番外編
第29話 番外編 ① 『臼井 さちの伝説』
――伝説である。
「あの~、
「私達ですか? はい♪ いいですよ~」
「えっと~、当番組が探していますアイドルというのが、この付近にある見桜学院出身の――」
「あっ! それってもしかして、山井出 勝希さんですか!? 私、クラスは違いましたけど、同じ学院で同級生だったんですよ~」
「あれ? ん~……でも山井出 勝希さんは全然隠れてない、すごい有名人ですし~……あ、そうだ! ひとつ上に天西先輩っていうスゴイ方もいたんですけど、もしかしてその人ですか!?」
「いえいえ~、私どもが探しているのは
「――………え?」
「あ、そういえばこの
『イヤアアアアアッ!!!!』
リポーターが何かの話を続けようとした瞬間、今まで終始なごやかにインタビューを受けていた女性の態度が急変。
いきなり大きな叫び声を上げたかと思うと――。
「ゴメンなさいっ! ゴメンなさいっ!! ゴメンなさいっ!!!」
「もう殴らないで下さいっ! 自分に才能がないのはよくわかりました!! もうやめます……っ!!!」
「こんな……! ボクシングなんか……二度とっ!!」
まるで何かからおびえるかのような状態で、同じ言葉を何度も繰り返しながらその場にうずくまってしまった。
「――ちょっ! 大丈夫!?」
それを見てすぐ、隣にいた友人が慌てて駆け寄り、その肩に手を置く。
「ほら……ちょうどここ、あの病院に近いからまた先生に診てもらお? 平気? ひとりで立てる? 肩貸したげるから一緒に立と? ……ね?」
そう言った彼女が、うずくまった女性の背中をさすりながら必死になってなだめる。
「――ちょっと!! 何てことするんですかっ! 彼女、前に心にすごい深い傷を負って……それから精神病院に通ってようやく良くなってきたっていうのに……っ!」
「ちょっと……そのカメラ、まだ回ってるんですか!? やめて下さいっ!! ……――撮らないでっ!!」
――伝説である。
「だーかーら~っ、こんなのできるワケないって、さっきから言ってるじゃないですかっ!!」
スポーツウェアを着た彼女――
「こんなハイパフォーマンスなダンスの場合――歌も録音再生にして口パクにする。 それが常識! 当たり前ですっ!!」
「けど私は、いつだって自分の生の歌を直接ライブで伝えたい! だからダンスの方のクオリティーを落として下さいって、そう言ってるんです!! いいですか!?」
「………でも……」
「~~~~っ!! またあの話ですか!? いい加減耳タコですよっ!!」
「どうせ前にこの教室に通ってた天才小学生とやらが今の私より高度なパフォーマンスの歌とダンスをしてたって、そう言いたいんでしょ!?」
「それで!? その当時の天才小学生とやらは今どこの事務所で、どんな活躍をしてるんです!?」
「それ……は……」
「――ほら言えないっ!! どうせその子、歌とダンスはピカイチだったけど顔はイマイチとか、そんなパターンでしょ?」
「そん……な、ことは――」
「それとも、先生が無茶して教えたダンスで無理がたたったりして、ヒザか何かでも壊れたんじゃないんですか!?」
「―――っ」
「そ・れ・と・も~。 そんな生徒初めから存在してなかった! ――少しお年をめした先生が妄想した、空想の産物なんじゃないですか~?」
「――………っ」
「それじゃっ、ダンスと歌の件、よろしくお願いしますね~♪」
そうやって軽く手を振りながらドアを開け、余裕を持った笑みを見せながら部屋を出ていく。
「――――」
言ってやった! 言ってやった! 言ってやった!!
何さっ! 大体、少しぐらい音楽業界のプロデューサーに顔が利くからって、たかだかダンス教室の講師ごときが私に偉そうにし過ぎなのよっ!!
今の私ならたとえ数人のプロデューサーと仲違いしたとしても全然……多少は――っていうか……あれ? ……結構困る?
ど、どうしよう……。 い、今さらだけど、何か身体の震えが止まんなくなってきた~っ。
「――~~~~っ」
ガクガク、ブルブル、身体の震えをごまかすように貧乏ゆすりしてると、そこに――。
「……――あ、あの~、すみませ~ん」
「―――っ」
聞こえてきたのは小さな声。
けど、極度の緊張状態だった私はそんな声にもビクつき、過剰反応してしまう。
「あの~……私、ここの教室に入会希望なんですけど、今いいですか~?」
入会希望という言葉で多少落ち着きを取り戻した私は、近づいてくるその子に視線を移す。
「――――」
確かに……かわいくはあるけど、何ていうか……――華がない。
それが彼女を初めて目にした私の、最初の第一印象だった。
そうして、心の中で相手を下に見た私は、寛大な気持ちで彼女がこの教室に入るいきさつを聞いてあげることにした。
「――――」
「ふーん……それじゃあ前にここの教室通ってて、もう一回入会しようとしてるんだ~……」
「は、はい。 そうなんです」
「そ、それとここの先生ってものすっごく怖いですよね~。 教えも厳しいですし~。 ……けど、言ってることはすごく的確で、ためになるな~って思って、それで――」
「それって単にアンタが才能のないヘタッピで、それで普通に怒られまくったってだけの話じゃないの!」
「――ふ~ん……それにしてもその当時って、そんな怖い先生がいたんだー。 へ~……」
「ちなみに私、この教室に通って二年になるけど、怒られたことなんて一度もないから~」
――ま、担当の先生が何言っても言い返してこない気弱な先生だからっていうのもあるんだけど、それは言わないでおく。
「そ、そうなんですか~。 優秀なんですねー」
そう言ってすぐ、目の前の彼女の目がキラキラと輝く。
それを受け――フフンと、少しばかりの優越感に
「――――」
何……その目……。
目が、気に入らない……。
それはまるで、そんな私と競い合ってみたいって、そう言っているかのような……。
自身の身のほどをわきまえない……すごく、生意気な目だった。
本人にそのつもりはなく、それは私の思い込みかもしれない……けど――。
それでも目の前のコイツは、ただでさえ機嫌の悪い私をさらにムカつかせた。
理由はそれだけで充分だった。
悪いケド……アンタにはこれから私のストレス解消のはけ口になってもらうから……。
――ま、せいぜい運が悪かったと思って諦めなさい。
そう思いながら私は私物のノートPCを起動させながら口を開く。
「……でもさー、さっきからそれっぽく理由並べてるけど、要は一度逃げ出したダンスを、諦め悪くもう一回始めたいって、そういうことでしょ~?」
「……はい、そうです」
「――けど、もう二度と諦めません」
「っ、――ふ~ん……」
あ~っ、ムカつく、ムカつく、ムカつく~っ!
彼女の表情が急に引き締まって見つめられた瞬間、心に何か思うところはあったものの、当初の予定に変更はなし。
「あのさー、これまで色々話聞いた後で悪いんだけど、ここの教室ってより優秀な子の才能を伸ばすって名目で、今は入会テストやってるんだ~」
「今からそのダンスと歌、一緒に流すから一回で覚えてね~」
そう言いながらノートPCを操作し、あの歌と映像が画面に流れる。
「――え? は、はいっ!!」
言われた瞬間、少し離れた所にいた彼女が私の言葉に反応して慌てて駆けつけ、画面を食い入るように見入っている。
『――――』
大体このサンプルからして歌とダンスの映像が別々なんだから、それを一緒にだなんて絶対にムリだって言ってるようなもんじゃん!
これから始まるみっともない歌と踊りをどこかで見る機会があったら、それで自分がどれだけムチャな注文してるか納得しなさいよっ!
そう思いながら腕を組み、これから始まるであろう『
「――――」
「――――」
10分ほど前、暴言を吐いて出ていってしまった生徒……。
そのドアを黙って見続ける。
彼女は何も悪くない……。
彼女はセミプロながらも自身の実力を正確に把握し、お客様であるファンに最高のパフォーマンスを提供したい、と……そう考えて出た言葉だったのだから……。
おそらく、間違ってるのは私の方……。
だって私は、その先にあるものを一度知ってしまったから……。
そして彼女の言うように、もしかしたら私のいき過ぎた練習によって、気付かない間に当時のあの子の身体を壊してしまったという可能性だって確かにあると思う……。
「………」
こうしていても仕方ない……ともかく、もう一度彼女と話を――。
「―――っ」
――ビクッとなり、震えた。
ドアを開け、目の前にいたのは、ちょうど今から会おうとしていた、その彼女。
そして、その彼女が私がドアを開けるまでそこでずっと頭を下げ続けていた。
「――――」
目を見開いたまま……私が途方に暮れていると、その彼女が顔を上げ――。
「――先生っ!! ……先ほどは申し訳ありませんでした!!」
「私……全然足りてなくて……すごく下で……! 時間なんていくらあっても足りないぐらいで……っ!!」
「先生……私、もっと上手くなれますか……!? もっと……もっと練習がしたいです……っ!!」
「私を……もっと強くして下さい……! お願いしますっ!!」
泣き顔でグシャグシャになった顔のまま彼女――
「………」
私はそんな彼女を見ながら軽く腕を組むと、無言のまま……その横を通り過ぎていく。
「―――っ」
それを受け、ビクッと身体を震わせる彼女を横目で見ながら――。
「――――」
バシンッ! と、その背中を強く叩き、気合を入れ直した。
そして――。
「時間が足りないんでしょ? ホラ、さっさと中に入りなさいっ」
「――は、はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」
そう頭を下げた彼女は涙を手で拭い、慌てて中に入っていった。
「――――」
「――――」
「――はぁ~……」
先ほどのことを思い返し、落ち込んでしまう。
私の歌とダンスを見てくれた女の人、見終わったら急に無言でどこか行っちゃって……。
それからしばらく待ってたけど、当然のように戻ってこないし……。
私の歌とダンスって……そんな、評価に値しないぐらいヒドかったのかなぁ……?
少しはちゃんとできた自信、あったんだけどなー……。
「は~~あ……」
――伝説である。
「明日8:00より開始されるK-1魔法戦!!」
「その優勝候補の一角である日本のエース大和選手!! そして、その能力がこちらっ!!」
『――――』
流れる映像。
巨大なクレーンの鉄球が振り子の要領で揺れ、その先に――。
「―――っ!!!」
その鉄球を腹筋で受け、後方に吹き飛ばされながらも無事であることをアピールし、笑顔のまま両手で手を振る――大和選手。
「これが!! 全身を鋼に変え、銃弾すら跳ね返すと言われている大和選手の絶対防御!!」
「元々打撃力の高さで格闘界をのし上がってきた大和選手!」
「その大和選手にこの絶対防御が加わってしまうと、もはや負ける要素が見つかりません!!」
「――さぁ! それではスタジオの全員で大和選手のこの絶対防御を実際に体験してみましょう!」
そう言ってキャスト全員が前に出て横一列に並んでいく。
女性、男生の順で、徐々に体格の大きい人が後ろになるような並び。 大柄の女性が多い中、私は一番前だった。
そして、少し大きめの赤いグローブをその大和選手につけてもらっていた、その
『ちゃんと本気でやって下さいね』
と、小声で話し掛けられた。
私がアイドルだからなのか――理由はともかく、私がふざけた態度で本気でやらないかもしれないと思われ、それで釘を刺したのだと思う。
元々本気でやるつもりではいたけどせっかく機会をもらったのだし、私のできうる限りの全力を出してやってみようと、そう決意した。
――そういえば……私が本気で人を叩くのっていつ以来だっけ……。
勝希をブン殴ろうとした、あの時……?
それとも、学生時代のボクシング部乱入事件の時だっけ?
――違う。
『――なぁ!? 最高に笑えるだろっ!? ハハハハハッ!!!!』
「―――っ」
「――――」
そっか……あの時だ……。
結局――アレは当たらず、不発に終わったけど、まともに当たってたらアレ……どのぐらいの威力だったんだろ……。
「――さぁ、それでは一人目の
――よし。 ……確かめる。
「………」
大きく息を吸い込み、意識を、深く……段階的に分ける。
第一段階、開放……。
身体の動きや感覚……。 それから闘志や気迫も、昔の……あの当時のものへ……。
「――――」
「何? 電気が……停電?」
チカチカと照明が点滅し、さち以外の全員が上の方を向く。
第二段階、開放……。
その時の状況や感情を……できるだけ明確に再現させ、頭の中で次々と甦らせていく……。
「――え~? 何なに~?」
スタジオ内の電気がさらに
そこに――。
第三段階、開放……。
あの瞬間……私の胸の内から湧いた……。
本気の殺意を――完全再現させるっ!!
「―――っ!!!!」
「――――」
「――――」
「――あ、戻った……――って、ちょおぉーーっ!! 大和さーんっ!!!」
「停電が復旧した瞬間に倒れてるって、何リアクション芸人ばりの登場してんすかーっ!!」
「卑怯過ぎっすよー!! ワイも倒れトコ」
「え~……っと、
「終了おぉーーっ!! これ以上やっても、いま以上のオチなんて、もう出ないっしょーっ!!!」
「――――」
「――――」
「え~、アイアンさん! 優勝おめでとうございますっ!!」
「全ての試合が手に汗握る熱い戦いでしたが、特に印象に残っている試合をお聞かせ下さい!」
リポーターからのインタビューを受け、アイアン選手の代わりに答えるのは隣にいる通訳の男性。
「――――」
「――え~、はい。 印象に残っているのは、やはり準決勝の大和選手との試合です」
「え~……彼は、心にサムライを宿らせる、本物のファイターでした」
「――――」
「え~、私の能力『アイアンハンマー』と、彼の『絶対防御』。 どちらの能力が上なのか試してみたかったのですが、とても残念です……」
「? え~……っと? アイアンさんは見事、大和選手の絶対防御を打ち砕き、勝利を収めたと思うんですが、それは~」
「――――」
アイアンが目を閉じながらフルフルと首を振り、言葉を続ける。
「え~、それは正しいようで真実ではありません」
「え~、確かに私の『アイアンハンマー』は彼の『絶対防御』を打ち砕きました。 ……けどそれは、あくまで序盤の様子見のつもりで放った一撃でした」
「大和選手との対戦は過去に何度かあり、彼の『絶対防御』の凄さもある程度理解しているつもりです」
「え~、……わかりますでしょうか? 様子見のつもりで放った私の軽い一撃が、あの大和選手の『絶対防御』を打ち砕いたという、その事実が」
「え、え~……と……それは、つまり――」
「――はい、そうです。 彼は私と戦う前から、すでに何者かの手によって『壊されて』いました」
――伝説である。
『――~♪ ~~~♪』
「―――っ!!」
「――――」
――かん、ぺき……っ!
我ながら、今のは完璧だった……!
もう一回やれって言われても、すぐには無理。
今のは私の中でも、百回に一回ぐらいしか成功しない……そんなレベルの出来だった。
ちょっとどんな感じになったのか、自分でも見てみたいから少し楽しみ~。
――あ、そうだ。 録画も止めなきゃ~……――って。
「ああああああーーーっ!!!!」
「さ、三脚が倒れてる~~っ!!!」
え、え、え~っとぉ~~。 カ、カメラは無事!? そもそも、倒れたのって一体いつから!?
それは結構な勢いで倒れたようで、ビデオカメラ本体が中心から完全にヒビ割れて砕け、ほぼ全壊しているような状態だった。
「―――っ」
それでも――と、わずかな希望を信じ、もはやガラクタ同然にになってしまったビデオカメラを三脚ごと抱え、急ぎ家へと駆け戻る。
「――――」
家――とはいってもそこは勝希の家。
それでここは、そのリビングに置いてあるみんなで共有して使ってるデスクトップPCの前。
その真横で――。
「………っ」
まるで誰かから許しを請うように、四つんばいになりながら顔を床に伏せている状態の私――
全滅、だった……。
壊れたビデオカメラの中に残っていたメモリーカードをパソコンで確認したところ――三脚が倒れてたのはほぼ最初からで、歌と一緒にBGMも大音量で流してたおかげで全くそれに気付けなかった。
その上、かろうじてわずかに録画されていた動画も音割れやノイズ混じりで全く使えない……。
これをネットにアップすれば、私のアイドル活動のいいPRになると思ったんだけどなぁ……。
せっかく私の少ないお小遣いから中古のビデオカメラ一式用意したのに……ショック……。
「……~~~~っ」
あ~……慣れないパソコン操作でアッタマ痛い~……っ。
今の私は学生時代授業中に使ってた黒縁メガネをかけながら、邪魔にならないよう髪も後ろに軽くまとめている状態。
せっかく苦手なパソコン使ってまで色々と頑張ったのに……。 それが全て水のアワ……。
しかも、動画が無事だと信じ、先に動画投稿サイトにアップロード寸前まで準備してたという、この諦めの悪さ……。
はぁ……私ってば、何でこう――。
「さっちゃーん、何~? メガネ何かして~、パソコンだなんてめずらしいね~。 あ、三つ編みあんじゃえ~♪」
ピョコンといった感じで後ろから現れた勝希の姉――山井出 千夏が、パソコン画面を覗き込みながら見事な手際で、後ろにまとめていた髪を勝手に三つ編みにしていく。
「なーに~? 私いま落ち込んでるんだから、後にしてよ~」
「――って、あ……そっか……ゴメン、このパソコン使う?」
「ううん。 別に使わないからいーんだけど、それって何~? 動画ファイル?」
「そ! そう、だけど……これ、録画失敗しちゃって……今から消すトコなの……」
「へ~……失敗ってどんなふうに? 見ていーい?」
「う……っ。 わ、笑わないって約束するなら……」
「――フフッ。 ね~それ、いつも笑ってる私に言うこと~?」
そう言いつつ、さちの後ろから抱きついた千夏が頬をすり合わせ、そのまま押しつけてくる。
「――~~~~っ!!」
さちの顔が瞬時に赤く染まって目だってグルグル、パソコンの画面なんてもうまともに見てられない。
「――――」
「見て、いいから……少し、離れてよ……っ」
そう言いながら視線を逸らし、千夏を押しのけるのがせいいっぱいだった。
「ありがと、さっちゃん♪」
千夏が離れたのは、言われた言葉通りのほんの少しだけ、さちを後ろから両腕の中に抱き収めたまま、問題の動画が流れる。
「………」
その間、さちはずっとそっぽを向いており、できれば両手で耳も塞ぎたいぐらいだった。
「……――フフッ。 ――へ~……。 ……――なるほど~♪」
聞こえてくる千夏のリアクションを聞きながらさちは、その度に居たたまれない気持ちになっていく。
「……ね、ねぇ……もう、いいでしょ? 今からそれ消すんだから、早くどいてよ~」
とうとう耐え切れなくなったさちが千夏の腕を揺すったり引っ張ったりし、やめるようお願いする。
「――そっか~……うん、うん……。 そうだよね~」
言われた千夏の目は画面を食い入るように見たまま……適当な生返事をしていた、その
「――よっ、とっ、――ほいっと!」
「――――」
瞬間、千夏がキーボードとマウスを高速で操作し、画面がとてつもない速さで切り替わっていき――元に戻った。
「――え、なっ!? ちょ、速っ!!」
「………」
あまりにとっさの出来事に頭がついていかず、しばし呆然となってしまう……。
「な、何……? 今、何したの?」
「大丈夫~♪ ちゃんと、さっちゃんのいいようにしておいたから~♪」
そう言った千夏がニッコリと微笑む。
「そ、そうなの? あ、ありがと……っ。 動画消すの多分私じゃ踏ん切りつかなかっただろうから、少し助かっちゃった♪」
「お礼に何か淹れるから座っててよ。 コーヒー? 紅茶?」
「うっ! さっちゃんのその素直で純粋過ぎる笑顔に、良心の
「? それって何のポーズ? ――フフッ、変なの~」
「――――」
再生数:232
何が始まるんです?
wwwwwww
何という出オチww
何コレww
足だけとかwwwwww
斬新すぎるwww
ワロスwwwww
再生数:1002
見え……見え……
ギリギリ見えない角度www
これって完全に計算してるだろwww
お前らwwwww
一応歌も入ってるんだから聞いてやれよwwww
こんな音割れまくりの雑音聞いてどう反応しろと?
再生数:5056
どうせブスだから顔出さねーんだろ
それにしてもいい脚だ……
エツツツツツツツ!!!
まて、顔が見えないんならじょそ子という可能性も……
え? コイツ男?
いや、世の中には男の娘というものがあってだな……
私は……一向に構わんッ!!!
いや、筋肉と骨格の感じからしてこれで男ってありえないからww
スマン、わたし女だけど抜いた
←何をだよwwwww
再生数:8508
足しか映ってねーのに踊り上手すぎwww
いや、この踊り相当レベル高いだろ……
初見なんですけど何で足だけの動きで上手いとかレベル高いとかわかるんです?
少なくとも3周しろ。 話はそれからだ
1周目 いい脚だ……
2周目 歌も結構よくね?
3周目 よく見たらダンスもヤバくね? の流れですね。 わかります
4周目以降の妙な中毒性があって無限ループが止まらないが抜けてるんですが、それは……
1周の時点でその域に至っていたワイって一体……
もしかしてこの再生数とコメって俺らのヘビロテだけ?
コレってちょっと拡散したらえらい勢いで再生数増えるんじゃね?
再生数:13万202
これって誰の歌?
ちょwww何で足だけwwww
←初見乙
上見えなくね?
足だけってwww何て斬新なPV
これってPVなの?
普通に考えてこの声量と声域は素人にはムリだろ
その音が割れまくりで聞き取れないんですが
いや歌もだけどダンスもヤバイって……
正直そのテンプレは見飽きた
再生数:58万4802
これ、誰の歌?
いや、オリジナルだからwww
これってPVなんでしょ?
PVでこの画質wwwwねーよwwwww
どう見ても一般家庭の録画レベルwww
録画は別として中身はどう考えてもプロだろ
エロい人誰か教えて
解析班マダ~?
再生数:105万2806
まとめサイトから
何wwwコレwwww
足だけダンスというパワーワード発祥の地がここだと聞いて
正体不明のPVってコレ?
また新たな電子ジャンキーの犠牲者が来たか……
会社行く前と夜、昼休みで最低1日3回は見てるけど中毒ではないな
これまで繰り返し見た数は間違いなく100は超えてるけど全然中毒ではないな
家で書き物の仕事してて半日近く作業用BGMとしてループしてるけど中毒まではいってないな
お前らwwww
再生数:201万4208
だからこの子はやたら日本語の発音が流暢な外国のプロってことでファイナルアンサー?
いや、日本語上手い外国のプロなんて数えるぐらいしかいないから
素人外国人って方が確率高くね?
さっきからなんで海外wwww
歌の発音とこの体格はどう考えても日本人だろwwww
だから日本には該当するプロがいないのだと何度いえば……
音割れヒデーwww
まあ待て、つまりこの子は素人でありながら自分で作った歌を自分で歌い、オリジナルのダンスも創作した。つまりそういうことだろ
それこそねーよwwww音楽ナメすぎwwwwww
何そのハイスペック私も欲しい
お前ら、世の中には魔法というものがあってだな……
←魔法はそこまで万能じゃねーよwwww
ダンスもそうだけど、歌はさらにその上なんだよなぁ……
ぜったいプロの誰かだろwwww
再生数:324万8205
CD発売まだ~?
やってみた含めて関連動画って今いくつ?
もうこれCDに焼いてそれで売っちゃえよ
音質クソすぎるだろwwwwww
やっぱりちゃんしたのを聞きたくはあるな……
解析版から~
この動画の右上にあるアイコン画像、女神の庭じゃね? とのことらしい
ファ!?
女神の庭って山井出姉妹の自宅!?
世界的有名人すぐるwwwwwww
いくらなんでもそれはwwwwww
――伝説である。
「さあ! 今週のドッキリ企画は~?」
「売れないアイドルは番組レギュラーをチラつかせて性交渉したらどのぐらいの確率で成功(性交)するかー!! ですっ!! ハイ、拍手~っ!!」
「うわっ! エッグイな~っ!!」
「サイテー」
「これは確かに深夜枠じゃないとムリだわー」
「ちなみに相手役の男性がコチラ!!」
「――――」
表示されたのはある男性の立ち姿。
「知らんわっ!!」
「誰だよっ!!」
「ブタじゃん!!」
「え~、ちなみにコチラ当番組のADで、女性経験はその手のお店のみ。 チビハゲデブの三拍子に悪臭も兼ね備えた佐藤君です」
「いくら仕事のためとはいえ、こんなヤツと寝る女なんているか~!?」
「それではいつもの三択!」
成功率――A.100% B.50% C.0%
「それでは一斉にどうぞ!!」
「B、C、B!!」
「Aはなし。 やや否定的ですね~」
「あの顔で100は無理でしょ」
「いや、女なんて結構そんなもんやって」
「ね~、成功ってどう判断すんの~?」
「ホテルの一室に二人で入る。 その後にスタッフが乱入して、そこでネタばらしです」
「それでは皆さんいいですか~? VTRスタート!!」
「――――」
『そ、それでね。 オレ、歌番組のプロデューサーやってんだ~』
『へ~、そうなんですか~。 すごいですね~』
(※プライバシー保護のため、一部の映像と音声を加工おります)
『そ、それでね~。 も、もしよかったらだけどね~』
「言い方っ!!!」
「いや~っ!! キモい~っ!!!」
「こりゃモテんわ~っ!!」
『あ、あのさっ、今夜ホテル予約してるからさ、そこのベッドの上で、これからのお仕事――っ!!!』
『―――っ!』
そこまで告げられた瞬間! 横にいた女性が突如動き出し、いきなりのヒザ蹴り!
『――~~~~っ!! アンタみたいなのがいるから、この業界が腐っていくんだよっ!!!』
『私を――ううん……あんまり、アイドル舐めんな!!! ――クズッ!!!』
「――――」
直後、画面が暗転して切り替わり、スタジオに映像が戻る。
「え? 終わり?」
「終わりかよっ!!」
「いやぁ~、ガツンといったね~」
「カッコイ~。 私、女だけどホレそ~」
「――というワケで、正解はAの0%でした~っ!!」
「え? 本当に一人で終わり? Vの続きは!?」
『――――』
『ちなみに、この後――』
「お、始まった」
『彼女のヒザ蹴りを金的に受けたADはその場にうずくまったまま動けず、病院へ直行』
『そのまま撮影続行不可能となりました』
「――――」
「あれ? また終わった……」
「おっ、カンペ……?」
「え~っ、何なに~……?」
「ちなみに、あれはドッキリ企画だったと、彼女にネタばらしの連絡をしようとしたのですが……」
「激怒した彼女は、当番組からの連絡を一切拒否」
「……ですので、彼女は今でもあれが本当にあったことだと思ってます――って、おーい!!!」
「誰か教えたってーっ!!!」
「――――」
「――――」
「は~い、どちら様~?」
「って、さっちゃんだー。 どうしたの~? チャイムなんて押して~。 カギでも忘れた~?」
「わ、外雪なんだー。 大丈夫だった~?」
「ほら~……頭にまで雪積もってるし~……――わっと!!」
「さ、さっちゃん!? どうしたの急に!? 何かイヤな……――っ!!」
「――――」
「――ったた……」
話す途中、玄関先でいきなりさっちゃんに抱きつかれ、そのまま押し倒されるようになってしまった私だった、けど――。
「っ!! かっき――」
ちょうどその場に居合わせたかっきちゃんがそれを見ていたことに気付き、とっさに言い訳をしようと口を開いたところで――。
「――――」
そのかっきちゃんが人差し指を口元に当て、『シー』というジェスチャー。
それからゆっくりと廊下の奥へ後退し、その姿を消す。
「………」
かっきちゃん……やっぱり、優しいなぁ……。
――そうだよね……。 かっきちゃんとさっちゃんはすっごく仲良しな親友同士……。 だからこそこんな姿、余計に見られたくないよね……。
さっちゃんは私の胸に顔を押しつけたまま……さっきからひと言もしゃべらない。
「………」
さっちゃんは、とっても強い子……。
大抵のことは何でもひとりでやるし、めったなことじゃ人に頼らない。
そんな、めったなことが……きっとあったんだよね……。
「――――」
そう思いながらさっちゃんの頭に触れ、優しくなでてみる。
「―――っ」
「……~~~~っ!」
その瞬間、さっちゃんの身体がビクッと震え、細かに震え出す。
「――………っ」
顔は見えないまま……続くさっちゃんの震えが、徐々に鼻をすする音に変わってきたところで――。
「ね、さっちゃん……ひとつ提案」
「ここだと身体冷えちゃうから……オフロ、一緒に行かない?」
「――………」
聞こえていたさっちゃんのぐずつきがわずかに小さくなり、少しずつ落ち着いていく。
「無理して声は出さなくていいから、頭だけ動かして……それで教えて……?」
「私、髪洗ってあげるのすっごく上手いし~、どう?」
「………」
コクンと頷きひとつ。 どうやら私の提案に了承してくれたようだった。
「そっか~……とりあえず服とか荷物もそのままでいいから、オフロ場まで手つなぎながら一緒にいこっか? ほら♪」
「………」
うつむいたままのさちが再び頷くのを確認し、そのまま浴室へ向かっていった二人だった……。
――伝説である。
「センパ~イ……どうしましょ、コレ……」
「ん~……どうするって言われてもなぁ……」
「――――」
「――――」
「あ、あのっ! 今や日本のトップアイドルといっても過言ではない
「……いえ、私の目標は小学校の頃から今まで、ずっと変わっていません」
「彼女の背中を追いかけ続ける……ただ、それだけです」
「彼、女……? あの~……大変失礼なのですが、それは故人ですか?」
「――いいえ。 その人は私の小学校の頃の同級生で、アイドルになることを夢見ながら、日々努力し続けていた……そんな女の子でした。 名前は仮に『Sさん』とでもしておいて下さい」
「ともかく私は、その彼女のひたむきな姿勢に憧れ、私も同じアイドルを目指してみようと、そう思ったんです……」
「へ~~っ。 つまりSさんは
「ちなみに、その彼女って……今は~」
「――――」
フルフルと左右に振られる首。
「わかりません……。 彼女と同級生だったのは半年間だけで、私はそのあとすぐに転校してしまいましたから……」
「そうだったんですか~。 それじゃあ
「? 意思を……引き継ぐ?」
「あの、すみません……何だかおっしゃっている意味がよくわからないのですが……」
「それに先ほどから私のことをトップアイドルとおっしゃってますけど、私にその自覚は全くありません」
「彼女のいないこの業界でトップになる……。 そのことに何の意味もないのですから……」
「最初に言ったじゃないですか、私の目標は彼女……Sさんの背中を追い続けることだと」
「――……え?」
「え~っと……つまり
「――かもじゃありません。 間違いなくそうだと言い切れます」
「………」
「あ、あの~……さ、さすがにそれは~……――そ、そうだ!
「それだけで
また首が左右に振られ、その口が開く。
「……私は、とてもそうは思えません」
「Sさんのいない業界っておっしゃいますけど、私がこうして有名になっている間にSさんが自身を高め続けているのだとしたら……私は――」
「あ、あのっ!! 待って下さいっ! 失礼を承知で言いますけれど、
「それに、目標がSさんの背中を追うだけだなんて自分を卑下し過ぎというか、
「彼女に追いつき、追い越してやろうという、そういう気概はないんですか!?」
「――確かに……普通ならそうです。 ――けど、Sさんはきっと誰にも追いつけない速さで駆け続け……そして、どこまでも遠い高みにまで上り詰めていってしまう……と、私はそう思っています……」
「……私は、自分自身の才能も実力も充分に把握し、理解もしているつもりです……」
「それがわかってるからこそ、私はその背中を必死に追い、見失わないようにするのがせいいっぱいだと……私はそう自覚しているんです」
「決して過小評価はしません。 私の日々の努力だって当然
「――そして、それでもなお全く届かず、足りない……」
「……けど、それでいいんだって……そう思っている自分も同時にいて……」
「近づく足音が……日に日に耳から離れません……。 結果は、もう間もなく出ます……」
「今の、この私と……これから
「――――」
「――――」
「――にしても、ショックっすよ~俺」
「昔から
「それがまさか、あんなオカルト的というか……何だか病んでるようなこと言う人だったなんて……」
「芸能界ってプレッシャーハンパないでしょうし、ストレスで
「ん~……でもまぁ取材した以上、とりあえず不自然にならない感じで、使えそうなトコをいい感じにつなげるしかねーだろ~」
「へ~い」
「………」
――オカルト、か……。
……だがもし、
だとしたら、そのSさんはもう日本の枠に収まりきらず、その実力はすでにワールドクラスの――。
「センパ~イ。 何してんすか~? カメラ重いんですから、車のカギ早く開けて下さいよ~」
「――……あぁ、わかった。 ちょっと待ってろ」
――まさか、な……。
――伝説である。
「――ちょっと、そこのアンタ」
「………?」
「そう、そこのアンタよ」
「アナタ、運気だいぶ淀んでるわね……これまでの人生、だいぶ苦労してきたでしょ……っていうより、これでよく今まで生きてこられたわね……」
「……何? 占い? 悪いケド私、占い師って全く信じてなくて、詐欺師と同じだと思ってるから」
「……まぁ、待ちなさい。 何、今から私の言う通りにすれば、これまで不幸続きだったアンタの運が反転して――」
「―――っ!! 言っとくけどっ!! アナタの言う、その『不幸』があったからこそ今の私がいるのっ!!」
「……確かにこれまで、たくさんのつらいことや嫌なことをいっぱい経験したけど、それを全部ひっくるめて今の私なのっ!!」
「だから私は、これからもずっと前を見て進むんだからっ!! わかった!?」
「ま、待ちなさいっ!! 待って!! 私が悪かったからっ!!」
「――ちょ! な、何!? 往来でいきなり頭なんか下げたりして……っ」
自身の不幸を一心に受け止め、それでも前を向き続ける真っすぐな心に誇り高きプライド……。
久々に会った……商売抜きに占ってみたいと思える相手に……!
「わ、わかった! 話聞くから頭上げてよ、も~っ!!」
「――――」
「……名前?」
「その紙に、ただ私の名前書くだけでいいの?」
「ちょっと~、この布の下に変な書類とかがあって、それに写しが記入されるとかじゃないでしょうねー?」
「ないわよ!! 失礼ね~……全く……これまでどんな経験してきたんだか……」
「――書いたわよっ。 ホラ、これでいい?」
「ん……どれどれ――」
「――――」
「――――」
「……――だからいま説明したとおり、一文字目のこの『
「名前を変えるって……そんな、カンタンに言われても……」
「何も戸籍を変えろって言ってるわけじゃないわよ。 アナタも芸能人なんだから、そっちの方を変えたらいいじゃない」
「……何で言ってもないのに、サラッと私が芸能人だって知ってんのよ……」
ん~……。 ――にしても、名前の一文字目を変える、かぁ……。
「――――」
考えてすぐ、ふと頭に思い浮かぶ。
だったら、あの人からがいい……。
自称生まれ変わりの人はいるけど、あの事件以来こつぜんと姿を消してしまった天西 鈴音おねーさま……。
名前の方は少し恐れ多いから、使うのは苗字の最初――『天』の文字。
そうなると、私の芸名は――。
『天井 さち』
ってなるのか……。
自然と手が勝手に動き、頭に思い浮かんだ名前をそのまま書き連ねる。
「――いいわ……それ……」
「……え?」
「アナタッ! その名前すっごくいい! ぜひそれにすべきよっ!!」
「え、え? そう、ですか……? まぁ、悪い気はしないですし、少し考えてみることにします……」
「とりあえず、ありがとうございました。 それじゃあ、私はこれ……――で?」
「――――」
立ち上がろうとしたところで、ガシッとつかまれていた右手首。
「あ、あの……?」
「占い料、一万円」
「ぇ゛……。 お金……取るの?」
「――もちろん、こっちも商売だから」
「え、え~っとぉ……私~今月ってば色々と入用で~……今、手持ちがあるかどうかも~」
「一万円。 ビタ一文まけないよ」
「うぅ゛~~~っ!! ――わ、わかったわよっ!!」
「あ~も~~っ。 ホント、あったかなぁ~……」
「――――」
「毎度あり~♪」
あぁ~……せっかく一人暮らし始めたのに、これじゃあまた勝希の家に行ってゴハン食べたりしないと~……。
「――って、ああっ!! そっか! 最初に頭下げたアレ! もしかして、あそこからもう商売始まってたの!?」
「勉強になったでしょ? また来なさい。 いつでも占ったげるわよ」
「~~~~っ!! 二度と来ないわよっ!! もうっ!!」
「――――」
「――――」
「――あ! ようやく見つけました! 占い魔法の母!」
「わが社の経営を立て直すための占いを、どうかお願いしますっ!」
「……私の占いは、確かに百発百中だけどアンタの望む結果は出ないかもしれないよ」
「占い料は現金一括先払いで50万円。 二回目以降は絶対に占わない。 それでもいいんだったら占うよ」
「っ! ありがとうございますっ!!」
アンタはこれまで……ずっとついてない運のなかった人生を過ごしてきたのかもしれない……。
――けど、最後の最後……残っていたアンタの悪運が私との出会いを引き寄せた。
これからのアンタの活躍、せいぜい楽しみに見させてもらうよ。
「――――」
「――――」
「みっなさ~ん!! こんにちは~っ!!!」
「海のさち! 山のさち! そしてぇ~――甘~いさちの『
「今日は名前だけでも覚えて帰ってね~っ!!」
「――――」
休憩中の楽屋。
そこには頭を抱えながら落ち込んでいるさちの姿があった。
「――ねぇ、マネージャー……。 本当に、コレでちゃんとできてる? 何だかお笑い芸人のノリにしか思えないんだけど……」
「何言ってんすか~、お客さんも大盛り上がりで大盛況だったじゃないすか~っ!」
「……うん、そうね~……。 お客っていっても、テーマパークのヒーローショー見にきた子供達だけどね~……」
「いやいや~! そのメインのヒーローショーより盛り上がってましたって~! 絶対に~っ!」
「アンタのそれ……私が何やっても褒めるばっかりだから、全くアテにならないんだけど……」
――伝説である。
「先生~、お願いしますよ~」
「今回のゲスト審査員は、自称アイドル評論家のなんちゃって審査員ばっかりで、せめて先生ぐらいの人が来てくれないと、もうまともな審査にならないんですよ~」
「あの……せっかく来てもらって何ですけど、いま集中して鍛えたい子が――いて……」
――リストの、この子……天井 さち……?
……あの子と同じ名前で、歳も同じぐらい……か。
「………」
――ま、少しぐらいだったら……。
「……わかりました。 この話、お受けします」
「ほ、本当ですか~!? いや~、よかったです~っ!」
――伝説である。
「社長、お時間です」
「――わかったわ、行きましょう」
製品は間違いなくトップレベル。 後は、それをどれだけ上手くプレゼンできるかだけ……企画はもうその段階に入っていた。
最初は私と鳥間さん。 その他数人の社員から始めた魔法能力向上のサポートアイテムの製造販売会社だったけど、それが今ではここまで大きくなるなんて……。
どういうわけだか私が発案して開発した製品は世界中に飛ぶように売れ、いつの間にか会社も上場企業間近になって、今では――。
「――――」
こんな高層ビルにオフィスを構えるまでになってるんだもんなぁ~……。
「社長、大丈夫です。 この内容でしたら、皆さんきっとご満足して下さるはずです」
「――うん、わかってる。 昨日の夜、二人で遅くまで練習したし、自分で見直しもしたから大丈夫、成功する」
その時――。
『――~~~♪』
「―――っ!」
いきなり聞こえてきたのは、ずっと前から私のスマホに常駐してあった、あるアプリの起動アラーム。
そのアプリとは、ある特定のキーワードがネット上に一定数以上広まると自動で知らせてくれるという……そんな機能を備えていて――。
ある特定のキーワード……それは、『
天井さちを設定したのはここ最近。 本名でなくこの芸名でやっていくことを知り、それからすぐにそっちの方も登録した。
そして今日、このアプリが知らせてくれたのは、その天井 さちの方だった
「―――っ」
すぐさまスマホを操作しながら内容を確認し、いま話題に上がっている小さなニュースサイトの記事に目を通す。
「――………」
「―――っ!」
クルリと振り返り、いま通ってきた廊下をツカツカと引き返す。
「? ――ちょっ! しゃ、社長!? いきなりどうしたんですか!?」
後ろから呼び止める鳥間さんを完全無視し、ツカツカと先を目指す。
「――――」
そうしてたどり着いた先――エレベーターの『↓』ボタンに手をついた状態のままで固まり、そこで待機する。
ここは35階建てビルの32階。
三基あるエレベータのどれもが下の方で、ここまで来るのにもうしばらく時間が掛かりそうだった。
「しゃ、社長!! 今からどこに行こうっていうんですかっ!? そろそろ会議室に行かないと、本当――に……?」
「――あの、社長……ちょっとソレ、見せてもらっていいですか?」
「………」
ふえるは黙ってエレベーターのボタンに手をついたまま……ピクリとも動かない。
そんな状態のふえるの隙をついて、持っていたスマホの画面を覗き見る。
「……―――っ!!」
その内容を見て、鳥間さん――マキの顔が一気に
「~~~~っ!!!」
また……アイツ~……ッ!!
その内容とは――。
『無名のアイドル、『
『本日14時より武道館で開かれるチャリティーライブ! 大物アーティストが数多くひしめく中、そのライブの前座を務める』――といった内容だった。
しかもライブはこれから間もなく開始されるようで、そのチケットが先着順の会場販売のみ、って……。
こ、これ……会場は武道館だけど、ほとんどゲリラライブみたいなモノじゃない……っ!
……これが、原因……っ!
「――――」
「………」
「………」
「……~~~~っ!!」
下を向いたまま……今までずっと黙ってエレベーターが来るのを待機していたふえるが、地団駄を踏みながらヒールを床にカツカツ、カツカツ。
「―――っ!!」
そして、とうとう堪え切れられなくなったのか、エレベーター近くにあった非常階段の方へいきなり駆け出そうとする。
「なっ! ちょっ――待ちなさい! ふえるっ!!」
言葉じゃ止まらないと判断したマキがふえるの右肩を駆けながらつかみ、強引にその動きを止める。
「――あのっ!! 数人で始めた小さな会社の時とは、もう状況が違うんですよっ!?」
「いいですか! あなたの双肩には我が社員2000名の命運が――」
「――だから何っ!?」
「―――っ!」
私はもう何も捨てない! ――何も諦めないっ!!
そんなふえるの強い想いの迫力に
「………」
「………」
続く沈黙の中、マキが根負けしたかのように大きく息を吐き出すと、人差し指を軽く上に向けた状態でひと言。
「……このビルの屋上には、いつでも飛び立てるヘリが常に配備されてます」
「ここからですと、それで向かうのが一番速いかと思われますが……」
「――……え?」
「私は社長の秘書です。 将来的に必要になるかと思い、ヘリの操縦免許をあらかじめ取得していました」
「――先に言っておきますけど、パイロットは私でいいとして、ヘリのチャーター代だけで軽く百万を越えます」
「もしそれだけの大金を払ってでも構わないと、社長がそうお望みでしたら――」
「鳥間さん! 急いで!! 早くっ!!」
そう叫びながらマキの腕を引き、上へと
「――はぁ~……」
諦めたような長いため息。
こんなに必死なのだって、全部アイツ……あの、
せっかく私、社長の秘書にもなれたっていうのに……呼ばれ方だって昔から『鳥間さん』のままだし……。
――はぁ……。 報われないなぁ……私。
「鳥間さん! 何してるのっ!! ほら! 早く~っ!!」
「わかりましたから! 私を置いて先に行かないで下さいよ~っ!」
――伝説である。
「
「……はい」
「あの~、
「……――答える必要はありません。 行けばわかりますから」
「そ、そうですか~……」
ここはタクシーの車内で、
その後部座席にいる二人が小声でコソコソ。
『セ、センパ~イ……
『やっぱり、前のあの取材のこと怒ってるんですかね~?』
「あ、あぁ……」
――いや、見る限り……怒っているっていうよりも、あれは……緊張?
「――――」
「――――」
「――ここ、って……」
「――……武道館?」
「あ、あの! もしかして、ここでライブを?」
「――いえ。 確かにそういった話もありましたけど、それは丁寧にお断りさせて頂きました」
「そもそも最初にお伝えしたじゃないですか、今日はオフだと」
「それじゃあ――」
「――はい。 今ここに集まってる皆さんと同じ、一人の観客としてこちらに来ました」
「それに……やっぱりステージ袖で見るのと、正面で見るのとでは、迫力が全然違いますから……」
「………?」
「――――」
「――――」
「ほら~っ、鳥間さ~ん、こっちよ~」
「しゃ、社長~。 ですから私は終わるまで外で待機してると何度も――」
「ここまで来て何言ってるの! 間に合ったのはあなたのおかげだし、そのお礼でもあるんだから~」
「――あ、すみません。 前、失礼しま~す」
「――いえ……」
「セ、センパ~イ……
「ん? ――あぁ……スマン。 今の女性、どっかで見た気がしてな……」
「社長って呼ばれてた、あの女の人っすか?」
それはともかくとして……少し前の方にいるのは最近話題になって頭角を現し、注目されてきている
アイドルの私生活なんてこれまで知る機会がなかったが、アイドルがプライベートで他のライブを見にいくのはわりと普通だったりする……のか?
それか、もしくは――このライブの出演者の中に、あのSさんが……?
「――――」
「――――」
う゛ぁ゛ぁ~~、緊張してきた~。
わ、私……何で今こんなところにいるんだろぉ~……っ!
この間のオーディションが上手くいってから、トントン拍子に話が進んで、気付いたらこんなコトに~……っ!
まわりのメンバー見回してみても、私の場違い感がハンパないんですけどぉ~っ!
「人人人~っと」
手のひらで『人』の文字を何度も書いては、それ繰り返し飲み込み続ける。
「さちさ~ん、お時間で~す。 スタンバイお願いしま~す」
「――は、はいっ!」
えっ!? もうっ!?
ま、まだ心の準備が~。
「――――」
「――――」
『え~と……み、皆さ~ん!!
――あ、冒頭の決めゼリフ忘れた。 私、想像以上にテンパってるのかも~。
『え……え~っ、とぉ……』
『………』
あ、あれ? そもそもMCって何話せばいいんだっけ……。
頭真っ白で、何も頭に入ってこない。
な、何か~……。
え~っと……。
『――~~♪』
! これって前奏!? そっか、私が何も言わないから先に音楽始まっちゃったんだ……っ!
「――――」
「――――」
それは……これまで積み重ねてきた練習の成果――というより条件反射。
私の意志とは関係なく、口と身体が勝手に動いてしまう。
あれ? 何、で……。
こんなのが……この程度の歌と動きが、自分……?
これが私のデビューで、初ライブ?
「――………っ」
――胸が苦しくなって、息が詰まる……。
「――――」
観客の姿をまともに見れない……ライトが、歓声が――。
人が、怖い……っ!
「――――」
『――~~♪』
次に気付いた時、いつの間にか一番の歌が終わっており、流れる二番の前奏を聞いている間に、自分の心と身体がますます冷え切っていってしまう。
「――――」
「――――」
「先パ~イ。 あのコ、結構カワイイですし、歌も上手いですですね~。 オレ、ファンになりそうっすよ~」
――確かに……上手くは、ある……。 だが、言っちゃ悪いがこの程度のアイドルなんて、それこそごまんといる……。
「………」
こうして……あの子のステージを黙って見ている
相変わらず腕を組んだまま……にらみつけるようにしてステージを見ているだけだ。
この子の名前は
この子は、あのSさんじゃない……?
「――――」
「――………?」
ここがライブ会場で、観客が騒ぐのは当然なんだが……何か、どこかおかしい……何だ?
「――――」
「――――」
「――おい……今の曲……それにダンスも……」
「――いや、さすがにパクリだろ?」
「――でも……」
「いや、やっぱり――」
「――――」
「――――」
ダメだ……もう、このライブは失敗する……。
それがわかってるのに、歌を途中で止めることも、ここから逃げ出すこともできない……。
もうじき二番の前奏が終わる……。 そうなったら……もう――。
さちがそう考えていた、その時――。
「……さ、さち~~っ!」
「――――」
観客の中心から、ひどく聞き覚えのある、か細い声援が聞こえてきた。
聞き違いかと思い、聞こえた先に意識を向けると――。
「さ、さち~~っ!」
先ほどの再現。
か細くて小さな声なのに、やけに澄んで耳元にまで届く……。
山鷹 ふえるの声援だった。
「――――」
山鷹、さん……? 来てたんだ……この会場に……。
何……? 山鷹さんの……あの表情……。
私がこの先、ちゃんと歌って踊れないかもしれないって……そう思って、そんな不安そうな声上げてるの……?
――違う……。 ふがいない私が、山鷹さんにそんな声を上げさせてしまったんだ……。
「………」
――けど……それにしても……。
こうして山鷹さんの声援を聞いてると、何だか当時の……あの頃の情景が、色々と思い返されてくる……。
「――――」
今……山鷹さんのまわりには他の観客もたくさんいるハズなのに、何だかもう山鷹さんの姿しか目に入ってこない……。
そう……まるでここは、あの時の公園……。 観客はふえるちゃんただ一人で、私は世界のトップアイドルになる夢をただ叶えるためにここにいる……っ!
だったら大丈夫……! 何の問題もない……!
観客の皆さん……ゴメンなさい……っ。
アイドルとしては最低だけど……今、この瞬間だけは……この歌も踊りも、たった一人のためだけに歌わせて……っ!
見てて……山鷹――ううん、ふえるちゃん! 私の中にある、すっごく楽しい気持ちをダンスと歌に込めてぶつけるから……っ!
そしたら、また前みたくたくさん笑って、いっぱいの拍手してくれると嬉しいなっ!
あの時と比べたら、私だってすっごく、すっごく成長したんだから……見ててね、これが今の私の――。
「――――」
「―――っ!!」
『――~~~♪♪』
「――――」
身体がウソみたいに軽い……っ! さきまでの恐怖なんて
「――~~~~っ!!」
すごい、すごい……っ! 内から次々と湧き上がってくるこの力が……全然止まらないっ!
まだまだ……もっと――これだけの力……もし全部解放させたら、私は――。
「――――」
「――――」
『―――~~~~っ!!!!』
会場内が割れんばかりの大歓声に包まれ、音が質量を持って真正面からぶつかってくる。
「――………っ!」
それを受けたアイドル、
「―――っ」
それは、ふえるの真横でライブを見ていたマキも同じ――
「――~~~~っ!!」
それとは別――その横にいるふえるはポロポロと両目から涙をこぼし、さちのライブに心から聞き入っていた。
そして、
「……~~~~っ!!」
何やら腕を組んだまま……プルプルと全身を細かく震わせていて――。
「キャ~~ッ!!! さち~っ!!! 最高~っ!!! こっち向いてーっ!!!」
と、両手の指の間に隠し持っていた8本のペンライトをブンブンと振り回しながら、いきなり全力で叫び出した。
さらに――。
「ねぇ! ねぇ!! さっきのアナタのって!! あれも演出の一部なの!? ものすっごくよかったよぉ~っ!!!」
いきなりテンションMAX状態になった
「――ちょっ! な! 何ですの!? いきなり!? そ、そもそもアナタ一体――」
「――――」
「――――」
全力で歌って踊り続けていた
ふえるちゃん……私はここだよ?
……どうして?
そんな……隣の人なんかじゃなく――。
私はここだから……私の歌を聞いて……。
もっと……。
――私だけを見て……っ!
「―――っ!!!」
『――♪♪ ――~~~~♪♪♪』
「――――」
あの時――ふえるの声援を受けたことで本来の調子を取り戻し、完全復活したさち。
そんな状態のまま――元々本人の限界近くまで達していたさちのパフォーマンスが、そこからさらに段階を飛ばして跳ね上がり、かつてない高みへ――。
「――――」
「――ひっ!」
短い悲鳴を上げた
「―――っ」
ふえると
「……―――っ!」
その横にいるマキも同じ、言葉を失ったまま……その視線が釘付けに……。
「――――」
これは伝説……ただの無名アイドルが伝説に至るまでの
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