第23話 黒木 桜花の見た世界 ③ 『神童』
「――――」
目の前の相手が距離を詰め、ゆっくりと歩いてこちらに向かってくる……。
そんな中、近づいてくる相手が途中でふと立ち止まり――。
「――………」
その足元に落ちていた――斬られてふたつになった竹刀を、ゆったりとした動きで拾い上げた。
そして、両手に持った竹刀を目の前で並べ、そのつなぎ目を合わせたかと思うと、切断箇所に指を当て――。
「―――っ」
その指を瞬時に滑らせた。
「――――」
瞬間、竹刀が当然のごとく本来の機能を取り戻し、元の――完全なる状態へと復元した。
「―――っ!!」
それを見た瞬間、桜花は
「――第三世界……っ」
「――――」
さらにそれだけではない――。
その相手が身にまとっている、ボロボロで血みどろの――元は純白だったドレス。
それが――。
「――――」
サッと、軽くひとなでした瞬間、ウソのようにドレスの血の跡が消えてなくなり、真っ白な状態へと戻った。
さらに――。
胴体部分を中心に、ボロボロになって開いていた穴までも――。
「――――」
いつの間に外していたのか、両手の小さなドレスグローブをそこに当てただけで――それがドレスの中にスッと溶けるように消え、完全に元の状態へと復元した。
「――………っ!」
それで驚いている間もなく――。
「――――」
首元に装着していた鎖付きベルトの首輪も、指先のほんの軽いひと振りでその一部が崩れ――金属音を鳴らしながら、床へ落ちた。
「――……~~~~っ!!」
あの第三世界を当然のように――ごく当たり前のように自然に使いこなし、普通に距離を詰めてくる相手を見ながら、心拍数が異常に高まっていく。
しかも、その相手というのが――。
本来、ここにいるハズのない……。 存在しないハズの人物、で――。
「な、何だ……っ。 何なんだ、お前はっ!!」
「お前は……死んだハズじゃないのか!?」
「――――」
「――
……そう。 いま自分の目の前にいるのは、世間では死んだこととされている神童――山井出 千夏、本人そのものにしか見えなかった。
「………」
無言のまま距離を詰めていた山井出 千夏が数メートル手前で立ち止まって竹刀を構え、明確な戦闘態勢に入った。
「―――っ」
たったそれだけのことで
いくら世間に
かつて神童や、生きた伝説とまで言われた、あの山井出千夏の剣技と――その実力を。
何故ならそれは……仕事を抜きにして、自分自身の手で殺してみたいと思えた、初めての相手だったから――。
何がどうなってこんな状況になってるかなんて欠片もわからない。
が、そんなことはもう関係なかった。
ともかく、今からこの目で見れる……っ!
山井出 千夏の、あの剣撃を。
「――――」
「―――っ!」
戦いが始まった。
先の――山井出 勝希から受けた左の肩口がズキズキと多少痛んだりもするが、無理をすれば問題なく動かせる。
「――――」
そして、私の眼前を二度、三度と――次々と横切っていく高速の剣閃。
それらは全てにおいて非常にレベルの高い――最高クラスの技術と威力を感じさせる連撃。
――が、それでも避けられないほどじゃなかった。
もっと有り体に言えば、期待ハズレだった。
――……何だ?
――フン。 この程度なら、まださっきまでの――っ。
「―――っ!!」
「――――」
そう考え、少し気の緩んでいた次の瞬間、目の前を凄まじい速度の『何か』が通り過ぎ、前髪の一部が斬り取られた。
何……が――っ!
「―――っ!!」
「――………っ!!」
さらに続けて二発、まるでカマイタチのような見えない何かが、次々と襲い掛かってくるような気配を感知し、それらから必死になって距離を取る。
「――――」
避けると同時に横目で見ると、さっきまで自分のいた床が、壁が――まるで大爆発が起きた後であるかのように、大穴が開いており――。
「―――っ!!」
その場で立ち止まって考える間もなく、避けた先々で止むことなく襲い掛かってくる、見えない追撃の数々。
「――~~~~っ!」
「……―――っ!!」
その途中、みっともなく地面を転がりながら避け続け――最後に大きく地を蹴り、正面を見据える。
「――………」
見えたその光景に、そのまま視線が釘付けとなり、固まってしまう……。
――これ、は……何だ……?
あれは……剣の、軌道……?
さっきまでアイツが剣を振るっていた空間が歪み……残留して、残って……る?
放った斬撃……。 それ自体が、宙に浮かんで――。
目の前に映るのは、間違いなく自分が生まれて初めて見る光景……。
山井出 千夏の振るった斬撃が、宙に浮かんだ状態のまま……空中で留まり続けている。
「――――」
……いや、違う。 それは止まってるわけじゃなく、よく見るとジリジリと前に進んで――っ!!
さらに目を凝らして見ようとた瞬間、宙に浮いていたソレが爆発的に加速し、また目の前を横切った。
「……―――っ!」
今ので確信した……コイツ――ッ!
「――――」
「――ねぇ……」
そんな中、いきなり聞こえてきたのはやけに穏やかな口調で語られる山井出 千夏の声。
「……私ね、病院で寝たきりだった時間が相当あって……その間ずっと考えて、想像してたんだ……」
「風のように……稲妻みたく動いてみたい……とか」
「それから……まるでゲームみたく斬撃を溜めたり、飛ばしたりしてみたい――とかも……」
「何でか、って聞かれたら困るし、特に理由もなかったんだけど……」
「今は……何だかそれができそうな気がして、やったら本当にできちゃった」
斬撃を溜めて、飛ばす……? やったらできた?
――……化け物めっ!
「――――」
「―――っ!!」
そう言い終えて満足したのか、そこからすぐに山井出 千夏の攻撃が再開され――その後から次々と放たれてくる通常の攻撃と、飛ぶ斬撃の嵐。
「――――」
それは――まるで大砲か爆弾だと思った。
斬撃のエネルギーが一時的に空中に蓄えられながら高まり続け、ある時点で一気に開放される。 それが、あの爆発的な衝撃の正体……。
おそらくアレは長く溜めれば溜めた分だけ、それに比例してその衝撃と威力も増すんだろう……。
斬撃を溜め、それを放つ……そんなの物理学上、絶対にありえない……。
世界の常識を塗り替え、自分だけの世界を創る……。
竹刀やドレスをあっさりと直した時点で確信はしていたが、やはりそうだった……。
これが、お前の第三世界か……っ!
「――――」
「―――っ!!!」
こっちだって最初から本気だ。
全力の第三世界を発動させながら、止むことのない攻撃を必死になってかわし続ける。
警戒すべきは飛ぶ斬撃だけではなく、竹刀もだ。
たかが竹刀とはいえ、あの一撃がまともに直撃した瞬間、それだけで意識ごと刈り取られてしまうであろうことはほぼ明白だった。
さらに――。
「―――っ!!」
その時間差で放たれてくる溜めの斬撃は文字通りの必殺――受ける切ることなど到底考えられず、回避の一択しかない。
――が。
「――――」
一撃一撃を繰り出す度、アイツが小さく首をかしげる。
……どうした? 私に攻撃が当たらないのがそんなに不思議か?
お前の戦い振りは、過去の映像を何度か見た時に充分把握してる。
まるで風か流水のように――相手の特性に合わせて変幻自在に様々な戦闘スタイルを使いこなし、そこから生じる隙を巧みに突く見事な戦い振り……。
「――………」
そんな雄姿に視線奪われ、同時に心が
――が、今のお前は何だ。
繰り出す技は攻撃一辺倒なただの力押し、こうして溜めて放たれる斬撃に驚かされたりもしたが、それももう慣れた。
こんなの……もう、かすらせもさせるものか……!
「――――」
確かに容姿は本人そのもの……――だがっ!
振りが大きい、斬撃が単調なリズムで、どこを狙っているのかもバレバレ。
その程度の攻撃が私に通じると思っているのか……っ!
――偽者め……っ!
「これ以上は、見ているのも不快だ! おとなしく――……がっ!!」
そう叫びながら、大振りの斬撃を大きく後ろに跳んで避けた瞬間――いきなり揺れた視界。
というのも、完全に無防備だった後頭部にいきなり強い衝撃が走った。
「痛っ! ――何だっ!?」
叫び、すぐさま視線を後方へ――。
「――――」
そこにあったのは、またしても生まれて初めて見る光景……。
これ……は――。
目の前にこうして映って見えているのは、ついさっきまで避け続けていた斬撃……。
その斬撃が……宙に貼り付いた状態で、固まっていて――。
「―――っ!」
何事かと思い、とっさになってそのひとつを斬りつけるもビクともしない。
そこで聞こえてきた声――。
「――無駄だよ……」
「さっきまでのはこれに至るまでの練習っていうか、ただの成り損ない……」
「だって、私がずっと目指したていたのはさっきの溜めて飛ぶ斬撃なんかじゃなく、さらにその先――」
「『静止の斬撃』、なんだから……」
「―――っ!!」
――静止っ!?
その言葉の持つ危険性を瞬時に理解し、今度は両手で持ったナイフで全力で斬りつけた。
「――………っ!!」
まるで鋼か鋼鉄並み――そんな感じの手ごたえがナイフを通して直接両腕へ響き、全くもって歯が立たない。
そして、そんな絶対的な強度を誇る宙に浮いた斬撃はひとつだけでなく、自分の周囲をいくつも取り囲んでおり――。
『――
「アナタはもう、ここから逃げられない」
「――――」
それは本当に、剣の森――。
宙に浮く斬撃が、まるで針葉樹林のようになって周囲に張りめぐらされ、容易に脱出できそうもない。
「―――っ!!」
今の現状に気を取られ、一時的に無防備になっていた私に対し、いきなり攻撃が再開された。
「――――」
繰り出されてくるのは、これまでと同じ一辺倒の力押し……――だが、状況が以前とは同じではなくなってしまった。
ついさっきまで前後左右――空中へと、自由自在に避けられてた時とはワケが違う。
回避可能エリアが――取れる選択肢が、時間経過とともに次々と削り取られていく。
ならば――と、一時的に逃げに徹し、一気に距離を取ろうとするも――。
「―――っ!」
その動きすらも事前に察知され、回り込まれてしまう。
「――――」
そして、ついに――。
「―――っ!!!」
逃げ道を完全に塞がれ、ガラ空きとなった胴体へ――山井出 千夏の渾身の一撃が繰り出された!
「――――」
「――………?」
痛みが……ない?
何故なら、それすらも静止の一撃。
「――………っ!!」
そこから、さらに――山井出 千夏は私の全身に対して容赦なく、立て続けに静止の斬撃を放ち続け――。
「――――」
その結果、まるでクモの巣に掛かった虫のごとく――まともな身動きひとつ取れない状態にされてしまった。
「――~~~~っ!!」
手に、足に、全身に――渾身の力を込めてもがいてみるも、全くビクともしない。
そうしていた際――。
「――――」
ゆっくりと近づき、聞こえてくる足音……。
その音を聞きながら心臓の鼓動が高まり、呼吸が早まっていくのがわかる。
今の――私のこの状況を見た部下達が慌てて行動を開始させたが、この斬撃の中に入ってくるにはかなりの時間が掛かるだろう……。
それまで、どうにか時間を……。
「お、お前は――」
「――私ね……」
とりあえず時間稼ぎで何かを告げようとした瞬間、まるでその言葉を言わせないかのようなタイミングで山井出 千夏の方が口を開いた。
「私……何だか自分のことを感情欠落症だって、勝手にそう思ってたんだ……」
「たとえば普通だったら頭にきちゃうような悪口とか言われたとしても、そのことが逆に新鮮で何だか楽しくなっちゃうし……」
「それから、自分が病気だって知ってからも特に誰かを恨んだり、憎んだりするようなことも全然なくて……」
「だから私には、そういった喜怒哀楽の『怒』の感情だけ欠落してるんだって、そう思ってた……」
「………」
「――けど、違ったみたい」
「アナタがかっきちゃんのお腹を蹴ったのかも、って思った時もそうだったけど――」
「アナタがかっきちゃんに銃口を向けてたのを見た瞬間、確信した……」
「あぁ……この感情がそうなんだ、って……」
「私ね、今……アナタのことをぶっ飛ばしてやりたいっていうか……」
「ううん……。 そんなごまかした感じの
「何て、言うかさ……」
「――――」
「――死ねよ、お前」
「――って、そう思ってる自分がいて……」
「―――っ」
明確にぶつけられた純粋なる殺意をまとも受けて息を呑み、それで呼吸も止まってしまう。
「――――」
「――朧、十字……」
そう、つぶやいた瞬間――山井 出千夏の右腕だけが不意に消えた。
「朧、朧、朧、朧……」
「――――」
山井出 千夏の右腕が消え続け、目の前に次々と斬撃が溜まっていく――。
「――ちょ……っ! おい、それ……いくら、何でも……っ!」
「へぇ……見ただけで私が何をやろうとしてるかわかるんだ……すごいね……」
「――ま……別にどうでもいいけど……」
「――――」
「――――」
「――これで……」
「次に……あと一回、私が朧十字を放てば、コレがアナタに向かって放たれる……」
「その結果がどうなるか、わかる?」
「――――」
「――………っ」
人を殺す世界で生きてきた中で、幾度となく向けられてきた殺意の視線。
だからこそわかる……っ。 コイツ……本気で、私を――。
「――――」
「……身体を四つに分断されて、それでも生きてたら褒めてあげる」
そう告げられた瞬間、山井出 千夏から放たれていた殺気が倍増し、膨れ上がった。
「――――」
「――――」
「………」
お姉ちゃん……。 こんなに怖い声も出せるんだ……びっくり……。
それにさっきだって、死ねとかどうとか……。
「………」
――けど……それもしょうがないのかもしれない……。
ここであの人を見逃したら、きっとこれから先、たくさんの見知らぬ誰かが殺されてしまうのだろう……。
だから、お姉ちゃんが今ここであの人を殺すってことは、未来で殺されるはずだった別の人の命を救うってことと同義だ。
――そうだ……私のお姉ちゃんはいつだって正しい。
だから私は、そんなお姉ちゃんの後をずっとついていくだけでいい。
それだけで……私は――。
「――――」
「――――」
「この、技の名前は――」
「………」
「――まぁ……特に思いつかないし……とりあえず重ね十字ってこといっか……」
「お、おい……さっきから聞いていれば私を殺す?」
「バ、バカバカしい……お前なんぞにそんな度胸、あるはずが――」
声が上ずって全身の震えが止まらず、さっきから痛いほどに目に焼きついて消えない、この黒い線……。
コイツ……本気だ……。
本気で……私のことを……っ!
「あぁ……それとさぁ……さっきから――」
「アンタの声……――すごく耳障り」
「――死ね」
千夏の胸元で十字が切られたと同時――目の前で待機していた十字の斬撃が、一条の閃光となって開放された!
――瞬間!
「おねえちゃんっ、ダメーーーーッ!!!!」
「―――っ」
「―――っ!!!」
「――――」
「――――」
放たれた重ね十字は図書館の半ドーム状のガラスを一瞬で粉々にして吹き飛ばし――。
「――――」
それでも勢いは止まらず――そのまま空の彼方へ消えていった……。
「――――」
「――――」
「………」
「………」
「――……はーっ!! はーっ!! はーっ!!!」
崩れる瓦礫の音に混ざり――そこから聞こえてきたのは、ありえないほどに荒くなった呼吸。
尻餅をつき、呼吸を荒くさせながら、顔面を蒼白にしている人物……。
――黒木 桜花が、床にへたり込んでいた。
彼女は全身に多少の切り傷は負っていたものの、命にそのものに別状はなさそうだった。
そんな彼女と同じく、呼吸を荒くさせていたもう一人の人物――。
「はー……っ! はー……っ! はー……っ!」
上半身だけ起こした勝希が、プルプルと両腕を震わせながら上体を支え、必死になって今の体勢を維持していた。
これから殺されるかもしれない、未来の誰かが助かる……?
たかが『その程度』のために、お姉ちゃんが殺人を犯す? そんなの、私が黙って見てられるワケないでしょっ!
死んだハズのお姉ちゃんがこうして生き返り、私のために戦ってくれる……。
わかってる……。 これはそういう夢……。
――けどっ! たとえ夢の中だとしても、人を殺すお姉ちゃんの姿なんて見たくもなかった。
「――――」
――ぁ……や、ば……。
全力で叫び、無理やりに起こした上半身……。 どうやらそれが最後の力だったらしく、そのまま前方へ――。
「―――っ」
ボフンと、まるで干したてのフトンの中にダイブしたような感覚と、懐かしい香り……。
――あぁ……やっぱり、これ……夢だ……。
私の願望が……私の思った通りに起きる……。
こんなの恥ずかしくて……心の中でしか言えない……。
お姉ちゃん……私――。
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