エピローグ

第26話 エピローグ ① 『光の射す家』

「――ん……」


 薄いカーテンから透けて差し込むやわらかな日の光を受けることで勝希の眉間がピクンと反応し、その明るさから逃れるようにゴロンと寝返りを打つ。


「――――」


 その際、鼻腔から伝わってきた自分とは違う他人の体臭を感じ、意識が徐々に覚醒していく。


「――――」


「おはようございます。 お嬢様」


 よく通る、言葉ひとつひとつを規則正しく丁寧に伝えようとする、そんな意思を感じさせる物言い。


 そう話す人物は、この家の中で一人しか心当たりがなかった。


「………」


 頭は寝ぼけた状態のまま……半眼の瞳になって声の聞こえてきた人物の方へと視線を向ける。


「――――」


 まず最初に視界に入ってきたのは女性のつむじだった。


 その女性は最初のおはようの挨拶から10秒近く経った今でも顔を伏せ、頭を下げ続けていた。


「――――」


 そこからようやく頭をあげた女性が可愛らしく小首をかしげ、優しげに勝希に微笑みかけてくる。


 その女性は西洋の給仕服――つまりメイド服に身を包んでおり、こうしてただ普通に笑っているだけなのに全く隙がなく、妙な圧迫感さえ感じられる。


 そんなメイドに対し、勝希がひと言――。


「おはよ……相変わらずキモイんですけど……その言い方……」


 寝ぼけまなこを擦りながら、目の前のメイド――黒木 桜花へそう告げた。


「また勝手に部屋に入ってきて~……。 私が寝てる間に変なコトしなかったでしょうね~……。 そもそも毎回、どうやってカギを~……」


「――――」


 チャリッと、勝希の目の前にぶら下がったカギを鳴らしながら桜花が目を閉じ、一礼。


「いついかなる時もあるじの身を案じるのがメイドのつとめ……どうぞお気になさいませんよう……」


 桜花が目を伏せたまま、スカートの端を軽くつまんでみせると――。


「――――」


 ――トンと、そのまま踊るような動きでバックステップ。


 桜花の持っていたカギを取り返そうと、伸びていた勝希の手がスルリと空を切る。


「――はぁ……」


 元々そこまで本気じゃなかったこともあり、カギの行方を簡単に諦めた勝希が、やたらと楽しげに見える桜花を見ながら大げさに息を吐く。


「――ねぇ……そのメイド服……。 何だか、前のとデザイン違ってない? また新しいの買ったの?」


「あ♪ お気付きになられました? 確かにこれまでのは単なる既製品でしたが、私がずっと身にまとうものですから毎晩夜なべして一生懸命作ったんです~」


「――どうです? 似合いますか?」


 桜花がスカートの両端を持ちながら、チラッチラッと前後を見せびらかせた後――クルリと一回転。


 回転するスカートが勝希の目の前でフワリと弧を描く。


 そんな桜花を見ながら、勝希が頭痛を押さえるかのように指先をこめかみに当てており――。


「ずっと……? 毎晩夜なべしたって……」


「――ねぇ……このメイドごっこって、いつまで続ける気~?」


「――――」


 勝希がそう言い放ち、視線を向けた先には、目を閉じながらフルフルと首を振っている桜花がいた。


「いつまでも何もありません……」


「強さこそ全て……それが私にとって、絶対的なもの……」


「そう信じて疑わなかった日々……」


「そんな私が勝希様に見事打ち倒され、敗北してしまいました……」


「そうなってしまった以上、敗者が勝者につき従うのは当然のことです」


「――はぁ~……」


 と、勝希の口から再び漏れ出る、大きなため息。


「……またそれ? 何度も言うようだけど、私にそんな自覚はないし、アンタに勝てただなんて私、これっぽっちも思ってないから」


「考えてもみてよ、私なんてどこにでもいる一般人で、そもそも――……何?」


「――――」


 クスクスと口元に手を当て、込み上げる笑いを抑え切れないといった感じの桜花が目を細める。


「いえ……勝希様がご自身のことをどこにでもいる一般人などというご冗談をおっしゃったものですから、ここは笑ってさしあげるのが正しきメイドのあり方かと……」


「――――」


 途端に勝希の全身からガクンと力が抜け、同時にあきれ顔になる。


「――もういいや……とりあえず私、これから着替えるから――って、ちょ……」


「? いえ、お着替えをされるのでしたら、ぜひお手伝いをと思いまして……」


「一人で大丈夫~……いいから出てってよ~」


 シッシッという感じで、勝希の手首が軽く動く。


「そう……ですか……」


 目に見えて桜花の顔が落胆のモノに変わり、小さく丸めた背中でトボトボと部屋のドアへ向かっていく。


「………」


 そんな桜花を横目で見ながら、勝希はベッドで体育座りになったまま、頬杖ほおづえをついてそっぽを向くと――。


「き、着替えは――……着替えは一人で十分だけど、髪のセットには少しだけ時間かかるから、もし手伝ってくれるんだったら、少しは私も――」


「手伝います! 是非にっ!!」


 言い終える間もなく、食い気味にそう宣言した桜花が瞳を輝かせ、舞い戻ってくる。


 その前に……と、自室の中に備え付けてある洗面台で洗顔を済ませると、当然のように横で待ち構えていた桜花が乾いたタオルを持った状態で待機してたりした。


「――――」


「それじゃ、お願い」


 そう言った後、寝巻き姿のままの勝希が鏡面台のイスに腰掛け、髪を広げる。


「――――」


「――~~~♪」


 そのまま目を閉じ、髪をすく感覚とともに聞こえてくるのは楽しげな感じの鼻歌。


 そのことに違和感を覚え、口を開く勝希。


「……ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど」


「――はい?」


「前から言ってる、私に負けたっていう話……。 仮にそれが本当だとしたら、それって悔しくないの?」


「やり返してやろうとか……いっそのこと殺してやりたいって、そう思わないの?」


「――――」


「だとしたら今の私……あなたに背中を向けてる上、無防備な首元もさらし放題の状態だから、今だったら簡単に殺せるね」


 最後の語尾に挑発めいた色合いを込め、鏡ごしで視線を交錯させたまま、そう告げる。


「――――」


 その直後――クスクスと聞こえてきた笑い声とともに、映って見えるのは桜花が微笑む姿。


「――フフッ、何です? それってさっきの冗談の続きですか?」


「――――」


 それを見た勝希から途端に気が抜け、小さく息を吐く。


 そうして、その手は全く止めずに動かしたまま――桜花の口元に笑みが浮かぶ。


「あの日、あの時……。 もし勝希様に負けていなかったら、今のこの私はありませんでした……」


「ですから、勝希様には感謝の思いこそあれ、恨んでいる気持ちなんてこれっぽっちもありません……」


「それに、先ほど勝希様は今のご自分は簡単に殺せるようなことをおっしゃてましたが……もし仮に、今からここで私が勝希様を殺そうとしても、きっと勝希様はその殺気に気付いて反応し、逆に返り討ちにされると……そう思います」


「――何か……私の知らないところで、私のウワサだけが勝手にひとり歩きしてる、って……そんな気がしてならないんだけど……」


「――フフッ♪ 私からすれば、勝希様はご自身のことを過小評価しすぎかと、そのように思われるのですが……――っと」


 桜花がそう言い終え、細い長めのリボンをキュッと締めて終了。


 伸ばした髪を編み込みにして後ろでまとめる。 最近の勝希のお気に入りの髪型が完成した。


「……終わった? だったら後は――」


「はい♪ 着替えのお手伝いですね♪」


「――はぁ……。 どうせ今日もまた頼んでもないのに朝食だって作ってあるんでしょ?」


「私が着替えてる間に、それ用意しておいて」


「っ!」


 勝希のその言葉受け、桜花の瞳がキラッとした輝きを放つ。


「そのやさぐれた感じの言い方っ! それは、もしかして命令ですか!? でしたら――」


「はぁ……。 ――命令、早くして。 そして、さっさと部屋から出てって」


「――はい♪ 今からご用意いたしますので、ごゆっくりいらして下さーい♪」


 そう言い終え、音もなく部屋から出ていった桜花の後を見ながら、勝希は今朝だけで何度目かになるため息を吐き出し、ようやく着替えを開始するのだった。


 それから部屋にある鏡面台の前に腰掛け、軽めのナチュラルメイクをしてから1階へ――。


「――――」


 リビングにいたのはいつもの顔ぶれ。


 そこで私は、いつもの――自分の定位置になっている席へと腰掛ける。


「――……~~~~っ」


 思わず……そのまま沈み込んでしまうような座り心地のいいイスに、思わず二度寝しそうになってしまう……。


 そうして……私が人知れず襲い来る睡魔と戦っている中、何やら隣の席から私のことをジト目でにらむ友人の姿が目に入ってきたので、とりあえずひと言。


「――おはよ、さち」


「……………おはよ。 ――っていっても、もう9時過ぎだけど」


 そう挨拶を返してきたのは臼井うすい さち。


 この家で一緒に住んでる同居人で、アイドルになることを今でも夢見て諦めていない、私が心の内で密かに尊敬してたりする友人だった。


「――………?」


 何だか微妙に、さちの挨拶が返ってくるのが遅くて、顔をじ~っと見られてた気がしたけど、気のせい……?


「私、今日は遅番で10時半からだし、これでいーの。 それより、そっちは?」


「――ぅ……っ」


 言われたさちが言葉を詰まらせ、身をよじらせながら微妙に距離を取る。


「オ、オフよ! オフ! 次もっ! その次の日もっ!!」


「――ま、まあ? その分だけ自分のスキルアップできるし? 別に全然くやしいだなんて、これっぽっちも思ってないし~?」


「ふ~ん……でも、その次の日は?」


「……テ、テレビ収録……。 週一回……深夜番組の5分コーナー、だけど……」


「ふ~ん~……。 へ~~」


 それでも十分スゴイことに思えるけど、本人は全然納得してないようなので、あえて私は――。


「そっか~。 それじゃ、もう少し頑張んなきゃね~」


 と、あえて心にもない冷たい言葉を投げかけておく。


 それを受け、さちは――。


「うん……頑張る……。 私の夢だもん……」


 コクコクと自分自身に言い聞かせるように何度も頷き、決意を新たにしているようだった。


 さちの口から出た夢という単語を聞くと、自然とロシアで起こったあの日の出来事が思い返されてしまう……。


 あれから結局……さちは私の頬を思いっ切り平手打ちした後、私を抱き締めながらワンワン泣いて――。


 それから私の方からゴメンって謝って、それで仲直り。


 さちは私と同い年だけど、いつかそんな人になりたい……そんなふうに思わせてくれるカッコイイ女性だった。


「――大変お待たせいたしました。 勝希様、こちらが本日の朝食になります」


 そう考え事をしている間に、桜花の用意した朝食が次々とテーブルの上に並べられていく。


 大盛りのご飯に焼き魚とたまご焼き、小鉢いっぱいに入った浅漬けとお味噌汁。


 和食の定番ともいえる朝食風景が目の前に広がった。


「――――」


「………」


 それは――ついさっきのさちと同じ。 朝食を並べ終えた桜花が、何やら私のことをじーっと見つめてきている。


「……何?」


「いえいえ~♪」


 満面の笑顔で首をフルフル。 むしろ、まるで何かをごまかしているかのようにさえ見えてくる。


 ……さっきから何なの? 私の顔に何かついてる? ラクガキ、とか? けど、お化粧してた時は何も……。


 そう思いながら、自分の顔をペタペタ触っていると――。


「そこのメイドさ~ん。 私にも同じのちょうだ~い」


 と、まるで店員に話し掛けるように手をヒラヒラさせ、少し遠くにいる桜花にそう注文する。


「――――」


 直後、部屋の空気がピキッと凍りつき、桜花のこめかみに青スジの血管が浮かび上がった。


「うーすーい様~? 私はあくまで山井出家に仕えるメイドであって、単なる同居人であるアンタ様の言うことなんて、これっぽっちも聞く必要ねーんですけど~?」


「――はぁ!? なに自分に都合よくなるように言い訳してんの~? それに私はただの同居人じゃなく勝希の親友なのっ!! メイドならメイドらしく主人の友人をもてなしなさいよっ!」


「あとメッキが剥がれて言葉遣いがメチャクチャになってきてるから!」


「――んなっ!! 人が黙って聞いてればさっきから言いたい放題~っ! ……いいでしょう、そっちがその気なら――」


「クロ~……これからご飯食べようとしてる時に、ほこり立つようなコトしようとしないでよ~……」


「いいから~。 さちの分もお願いね、クロ」


 どうせさちの分も用意してあるクセに……どうしてこの二人は毎回、いつもこう……――?


 ……何? クロってば、何急に固まって――。


「勝希様……いま私のことを、ちょっとでも、アンタでもなく……あの方と同じように、クロと……」


「――あ」


 そういえば、つい――。


「――フフッ♪ かしこまりました♪ 臼井うすい様、ただいま用意いたしますね~♪ 少々お待ち下さ~い♪」


 足どり軽く、キッチンに入っていった桜花がほんの数十秒で反転し、お盆に朝食を乗せて戻ってくる。


 やっぱり……最初からさちの分も用意してあった……。


 はぁ……。 だったら……その後のやりとりも、どうせまた――。


 桜花がキッチンの壁際に立ってなにやらソワソワ……まるで何かを待っているようだった。


 しょうがないと思いつつも、無視することもできないので再度呼びかける。


「ほら……何してんの? 早く朝ゴハン食べるよ~?」


「――い、いえ……。 私はメイドですから後で~……」


「いいから~、そんなことされたら、私がアンタのことイジメてるみたいじゃない」


「も、もしかしてそれは命令ですか? もし、そうでしたら――」


「――命令。 早くして」


「――はい♪ かしこまりました~」


 そう言った後、また数十秒と待たずに出てくる桜花自身の朝食が瞬時にテーブルに並べられる。


 毎朝、毎朝……何なの? この茶番……。


 そう思いつつも、心のどこかそれも悪くないと思っている自分も同時にいて――。


「……いっただきま~す」


 起きたばかりということもあってテンションも上がらず、言い方もどこかおざなりになってしまう。


「――………」


 目の前に並ぶ朝食は――くやしいけど、かなりおいしそうに見える。


 う~ん……まずはとりあえず浅漬けから――と思った時には それがもう口の中に運ばれていた。


 ゴリゴリ、シャキシャキと、歯ごたえがしっかりと残ったキャベツにほどよい塩加減。 それから新鮮なきゅうりと細かく切ったニンジンも合わさって――。


「――――」


 追加で、ご飯もパクリとひと口。


 次に焼き魚、たまご焼きと、順番に口にしていく。


 む……っ。 クロめ……腕を上げたな~……。


 一番最初の……ただ肉を焼いただけの料理しか出てこなかったあの頃と比べたら、それこそ天と地だった。


 夜なべしてメイド服を作ったって聞いた時にも思ったけど……――あれ? 最近の私って、もしかしてクロに女子力負けてる?


 そんなことを考えながらお味噌汁に舌鼓したづづみを打っていると――。


「――――」


『――さあ! 本日は日本一番有名になってしまった通称・神の巫女っ。 山井出 千夏さんの大特集っ! その第2弾で~す!』


『かつて、かの神丘かみおか神社の巫女としてアルバイトとして勤めながら絶大な人気を誇っていた山井出 千夏さんっ』


『人々の願いを本当に叶えてしまう、まるで神様の生まれ変わりとして噂が噂を呼び、ついには――」


「――――」


『あんまり撮らないで下さいよ~、恥ずかし~な~。 私ってすっごい天パで、髪の色だって黒くないでしょ~?』


『だからこういうの全然似合ってなくて~』


 そう言いながら両手を左右に伸ばし、これから着る巫女服のサイズが合っているかどうかの試着。


『彼女がこうして身にまとっている巫女服は、この神社で年に一度執り行なわれている神降ろしの儀――その際の特別な衣装』


『本来ならそれは、数年以上神に仕えている巫女のみから選定されてきた神聖な――『神の舞』』


『山井出 千夏さんはアルバイト経験しかないにもかかわらず、その巫女に見事大抜擢されたのです』


『すごくお似合いですよ?(テロップ)』


『え~、本当ですか~? ありがとうございまーす♪ お世辞でも嬉しいです~』


『このように――カメラの前で終始リラックスしていた千夏さんでしたが、いざ儀式が始まるとその雰囲気は一変』


『――――』


『それはまさに、その身に神が宿っているかのような……』


『見る者の魂を震わせ、それでいて人生の全てをその舞いを踊ることだけに費やしてきたかのように感じられる――本物の『神の舞』でした』


『事実、この神社のまわりでは小規模のライフストームが確認されており、見ている者全ての願いを叶えたとさえ言われています』


『――そして、これが……山井出 千夏さんがこの神社で舞う、最後の機会となったのです……』


 右下のテロップに『CMの後もまだまだ続きます』と表示され、映像が切り替わる。


「――――」


 皆がその番組を集中して見ていた中で、ポツリとさちがつぶやく。


「確かに……あの人がまともに生きてたのって、あの日が最後だったわね……」


 今の、そのさちの言葉を受け――。


「――――」


 テーブルの左右に2対ずつ――四つ並ぶイスの内、不自然に空いたひとつのイスに、皆の視線が集まる……。


「………」


 そして、三人が三人とも……悲痛な面持ちになってうつむき、食事をする手すら止めてしまう……。


 そんな空気の中――。


「あの~、それじゃあ今の私がまるでまともじゃない――みたいに聞こえるんですけど~?」


 言いながら勝希の頭の上でアゴをカクカク。


 自らのヒザの上に勝希を乗せていた千夏が、両手をダランとさせながらまるで人形を抱くような形で、勝希を後ろから抱きかかえている。


 それは――勝希が最初にリビングに入って自分の席に着いた、その瞬間からで、勝希自身の朝食も千夏の手を借りたまま、ずっと食べさせてもらっていた。


『――――』


『その後――山井出 千夏さんは神社だけでなく、その活動範囲をグローバルに展開!!』


『今では世界各地でライフストリームを起こしつつ、同時に魔法犯罪者の摘発までし、皆さんの平和を守り続ける――戦って踊れる、空飛ぶ巫女として大活躍中ですっ!』


 CM開け直後、そう紹介されながら続く山井出 千夏の特番。


「って……あれ? それよりさっちゃん、何か怒ってる?」


「~~~~っ! 私が怒ってんのは――ほらっ! あれよ、あれっ!!」


「さっきのあの踊れるってヤツ! アイドル目指してる私からしたら土俵が微妙にかぶってんの! 立派な営業妨害よっ!!」


「え~!? あれってわたし的には踊りじゃなく、舞いのつもりなんだけどな~」


「そもそも、どうしてあんな舞いが私に踊れるのか自分でもよくわかってないし~……」


「きっと私の身体っていうか、この身の流れる何かの記憶みたいなモノだって思うんだ~」


「それに……私の知ってるさっちゃんは、ライバルが強ければ強いほど燃えるタイプだと思ってたんだけど~……違うの?」


「~~~~っ!!!」


 その言葉に反論できず、さちの機嫌がますます悪くなっていき――。


「ちょっと勝希!! アンタもアンタで、何されるがままになってんの!? 少しは抵抗なさいよっ!!」


 とりあえず、目についた勝希に今の怒りを当り散らしておく。


「……何? だって、元々ここって私の席だし……だから、ここに座ってるだけだし……」


「そ、それに? 私の実力じゃ抵抗したってどうせすぐに捕まっちゃうだろうから、それで仕方なく諦めてるだけだし……」


 ちょっと、勝希ーっ!! 口元ニヤニヤさせながらそう言ってても全然説得力ないのよーっ!! 完全にデレデレじゃないの~っ!!


「―――っ! そ、そうだっ! それに! アンタの正体が、あの天西 鈴音おねーさま!? だなんて私、いまだに信じてないんだからねっ!!」


 ビシッ! と指差し、それだけはハッキリと告げておく。


「んん~~?」


 勝希を腕に抱いたままの、千夏の身体が微妙にナナメに傾く。


「――――」


 そもそも大体にして、死んだ人間が生き返るって何!?


 そんな魔法はもちろん存在が確認されてないし、死んだハズの人間がそんな簡単にポンポン生き返ってたりしたら世界は今頃――……近い、近い、近い、近い~っ!!


 すぐ真横にいた千夏が首を傾けた状態のまま、さちの目の前まで顔を近づけていて――。


「――ねえ。 もしかして……さっちゃんもかっきちゃんと同じ、ツンデレ屋さん?」


 と、小首をかしげ、率直な疑問をぶつけてきた。


「――ふぁ……え?」


 緊張のためか声が裏返ってしまい、顔まで熱くなって頭も回らず、情けない声しか出てこない。


「――――」


 そんな二人のやりとりをずっと横目で見てた勝希がプイッと前を向き、目の前の朝食をパクパク。


 それすらも千夏の手を借りたままで、次々と朝食を口の中へ放り込んでいく。


 ングングと動く口。


 そして、後ろにいる千夏がそれに合わせて淀みなくハシを動かす。


 勝希が何を思い、どう考え、次に何を食べたいのか、その思考を完全に読み切った上で理解し、次に食べたい物を食べたい量の分だけ口に運ぶ。


「だ、大体――ンッ!?」


 勝希が何か言い掛けようとしたタイミングで、後ろにいる千夏が手にしたおしぼりを押しつけ、口を塞ぐ。


「――ちょっと待ってね~、かっきちゃん……口まわり少し汚れてるから~」


「フキフキ……っと。 ――ん、カワイイ♪」


「――ん……っと。 ――だ、大体、さちも私のどこ見てツンデレって言ってるんだかっ! 全く……っ!」


 そう言い終え、千夏の手を借りながら再び食事を再開させる勝希。


 鏡っ! 鏡っ! 勝希っ! アンタ、鏡見なさいよ~っ!!


「――――」


 そんな少し騒がしい遅めの朝食の中、我関せずといった感じで自分で作った料理を黙々と口へ運んでいくメイドが一人。


「――ねぇ、クロちゃん」


 そんな桜花に千夏が呼びかける。


「最近のクロちゃんて、何だか別人みたくおとなしくなっちゃったけど、何か心境の変化でもあったの? もしかして私達のこと嫌いになっちゃった? ――っていうより、元から好きじゃなかった?」


 その言葉を受けて桜花が食事の手を止め、千夏の方を向く。


「千夏様……私は気付いたのです。 千夏様達に負け、敗者となった以上、勝者である千夏様達に生涯お仕えするのが私の正しきあり方なのだ、と……」


「そのために心を殺し、ただあるじの命に従う人形になると……――そう決めたのです」


「――――」


「………」


 視線を見合わせた三人が桜花の告白を受け、言葉を失ってしまう。


「それじゃあ今のクロちゃんって、心の中にある従いたくないって気持ちを押し殺したまま、仕方なくメイドとして仕えているって、そういうコト?」


 千夏のその質問を聞いた桜花は静かに目を閉じると――。


「――お答えできません。 今の私にはその資格がありませんから」


「――――」


 その言葉はどこまでも冷たく人形のようで、それを聞いていた勝希とさちの表情が固くなった。


 そこへ――。


「それから、クロちゃん。 さっきからずっと電話鳴ってるけど、出なくていいの?」


「――ふぇっ!? な、何で、そこから聞こえて……!?」


 裏返ってしまった第一声に、絵に描いたような慌てっぷり。 今の千夏の言葉で明らかに動揺している桜花がそこにいた。


「出ていいよ?」


「――え!? い、いえいえ~……私は今、勤務中ですので~」


「――命令。 クロちゃん、出て」


「あ、それから音量は最大――みんなにも聞こえるよう、ハンズフリーにしてね♪」


「―――っ」


 命令のひと言で二の句が継げなくなった桜花がメイド服のエプロンポケットから振動しているスマホを取り出すと、震える指先で画面を操作し――。


『あーっ!!! リーダーってばやっと出たーっ!! 山井出姉妹に仕えるメイドだなんて超 うらやましいですよー!! いいかげん早く代わって下さいよーっ!!!』


『次に誰がやるか順番まで決めてるんですからー!! それに――今日初めて勝希様の髪の毛セットするの手伝えたー(ハート)って何ですか! その事後報告っ!!』


『そんな自慢はいいんで早く代わって下さいよーっ!! ――あ、それから毎朝の勝希様寝顔コレクションも――』


「―――っ!!」


 耐え切れなくなった桜花がテーブルの上に置かれていたスマホの画面に指先を当て――通話を強制終了させた。


「――――」


「………」


 周囲の沈黙に負け、桜花から冷や汗がダラダラ。 その状態のまま固まって動けずにいると――。


「へー、かっきちゃんの髪型のセットに寝顔コレクションか~。 ふ~ん……」


 いつの間にかすぐ隣に立っていた千夏が桜花の肩にポンと軽く手を置きながら、妙な威圧感を放つ。


「ま、色々言いたいことはあるケド、とりあえず今は~……っと。 ――さっちゃーん!」


「――?」


 いきなり叫んだ千夏がテーブルの上にあったスマホを軽く放り、さちが首をかしげながらそれを片手でキャッチする。


「――あ。 かっきちゃんはクロちゃんが逃げないようにちゃんと押さえてて~」


「……は? ――いででででっ!!」


 千夏のひと言で瞬時に現れた勝希が桜花の後ろにまわり込み、手首をグイッと背中にひねり上げる。


 その間に、千夏とさちは――。


「向きは、こうで~……ここ押せばつながるから……うん、もう押していいから後はお願いね~」


「全く……。 何で関係ない私がこんなこと……」


 ブツブツそう言いつつもさちは桜花にピントを合わせ、言われた通りのことを真面目に操作する。


 そして、その画面の中に映っているのは勝希に押さえ込まれ、身動きできなくなっている桜花で――。


 その横から……両手をワシャワシャさせ、近づいてくる千夏の姿。


「――あ、あの……千夏様? どうかご冷静に……か、勝希様も~……―――っ! ……ってあれ? 本当に外せない……っ!?」


「ちょ! お、おい! ちょっと待て! それ以上近づ――プ! ギャハハハハハッ!!!!」


『もしもし~? リーダー? ――っあ、これテレビ電話だ~』


『お~いっ!! 何かリーダーからテレビ電話きてるっぽいよ~!?』


『え~何~?』


『めずらし~』


『見る見る~』


『――ああーっ!! やっぱり~っ! リーダーってばすっごく楽しそうにしてて~っ!! もう~っ!!』


『へ~……。 リーダーってば、ああやって笑うんだ~』


『……初めて見た』


『――カワイイ♪』


「ま、待って! ゴメッ!! ハハハハッ!!! ゴメンなさいってば~っ!! プハハハハハッ!!!!」


 これは陽だまりの射す家の……ある日常の一コマだった。

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