第19話 山井出 勝希の見た世界 ④ 『心の壁』
「――――」
私の動きに合わせ、アイツも一直線に向かってきたけど関係ない。
ただ全力で腕を振るい、この剣を当てるだけだ――と、みなぎる闘志をさらに倍増させた。
「――――」
けど、それでも私の剣は全く届かず、アイツの顔そば――頬の近くを無情にも通り抜けていく。
「―――っ!!」
そのまま無防備になった際、アイツのまわし蹴りが背中にまともに直撃し、身体ごと真横にふっ飛ばされた。
「……~~~~っ!!」
すぐ起き上がれずに悶絶し、うずくまっている私を見ながら、アイツは――。
「クククッ……惜しかったなぁ~……あと少しだったぞ~?」
そう言いながら、私の剣先が触れそうになった自身の頬を指でトントンと軽く叩き、嘲笑されてしまう。
「――………」
その瞬間……私の心はかつてないほどの安らぎに満ち、穏やかな気持ちになって
――あぁ、よかった……。 安心した……。
あんな非常識な人がずっと身近にいたから、最近は私の感覚の方が変じゃないかって逆に不安になったりもしたけど、やっぱりそうだよね……。
「――――」
クスリと、思わず口元に浮かんでしまう小さな笑み。
アイツの話は最初からちゃんと耳に届いてたし、理解もしてた……けど。
――私の心には響かなかった。
「………」
ねぇ、自称世界最強さん?
さっきのアレ……。
――ちょっとだけ声、震えてたよ?
「――――」
アナタ程度が世界最強?
――フッと、思わず鼻で笑ってしまう。
だって……何故なら少なくとも二人。 私はそれを超える人物を知っているから。
「――――」
私の全身全霊を込めて放った、全力の一撃……。
相手が、あの『
きっと笑いながら、踊るようにかわし――。
そして、あの『
それと気付かず、また冗談として返すのだろう。
「………」
――あぁ……よかった……。
アレを目指さなくていいのなら、まだ助かる。
私でもどうにかなる、って――少なくともそんな気にさせられる……。
「――――」
「………っ!」
――けどっ! それを抜きにしても、肝心の私がどうしようもなく弱すぎる……っ!
コイツ……何だかんだ言っても、やっぱり強いな~。
さっきから私は竹刀を本気で振るい続け、しかも相手は素手だっていうのに、それでも全然遠い……。
これがどうしようもない確かな現実で、決して変えようのない運命。
「――………っ!」
重い……っ!
アイツの攻撃を受ける度にいちいち視界が揺れ、意識がかすんでいく。
「―――っ!」
マズイ……これは、ダメだ……っ。
今まで私が無理やりに抑え込んでいた心の壁。
それにヒビが入り、その中身がこぼれ出てしまう……っ。
……それ、だけは――。
「――――」
「――――」
私は眉間に深いシワを寄せたまま、おかわりのご飯を口に含んでいる途中でふと思い出す。
そう、だった……。 考えてみれば、お母さんが最初から家のカギをちゃんと閉めてたら、そもそもこんなことには――。
「ねぇ、ちょっとお母さんっ、今日玄関のカギ――」
「――あ、そうそうわかるー? お母さんてば最近、そういうの忘れなくなったでしょー?」
「前から勝希に言われてたし、私だって少しは気にしてたんだから~」
「ほらほら、コレ。 朝お出かけ前の、忘れ物防止アプリ~♪」
「初めて一ヶ月だけど、これのおかげでお母さん、忘れ物知らずになっちゃった~」
「――――」
「へ、へ~……」
……あれ? ここの家のカギって家族以外誰も持ってないよね……。
あ。 でも何かあったとき用の予備のカギが、どこか~……確か、庭の植木鉢の――。
ダメだ……っ! これ以上考えるなっ!
「――――」
「――――」
それは……散々に散らかし尽くされた、姉の部屋の後片付けをしていた
『――あ、妹ちゃん。 はい、コレ』
『――あ。 ――え?』
この、辞書は……。
この辞書を戻す場所は、当然……。
「――――」
「………」
眠れない……。
目を閉じる度に日中の出来事が思い返され、全く眠くなってくれない……。
今、何時……?
そうやってモゾッとベッドの中から身じろぎ、勉強机に置いてある時計を見ようとした際、自然と目に入る。
「………」
――私ってば……何で……。
その勉強机の上には、あの時に押しつけられた……自分の辞書が、置いてあって――。
「――――」
「――――」
『かっきちゃんへ お前のお弁当は頂いた 代わりにこっちを食べてね♡ 怪盗 鈴音より 愛を込めて』
「あんのバカ同居人~~ッ!」
添えてあった手紙を即座にグシャグシャにして丸め、すぐさま近くのゴミ箱へとブン投げる。
しかもその文面が、無駄に時間を掛けて作ったであろう、新聞や雑誌の切り抜きで作った怪文書だったりもした。
ついでとばかりにその弁当箱も投げ捨ててやろうと思った、けど――。
――食べ物に、罪はないし……。
そう思い直し、嫌々ながらもそれにハシを伸ばそうとしたところで――。
「山井出さーん、お昼一緒に~――」
「っわぁ~っ! ハート型のご飯だなんて、山井出さんラブラブだね~」
「もしかして、カレシさんの手作りだったりとか~? このこの~っ」
そう言いながら、友人の風子がおもむろに近づき、私の身体をヒジで軽く小突いてきた。
それを受け、私はニッコリと微笑むと――。
「ねぇ、風子……――殺すよ?」
貼り付けた笑顔のままで、そう警告した。
「――え!? な、何で!? 山井出さんてば、そんなに恥ずかしいの!?」
「――――」
「………」
「ねぇ、風子……――殺すよ?」
「何で二回言ったの!? も、もう言わないからっ、ハシ顔に向けないでよ~っ」
――全く……。 何だって私が、こんな……。
そうやって眉間にシワを寄せながらもそのお弁当にハシを伸ばし、パクリとひと口食べた、その瞬間――。
「――――」
あれ? 何だか……視界が、ボヤけ、て……。
「――――」
ポタッ、ポタッと、目元に持っていこうとした手に、次から次へと水滴が落ちてくる。
「――ぅ……ぁ……」
出したくないのに出てしまった。 そんな感じの声が喉の奥からいきなり漏れ出た。
そして、次の瞬間――。
「うわああああああっ!!!」
こらえるのなんて一瞬も無理だった。
まるでせきを切ったように泣き叫ぶ私の声が教室中に響き渡る。
「や、山井出さんっ!? ど、どうしたの、急に!?」
「あぁ~、さっき私がからかったのそんなにショックだったんだよね~、ゴメンね~、どうしよ~」
風子うるさい、黙れ。
とんだ赤っ恥だ。
きっとアイツだ……っ。
おそらくアイツがこの弁当の中に何か、涙を出させるような――そんな薬を混ぜていたに違いない。
でなきゃ、こんな――。
『――本当に? 本当にそう思うの?』
『そのお弁当って……美味しかった? 不味かった? それは……――どんな味だった?』
そうだ……美味しい、不味い――そんなのなんて二の次で……その、味は――。
「――――」
「――――」
授業の合間の休み時間。 席の近くにいた風子に少し試してみる。
「――ねえ、風子」
「ん~?」
「ちょっと、私のこと『かっきちゃん』って呼んでみて」
「え~っ!? え~!? 何それ!?」
「も、もしかして私達の関係が友達から親友に格上げしたとか、そんなこと~!?」
何やら急にテンションの高くなった風子が、ニヤニヤした感じで嬉しそうになってるけど、今はそれを完全に無視。
「いいから、早く」
「え~? それじゃあ――」
「か、かっきちゃん……」
「ど、どうかな? かっきちゃん」
「………」
フムと、あごに人差し指を当てて考える。
やっぱりそうだ。
ただ単純に、人の名前を呼ぶ。
たったそれだけのことにも、その人の特徴というか、発音の違いというのが微妙にある。
例えばいま風子が言った『かっきちゃん』は、最後の方が少し下がる感じだったけど――。
アイツのそれは『ちゃん』の部分が若干早く短めで、最後の音も少し上がる言い方だった。 何というか『ちゃん』じゃなく『ぴょん』といった感じだ。
そう……アイツの発音は、まるで――。
「かっきちゃん♪ かっきちゃん♪ かっきちゃん♪」
「――って、うっさーいっ! さっきから何!? 考え事してるんだから静かにしてっ!!」
「えぇ!? だ、だってかっきちゃんがなかなか返事してくれないから~」
「かっきちゃん? ――あぁ……多田野さん、そういうのちょっと止めてもらっていいですか?」
「何で急に敬語!? それに私のことはいつもみたく風子って呼んでよ! ――って! これってまさかの友達からの降格っ!?」
「わかったってばっ! もう普通に山井出さんて呼ぶから機嫌直してーっ!」
風子がうるさいのはいつものことだとして、私……さっき――。
『――ねぇ、まるで……何? それって、誰のこと?』
聞こえない、聞こえない、何も見えない。
勝手に聞こえてきてしまうのは、もう一人の自分の声。
私と――こうして聞こえてくるもう一人の自分は全くの別人だと、明確に線引きして二つに分け、意思の力でその間に壁を作って完全に隔離した。
その壁が、今――。
「――――」
「――――」
アイツ……あの手紙、どこに~……。
アイツと相部屋になってから数日後、姉のあの手紙のことがどうしても気に掛かって耐え切れなくなった私は、アイツの机の中をゴソゴソと勝手に
これ……は、ただのノートだし~……――って、字ウマッ!
パソコンのようにキッチリ整った正確な文字――という意味じゃなく、文字の強弱というか、大きさ? バランス?
ともかく、そのひと文字ひと文字がまるで書道の作品であるかのようなそれで、そんな文字が一面に埋め尽くされたノートはもう完全に、完成されたひとつの作品のようにしか見えなかった。
「――はぁ~~……」
ノートをペラペラとめくっている間も感心しきりで、ため息しか出てこない。
そんな中――。
「――――」
途中で、その筆跡がいきなり変わった。
字が……急に下手に、なった……?
――いや、今までのがすご過ぎたからそう見えるだけで、この字も十分キレイで独特の味が、あって……。
って、あれ? ちょっと待って……この懐かしい感じの字……これって――。
「――――」
「――――」
「あ~~もうっ!! 一体全体っ! 何なの! アンタ!?」
「大体――何の目的があって私のことを調べたの!?」
「目的は……――アンタの正体は何!?」
「――――」
「か、かっきちゃん! あ、あのね――」
「……私っ、千夏おねーちゃんだよっ!! かっきちゃんともう一度話したくて、生まれ変わって会いにきたのっ!!」
「………」
「………」
「――死ねっ!!!」
それしか言葉が出せなかった。
だって、それは――私の空いていた心の穴にストンと収まってしまったから。
そう……あのバカ姉だったら、確かにやりかねない、って。
そう考えてから、あらためてアイツの行動を思い直してみる、と……アレもコレもソレも――。
今までおかしく、どこか不自然に感じていた疑問に次々と答えが当てはまっていってしまう。
そんな……こんなのって――。
「――――」
「――――」
「―――っ!!」
殴打され、頬に走る尋常じゃない激痛を受けながら、私の意識がさらにかすんでいく。
その衝撃を全身で味わい続けながら、考えてしまう……。
「………」
おそらく、ほぼ間違いなく……。 私の命は今日、ここで尽きる……。
だったらせめて……最期のこの瞬間ぐらいは、素直な自分になってもいいかもって、そう思った。
もう、いい……。
もう……あの人にだったら騙されたっていい……。 ――たとえそれが嘘だったとしても、私だけは馬鹿みたくそれが本当だって信じ続けてやる。
――誰でもない……私自身がそうするって決めた……っ!
ゴメン……。
今まで素直になれなくてゴメンね……っ!
「――――」
『おねーちゃんって呼んでって、いつも言ってるでしょ~?』
――うん……っ。
おねーちゃん……っ! おねーちゃん……っ! おねーちゃん……っ!
「―――っ!」
おねーちゃんっ!! 天国から生まれ変わってまで、私に会いにきてくれたんだよねっ!!
「~~~~っ!!」
――おねーちゃんっ!!!
「――――」
『――――』
『っ!? かっきちゃんっ!?』
ほら……やっぱり、いた……。
? 何だろ……ここ……。
下には洪水みたいな光の渦があって、上には満天の星空……。
――キレイ……。
そんな幻想的な光の中……目の前にいる姉はとても美しく見え、自然と自分の手が伸びていき――。
「―――っ!!」
瞬間、いきなり現実に引き戻された。
「――………っ!!」
相当に強烈な一撃をアゴにもらったらしく、どうにか踏み止まり、その場に倒れないようにするだけでせいいっぱいだった。
いま見た光景は、夢だったのか幻だったのか……それはわからない……。 ――けど、私にとってそんなのはどうでもよかった。
私から話し掛けることはできなかった……それでも――。
――姉と会えた。
――動く姉を見れた。
――私をかっきちゃんと呼んで、話し掛けてくれた……っ!
「――~~~~っ!!!」
たったそれだけのことで私の心は限界を超えて満たされ、一気に開放された。
力がどんどん湧き上がってくるのを感じる……。
これで私は、まだ動ける……っ!
ううん……――いくらだって戦えるっ!!
「―――っ!」
その瞬間から、今まで防戦一方だった自分の動きを切り替え、ここから一気に攻勢に転じる!
今、ここで……私がこの人に勝てさえすれば――。
「――――」
かつて私の目の前から勝手にいなくなり……。
消え去っていくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった姉の魂……。
その魂を――『たかが私の命を懸けるだけ』で、取り戻せるかもしれないのだとしたら――。
だとしたら、こんなに楽な道はない。
「――――」
灯がともった。
姉が亡くなってから、ただ惰性のように生きていた私の心に、完全なる光が戻ったのを感じた。
私の命を今日、ここで使う。
私の身体が――手が、足が、そのどれかひとつでも動く限り一歩でもアイツに近づき、攻撃を放ち続ける。
ここからの私は、そう動くだけの機関となる――っ!
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