第30話 番外編 ② 『姉妹コイン』

 ここは……私とかっきちゃんがローンを組んで一戸建てを建てた際、ついでとばかりに一緒に建てた自宅の剣道場。


 その中で私達は、いつものように防具を着けずに竹刀で打ち合う――あの『真剣ごっこ』をしていた。


 そしてこれは、世界大会決勝で私がかっきちゃんに『負けた』後、初の打ち合いだった。


 そう……かっきちゃんの、あの『手当て』……。


 後にその現象を厳密に検証してみた結果、それの持つ凶悪なまでのトンデモ性能が確認された。


 かっきちゃんの『手当て』は、触れた対象の『状態の良くないところ』を治す。


 ――例えば、眠くてどうしようもない状態を『手当て』した場合、その眠気が解消される。


 ――例えば、お腹が空いてどうしようもない状態を『手当て』した場合、その空腹が解消される。


 ――例えば、水中で呼吸ができなくてどうしようもない状態を『手当て』した場合、その息苦しさが解消される。


 ……そして、魔力不足でどうしようもない状態を『手当て』した場合、その魔力不足が解消される。


 それはまるで、無から有を生み出しているかのような永久機関……。


 かっきちゃんに補填された魔力は一体どこからやってきて、どんな仕組みで回復したのか……そこまではわからない、けど……。


 その魔力回復によって、私は確実に追い詰められていった。


 続く戦いの中――私の方だって負けじと、見よう見まねでかっきちゃんの『手当て』を再現させ、多少なりとも自身の魔力を回復させてみたりもできたけど、それでもかっきちゃんの『手当て』の精度には到底およばず……。


 そのまま……私は決定的な有効打を何度か与えながらも、そこから気持ち的にどうしても一気に押し切る覚悟が持てず、ついに――。


「――――」


「ま……まいりました、降参……私の負け……。 ホント、強くなったね……かっきちゃん……」


「――っていうか……もう、寝かせ……て……」


「――――」


 戦い続けた三日目の朝、そう言って敗北宣言した私はかっきちゃんの腕の中でそのまま意識を失ってしまい、そこから丸一日眠り続けた……。


 それから目を覚ました後、勝者の特権として聞かされたかっきちゃんの秘密の告白だったけど、その内容についてはおおむね私の予想通りだった。


 ――それは、人の感情を操作できる糸の力についての話だった。


 そして、その糸の力を使い、私の感情を無理やり操作していたということも……。


 けど、そもそも最初から私にその力は通じていなかったのだから、そのことでかっきちゃんが罪悪感を感じてしまっている……そっちの方がよっぽど問題だった。


 そんな理由もあって、かっきちゃんの話を聞いた後、私の方からも糸の力の秘密を暴露。


 私はかっきちゃんよりもずっと前から糸の力を使っていた、ということを伝えた後――。


 もし私があの戦いで勝っていたら、そのままお別れするつもりだったこともあわせて話した。


 私がそう話し終えた、次の瞬間――。


「――ぅ……」


「うわあああああああっ!!!」


 突如、いきなり泣き出してしまったかっきちゃん。


「――………~~~~っ!!!」


 そのまま大声で泣き続けながらも口元をワナワナとさせ――必死になって何かを言おうとしているようだけどまるで聞き取れない。


 それでも、ようやくして落ち着いてきて――。


「――……った!」


「私っ、ここでお姉ちゃんに勝てて! ……――本当によかったっ!!」


「――――」


 そう繰り返し何度も叫びながら、かっきちゃんは泣いていた……。


 私に勝てて、それで離れ離れにならずに済んだ。


 そのことがとても良かったと、そう叫んで泣き続けた。


 そして、そう泣きながら――同時に怒ってもいた。


 かっきちゃんは、一度しか言わないからよ~く聞いて! と、前置きした後――。


「言っておくケド! 私がお姉ちゃんのことが好きだったのは幼稚園の頃からずっとだしっ!!」


「大体にしてそもそも、お姉ちゃんが糸の力を使った時、自分が誰の姿をしてたかちゃんとわかってんの!?」


「――~~~~っ!!! ――この、バカ姉っ!!!」


 そんな内容のことを叫んだ後で、止まらずに泣き続けるかっきちゃん。


 そんなかっきちゃんの想いを受けながら、私も思わず泣けてきてしまい――。


 かっきちゃんをギュッと抱き締めながら――ゴメン、ゴメンね? と何度も耳元でささやき、その背中をポンポンと優しく叩き続けた。


「――――」


 そのまま……そうしている間に流れ続けた時間……。


「――――」


「――――」


「――グスッ……――うぅ゛~~~っ」


「お願いかっきちゃん、泣き止んで……」


「かっきちゃんがこうして泣いたままだと、私まで悲しくなって泣けてきちゃうから……だから、ね?」


「~~~~っ! ――ヤダッ!! 私から勝手に離れようとしてたお姉ちゃんのことなんて絶対に許せないっ!!」


「んぅ~……それでも、ね? 私にできることがあったら、それこそ何だってするから……だからお願い、かっきちゃんっ」


「うぅ゛~~……だ! だったら、今後一生!」


「私の目から悲しみの涙を流させないって、そう約束してっ!」


「――……え?」


「う、う~ん……」


「………」


「かっきちゃん……今のかっきちゃんの言葉……私の中で真面目に嚙み砕いて考えてみたけど、それはちょっと難しいかなぁ~……」


「……だって、一生でしょ?」


「私ってかっきちゃんよりお姉ちゃんだから、多分かっきちゃんより先に死んじゃうだろうし、もしそうなっちゃったらきっとかっきちゃん泣いちゃうでしょ?」


「……だったら死なないで」


「かっきちゃん……あのね、そんなワガママ~……――ん?」


 ……あれ? 今の私って他人を若返らせることができて、多分それは普通に自分にも使えるだろうから、まんざら不可能でも、ない?


「え? あれ?」


「――お姉ちゃんっ! 約束っ!」


「え!? ――う、うん! はいっ! ……あれ?」


「――――」


「――――」


 ……ふと、そんなことを思い返していた、今――。


「フッフッフ~♪ 私の三連勝~♪」


 こうして見下ろしているのは、私に思うがままに打ち込まれ、完全に疲れ切っているかっきちゃんの姿。


 第三者から見たら、まるで私がかっきちゃんをイジメているように見えるかもしれないけれど、あくまでこれは『真剣ごっこ』。


 今のコレは、あの決勝戦でかっきちゃんに負けてくやしかったとか、あの時の戦いの腹いせをちょっとしたかった~みたいな、そんな不純な思いからくるものでは決してない。


 これは~……――そうっ! カワイイ妹の成長を願う、優しいお姉ちゃんから愛のムチだからっ!


 ――とは言っても、この三連戦はこれから始まる本番の肩慣らしっていうか、ただの前哨戦。


 私の中にある……真なる目的は――。


「ねーねー♪ かっきちゃん、コレ見て~♪」


「――――」


 ジャラジャラ~ッと、ポケットの中からあるモノを取り出し、床でへばっているかっきちゃん目の前に、ソレを散らばらせてみせた。


 ソレを見たかっきちゃんがわずかに目を見開き、口を開く。


「……何? それ、って……――メダル? 硬貨?」


 そう言いながら、かっきちゃんが目の前の1枚のコインを手にし、その絵柄に注目する。


「――――」


 そのコインには、私の顔を少しデフォルメさせた、私の顔が描かれていて――。


「……何? お姉ちゃんってば、ついにどこかの国の貨幣にでもなった?」 (……ちょっと欲しいかも)


「そうそう♪ わかる~? 私も有名になってきたきたから、そろそろお金に顔のひとつでも~……――って、なんでやねん!」


「全くも~っ、かっきちゃんでば~っ!!」


 アハハ~と笑いながら、冗談ばかり言うかっきちゃんの背中をバシバシと叩いておく私。


「――った、痛っ。 ……だったら何なの? それ?」 (結構ワリと本気のつもりだったんだけど……)


 さっきから少し何か言いたげな様子のかっきちゃんは、そのコインをじっと見つめたままで、とても興味津々きょうみしんしんといった感じだった。


 それを見た私は満足げにほくそ笑むと――。


「モッチロン、かっきちゃんの分もあるよ~♪ ――っと」


 再びジャラジャラ~ッと、逆側のポケットから取り出したのは、先に散らばせてあった私のコインと同じ形状の――かっきちゃんの顔が描かれた10枚のコイン。


 私とかっきちゃんの顔が描かれたコインが各10枚。 合計20枚分の金色のコインが混ざり合って道場の床に散らばった。


「ホラ~ッ♪ ねっ♪」


「……いや、『ねっ♪』って言われても、これが何なの?」


「ふっふ~っ♪ 今からかっきちゃんには、私と新たなゲームをしてもらいます!」


「ゲーム……?」


「かっきちゃん♪ その手に持ってるコイン、ちょっとひっくり返してみて?」


「………?」


 言われるままにひっくり返すと、そのコインの裏側に銘記されてあったのは『30min』の英数字。


「かっきちゃんっ、王様ゲームって知ってる? それと、さっきまで私とやってた『真剣ごっこ』」


「今から私とかっきちゃんで、それを組み合わせた新たなゲームをしたいと思いま~すっ!」


「まず最初に私とかっきちゃん、それぞれが自分のコインを10枚ずつ手にするでしょ? それから『真剣ごっこ』で勝つ度に1枚、相手側のコインがもらえるの~っ♪」


「『30min』っていうのは、そのまま30分って意味で~……そのコインの時間の分だけ、相手の自由を『買う』ことのできる権利が与えられま~す♪」


「―――っ」


 ピクッとなって反応したかっきちゃんの全身。


「――ま、本当にどうしても嫌だったら断ってもいいけど、それでも限りなく強制に近い――自分の言ったことを相手に何でもきかせる、時間制限付きの絶対命令権、ってとこかな~?」


「――何、でも……」


 さっき少しだけ身体を揺らしたかっきちゃんが、今度はポツリとそう小さくつぶやく。


 そんな様子から、かっきちゃんも無事にこのゲームに興味を持ってくれた手ごたえが伝わり、思わず口角がつり上がってしまう。


「――まぁまぁ、かっきちゃん♪ 最初の内はどうしてもしょうがないよ~♪ 負けるのは授業料だと思って、それで諦めて~?」


「『真剣ごっこ』は、さっきまで私とやってて次で四回目だから、準備運動とかも特に必要ないでしょ~?」


「大丈夫~っ、かっきちゃんもその内強くなっていけば、きっと私にも勝てるようになっていくと思うから~……だから、ね? とりあえず一回やってみよ~?」


 これはカワイイ妹の成長を願う、優しいお姉ちゃんから愛のムチ~♪ そんな心の声をリズムよく口ずさみながら、互いの時間を賭けた『真剣ごっこ』を開始させた私達だった。


「――――」


 ――そして、10分後。


「――――」


「――……ろ」


「六連敗って……何?」


 そこには、道場の中央で四つん這いになって突っ伏し、身動きできなくなっている私――山井出 千夏がいた。


 ……え? ――え?


 何? 何で負けたの、私?


 私……別に手なんて抜いてないし、疲れも……身体の調子だって、特に……。


 そ、そうだ……かっきちゃんの動きが、ありえないほどまでに凄過ぎた……。 本当に、ただ単純にそれだけだった……。


「――――」


 チャリ、チャリンと、見上げた私の目の前には、私のコイン6枚を持ったまま――それを鳴らしているかっきちゃんの姿。


「………」


 言い訳なんてない。 さっきまでのかっきちゃん……ものすっごく強かったぁ……。


 それと――これまでずっと手にしていた竹刀を今は床に置いているってことは、かっきちゃんにとっての戦いはいったんここまで、かな?


 これで終わりにしろ、休憩にしろ、とりあえずいったんひと息つきたい思いは私も同じだった。


「い、いや~、お姉ちゃん負けちゃったぁ~……それにしてもかっきちゃん、やけに気合入ってたね~」


「あっ! もしかして、私に特別何かしてほしいことでもあったりする、とか~? アハハ~」


 最後にそう言って笑い、努めて明るくかっきちゃんに話し掛けた私、だったけど……。


「………」


 無言のまま……目の前のかっきちゃんが、徐々に私のもとに迫ってくる。


 今の私は床で尻餅をついてしまっている状態で、無言で距離を詰めてくるかっきちゃんの圧力に負け、ジリジリと後退させられていく。


「あ、あれ? ……かっきちゃん? 何だか、少し怖いよ?」


「そ! そういえばっ! そのコインで、かっきちゃんが私にして欲しいことって――」


「キス」


 間髪入れずに言われたかっきちゃんのひと言。


「――――」


「……え?」


「………」


 言われた後で、黙ってじ~っと瞳を覗き込まれる私。


 かっきちゃんのそんな様子から、どうやら嘘や冗談といったたぐいを言っている感じではなさそうだと、それだけは伝わってきた。


「キ、キス!? そ、そっか~っ、かっきちゃんお姉ちゃんとキスしたいんだ~、嬉しいなぁ~。 それってほっぺかな?」


「そ、それで? 私とキスした後で、その次にしてもらいたいことって?」


「………」


 変わらずに――じ~っと、私の瞳を覗き込んだまま……顔の方から近づいて迫ってくるかっきちゃん。


「――キス……キス……キス……」


「――――」


 チャリン、チャリンと、かっきちゃんのつぶやきに合わせ、私の手の中に次々と収められていく私のコイン。


「……え? あ、あれ? キスって、もしかして……ずっと? そのコイン、全部で?」


「えっと……あ、あのね? それだと3時間になっちゃうんだけど、かっきちゃんはそれで――」


「――……ねぇ、もういいの?」


「え? ――ングッ!」


「―――っ」


 言われてすぐ、私の唇をかっきちゃんの唇で唐突に塞がれた。


「――――」


 私は頭が真っ白になった状態のまま、何も考えられなくなりながら、も――。


「……ぷはっ! かっき――ンッ!」


 息継ぎした瞬間、すぐさま塞がれてしまった唇。


「……ちょっ! ――ングッ!」


 私が少しでも何か話そうと――私が動こうとするだけでも――。


「――………っ! ―――っ」


 そればかりか、私の唇が少しでも離れようとする兆しを見せるだけでもかっきちゃんの顔が押しつけられ、その勢いに負けてズルズルと後ろに後退させられていってしまう。


 そのまま、しばらくして――。


「――――」


 ゴン――と、後頭部に受ける感覚。 どうやらジリジリと後ろに押されていった結果、とうとう壁際まで追い詰められてしまったようだった。


「――――」


 その瞬間、チラッと視線を横へ走らせて確認。


 壁に掛かっていた時計……。 その針は、11時ちょうどを指していて……っ。


「――………」


 そうしている間にも、かっきちゃんとのキスは絶賛継続中、で……ヤバ……息、が……。


 今まで後ろに下がり続けていた間の中で、どうにか整えていた呼吸。


 それが頭を壁に押しつけられていることで完全に身動きが取れなくなり、口がずっと触れ合っている状態のまま。


 そのことによって、とうとう息が続かなくなってしまい――。


「っ、――………」


 かっきちゃんとキスしたまま――鼻呼吸で息をしてしまった。


「~~~~っ!」


 か、かっきちゃん、ゴメンねっ! 私の荒くなった鼻息、こそばゆくない? それが不快だったりしない!?


「――――」


 気付くと私だけじゃなく、かっきちゃんの方も鼻で呼吸していて、それを受けた私は……すごく――。


「――………っ」


 全身、が……特に、顔が熱い……。


 それはまるで熱せられているヤカン――際限なく上昇し続けていく体温と、荒くなっていく鼻息……。


 それによって鼻呼吸だけではしだいに息が保てなくなり――。


「――ぷはっ! ん……っ」


 ここがまるで水中であるかのように、いったん口で息継ぎしてからまたキスへと戻る。


 そんな――途中で息継ぎが必要になるほどの深いキスの海に……足から腰――肩へと、ゆっくり……どっぷりとかっていく……。


「――――」


 また、口が離れたその瞬間ですら顔は決して離さず、常に触れさせている状態のまま――。


 鼻の頭かおでこ、そのどちらか一方が必ず接している。


「……―――っ」


 そして、そんなキスの深さに合わせるかのような動きで、私の両手にかっきちゃんの両手が徐々に移動して重ねられていき、自然と恋人つなぎに。


「―――っ」


 そうなった途端、いきなり次の行動を起こしたかっきちゃん。


 今度は頭ではなく腕、恋人つなぎにさせていた両手までも強引に持っていかれ――。


「――――」


 ――ドンッと、私の目線付近の高さで壁に押しつけられてしまった。


「……―――っ」


 その両手と頭――三箇所を壁に押しつけられたまま……キスする水音みずおとだけが道場に響いていく……。


「………っ」


 口の感覚も……握られている両手の感覚も……流れる時間の感覚までもが曖昧あいまいとなって、まるで夢の中にいるかのような時間を味わっていた……その最中さなか――。


『――――』


 私のお腹から盛大に、すごく現実味のあるお腹の虫を鳴り響かせてしまった。


「~~~~っ!!」


 そのことによって別の意味でさらに顔を熱くさせてしまった私だったけど、かっきちゃんは別段気にした様子も見せず――。


「ね……お昼作ったげるからさ、私を台所まで連れてってよ……」


 そう耳元でささやき、私の首に両腕をまわして抱きついてきた。


「――~~~~っ」


 私の思考はかっきちゃんにキスされたその瞬間から――全く機能してない。


 そんな私が思考力ゼロのまま、かっきちゃんをお姫様だっこし――。


「――――」


 その途中でドアや壁に身体を何度もぶつけながらも、どうにかたどり着くことができた台所……。


 というのも、私の腕の中にいるかっきちゃんが気まぐれに私のほっぺを急にペロッと舐めてきたり、いきなり耳たぶを噛んできたりするもんだから、私もついそれで体勢が~……。


 と、ともかく、かっきちゃんがこれからここで料理するっていうんだったら、さっきまでしてたキスのことはいったん忘れて、私も何か料理のお手伝いを~。


「――――」


 そう思いながら普通に食材に手を伸ばそうとしたところで、私の片手がいきなりパシッとつかまれた。


「……え? あれ?」


「――……いい」


「……? いいって、何が?」


「料理は私ひとりでやるから、お姉ちゃんは私とキスだけしてて」


「っ、――………」


 その言葉を受けて心臓の鼓動が高まって動揺し、一瞬だけ言葉が出なくなった私、だったけど――。


「……かっきちゃん、さすがにそれはダメだよ……」


「料理をする時は普通に刃物を使うし……。 火――じゃなくこれはクッキングヒーターだけど、それも使うから火傷だって――」


「――大丈夫。 こんな時にケガなんて『絶対』にしないし、仮にしたとしても私は一瞬で治せる」


「だから……ねっ? お願い……」


「――ぅ……っ」


 何故だかやたらと強い自信を見せるかっきちゃんの最初の物言いと――その直後で見せた、小首をかしげながらのお願い。


 そんな強力兵器に対抗できるすべは、今の私には無く――。


「――――」


「――ん……」


 かっきちゃんが目を閉じ、唇を差し出す。 その合図を受け、今度は私の方から口を重ねる。


「……~~~~っ!!」


 コ、コレ……ッ! さっきまでとは違って、自分の方からするのって、ものすっごく恥ずかし~っ!


「………」


 そんな状態のまま、チラッと視線を下げてかっきちゃんの手元を確認。


「――――」


 かっきちゃんは目を閉じて私に上半身を預けたまま――手元のまな板を全く見ることなく、その野菜が次々とみじん切りにされていく様子が見て取れた。


 さらに、そんな間にもフライパンの上でバターが溶かされ、炒める準備までもがちゃんとされていて……。


 今のかっきちゃん……何だか色々とすごいなぁ~……。


 と、私がそうやって感心していたのもつかの間――。


「――ん……」


 再びかっきちゃんからの指示を受け、その度に私から何度も重ねていく唇。


 そして、そのまま高まっていく私の興奮に合わせるかのように、かっきちゃんの料理も順調に完成に近づいていき――。


「――――」


 そうして、見事に完成させたのは大皿いっぱいに乗せられた巨大なオムライス。


「………」


 もしかしてコレ……何かしらの、かっきちゃんからの意味のあるメッセージ?


 だって……このオムライスをじっと見てると、自然と学生寮で暴走してしまった夕飯の件がどうしても思い返されてしまうから……。


「ねっ、お姉ちゃん。 これで『大好き』って書いて? それで完成だから」


 そう言われ、いきなり手渡されてしまったケチャップ。


「……~~~~っ」


 私は言われるがまま、興奮で震えの止まらない腕をどうにか押さえつけながら、どうにかその文字をオムライスに書き上げた。


「……ヘタ」


 書き上げた直後の、かっきちゃんの第一声がそれだった。


「――でもいいや、あっちで食べよ♪」


 そう言われながらとっさに手を引かれ、片手にオムライスを持ったままリビングへ――。


「はい♪ あーん♪」


 満面の笑顔のかっきちゃんから差し出された、スプーンに乗せられたオムライス。


「――………」


 私は夢心地のまま――それを口にして咀嚼そしゃくし、飲み込む。


「~~~~っ!」


 実際問題、味なんて全くといっていいほどわからない。


 けど、その心は別――。


 かっきちゃんが『あーん♪』と言い、こうして私に食べさせてくれてる。


 その事実だけでそれは、天にも昇るような――極上の味わいだった。


 はい、次、次――と、モグモグさせている間にふと気付く。


「って! 私ばっかりじゃなく、かっきちゃんの分は!?」


「え、私? もちろん、私も食べるよ~♪ ほら――っ」


「――んぅ……っ!」


 また塞がれてしまった口……それだけじゃなく、今回は――。


「――――」


 ペロペロ、ピチャピチャ――と、今までしていた表面上だけのキスとは明らかに違う。


 今回のキスで初。 かっきちゃんの舌が、初めて私の口内にまで侵入してきた。


 それだけじゃなく……私がさっきまで口内で味わい、咀嚼そしゃくしていたオムライスが舌先で運ばれ、それが今度はかっきちゃんの口内へ――。


「――うん♪ おいし♪」


 そんな――まるで小悪魔のような表情を見せたかっきちゃんが、そう微笑んだ後――。


「――――」


 今度は手にしたスプーンで、普通にオムライスを次々と自分の口の中へと放り込んでいく。


 そしてそのまま、しばらく口の中をングングさせてたかっきちゃんが、――ん……と小さくうめいてから私と向き合い――。


「――ほぁ……」 (ホラ)


 と言い、咀嚼そしゃくされてグチャグチャになった口内を私に見せてきた。


「―――っ」


 瞬間、私は考える間もなくかっきちゃんと口を合わせてしまい、その舌先も勢いよく口内へ――。


「――~~~~っ!!」


 神様の味がした。


 その後――互いに口に含んだオムライスを交代で相手側に食べさせることで、大皿いっぱいに乗っていたオムライスがほぼ均等に二人のお腹の中へ消え――。


 それから一緒に用意していたサラダと飲み水――その氷までもを最後まで二人で分け与えて口にすることで、空腹感と喉の渇きを癒すことができた。


 それから洗い物は後でいいと言われ、その後もリビングで続いていたキスの最中さなか――。


「―――っ」


 私が途中で――あっ、となって、その動きを止めてしまう。


「………」


「か、かっきちゃん? あ、あの~……ゴメンね、私~――」


「―――っ」


 ガシッと、すぐさまつかまれてしまう手首。


「か、かっきちゃん!? 違うってばっ! 別に私、逃げようとしてるワケじゃないよ!?」


「お、お花を摘みに~……って、お願いだからわかって~っ」


「……私も行く」


「――え!?」


 あ、あれ? 一緒に、って!?


 そう言ってから手は放してくれたものの、ムスッとさせた表情のまま私の後をついてくるかっきちゃん。


「――――」


 そのまま……とうとうトイレのドアの前まで来てしまった私とかっきちゃん。


「………」


 も、もしかしてかっきちゃん、ここでずっと待ってるつもり?


「……~~~~っ」


 している時の音を聞かれるのはさすがに恥ずかしいケド、ここでこうしていもしょうがないから、私も覚悟を決め――。


 そう思いながらドアを開け、いざトイレの中へ~……――って、ちょ!?


「―――っ」


 一歩踏み出した瞬間に私の背中が軽く押され、そのままかっきちゃんと一緒にトイレの個室の中へ――。


「――――」


「――へ!? え!?」


「―――っ」


 困惑したまま――いつの間にか下を下ろされ、トイレに腰掛けてしまっている私。


 そんな下半身まる出し状態の私の上に、かっきちゃんが両足を広げ、正面から私に抱きついてきた。


 トイレ――そこに普通に下着を下ろして腰掛けてる私、そんな私に正面から対面している感じで抱きついているかっきちゃん。 ――と、そんな状態だった。


「ぁ……あのっ!」


 今の状況が全く理解できず、口をワタワタさせていた中、耳元でささやかれたかっきちゃんのひと言。


「こっちはこっちで『シテ』るから、そっちはそっちで『シテ』ていいよ?」


「――………っ」


 瞬間、言葉が出なかった。


 して、いいって……ここで!?


「か! ――ングッ!」


 私がとっさに何か言おうとする前に塞がれてしまった口。


 そんな最中さなか――。


「――――」


「……―――っ!」


 かっきちゃんがキスをしたまま――グニ、グニと、下腹部の膀胱付近を何度も押してきて、強制的に高めさせられていってしまう私の尿意。


 そして、そのままついに――。


「―――っ!」


 せめて音だけは聞かないでほしい~っ! ――と、キスされたままで、かっきちゃんの両耳をとっさに塞いだ……。


「――――」


「………」


「………」


 耐え切れないような長い沈黙が続いた中……私は無言のまま、トイレットペーパーをカラカラさせて、それを手にし――。


「―――っ」


 パシッと、その動作を途中で強制的に止めさせられてしまった。


「拭かなくたっていいよ……。 そんなトイレットペーパーなんか使わなくても、私が直接――」


 と、今まで私とキスをしていたかっきちゃんがそう言った後で身を離して床に両ヒザをつき、広げていた私の脚の間に顔を近づけた、その瞬間――。


「――ダメッ!! かっきちゃんっ!!!」


「止めて……っ。 いくらコインのルールでもそれだけは『ダメ』……お願い……っ」


「………」


「――……うん、わかった」


 私の心からの本気の拒否をちゃんと受け入れ、それに従ってくれたかっきちゃん。


 だって……こんな汚い私のを――だなんて、そんなの絶対に許せなかったから……。


 トイレに座ったままになっていたかっきちゃんが私の上に再びまたがってきて、それと同時に片手をつかまれる。


「ね、お姉ちゃん……今のお願い……ちゃんと聞いてあげたんだから、その代わりに拭かせてもらうぐらいはいいでしょ?」


 かっきちゃんにつかまれていた手――そこにはいつの間にかさっきまで私が手にしていたトイレットペーパーが握られていて――。


「え? 代わり、って……――んっ」


 私が何か言うよりも早く、とっくに動き出していたかっきちゃんの片手が、次に気付いた瞬間にはもう私の脚の間へ――。


「………っ、……―――っ!」


 ビクッとなり、せめて声だけは絶対に出してはいけないと、高ぶる感情を必死になって抑える、も――。


「――……あれ? ねぇ、お姉ちゃん。 何だかコレ、汗とも尿とも違う何か別の――ングッ!」


「――~~~~っ!!!」


 その先は言わないで~っ! と、半分涙目になっりながらかっきちゃんの口を慌ててキスで塞ぐ。


「―――っ」


 そんな状態のまま――すぐさまペシンッと、かっきちゃんの持つ湿っていたトイレットペーパーを便座の中へはたいて落とし、トイレの水を流した。


 流した――つもりの……レバーを引こうとしていたハズの手が、いつの間にかその途中で止められてしまっていた。


「――ダメ……。 さっき両耳を塞がれた時や、密室でこの匂い……けっこうクルから、もうちょっとだけ、このまま……っ」


 頬を紅潮させ、息を荒くさせたかっきちゃんが耳元でそうささやき、そのままキスを再開させた。


「――――」


「――――」


 それから……一体どれだけの時間が流れたのか、ようやく水を流してトイレの個室から出てきた私達。


 そのトイレを出る少し前、かっきちゃんから耳元でささやかれたひと言。


『今度は私のベッドで……今の続き、しよ?』


「―――っ」


 そう言われた瞬間、ゴクンと大きく鳴った私の喉の音が聞こえてしまったかもしれない。


 今も高まり続けている鼓動も、かなり荒くなってしまっているこの呼吸も――こうしてお姫様だっこをしていかっきちゃんのもとまで伝え届いているかもしれない。


 そんな思いから私は、速足になってすぐさま2階のかっきちゃんの部屋の中へと飛び込むと同時に、そのままベッドの中へ押し倒し――。


 私の中にある感情を勢いでどうにかごまかすつもりになりながら、かっきちゃんの口内をむさぼるようにして味わい尽くし続けた。


「――――」


「―――っ」


 しばらくそうしている間に攻守逆転。 今まで押さえつけてられていたかっきちゃんが私に腕の中からスルリと抜け、逆に押し倒されてしまう。


「――――」


「――~~~~っ」


 私とかっきちゃん……お互いの口の間には決して途切れることなく水滴の橋が架かり続け、淫靡いんびな音だけが静かな室内に響き渡っていく。


「――………っ」


 ……―――ぁ。


 来た――って思った。


 私とかっきちゃんがしてるのはキスだけ、それなのに……私――。


 キス、だけなのに……。


 来る……来る……もう少しで、私――。


 私がそう感じていた、次の瞬間――。


「――――」


 ――スッと、いきなり私から身を離してしまったかっきちゃん。


 ……え? 何? な、何で……? わ、私……後もう少しで……。


 そんな思いになって、私がかっきちゃんの顔を見つめていると――。


「――あぁ、別に……ただ、そろそろかなぁ~って、そう思って……」


「……ぇ?」


「時間。 3時間の」


「――――」


 そう言いながらかっきちゃんが指さした部屋の置物時計。 それは確かに、14時ちょうどを指して、いて――。


「……―――っ」


 それを見た私は、たった今まで弾ませていた呼吸を一時的に、どうにか整えると――。


「そ、そうだね……確かに……」


「――確かに、そろそろ……かっきちゃんが私を自由にできる残り時間は、あと『10分』だね……」


 と、かっきちゃんにそう教えてあげ、ゴクリと大きく喉を鳴らした。


「――――」


「――へぇ……そっかぁ~……それじゃ『続き』、始めよっか~」


 私の言葉を聞いたかっきちゃんが一瞬だけ口元を緩ませたように見えた後、私にさらに勢いよく上から覆いかぶさってきた――。


「――――」


「――――」


 そんな日があった……数日後の今日。


 あれからようやくかっきちゃんに四連勝した私は、そのコインを使ってかっきちゃんに初のお願いをしようとしていた。


「――――」


「ねぇ、お姉ちゃん……本気?」


 私のお願いを聞いた、かっきちゃんの最初のリアクションがそれだった。


 はぁ~……と、かっきちゃんから盛大にため息が漏れ出た後で、その口が開く。


「お姉ちゃん……私にいま言ったこと、もう一度繰り返してみて」


「え? え、え~っとぉ……」


「い、今のかっきちゃんの姿って、ちょうど中学生ぐらいでしょ?」


「わ、私の中のでの中学生のかっきちゃんとの記憶って、結構ケンカばっかりしてるイメージしかなくて、それで~――」


「それで、中学の制服に着替えたかっきちゃんが、当時の中学の頃に戻ったつもりでなりきって――」


「そ、そんなかっきちゃんと、『色々』してみたいなぁ~……って、そのぉ~……」


 最後の方がモゴモゴっと、どうしても小声になっていってしまう。


「……ねぇ、お姉ちゃん……大体にして、いくら『なりきる』って言っても、そもそも中学の制服からして実家だし――」


「え? 持ってきたよ、ホラッ♪」


「――………」


 当然のように差し出された中学の制服を見た瞬間、ポカンと開いていた口を途中でつむぎ、ジト目になってしまったかっきちゃん。


「え? あ、あれ? ダメ、だった……?」


 そんなかっきちゃんが再度ため息を吐き出し、口を開く。


「……だったら、私からもひとつ条件」


 そう言われ、かっきちゃんから提示された条件、とは――。


 それは、私が前にかっきちゃんを若返らせた時と同じ力を使い、私自身も若返らせた状態にしてほしいという内容だった。


 それでかっきちゃんがいいのなら~と、私はそれを二つ返事で了承し、そして――。


「――――」


「――――」


「た、たっだいま~……」


 そんな――恐る恐るといった感じの挨拶をし、リビングの中に慎重に足を踏み入れていく私。 (見た目推定:中学三年)


「………」


 そんな私の声や存在なんてまるで無視しながら、ソファーの上でうつ伏せにになって雑誌を見ているかっきちゃん。 (見た目推定:中学二年)


「か、かっきちゃーん。 た、ただいま~……」


「っ、……――お帰り……」


 あ、あれ? かっきちゃん今、ちょっとだけ舌打ちしたような……。


 そ、そこまでリアルにしなくても~と思いながら会話を続ける。


「か、かっきちゃーん。 何読んでるの~、それ~?」


「………」


 かっきちゃんが無言のまま、見ている雑誌の表紙を軽く見せてきた。


「そ、そっか~、ファッション雑誌か~……それ、面白い~?」


「……ねぇ、何なの? 特に用とかないなら話し掛けてこないで。 ……ウザイから」


「――………」


 私……前にも同じこと思ったケド……。


 やっぱり、かっきちゃんの演技力は相当にすごいなぁ~……。


 今のかっきちゃん、って……本当に、まるであの頃の……。


「~~~~っ!」


 そんな――あまりにもあの当時の時であるようなかっきちゃんの様子を見ながら、おもむろに息を荒くさせて距離を詰めていってしまう私。


 その途中、腹ばいになっていたかっきちゃんがソファーの上でゴロンとひっくり返り、仰向けに変わる。


「――――」


 そんな動きの中で、必然的に合ってしまった私との視線。


「………」


「………」


 そうして……しばらく続いていた沈黙の中――。


「キモ……なに息荒くして私のこと見てんの?」


「ね~、お母さ~ん、何だかお姉ちゃんが~」


 急に声を上げたかっきちゃんがチラリと台所の方へ視線を向け、そのままお母さんのことを呼ぼうとする。


「―――っ」


 かっきちゃんのその言動を見た瞬間、何故だか急にあせってしまった私は、とっさにその口を手で押さえようと動き出し――。


「―――っ!」


「――――」


「――………っ、たた」


 勢い余ってかっきちゃんをソファーの上から落下させ、上から押し倒すような体勢を取ってしまっていた。


「………」


 それと同時に私が上から体重を掛け、かっきちゃんの左右の両手首を私が完全に押さえつけているような感じになってる。


 その両手だけでなく、身体全体で覆いかぶされ、ほとんど身動きが取れなくなっている……そんな状態のかっきちゃんがひと言。


「――嘘。 お母さん今いないよ。 ……それで、何? コレ?」


 そう言ってかっきちゃんが見つめた視線の先は、私に上から押さえつけられることで完全に動けなくされている自身の両手。


「はー……っ、はー……っ」


 そして……映るかっきちゃんの瞳の中には、何故か呼吸を荒くさせてしまっている私の姿。


「さっきから……一体、何なの?」


「……もしかしてお姉ちゃん、これから私のコト襲おうとでもしてる? 女同士なのに?」


「……―――っ!」


 言われた瞬間、とっさに目を見開いてしまう私。


「……え? 何、その反応……? うわ……本当にそうなの? ………――キモ」


 最後のひと言はボソッと、聞こえるか聞こえないぐらいの声の大きさでそうつぶやいた。


 その間にも――ギリギリッと、どうしても強まり続けていってしまう、両手首への私の重圧。


「………」


 そんな感覚を身に受けながら、再度かっきちゃんが口を開く。


「……何か、力じゃ敵わなそうだし……別に、好きにすれば……」


 プイッと、そっぽを向いたかっきちゃんがそう答える。


「ただ――それが終わったら私、あなたのことはもう一生姉だなんて思わないし、普通に接するつもりもないから、そのつもりでいて」


 そう言い終えると同時に、キッと強い眼差しを向けてくるかっきちゃん。


 それを見ながら、私は――。


 あ……あれ? これって本当に演技、だよね? かっきちゃんの演技があまりにも凄過ぎて、何だか……私――。


 自分の目がグルグルになって、それでワケがわからなくなりながら、私は――。


「―――っ!」


 ――バシンッ! と、私の片手が感情的にとっさに動き、かっきちゃんの頬をかなり強めにビンタしてしまった。


「――………っ!」


 それを受けた瞬間、かっきちゃんの瞳の奥に映った明らかな怯えの色。


 当然かっきちゃん自身、私が手を上げることまでは想定していなかったハズ――。


 もちろん私だって、ここまでするつもりはなかった……けど――。


 何だかコレ、前に一度暴走状態になった……あの時の感覚と一緒……っ。


 心のブレーキが、全く効かない。


「……~~~~っ!!」


「はぁ……っ! はぁ……っ!」


 ――抑えようにも、ありえないほどに荒くなっていってしまう私の呼吸。


 ゴ、ゴメンねっ、かっきちゃん! さっき叩いた頬だって後で絶対すぐに治すから、せめて今だけ――。


「―――っ!」


 グイッ――ダンッ! と、かなり強引気味にかっきちゃんの両手を頭の上の方にまわし、それを片手で押さえつけたまま――空いた方の手でシャツのボタンを全て外し……かっきちゃんの身体全体を、まさぐるように触っていく……。


「………」


 その間、かっきちゃんはそっぽを向いて口をつぐませたまま、決して口を開かない。


「ね、かっきちゃん……これって気持ち良くない? 声、出したかったら出してもいいよ?」


「………」


 私に決して視線を合わせず、続く沈黙……。 かっきちゃんの表情に全く変化が見られない。


 それを見ながら、私は口を薄く開くと――。


「そっか……私、『本気』でいくけど、それでも声を出さなかったらホメたげるねっ♪」


 そう告げてから目の色を変えた私が、かっきちゃんへ本気で襲い掛かっていった――。


「――――」


「――――」


 その後も――私とかっきちゃんとの間で繰り返し続けた、お互いのコインを賭けての『真剣ごっこ』。


 そんな戦いの中――かっきちゃんは途中途中、要所要所で強かったりしたけど、それでも初回の時ほどの勢いは見られず――。


 総合的に見れば私の勝ち星の割合の方が圧倒的に多く、どうにか姉としての面目を保つことができている状態だった。


 そして――。


「――――」


「――………っ」


 私の大きなベッドの中……その横には、肩でしている息を整えているかっきちゃん。


 それから、その隣にいる私も同じような状態だった。


「………」


「………」


 月明りだけが照らす部屋の中、伸ばした片手を恋人つなぎにさせたまま、お互いに見つめ合い続ける私とかっきちゃん……。


 そんなかっきちゃんを見ながら……ふと、私は――。


「――ねぇ……お姉ちゃん……。 私、お姉ちゃんの子供が欲しい……」


「―――っ」


 一瞬、私の心の声がそのまま漏れ聞こえてしまったのかと思い、それであせってしまった。


「か、かっきちゃんっ!? どうしちゃったの? 急に?」


「――………っ」


 少し私が慌てた口調で言ったのにもかかわらず、途端にこわばっていってしまうかっきちゃんの全身。


「――ねぇ、お姉ちゃん……わかってる? お姉ちゃん、一度死んだんだよ?」


「病死して、葬式もあげて……そこから火葬までされて……最後に骨になったのっ!」


「そんな……そうなったお姉ちゃんが、こうして私の隣にいる……っ」


「――………」


「お姉ちゃん……私、怖いの……」


「お姉ちゃんの手をこうして強く握っていても、抱き締められて体温を感じていても……! その次の瞬間、1秒後には風の――空気のようにフッと消えて、そのままいなくなってしまうんじゃないか……って!」


「……あるいはコレが、病院で寝たきりにでもなっている私がずっと見続けてる、すごく長いただの夢なんじゃないかって、そう思えてしまってしょうがないのっ!」


「――……~~~~っ!」


 まるで何かから迫られるようにそう叫びながら、とうとう私の胸元で泣き出してしまったかっきちゃん。


 そんなかっきちゃんの頭に手を置き、優しくささやく。


「かっきちゃん……ゴメンね……。 ついこの間、かっきちゃんに悲しみの涙を出させないって……そう約束したばかりなのに……」


「――――」


 フルフルと、胸に顔をうずめたまま――かっきちゃんの頭だけが動く。


「――グスッ……私の方こそゴメン、急に……。 これはお姉ちゃんのせいなんかじゃなく、私の心の中での問題だから……」


「………」


「………」


 しばらく続いた沈黙の後、私はかっきちゃんから最初に言われた言葉について話を戻す。


「それで赤ちゃん、って思ったんだね……」


「私もね、かっきちゃんの赤ちゃん……すっごく欲しいんだぁ……」


「―――っ」


 今の私の言葉で、ピクンとその身を動かすかっきちゃん。


「ん~……でも、どうしよっか~……?」


「子供って言っても、どこかその辺の男の人つかまえてきて~、っていうのもさすがに私は嫌だし~……――って! 痛たたっ!!」


 急に感じられた痛みにビクッとなって胸元の方を向くと、そこには私の腕をギリギリとつかんだまま、全身を震わせているかっきちゃんが、いて――。


「――は? ……ねぇ、お姉ちゃん……何言ってるの? ……――殺すよ?」


「痛だっ! 痛いって!! かっきちゃん、誤解っ! 誤解だから!!」


「っていうかかっきちゃんっ! さっきまで言ってたことと逆っ!!」


「お、お願いだからまず最初にその目やめよっ!? 怖いからっ!! 前にクロちゃんに殺されそうになった時よりもずっと怖いからっ!!」


「さ! さっきのはっ!! 私もそういうのは嫌だって、そういう話っ!!」


「え? ――そ、そう……」


 言われた瞬間、途端に落ち着きを取り戻し、元の状態に戻っていくかっきちゃん。


 あ~怖かったぁ~……っ。 ――あ、ちょっと泣いてる。


 そう思いながら目の端に触れ、いつの間にかこぼれ出ていた涙を指先で拭っておく私。


「――――」


「――――」


 その後……さっきまで暴走状態だった勝希が落ち着きを取り戻し、会話の続きが再開される。


「けど……そうなると真面目な話、『iPS細胞』とか、そういった現実的な話に――」


 勝希の話を聞いた千夏が言葉の途中で首を振り、その内容をすぐさま否定する。


「かっきちゃん……私達って一応、曲がりなりにも世界最強の魔法使いって、そう呼ばれてるんだよ?」


「……だから?」


「だったら祈ろう……っ。 今の私達が本気で祈れば、その想いはきっと神様にだって届くよっ」


「――………っ」


 今の千夏の言葉を受けてわずかに目を見開き、次の言葉を出せなくなってしまう勝希。


「ね~、かっきちゃんダメ? それとも私の言うコト、やっぱり信じてくれない?」


 千夏にそう話し掛けられ、活動を再開させた勝希がフルフルと首を振り――。


「――ううん、信じたい……。 信じさせて……お姉ちゃんの言うことを、私に……」


 真剣な眼差しでそう言った後で、優しげな笑みを見せた。


「そっか……よしっ! じゃあ、今からやってみよ! 私と一緒にっ!」


「――――」


「――――」


「かっきちゃん……こうして……ベッドで寝ころんだままでいいから、私と両手をつないで……おでこを合わせたまま……目を閉じて、意識を集中……」


「……―――っ」


 今のお姉ちゃんのセリフ……それって、まるであの時の……。


「………」


「信じよう……かっきちゃん……。 私達の想いは、きっと神様にまで届くって……」


「――――」


「――――」


 今の……私の状態は、一体何なんだろう……。


 こうして今もお姉ちゃんと一緒に集中しながらつなぎ続けている両手……その感覚がしだい薄れて弱まっていき、いつしか流れる時間の感覚までも……完全にわからなくなっていく……。


 けれど、それでも何か……お互いの間で信じられるモノが……確かに、そこにあって――。


 瞬間――。


「――――」


「―――っ」


 ドクンッと、へその下あたりで何かが生じたような――そんな確かな感覚をハッキリと感じた。


「かっきちゃんっ! わかった!? ――っていうより見えた!? 感じた!?」


 そんな私が受けた感覚とタイムラグゼロ。 全く同じタイミングでお姉ちゃんもそう叫んだ。


「~~~~っ!!!」


 それを受けた私は感極まってしまい――。


「――うん、うん……。 わかった……見えたよ……私にも、お姉ちゃんと同じ世界が……」


 そうつぶやいたまま、ポロポロとなみだをこぼして泣いてしまう。


 そんな私の背中をポンポン叩きながら目の前の姉が笑うと――。


「ね……かっきちゃん。 今のかっきちゃんの涙って悲しい涙? それとも嬉しい時の涙?」


 意地悪く、そう言われた質問に対し――。


「もう、それ……わかってて聞いてるでしょ、このバカ姉っ!」


 小さくそう叫び、笑顔のまま――お姉ちゃんの胸元に飛び込んでいった私だった。


「――――」


「――――」


 ――それは……後に女神と呼ばれることとなる、二人の姉妹が見せた奇跡の夜……。


 山井出 千夏と山井出 勝希。


 二人がこれまで何度か発動させ、どうにか使いこなしてきた『第二世界:感覚開眼』と『第三世界:現象支配』。


 そして、その先にあると言われている『第四世界:天地創造』。


 今の千夏と勝希が実現させたのは、それすらもひとつ飛ばしにしてたどり着いた神の領域。


 ――『第五世界:生命創生』、発動の瞬間だった……。

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