第25話 山井出 勝希の見た世界 ⑤ 『ライフストーム』
「――――」
歩いた……。
歩いて、歩いて、歩いて……。
ひたすら歩き続けた……。
「――――」
何もない極寒の荒野を、ただひたすら歩く。
周囲から変だからやめた方がいいと言われながらも、常に持ち続けてきたこの竹刀。
それを杖代わりにすることで自分の身体を支え、どうにか歩く。
「―――っ」
そうまでしてもまだ足元がおぼつかず、途中で体勢が崩れてしまう。
「――――」
――グッと、そんな私の身体を横から支えてくれる温かな感触。
高校の頃からの、私のかけがいのない友人――
真っ白な髪とシワくちゃになった顔や手……。 声もしがれてるし、最近は目だってよく見えなくなってきた。
あれから……無事に高校を卒業して念願だった医師になって――もう『一年』。
これが私、
私の使う魔法――『手当て』にはリスクというか、代償があった。
人の持つ生命エネルギー……すなわち寿命の減少。
これまで自分の身体検査を続けながら検証してみたけど、どうやらそれで間違いないなさそうだった。
一回の『手当て』で消費する寿命はどのくらいで、あと何回使えるのか……そこまではわからない。
――けど、たった一年とはいえ、これでも医者の端くれ。
だからこそわかる……。
私の命は、もう長くない……って。
多く見積もってあと一、二ヶ月持つかどうか……多分そのぐらいだろうというのが、私の自己診断だった。
医者になってから……私のやりたいことを、やりたいだけできた……。
だから、後悔は全くない。
私のやりたかったこと……――それは、子供病の治療だった。
治療法も含め、その原因までもが不明だった奇病だけど、私が胸の――というより、心臓付近のところに『手当て』をするとそれはほどなくして完治し、同時に強い脱力感を覚える。
何はともあれ、それで治療は無事に成功し、慣れてきた今では背中を向けてもらい、そこに『手当て』するやり方に変えていた。
不治の病として世界中で恐れられていた子供病だったけど、あの空からの贈り物はその子供病にすら有効で、瞬時に完治に至っていた。
空からの贈り物は世界各地、ほぼ全てで発生してるけど、それでも当然漏れはある。
私はそんな漏れや、運悪く空の贈り物の恩恵を得られなかった人達を対象に――。
あるいはまだ空の贈り物が発生していない国や地域に直接赴き、そこで子供病の治療を行ってきた。
そして――ここも海外。
ここは諸島の島国と海上以外で、空の贈り物がまだ発生してない、地上で唯一の国――ロシアに来ていた。
私がこれまで子供病を治療してきた患者は、累計千人以上。
これが多いのか少ないのか自分でもよくわからないけど、ひたすら治療し続けてきたかいもあり、今回でようやく底が見えた。
というのも、世間で魔法が確認されて以降――新たな子供病の患者は発見されなくなっているからだ。
……子供病は感染病じゃないことが確認されているハズなのに、かつての原発事故跡地に隔離されるように集められた15人の子供とその家族達。
その15人が、世界で確認されてる最後の子供病患者だった。
このまま私が最後の治療を終えれば、子供病とは一体何が原因で、どういった対策をすればいいのか、結局わからずじまいで病が根絶してしまうことになる。
――けど、そんなのはどうでもいい些細なことで、同時にそれでいいと私は思い、こうして歩み続けていた。
「――――」
その足をいったん止め、視線だけ横に向けると――。
「ありがと、さち。 ここまででいいよ」
と、今までかたわらを一緒に歩いてくれてた友人に声を掛けた。
「……は? 何? え? ――ここ!?」
「――ここ……って、バス停も何も無いし、目印みたいなモノも無いけど……誰か、ここに迎えでもくるの?」
「………」
その質問にあえて答えず、話題を変える。
「……ねぇ、知ってる? ここ――っていうか、このあたり一帯の地域って、神様から見捨てられた地って呼ばれてるんだって」
「単純にここが神様の贈り物が起きてない大陸で唯一の地、ってだけなんだけど……」
「けど……この国の人達は、ここがかつての原発事故跡地っていうこともあって、それでみんなもここが呪われた場所かもしれないって、そう信じちゃって……」
「だからここには車の一台も通ってなくて、食べ物や何かも長距離輸送用のドローンで――」
「――だ、だったら!! だったら、なおさら一人でなんて無理じゃない!」
「だ、大体! 帰りだってあるのに、どうやって――……っ!」
そこまで言い掛けたさちの言葉がハッとなって止まる。
「まさか、勝希……このまま戻らないつもり……?」
「………」
まいったな……また話題変えないと……次は――。
「え~っと、さち? あのね――」
「元々……この国に来るのだって、私が気付かなきゃ勝手に一人で行こうとしてたし……。 ――そうなんでしょ!? 答えなさいよ! 勝希っ!!」
「………」
そう叫ぶさちの表情を黙った状態で見つめる。
「――――」
真剣で真っすぐな瞳と、興奮して荒くなった呼吸……。
どうやら嘘や冗談といったごまかしの
「さち……あなたの夢って、何?」
「……え? 何? ――夢!? 私の?」
私の返答を予期していなかったのか、肩透かしされたようになったさちが少しだけ慌てた口調になる。
「――わ、私の将来の夢はね……誰もが認める世界のトップアイドルになること……」
「それが、私の夢……」
「………」
「な、何!? ハタチ過ぎのオバサンが何言ってるんだって、笑いなさいよっ!!」
「笑うって、何で? すごくいい夢じゃない」
アイドル業界のことは詳しくないけど、
「……そ、そう? ありがと……」
軽く頬を染めたさちがそっぽを向き、合わせた両手の指先をモジモジさせる。
「こ、この夢はね……かつての私が目指して、諦めた夢……」
「私のこの命は、今は行方不明になってる天西 鈴音おねーさまと、山井出 勝希……その二人から救ってもらった大切な命……」
「その上、コンプレックスだった顔の古傷も、多分だけどおねーさまが消してくれて……首に残ってた傷痕だって、後から勝希が『手当て』で治してくれた……」
「――ねぇ……よく考えてよ、勝希……。 あなたとおねーさまには、一生かけても返し切れないだけの借りがあるの……っ」
「ライフストームは世界各地でほぼ均等に起きてるから、もう少し待ってればその内絶対ここでも起きるって!」
「そ、それに、ほら! 勝希の身体だって、魔法の使用を控えていれば徐々に回復して、いずれ元に戻っていくかもしれないし……っ!」
「だ、大体っ! この国にも回復系の魔法使いは当然いるだろうから、何も勝希がわざわざ別の国の患者まで治療してあげる必要なんてないって!」
そうやってまくし立てるように話すさちを見ている間、私は終始心を穏やかにさせ、その内容に耳を傾けていた。
そして、話すさちの言葉が途切れたタイミングを見計らい、口を開く。
「……うん。 さちの言ってることは、すごく正しいね……」
「これから私のやることは今後の展開しだいじゃ、全く意味のない結果に終わってしまうかもしれない……」
「!! そ、そうでしょ!? なら――」
「――でも。 無意味な結果にならない可能性がある以上、私は行くよ」
「――――」
パッと、花咲くように開いたさちの笑顔が、その言葉で瞬時に絶望に変わる。
「なん……で……っ!」
「――だって……かつて、私のお姉ちゃんを殺した子供病をこの世界から完全になくす」
「それが、私の『夢』だから……」
「――――」
その言葉にピクッと反応し、さちの身体が震える。
「それに……ホラッ、冷静になって考えてみて?」
「私のこの老い先短い命で、これから向かう先にいる将来有望な子供――15人分の命を救えるんだよ?」
「それってすごく合理的で、理にかなってるでしょ?」
「――――」
「………」
「………」
勝希が明るくそう告げた後で、二人の間に流れる重々しい沈黙。
「――~~~~っ!」
その間、さちの口元がワナワナと動いていて――。
「……ふざけんな! ――ふざけるなよっ!! アンタのそのくだらない夢と、私の夢を同列にして語るなっ!! 虫唾が走るっ!!!」
「どこの誰とも知らない15人分の子供の命が助かる!? そんなのどうだっていいっ!!」
「私にとっては、その子供達を救わないことで勝希が一日でも長く生きられる……そっちの方がずっといいっ!!」
「――――」
その叫びで、勝希の眉がピクッと動く。
今のフレーズ……どこか聞き覚えが……。
興奮状態のさちが呼吸を荒くさせながら続ける。
「――いい? 夢ってのは希望!! 夢は喜び!! 夢が叶った人はまわりみんなからの憧れで、誰よりも幸せな存在にならなきゃいけないの!!」
「だからアンタのそれは夢じゃないっ!! 私がそれを夢だって認めないっ!!!」
「もしかしてアンタ……自分が死んでも誰も悲しまないとでも思ってる!?」
「少なくとも私は泣くし!! すっごく悲しむからっ!! ――バカァッ!!!」
「~~~~っ!!」
肩を震わせながら夢中で叫び続ける中で、さちはポロポロと涙をこぼして泣いてた。
「――――」
「………」
「………」
それから……二人の間に、さちがたまに鼻をすする音だけの沈黙がしばらく流れた後――。
「さち……ひとつ、いい?」
「結構前から言おうとしてたんだけど、私と最初に初めて友達になった頃と比べたら、さちの言葉遣い悪くなり過ぎじゃない?」
「……グスッ……え?」
横を向き、片手で涙を拭っていたさちが、言われた勝希の方に視線を戻す。
「――あぁ……言っておくけど私、こっちの方が地だから……」
「あんたが私のことどう思ってるかは知らないけど、私は勝希のことをすっごく大事な友達……親友だって、そう思ってるから」
「……だから私は包み隠さず、本当の自分で接しようって、そう決めたの……――文句ある?」
「――ううん……すごくうれし……」
スゴイな……そんなことを真っすぐ言い切るさちって……すごくかっこいい。
「――――」
そんなさちの目を真剣に見つめ返し、話す。
「――さち……これからは私のこと何て気にせず、自分の夢だけを追いかけて……」
「もう私に対して命を救われたとか、そんな責任感じる必要ないから……ね?」
「責任とか……そんなんじゃなくて……っ!」
「さっきも言ったけど私、余命いくばくもないんだ……。 だから、取れる選択肢がこれしかがないの……」
「~~~~っ!! だからっ、それを治せる魔法使いだって、探せば世界のどこかに――」
「――――」
その言葉を受けながら、少し困った表情となる勝希を見た瞬間、さちの目つきが変わった。
「――もういい……。 説得は諦める……」
そう言ったさちが軽く手を握ると、両手を目線の高さまで上げ――。
「腕ずくでも、アンタを日本に連れて帰る……っ!」
その拳を構えたまま――勝希に対して本気の強い敵意を放った。
「アンタが見た目通りの……老人の筋力しかないってわかってても、私は全力でいくから……っ!」
「まず両脚を砕いて動けなくする……。 そうしてから肩に担ぎ上げて、日本に無理やり連れ帰る……っ」
「調子の悪い自分のヒザを治してないぐらいだから……その力、なるべく温存しておきたいんでしょ? それともそれ、自分自身には使えなかったりするとか?」
「どちらにせよ、脚を治した瞬間、すぐにその脚また叩き折るから――覚悟してっ!」
「――――」
今のさちからビリビリと伝わってくる闘気は、かつてのあの見桜戦の時と同じ……――いや、それ以上の気迫が伝わってくる。
「――怖いなぁ……。 さちってば、脅しや演技じゃなく、本気でそうしようとしてる……」
「それが、すっごく怖い……」
「………」
「――けど、ゴメン」
「――――」
瞬間――。
勝希が杖代わりにしていた竹刀が右腕ごと――フッと消え、同時に光も発せられたように見えた。
「――――」
「――――」
「……え? ……何?」
あまりにも突然の事態にあっけにとられ、さちが動けなくなってしまう。
そんな中、聞こえてきた声。
「堅牢な、剣の牢獄……」
『――
「――――」
「っ!! ――~~~~っ!!!」
直後、指先から右肩にまで走った激痛。 どうやら右腕の骨がまんべんなく折れてしまったらしく、その指先も全てあらぬ方向に向いてしまっていた。
「――………っ!」
勝希の顔が激痛で歪み、右手でかろうじて持っていた竹刀をどうにか左手に持ち替える。
たった一回で、右手が……。
「――――」
――さすが……。
額にあぶら汗を浮かべながらも、自然と緩くなってしまう口元……。
それと同時に、この技を当然のごとく放っていた人物の顔が思い返されてしまい、誇らしくも思えてしまう。
「……な……な、何これ!? オリ!?」
「何……が……。 一体、どうなって!?」
突如自分の周囲に出現した立方体のオリに恐る恐る触れながら、中に入ってるさちが慌てふためく。
そんなさちのあんまりな慌て振りを見ることで多少は心癒されながらも、顔はいまだに苦痛に歪む。
「~~~~っ!」
ズキン、ズキンと、右腕全体がまるで心臓になってしまったかのように鼓動を繰り返し、断続的な激痛を放ち続ける。
あ~ぁ……。 これじゃあ、もうハシだってまともに握れないし……これから、どうやってゴハン食べよ……。
「――――」
自然とそう思ってしまった自分の考えにふと気付き、おかしく思えてしまう。
ここまできて、今さらゴハンの心配だなんて――ハハ……ッ。
口元に頼りなく浮かんでしまう、乾いた感じの笑み。
さちが話してた質問の答えじゃないけど、私の『手当て』は普通に自分自身にも使える。
――けど、私は残りの使用回数の限界を考え、その『手当て』をもう自分には使わないって、そう決めていた。
だから、さちの話した内容はほぼ正解ともいえた。
それは、そうとして――。
そういえば……この剣牢獄の持続時間って、一体どれぐらいなんだろ……。
私があの村にたどり着く前に効果が切れたらさちに追いつかれるだろうし、それはちょっと困るかも……。
――ま。 いざとなったら腕はもう一本あるし、そうなった時に考えればいっか。
ともかく……ここまで私に付き合ってくれたさちに対して、ちゃんとお別れだけは言っておかないと……。
それがせめてもの私の感謝の気持ちだと、その剣牢獄のもとまで近づいていく。
「――――」
「――さち……」
「か、勝希!? 何コレ!? あんたがやったの!? ――ともかく出してよっ!!」
「っていうか……今までずっと私に隠してたの!? こんな、見たこともない魔法……っ!!」
そんな、慌てふためくさちの言動……。 それを見ることで私の心は逆に落ち着き、穏やかになってしまう。
「違うよ、さち……」
「これは魔法じゃなくて、さっきの話の続き……」
「同じ、夢の話……」
――ま……夢っていうより、妄想や願望って言った方が正しいのかも、だけど。
「――――」
両手で格子をつかんだまま、下を向いたさちがフルフルと否定するように何度も首を横に振り続ける。
「わかんない……勝希が何を言ってるのか全然わかんないってばっ!!」
「――………」
私の方からも格子に手を掛け、さちを見下ろすような形になりながら口を開く。
「さち……あなたは、あなたの夢を目指して」
「――――」
下を向いたままの、さちの指先がピクッと動いた。
「とりあえず……この国に来る前に色々聞いたりして調べたんだけど、私がこのまま魔法の使い過ぎで死んだとしても、それは自殺じゃなく、病死や老衰扱いになるんだって……」
「さち……アンタってば、売れないアイドル活動でお金に困ってるからって、私とルームシェアしてるでしょ?」
「私の両親には、保険会社から保険が下りるからいいとして……」
「私、日本を出る前――銀行からお金全部下ろして机の中に入れておいたから……さちさえよかったら、それを生活の足しに――」
「―――っ!!」
言い切る前にさちの身体が反応し、勝希の顔面を思い切り殴りつけた!
「………っ! ――~~~~っ!」
が、それは剣牢獄の格子に阻まれ、逆にさちの上半身の方がのけぞってしまう。
しかし、その程度のことでさちの瞳の奥で燃えさかる怒りの炎は全く揺らぐことなく、むしろ――。
「――~~~~っ!! 私をナメるなよっ! 山井出 勝希っ!!!」
「アンタッ!! 私の夢をどこまで
「誰がお金がないって理由だけで、ルームシェアまでするかっ!!」
「アンタには感謝してるから……っ!」
「大切な友達で、すごく心配で……!」
「だから……少しでも一緒にいて、何かの手助けがしたいって……そう思ってんだよっ!!」
「私がお金に困ってるから全財産を引き出したっ!? そんなちっぽけな安い同情でよこされた金なんて、1円だっているかっ!! このクソバカァーーッ!!!」
「――――」
そう叫ぶ間、さちは必死になって剣牢獄を殴り続けるも、それはビクともしない。
拳には血がにじみ、肩で息をするほど呼吸が乱れていた。
「はー……はー……」
「一発……殴らせなさいよ……っ!」
「その顔も……話し方も……何だかものすごくカンにさわってイラつく……っ!」
「何、なの!? その見たまんまの老人みたく、全て諦めて悟ったかのような物言いは!?」
「私はともかく、アンタだって経験一年の、ただの医者見習いじゃない!」
「私や他人のこと何かより、もっと自分のことを考えなさいよっ!!」
「………」
「勝希……アンタが望みさえするなら、私のこれからの人生を全部あげる……っ!」
「――……だからっ!!」
「助かりたいって……っ! 生きたいって、そう言えよぉっ!!!」
「――――」
それはさちの魂からの叫びで、その言葉のひとつひとつが勝希の胸の奥にまで深く突き刺さった。
「………」
そんなさちの想いを受けながら、勝希も答える。
「――さち……あなたはきっと誰もが憧れる、ものすごいアイドルになれる……。 私が保証する……」
「……私は絶対的な決意と覚悟を持って、この国を訪れたつもりだったけど……」
「話すさちの言葉で、私の心は何度も揺れたから……」
「………っ!!」
勝希の言ったその言葉でさちの顔がさらなる苦痛で歪み、息を呑む。
私の……心の底からの……――魂の叫びですら、勝希の心を揺らす程度しかできなかった……。
その事実が、さちの心に重く突き刺さる。
「それに……私が死んで、どんな状態になったとしても、さちのことずっと見守ってるから……――だから、頑張って……っ!」
「――――」
その言葉を最後に、今までさちに話し掛けていた勝希がクルッと振り返り、村のある方角を目指して歩き始めた。
「………」
そんな勝希の背中をボーッとなって眺め続け、呆けていたさちがハッとなって叫ぶ。
「な……何よ……! 何なのよ! それっ!!」
「私、殴るからっ! このオリを壊したらすぐに追いかけて!! アンタがどんな状態で、誰に止められようと……絶対に殴るからーーっ!!」
「それが嫌なら、今すぐ戻ってきなさいよぉっ!!!」
「――――」
歩く勝希の速度に変化はなく、振り返りもしない。
――え? 何?
さっきの……今ので、終わり?
――あれが、最後?
そんな……そんなの、って……っ!
誰か……。
誰でもいい……っ、勝希を止めて……っ!
「――――」
「かちきーーーっ!!!!」
目を閉じながら叫んださちが格子に手を掛け、空いたもう一方の手を全力で前へ伸ばした。
――瞬間!
「――――」
「――――」
世界が爆発し、あたり一帯が輝かしい閃光に包まれた!
「―――っ!!」
さちが片手で眩む光をさえぎりながら、今の状況に気付く。
っ! これって!! ライフストーム!?
本当に起きた! しかも、こんな近くでっ!!
「――――」
次々と、目に見えて成長していく木々や花々が放射状に――まるで自分を中心にして広がっていくかのような錯覚にとらわれる。
それは、つまり――それだけここが発生源の中心に近いということの何よりの証拠だった。
「――――」
つい数秒前まで、空は薄暗く曇っていて肌寒く……何もない荒野だけが広がっていた、あの大地が……。
今や――。
「――――」
――赤、青、黄、紫、白、ピンク。
目に映る、色鮮やかな花々や木々が爆発的に咲き乱れ、渦を巻きながら広がっていく。
それと同時に雲ひとつない青空が円形になって広がり、周囲も暖かな空気で満たされていく。
「………」
そんな、あまりにも広大過ぎる世界の変化に目を奪われ、完全な思考停止状態になっていたさちだった、が……。
『――――』
声が、聞こえた。
――いや、それは声というにはあまりにも高く、『音』と表現した方が正しいのかもしれない……。
と、そこまで考えたところで、唐突に思い出す。
そうだ……いまだに原因不明とされてるライフストームの原因……。
その中の……都市伝説のひとつに、人ではない宇宙人のしわざ、っていうのがあって――。
『――~~~~っ!!!』
続けてさらに大きく響き渡る、まるで超音波のようなその『音』を聞き、さちの身体がビクッとなって震えた。
荒れ狂う暴風に乗り――色とりどりの花びらが舞い散って視界を覆い尽くす中、なかなか中心部の様子を視認することができない。
「――――」
「――――」
それからほどなくし、ようやく収まってきた花の嵐。
そして、その中心にいたもの……それは――。
「――――」
「――ピャギャハハハハハッ!!!!」
「まだまだいくよ~っ!! それそれそれぇ~~っ!!!」
「――プッ! ギャハハハハハッ!!!」
「っ! ……っから――ったって!!!」
「ええ~~? なぁに~~??」
「まいっ!! ハハハッ!!! まいったっ!! プハハッ!! こう、さんっ!! ヤメロって!! ハハハハハッ!!!」
「な~んだ♪ クロちゃんてば、さっきから降参してたの~? 全然気付かなかったよ~♪」
「ギャハハハハッ!! お、おいっ!! プハハハッ!! こっちは負けを認めたのにハハッ!! 何、で――アハハハハッ!!!!」
「そっか~、そうだよね~……あの負けず嫌いのクロちゃんがこうして自分の負けを認めてて、目には涙だって浮かべてるし~……」
その言葉を聞き、強張っていた桜花の身体からスッと力が抜ける、も――。
「……でも、私言ったよ~? ――泣いても許さないって!!」
「――っ!! プッ! ピギャハハハハハッ!!!!」
「――――」
「――――」
「ヒュー! ハーッ! ヒュー! ハーッ!!」
それから数分間……ひたすら笑い続けた桜花は、通常の呼吸すらままならないほどに顔を突っ伏し、その場から身動きひとつできなくなっていた。
「やったぁーー!! 勝ったぁーーっ!!!」
そう叫んだ千夏が両手を広げたまま花畑へ背中からダイブし、空を見上げる。
「ふっはぁ~……。 ――って、あれ? ……今さら、だけど~……ここ、どこ?」
見えるのは、地平線の彼方まで広がる花畑と所々に点在する木々……。
ここがどこかはわからないけど、少なくとも日本じゃないということだけは理解できた。
「ちょっと……ねぇ、クロちゃん……」
隣にいる桜花の肩に手を置きながら、グイグイと前後に揺らす。
「んも~、変な顔して遊んでる場合じゃなく~」
さっきまでやってた自分の行動を完全に棚に上げ、衰弱しきった桜花の上半身をグイッと無理やりに起こし、周囲の様子を一緒になって確認する。
と、その時――。
「あぁ~~っ!! かっきちゃんだ~っ!! お~いっ! やっほ~っ!!」
「――はぁ!? かっきちゃんって……山井出 勝希か?」
「おい……どこに、その山井出 勝希がいるって――プッ! ギャハハハハッ!!!!」
「ん~、もおっ! しっつれいだなぁ~っ!!」
「他の誰ならともかく、こ・の・私・が! かっきちゃんのことを見間違うだなんて、ぜ~~~ったいに、ありえないんだからっ!!」
「わ! かった!! ――ピギャハハハッ!! わかった、から! ――ハハッ!! 止め……っ!!!」
「――――」
「ゼーッ!! フーッ!! ヒュー! ハーッ!!」
何だか変な音出して遊んでるクロちゃんは無視。
今はともかく、かっきちゃんのもとへ、っと――。
「――――」
この動きにも慣れたもので、地面ではない空間そのものを蹴る動きで一気に駆けつける。
「かっきちゃ~ん、一体どうしちゃたの~? そんなにしぼんじゃって~」
「髪もすっごい真っ白で、何だかおばあちゃんみたいに見えるよ~?」
そう言いながらかっきちゃんの髪先を軽く指ですくい、パラパラさせる。
「――ともかく、いま治すね」
……あれ? 治す?
思わずとっさに出た言葉だったけど、今の私なら問題なく出来るという確信があって、シワくちゃのかっきちゃんのほっぺに両手をそえる。
「……―――っ」
私からあふれ出しそうになってる膨大なエネルギー……。 それを、直接かっきちゃんに送っていく……そんなイメージを強く思い描く。
「――――」
徐々に勝希の全身が淡い光に包まれていき、その状態にもすぐに変化が――。
「っ――本当、に……」
目の前の老婆が自分のよく知る山井出 勝希になっていく様子を目の当たりにした桜花が、驚きとともに小さくつぶやく。
そして――。
「――――」
そこには年相応の……本来の若さを取り戻した山井出 勝希がいた。
ちなみに――複雑骨折していた勝希の右腕はライフストームの影響を受けた時点で正常な状態で完治済みだった。
「ん~~……? あっれ~~?」
そんな勝希を見ながら千夏が首をかしげ、様々な方向――角度から見つめ、グルグルと回り込んだりもする。
「ん~、かっきちゃん……何か、フンイキ変わった? イメチェン?」
「何か、こう……背とか……胸とか……髪、とか? ん~~?」
そんな姉の言動を受け、今までされるがまま、黙っていた勝希がポツリと口を開く。
「お姉ちゃん……。 あの日の……あの時のことって、夢じゃなかったの……?」
「……え? 何? 夢~? ――フフッ、さっきもそんなこと言ってたけど、一体何のこと~?」
「んもぉ~っ、私と会えたことが夢みたいに嬉しいっていうのはわかるけど、私はここにいるよ~?」
「ほらほら~っ♪ プニプニ、つんつん~♪」
勝希のほっぺを指先で突っつき、つまんだりする千夏。
「……さっき?」
勝希の視線は変わらずにうつむいたまま、口元だけが小さく動く。
「かっきちゃ~ん、どうしたの~? ……あれ? 何か怒ってる?」
「――ねぇ……お姉ちゃん……」
「私と最後に会って、戦いに出ていってから……どのぐらい、時間が経ったか覚えてる?」
「……え? どのぐらい、って~……にじ――い、いや! 3時間……ぐらい?」
途中でジト目になったかっきちゃんを見て、慌てて多めに時間を告げることに成功した私だった、けど――。
「~~~~っ!! ――あれから三年半だよっ!! このバカ姉っ!!!」
両目に涙を溜めたかっきちゃんが大声で叫ぶと同時に、いきなり私の胸に飛び込んできた。
「え? ……え? ――ええええっ!?」
「――――」
「――グスッ……グスッ……」
私の胸に顔をうずめたまま……聞こえてくるのはかっきちゃんがぐずついて、すすり泣く声。
さ、三年半……って……え? ……え?
「――――」
チラリと、視線を向けたクロちゃんを見ると、キョトンとしながら私と同じよくわからない感じの表情を浮かべていて――。
「………」
な、何だか……色々と思うことはあるけど……とりあえず、今は――。
「かっきちゃん……さっきから私のことず~っとお姉ちゃん、って呼んでくれてるね……。 私、そのことがすっごく嬉しいよ……」
そう言いながら、かっきちゃんをギュッと抱き締め、胸元にある頭にもそっと手を乗せる。
「――――」
その瞬間、かっきちゃんがピクンとなって震え、同時にすすり泣く声も止まった。
……あれ? となって首をかしげている間に、かっきちゃんの身がスッと離れ――。
「――……~~~~っ!」
そこには、何やらすっごいジト目になって私のことをにらみつけてくる、かっきちゃんがいて――。
「――――」
「ん」
何やら不機嫌そうなままのかっきちゃんが胸元をゴソゴソさせ、そこからあるモノが差し出された。
――これ、って……。
……コンパクト?
女性の必需品。 メイクやお化粧直しで使う小さな鏡が私の方に、向けられ……て――。
「―――っ」
あ、あれ!? この……顔って……。
「――――」
――私だ。
長年ずっと見続けてきたのだから、見間違いようなんてあるハズもない。
これまでの……純和風・黒髪美人な天西 鈴音さん、じゃなく……。
鏡の中に映るのはモジャモジャ頭・茶髪ロングの山井出 千夏が、そこにいて――。
「――え!? あ、あれ!? 私!?」
受け取ったコンパクトを見ながらそう叫び、自分の顔をペタペタと触って確かめる。
「な、何で!? 天西 鈴音さんはっ!?」
「あ……あっれ~……?」
「今の私、って……山井出……千夏?」
「――――」
言いながら、視線をめぐらせた先にいたクロちゃんと不意に目が合うと――。
「………?」
何を言ってるんだ、といった顔になりながらも、コクンとその首を縦に振る。
え~っと……あれ? つまりそういう、コト? なワケだから~……。
って! そもそも一体いつから!? どうやって……こんな――。
「――~~~~っ!!」
さっきからあまりにも情報過多な上、これが現実だという実感すらなく、それで私の頭はますます混乱状態に
うぅ゛~っ、となって頭を抱えた私がうなっていると――。
「……ん? ああーーっ!! もしかして、そっちにいるのって、さっちゃん!?」
「――――」
さっきと同じ要領で軽く地を蹴り、今度はさっちゃんの真正面へ。
「うっわぁ~……すっごくキレイになったね~……」
「あれから三年半って……そっかぁ~………。 へえ~……」
「……って、よく見たらそれって剣牢獄?」
「――プッ、アハハハッ!! さっちゃんてば何してんの~!? それって新しい遊び~!?」
「――~~~~っ!!!」
ケラケラと自分が笑われているのを自覚することでようやくさちの脳が活動を再開し、今まで呆然となってた顔にみるみる感情の色が戻っていく。
「な、な、なっ! さっきから一体全体何なのよっ!! 全てが超展開すぎて全くついていけてないんですけどーっ!!」
「そ! そもそもっ! 大体にしてまず最初に、誰よっ!? アンタッ!!」
「そ、それに――……って! あーーーっ!!! よく見たらソイツ!! 前に私のこと殺そうとしたバカ女ーっ!!!」
「……ん? ――あぁ? おい、お前……いい度胸して――」
「いいから、クロちゃんはそこで笑ってて」
「――プ! ギャハハハハハ!!!!」
目が据わり、おもむろにさちに近づこうとした桜花のわき腹を、よそ見したままの千夏が無造作に小突いた。
「ピギャハハハハッ!! 悪かったっての!! まいったからっ!!! プハハハハ!!!!」
クロちゃんがお腹を抱えながら私のまわりを転げ回る。
ん~……何だか、さっきからクロちゃんがうるさ過ぎてちっとも集中できない~……。
何だか……私にとって、何か~ものすっごく重要なことが、頭の中から抜け落ちてる気が~……。
え~っと……いつの間にか私は鈴音さんじゃなく元の私になってて~、それから見た目が結構変わったかっきちゃんとさっちゃんがいて~……そんな二人を見ながら、私は――。
――あ。
唐突に思い至る。
「か、かっきちゃん……? さっき……何だか色々言ってたけど~、ひとつだけ確認させて……?」
「かっきちゃんて……今、いくつ?」
「……歳? 19。 もうそろそろ来る次の誕生日で20」
「―――っ!!!」
それを聞いた瞬間、ザワッとした動揺が一気に広がり――。
「そ、そんなのダメエエエッ!!!」
そう叫び、かっきちゃんの胸元に飛び込んでいった。
「私はかっきちゃんのお姉ちゃんなのっ!!」
「今までも! これから先も!! ず~っとかっきちゃんのお姉ちゃんであり続けるって、私がそう決めたんだからっ!!!」
「だ、だから~……っ! え~っとぉ~……!!」
「――ゴメンね、かっきちゃん」
「? ゴメンって……な――に……?」
「――――」
千夏が勝希の頬に手を触れ、再び輝きに包まれた瞬間、勝希の視線がグググッと、不自然に下がっていき――。
「……え?」
「――キャッ!!」
勝希が身に着けていた下着が、服を着ていた状態のまま――いきなり勝手に外れてしまった。
ブラはとっさに両手で受け止めたものの、スルリと下まで落ちたショーツが長めのスカートの間から落ちて足首に引っ掛かってしまい、それで身体のバランスを崩してしまった。
「―――っ」
「……っと、かっきちゃん危ないよ、大丈夫~?」
「う、うん……ありがと」
バランスを崩した時にはもう目の前で待ち構えられていた千夏に上体を支えられ、それで勝希も少しだけ照れてしまう、が――。
「――じゃなくっ!」
「私ってば何で、急に!? お姉ちゃん! 私に何したの!?」
「……え? うぅ゛~~……だ、だって私っ! かっきちゃんが私より年上だなんて許せなくって~」
「な、何か、今の私ならできるな~って、妙な自信があって、つい~……」
「――え、え~っとぉ……つまり、今のかっきちゃんを三年前の姿に戻しちゃった~……みたいな?」
エヘ☆ といった感じで話す千夏にショックを受ける勝希だったが、さらに――。
「う、うん……戻したつもり~、だったんだけど……あれ? 何か……戻し過ぎ……ちゃった?」
「今のかっきちゃんの顔……明らかに高校生の頃じゃなく~……」
「小学……生? よりはさすがに上? だから……中学生、ぐらい~……だったり?」
「は、はあーっ!? ――ちょ! ちょっと! 本当に!?」
「今の私の顔ってどうなってんの!? さっきの鏡は!?」
「――なあ、山井出 千夏……。 山井出 勝希の姿が急に変わったり、三年がどうとか……さっきから一体何の話をしてるんだ?」
笑いの無限地獄からようやく開放され、いつ間にか復活していた桜花が気持ちを切り替え、真面目な表情をして千夏に話しかける、も――。
「いいからクロちゃんは笑ってて」
「――は? プギャハハハハッ!!!」
持ったのは一瞬。
千夏が
「――っていうか、もう~~っ!! ついさっきまでのシリアスな空気を返してよおっ!!」
「なんかこう~、せっかくいい感じで私の最期を迎えられるって、そう思ってたのに!! 何なのっ、もう~!?」
「――は! はぁっ!?」
勝希のその言葉を聞いたさちが、瞬時に反応する。
「な! ――ちょ! 待ちなさいよ勝希!!」
「アンタってば、さっきのあの土壇場でそんなこと考えてたの!?」
「それってずいぶんじゃないの!! ちょっとぉ!!」
「さ、さち!? え~っと……今のは言葉のアヤっていうか、違うくて~!」
「~~~~っ!!」
「あ~もうっ! お姉ちゃんのせいで何もかも全部台無しじゃないのー!!」
「――このっ! バカ姉~~っ!!!」
そんな勝希の叫びは、この広い荒野の中、どこまでも響き伝わっていった……。
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