第28話 エピローグ ③ 『山井出姉妹が夢見た、それからの世界』

「――――」


「ねー、それから~?」


「二人の戦いって、その後どうなったの~!?」


「――は、はい!? え~……っと、ですね~……それは~」


 ここは市民の憩いの場となっている巨大図書館。 その絵本コーナー。


 そして、そこにいる小さな子供達に囲まれているのは、巫女服を身にまとったどこか穏和おんわそうな女性。


「そ、それはですね~……会場が二人の姉妹の戦いの余波に耐え切れず……。 ドカーンとなって周囲の結界が完全崩壊」


「戦いながらも姉妹はその異常にすぐ気付き、見ている観客が誰もケガしないよう、すぐさま戦いの場を空へ――」



「上空にも放送用のカメラは設置してあったのですが、二人が戦うスピードにはとてもついていけず、姉妹はそのまま――空の彼方へ消え去ってしまいました……」


「そ、それから五年……今ではもう、姉妹の行方を知る者は誰もいません……」


「えー!? 何だよそれー。 つまんねーの~」


「そ、そんなこと言われましても、それが事実でして~……」


「そ、それで……ど、どうかな~? ボクたち~? 私はその山井出姉妹の布教活動をしてて~……。 もしよかったら、この書類をお母さんに~……って、あれ?」


「と! とと……――わぁっ!!」


 まわりにいた子供達が、少し中腰になっていた巫女さんの服や髪の毛を引っ張り、無理やりに転倒させる。


「誰がそんなのに入るかよっ! バ~カッ!!」


「しゅうきょうって、ウソつきの集団だってかーちゃん言ってたもんねーっ!」


「おい! 行こーぜ!!」


 そう言った男の子の集団が転倒させた巫女さんのことを振り返りもせず、ドタバタと走り去っていく。


「うぅ~……また失敗だぁ……」


「私って、何でいつもこうなんだろ~……」


 そう言いながら、転倒した際にぶつけたお尻をスリスリとさすり続ける、涙目の巫女さん。


『――――』


 そうしていた中、自然と聞こえてきたのは――パチパチと鳴る小さな拍手の音。


「――スッゴイね~。 横でずっと聞いてたけど、若いのによくあんな昔の戦いのこと、そんなに詳しく知ってたね~」


 その女性は近くの机で頬杖ほおづえをついたまま、何やらすっごくニコニコ。


 何でかは知らないけど、すごく嬉しそうだった。


 だ、誰……?


 そもそも、大体にして若いって……それを言うなら、アナタの方がよっぽど……。


 どう見ても10代の中学――高校生ぐらい……?


 ……ん? それよりもこの子、何か、どこかで~……。


「ねーね~。 さっきあの子達を何かの宗教みたいのに誘ってたけど、それがあなたのお仕事~?」


「その宗教に入った人達からお金もらって、それで生活してるとか~?」


「お、お金……? ――あぁ、いえっ! この布教活動は私のライフワークの一環いっかんでして、山井出姉妹のことを話せることが私の何よりの喜びなんです~」


「それができるのでしたら、むしろ私のほうがお金を払いたいぐらいですよ~」


 そう話し続けていた私のことを、目の前の子が何やらポカンとした顔で見ていて――。


「――プッ、ふふっ。 何なの、その冗談……おっかし~」


 ? 別に冗談なんて言ったつもりないんだけど……何で?


 ――っていうか……この、子……。


 笑顔がまぶしくて、すっごく可愛い……。


 いつまでも見ていられる、っていうか……――近っ!!


「ねぇ、さっきの話……。 戦いの途中で山井出姉妹が行方不明になった、っていうのはわかったんだけど~……」


「あなた自身は、その姉妹がその後……どうなったと思ってるの?」


「……ふぇ? ――わ! 私の意見ですか~!?」


 あ、あぶな~っ!


 この子……ちゃんと私の目を見ながら話してくれてたのに、何だか勝手に見とれちゃってて、あやうく聞き逃すとこだった~。


「え、え~っとぉ……そうですね~……。 わ、私は……その~お恥ずかしいんですけどぉ……」


「や、山井出姉妹はあの戦いの後……お互いを愛する気持ちに気付き、理解し合い……。 そして――」


「そ、そして……その愛の結晶――お子を宿して、そのまま幸せな家庭を築いているんじゃないかなぁ~、って……」


「――……~~~~っ!」


 あ~っ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた~っ。


 けど……これが私の望む、あの姉妹の未来だから……。


「――へぇ……」


 私の話を聞いて、目の前の少女の瞳がわずかに見開き、何やら嬉しそうに口の端をつり上げたように見えた、けど――。


「えぇ~~!?」


 そう見えてたのは私の気のせいだったのか、今まで優しげに微笑んでいた少女の態度が急変。


 座っているイスを行儀悪く後ろに傾け、不満げな声とともに態度も横柄おうへいなものに変わった。


「え~!? 何それ~!? それって、おかしくなーい?」


「私もこれまで山井出姉妹の行方のウワサを色々聞いてきたけど、アナタみたいなこと言ってる人なんて一人もいなかったよ~?」


「え~っとぉ~……私の聞いた話だと~山井出姉妹はあの戦いの後、互いに力尽き、そのまま海の底に沈んでしまった~、とか」


「何らかしらの事件、事故、超常現象に巻き込まれた~、とか」


「説は色々あるけれど、あれから魔力感知の探索範囲にも引っかからないし、世界ランクのリストからも二人の名前が消えてる」


「だから二人はもうすでに亡くなっていて、今はもう生きていないっていうのが大勢たいせいの意見で――」


「そ! そんなことありえませんっ!!」


 途中で耐え切れなくなり、叫び出してしまう。


「だ、大体、お互いのことをあんなに想い合っていたあのお二人が、命尽きるまで戦うこと自体ありえないですし――」


「そ、そもそも戦いの最中さなか、本当に――何らかしらの事故や事件に巻き込まれ、て――ヒグッ……」


「――ぅ゛ぐ……ぁ、あれ? あ~もうっ! ――と、ともかく……っ!!」


「何があったとしても……っ! あのお二人なら、絶対に大丈夫なんですってばぁ~っ!!!」


 最後の方はほとんど泣き叫ぶような形になりながらも、そう言い切った。


「わ! わ! ちょっと! ゴ、ゴメンッ!!」


「まさか泣くなんて、思ってもなくて~……!」


「いぇ゛……わだしのぼうこそ、ずびばせん……」


「――グスッ! じ、自分でも、まさか泣くなんて思ってませんでしたから……」


「と、ともかくゴメンね~……私がイジワルなこと言っちゃったせいで~……」


「あ、あのね……私は――」


「――――」


「――……ちーちゃ~ん!!」


 聞こえてきたのは小さな女の子の声。


「ねーっ、ちーちゃん! ほらー! お母さんがそろそろ帰ろうって~!」


「――え? うん、わかった~。 なっきちゃん、それじゃあ帰ろっか~」


 そう言いながら、さっきまで私を慰めてくれてた少女が立ち上がり、今の子供と――その近くにいたお母さん(?)らしき人のもとまで合流し――。


「――――」


「――――」


「……ねーねー、それよりなっきちゃーん。 私のことはちーちゃんじゃなく、千夏お母さんかママって呼んでって、いつも言ってるでしょ~?」


 つないだ手を大きく前後にブラブラさせながら、そう言い聞かせる。


「うぅ゛~~っ!! だったら、ちーちゃんだって私のこと、なっきちゃんとか変な言い方しないでよっ!」


「私には『夏希なつき』って名前があるんだから、そう呼んでっ!」


「ん~? えぇ~? ……ふふ~っ♪ ――………やだ」


「うぅ゛~っ! もお~~っ!! ちーちゃんてば、そうやっていつも私をからかって~っ!!」


「――――」


「? お母さん……? どうしたの? 急にうずくまって……お腹でも痛い?」


「あっれ~? なっきちゃーん、お母さんがどうしてそうなってるか、なっきちゃんはわからないの~? お母さんのことなのに~?」


「え? え? ちーちゃんはわかるの?」


「――もっちろん♪ あのね~、かっきお母さんは~、さっきなっきちゃんに見せた私の、『………やだ』って言った時の私に見とれちゃって、それで動けなくなってるんだよ~♪」


「……はぁ?」


「ねぇ……ちーちゃん、何言ってるの? ……大丈夫?」


 ――頭が。 とまではさすがに言わなかったけど、さげすんだなっきちゃんの瞳が言葉以上にそれを物語っていた。


「……ん? って、あれ? ちょ、お、おかーさん!? なんでお顔真っ赤にしながら下向いて震えてるの!?」


「も、もしかして、さっきちーちゃんが言ってたこと、本当だったの!? しっかりしてーっ!! お母さーん!!」


「……んっ! ――ゴ、ゴホン!! な、夏希……さっきから一体何を言ってるの?」


「わ、私が見とれてたとか、そんなワケのわからないこと言ってないで、早く――」


「お母さーんっ! そんな口元ニヤニヤさせながら言っても全然説得力ないよーっ!!」


「なっきちゃん。 図書館では、静かに……」


「うぅ゛~~っ! 元はといえばちーちゃんが~」


「いいから、ホラ。 リンちゃんがさっきまで奥のほうにいたから、このまま手つないで一緒に迎えにいこ?」


「ちーちゃん……。 リンちゃんじゃなく、『鈴音すずね』ちゃんだよ……」


「うん♪ けど、リンちゃんもカワイイでしょ? リンリン鳴る鈴みたいで~♪」


「――っと……さっきの~……巫女さんだから~、みーちゃん、またねー」


「――ふぇ!? は、はい~……」


「? 知り合い?」


「うん、さっきお友達になったのー」


「………」


「ん? かっきちゃん? 何でそんなジト目になってるの?」


「――別に……」


「――――」


「リンちゃ~ん。 どこ~?」


「――あ。 ここいたんだ~」


「リンちゃーん、見たい本見つかったー?」


「………。(コクリ)」


「かっきちゃんがそろそろ帰るから、もう行こうって~」


「……――はい、お母さま」


「んも~っ、私のことはお母さんかママって呼んでって、いつも言ってるでしょ~?」


「って、うわ~っ。 リンちゃんてば、そんな難しそうな本借りるの? 大丈夫? 読める?」


「………。(コクン)」


「そっか~。 それじゃあ、そのご本持って一緒に受付まで行こっか?」


「――ほら、おいで」


「……――はい♪」


 そうやって小さく笑った鈴音が、本を抱えたまま――千夏の腕に抱きついたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る