしているメニューに視線を向ける。


 ――そう。 私と風子はついさっきまで一緒に映画を観ていて、ここはその帰りに寄ったファミレス。


 さちは以前……私のことを親友だと言ってくれて、私もそう思ってる。


 そして、目の前にいる風子は――。


「………」


 私の方からは決して言わないし、今後も絶対に言うつもりもないけど――。


 さちと同じぐらい大切な友達で親友って……そう思ってる。


 ――うん……。


 風子は私にとっての大切な親友……。


 だから~……――いいよね?


 と、自分の心の中で、どこか言い訳めいたことをつぶやきながら、クククッとした声がわずかに漏れ出てしまった。


「山井出さん、決まった~? 店員さん呼ぶねー」


『――――』


 卓上にあった呼び出しボタンを押し、そのすぐ後から現れた女性店員さん。


 とりあえず私はコーヒーのみを注文し、風子もコーヒーとそれ以外の何かを注文していた。


「――――」


 こうして伸びた糸の先は、風子につながっている状態のまま――。


 風子も、そのすぐ近くにいる店員さんも、それに気付いている様子がまるでない。


 そして、そんな二人を見ながら、私は――。


「ご注文は以上でよろしかったでしょうかー」


 まずは軽くジャブ……。


「―――っ」


「――あ、はい。 それともうひとつ。 ちょっと私のおっぱい揉んでもらっていいですか~?」


「――……はい?」


 ――解除。


「え!? ――あっ! す、すいません、冗談です……」


「そ、そうでしたか~……。 で、では、少々お待ち下さ~い……」


「は、は~い……」


「………」


 今のやり取り……。


 やっぱり私の思考が直接風子に作用し、あんなことを言わせることができた……?


 ――あ~。 でも普段の風子の様子を考えたら、あんな会話だってたまにに言いかねないから、今のがただの偶然ってこともありえるかも~……。


 だったら――。


「――――」


「ゴ、ゴメンね~、山井出さ~ん……私ってば、何か急に変なコト言っちゃって~……」


 先にきたコーヒーに互いに口をつけながら、風子がそんなことをつぶやく。


「――ううん、別に……。 あんなの、風子にとってはいつものことでしょ?」


「え? ちょっと待って? 山井出さんから見た私のイメージって、そんななの? その話、もう少し詳しく――」


「――――」


「………」


 風子が何か言っているようだけど、私はコーヒーを口にしたまま――これからのことについて意識を向ける。


 さっきのじゃ弱い……。 まだ確定とは言えない……。


 もっと……通常じゃありえない……何か、別の――。


「――――」


 と、私がそんなことを考えていたところに風子の注文したケーキを持ってきた店員さんが近づいて来るのが視界に入った。


 よし、ちょうどいい……今度こそ、決定的な――。


「お待たせいたしました~。 こちら――」


 そう言いながら、店員さんが手にしたチーズケーキをテーブルに置こうとしたところで――。


「い、一番! 多田野 風子! 見桜けんおう女子高等学院校歌独唱しますっ! お聞きくださいっ!!」


「――へぇっ!?」


『我らが母校~♪ 剣と拳を握り~っ♪』


「――え!? え!?」 (な、何!? この人っ、コーヒーで酔っぱらってる!?)


 風子がいきなり大声で校歌を熱唱した瞬間、身をのけぞらせて驚愕きょうがくした店員さん。


 ん~……でもなぁ……。


 あの風子だったら、いきなりこんなことやっても別におかしくないから、これがただの偶然ってことも~……。


 そう思った私は、次に――。


「に、二番っ! 多田野 風子! テーブルの上でエア平泳ぎやりますっ!!」


「――お、お客様ぁっ!? あ、あのっ!!」


 そう言った瞬間、本当に宣言通りテーブルの上でエア平泳ぎを始めた風子。


 当然、テーブルの上に置いてあった二つのコーヒーは私が両手に持ち、事前に回収済みだった。


「ぷはっ! ぷはっ!」


 風子が必死になって息継ぎし、手足を動かし続ける。


「あ! あの~!? お客様!? 他のお客様のご迷惑に~ってレベルじゃないので、もう少し――」


「ターンッ!!」


 そう叫んだ瞬間、席のついたてをキックして再び平泳ぎ。


「おっ!! お客様っ!?」


 その際、パンツが完全に見えてしまっている風子の下半身を、すごく慌てながらも必死に隠そうとしてくれてる優しい店員さん。


 んぅ~……でもなぁ……。


 あの風子だったら、いきなりこんなことやっても別におかしくないから、これがただの偶然ってことも~……。


 ん~~、他に……風子が絶対にやらないことっていったら、後は~……。


 そう、例えば~……風子のすぐ横に立ってる店員さんをポールに見立てて、そのままポールダンスのストリップショーを~……――。


「――って! 山井出さんの中の私ってどれだけっ!?」


「……え? あれ? 私……今、何か……」


「お! お客様っ!?」


 いきなり店員さんの肩に普通に手を置き、その直後に叫び出した風子。 そんな風子の言動を目の当たりにしながら、さらに慌てふためく店員さん。


「――――」


「………」


 そのまま……そんな二人を見ている間にも私は考え続け……そして、とうとう本当の答えにたどり着いた。


「―――っ」


 もうこれで何度目かになるこの糸の力を使い、最後に風子に行動させたモノ、それは――。


「あ、あの……や、山井出さん……」


「わ、私……ずっと好きでしたっ。 私と付き合ってくださいっ!」


 そう叫んだ風子が顔を赤面させ、私に向かって頭を下げてきた。


「――――」


 それを聞いた瞬間――スッと、自分の心が驚くほど冷静になっていくのを自覚させられた。


「………」


 これは、違う……。 ――と、単純にそう思った。


 風子はいつも変なことや冗談を言い、それで相手を困らせたりすることが本当によくある、けど――。


 こんな――人の心に直接踏み入るような冗談だけは決して言わない……。


 それだけは……確信を持って、そう言い切ることができた。


 それは、つまり――この糸の力は間違いなく本物だと、今のこの結果でそれがついに証明されたことを意味していた。


 これでようやく結論が出た――と。


「――――」


 それで安心したからか、何なのか――途端にお腹が空いてきてしまった。


 と、そんなことを考えていた時――。


「あ、あの~……」


 聞こえてきたのは風子の声。


「や、山井出さん……? そ、それで~……答え、は?」


「? ……答え?」


 言われた言葉の意味が理解できず、キョトンと首をかしげる。


「う、うん……。 な、何かさ~私、山井出さんのこと、好き? だったみたいで~……」


「だ、だから、それでいきなり告白しちゃって~……。 その答え、って……」


 そこまで言われてようやく話の内容を理解し、すぐさま返答。


「私、好きな人がいるのでゴメンなさい」


 そう言ってペコリと頭を下げ、それから――。


「あ、店員さん。 私、このマカロニグラタンを――」


「『MA! KA! RO! NI!』とかじゃなくっ!! 興味っ!! お願いだから山井出さんっ!! 私にもっと興味持ってーーっ!!!」


「お、お客様ーーーっ!!?」


 この力があれば……私は、お姉ちゃんと……。


 何だかよりいっそう騒がしなっていく店内の中、私は――ぐへへっ、となって、よこしまな笑みを浮かべ続けていたのだった……。

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