第18話 黒木 桜花の見た世界 ① 『図書館アジト』

 長い黒髪の少女、黒木くろき 桜花おうかは人殺しを生業なりわいとする殺し屋だった。


 善人、悪人、関係無く。


 依頼を受けたら殺し、それで報酬を得て暮らしていた。


 ――とはいっても、殺人のターゲットにされるような相手は大抵の場合、悪人の割合がほとんどではあった、が。


 桜花の父と母――両親ともに殺し屋だったが、二人は依頼の最中さなかに殺され、桜花はその後を引き継いでいた。


「――――」


 桜花は殺人を行う上で、自分の中であるルールを決めていた。


 ――ひとつは、依頼を必ず遂行させること。


 ――もうひとつは、殺意を持って自分に挑んできた相手も殺すということ。


 先の見桜学院ではさちがその対象で、さちの本気の殺意を受けた桜花がそれに対応し、ナイフでその首を斬った。


 それから、さらにもうひとつ――。


「――――」


 物心がついた時、桜花には死後の世界から生還した者とそうでない者を判別できる感覚――というか、特技が備わっていた。


 依頼の最中さなか、ターゲットに囲われていた女性の何人かは、そんな半死人の薬漬けのような状態にされ、そういった者を見る機会は多かった。


 桜花は、そんな死後の世界から生還した者を『視えている』と呼称し、両親の仕事を引き継いだ後――試練という名の戦いを仕掛けた。


 牙の無い者はいらない――それと弱者も。


 桜花はその戦いで生き残った少女のみを助け、あえてそれを手元に置いた。


「――――」


 それを繰り返し続けている内、桜花のもとに集まった少女は三人。


 桜花はその少女達に過去の名前を捨てさせ、助けた順から『一葉かずは』、『双葉ふたば』、『三ツみつは』と名付け、部下代わりとして共に行動していた。


 そして、現在――。


「――――」


「――――」


「ね~、リーダ~。 お金はいっぱいあるのに、何でホテルに泊まんないの~?」


 そう話すのは一葉。 桜花に次いで実力が高く、実戦経験も豊富。 左目に眼帯をしている少女。


「あ~っ♪ 私、旅館がいい~♪ 温泉入りた~い」


 続けて話すのは双葉。 戦いよりもお金が大好きで浪費癖があり、少し天然。 そして、右手首から先が無い。


「えっと……私、は……リーダーさえよければ、これから……近くのホテルで、一緒に……」


 三ツ葉は三人の中では一番内向的、だが性に関して一番積極的な、左脚が義足の少女。


「あ~っ! ちょっと何~!? 抜け駆けする気~!?」


 ワイワイガヤガヤ――と、まるで修学旅行の学生のような喧騒が続く中、桜花が口を開く。


「お前らな~……。 それはいいとして、天西 鈴音はどうした~?」


「え~~? ――あぁ……あのコだったら、上で~」


「輸血した後、適当に傷口『焼いて』止血して~、何か適当な抗生剤ぶっ込んどきました~」


「多分、生きてると思まーす」


「あのなぁ……アイツは金になる、って言ったろ~」


「ったく……死んでたら承知しないぞー」


 桜花はそう言いながら振り返ると、そのまま2階へ続く階段の方へ向かっていき――。


「リーダー……上行くの?」


「何しに~?」


「浮気……?」


 一葉、双葉、三ツ葉が、背中越しにそれぞれ順番に声を掛けてくる。


「――――」


 言われた桜花の首が横を向き、その口元には小さな笑み。


「ん~? いやー。 これからもう間もなく、ここに大量の敵が押し寄せてくるだろうから、今の内に『囚われの姫君』を鎖付きのドレスで着飾っておこうかと思ってな~」


「こんな所にわざわざオモチャの方からやってきてくれるんだ。 せいぜいお前らで手厚く歓迎してやれ」


「――――」


「………」


 今の桜花の言葉を受け、続いた沈黙の後――。


「――プッ、アハハハハハッ!!!」


「ないないっ! ありえないって、リーダーッ!!」


「リーダーの直感? また~!?」


「あいつら、弱かった……」


 三者三様の反応だったが、その内容が桜花の話を否定するものばかりだった。


「――フン、何とでも言え」


 そう鼻を鳴らした桜花が前を向いて前進し、階段を上っていく。


「………」


 まぁ、確かに……私が期待してるのはあんな学院の連中じゃなく、それ以外だ。


 あの時――起動していたボイスレコーダーの存在に途中で気付いたし、エサ(地図)だってまいた……。 後は……こうして待ってさえいれば、いずれ――。


 そんなことを考えながら到着していた、図書館跡の2階。


「――――」


 その奥の方にいた天西 鈴音の姿はもうボロボロで――ほとんど裸と大差ないような状態だった。


「――――」


 すでに服の機能をなしていない制服を適当に破ってその辺に投げ捨て、代わりに今ある手持ちの中で一番上等な純白のドレスを着させてやった。


 続けてさらに、それらしい鎖を天井から吊り下げ――ようとしたところで、今いる上の天井部分がガラスのドーム状だったため、それが無理なことに気付かされる。


「……―――」


 軽く息を吐いて仕方なく、両手首の手枷てかせから伸ばした鎖を近くの柱や壁のフックに無理やりくくり付け、それで固定させておくことにした。


 そうした上で、天西 鈴音の立ち位置を微妙に調整しながらヒザ立ちの状態にし、それっぽくさせる。


 ――出来た。


 重傷を負わされ、意識は失ったままで頭が下がり、その両手は鎖で拘束されている……。


 囚われの姫君の完成だった。


 その出来栄えに自己満足し、再び1階へ――。


『……――~~~~』


 そこはいまだに騒がしいまま――ちょうど部下達が食事をしている真っ最中だった。


「――――」


 それは――近くのコンビニで買ってきたのか、食べ切れるかどうかも怪しい大量の数多の弁当や、それ以上に大量なお菓子やジュース類の数々。


 そのまま近づいた際――双葉から、リーダーの分もあるよ~と、差し出された弁当をチラリと一瞥いちべつした後、桜花が頭を軽く左右に振る。


「――――」


 いつも通り――その辺の適当な所に腰を下ろした桜花が壁を背に、片ヒザを立てながら手持ちのレーションを無造作に口にする。


 食に関して無頓着な桜花の食事はいつもコレ。


 バランスの取れた高カロリーの栄養を手軽で短時間に摂取でき、かつ保管やカロリー計算も楽なのが理由で、それがどこの国のどんな味だろうと桜花は特に気にしていなかった。


「………」


 そんな桜花の姿を視界の端に収めながら、無言でモギュモギュとおにぎりを口にする一葉。


「――~~♪」


 桜花のことを気に掛ける仕草をまるで見せず、本当においしそうな様子で大量のお菓子やジュースを次々と口に含んでいく双葉。


「――………っ」


 今まで動かしていたハシを持つ手が完全に止まり、桜花を見つめる眼差しを一段と熱くさせる三ツ葉。


 そんな中――。


「――――」


「ちょいみんな~。 本当に誰か来たっぽいよ~?」


 お菓子を食べている間も警戒をおこたっていなかった双葉が、いつの間にか手にしていた望遠鏡を片目に、明るくそう告げる。


「距離300、数1。 武装は~……袋に入った棒状の何かでよくわかりませ~ん。 それから、ちょっとカワイイ女の子で~す♪」


 数1……? 偵察か?


 その情報だけ確認した桜花が食事の手を止め、腰を上げる。


「あれ? リーダー上行くの?」


「見てかないの~?」


「迎撃は……?」


 ……おそらくは、先遣隊か何かだろうが――。


「まぁ……後の対応はお前達に任せ、私は上で待ち構えておくことにする。 その方が……――らしいだろ?」


「えー、何それー!? それって私達がザコでリーダーがボスキャラってコト~?」


「――とはいっても、向こうもすぐには動かんだろうし……。 ま、それでも乗り込んでくるようだったらある程度痛めつけて遊んだ後、適当に服でもひん剥いて2階まで連れてこい」


『キャーッ!!!』


 そこで重なって沸き上がる黄色い叫び声。


「リーダーさいてーっ! 裸にさせて何するつもりー!?」


「エッチーッ!」


「――ずるい……」


「あー、うっさい。 とりあえずそれまで私は2階にいるからな~」


「――――」


「………」


 そう言った後で、戻ってきたさっきの2階。


 ここはある意味、姫を助けにきた勇者がようやくたどり着いた魔王の玉座……。


 あいつらにも色々と公言したし、もう少しだけ見た目にもこだわるか。


「――――」


 歩く両脇に並ぶのは、本の全く入っていない空の本棚。


 そこへ、いきなり――。


「――フッ!」


 片足を軸に、身体をコマのように回転させ――かなりの力を込めた回し蹴りを右側の本棚へ放った。


「――――」


 棚がそのまま重力を無視したかのように真横に飛び、等間隔に並んでいた棚をドミノ倒しのように巻き込みながら、一気に壁際へ。


「――シッ!」


 続けざまに、もう一発。


 反対側の棚も同じようにして吹き飛ばし、その先々にあった棚もまとめてなぎ倒す。


 そうして両脇にあった空の本棚が左右に分かれて倒れ、まるで元からそうであったかのように、階段から天西 鈴音まで続く道が――広い一本の通路のようになって開けた。


 それからちなみに、天西 鈴音の周囲には、ヒザの高さもない低めの長イスがまばらに並んでおり、その真上の天井は全面ガラス張りのドーム状……。 そこからは、やわらかな月明かりが射し込み続けている。


 低い長イスを見る限り、おそらくここがこの図書館の憩いスペース兼、子供用の読書空間だったのだろう……。


 そして、今はそこに囚われの姫君が拘束されている……。


 その姫君――天西 鈴音は、さっき私が棚を吹き飛ばした騒音の中でも身じろぎひとつすることなく、完全に意識を失ったままだった。


「………」


 そんな天西 鈴音の状態を見ながら、私はふと何かを思い出し、懐からあるモノを取り出す。


「――――」


 それは――さきほど装着し忘れていた鎖付きの首輪で、鎖の先はほんの30cmほどで途切れてしまっている、何の拘束力も持たないただの飾りだった。


「………」


 それを普通に首に装着し、その出来栄えを確認するために天西 鈴音の頭をグイッとつかんで揺らす。


「――――」


 サラサラと、まるで流水のごとく指先を伝って流れていく長い黒髪。


 身体の自由を鎖で拘束され、手足や顔まわりにおざなりに巻かれた包帯……。


 その包帯の隙間から覗いて見える火傷の跡は痛々しく、さらによく見れば、身体のいたる所に大小様々な切り傷があるのにも気付かされる。


 それでもなお――……いや、だからこそ、彼女は美しい……と、素直にそう思えてしまった。


「――――」


 最初は――ただ本当に……首輪を着けた状態を確認するだけのつもりだった。


 その際、必然的に目に入ってしまった彼女のうなじ。


「………」


 それを見て妙なスイッチが入った私は、彼女のその細くて折れてしまいそうな首に触れてみようと、そこに手を伸ばした、その瞬間――。


「――――」


 ――ダンッ! と、後方から大きな物音が聞こえ、そちらの方を向く。


「――はぁ……! はぁ……! はぁ……っ!!」


「――――」


 ――見えたのは、呼吸を荒げながら階段の手すりに手をつき、こちらの方をにらみつけてくる一人の少女。


 着ている制服は端々が千切れ、ボロボロなのがわかる。


 そして……下げた視線の片手には、しっかりと一本の竹刀が握られていて――。


「―――っ」


 そのまま――キッ! と、私としっかりと目を合わせながら悠然と歩みを進めてくる一人の少女……。


 ――そのすぐ後から、私の部下三人が慌てた様子で階段を駆け上がってくる様子が目に入った。


 それを見て状況を理解した私は少しだけ目を見開き、肩をすくめる。


 下の包囲網をたった一人で抜けてきたのか……やるな。


「――………」


 ――だが、そう思うと同時に長く息を吐き出し、イラついてもしまう。


「おい、お前……。 一応聞いておくが、一体何しにここに来たんだ?」


「――――」


「アンタをここで倒せばその人は助かる……――でしょ?」


 端的に短く、言いたいことだけを告げられた。


 何やらあせっているように感じられる少女を見ることで、こちらの方は逆に落ち着いてしまう。


「ん~、それは正しいようで正しくないなー」


「言わばコイツは金の成る木だからな~、私を倒したところで、第二、第三の似た奴らが来るだけだ」


 そこまで言ったところで――ジャラジャラッと首元の鎖を鳴らして引き、意識を失っている天西 鈴音の頭を軽く揺らす。


「―――っ」


 少女の眉がピクッと動き、鋭かった目がさらにキツくなったのが見て取れた。


「――――」


 それで私の口元が自然と緩くなり、態度も余裕のあるモノに変わる。


「だから、まぁ……仮にここで私を倒したとしても、この先コイツが殺される可能性がほんの少し下がる。 せいぜいその程度のものだ」


 戦っても戦っても、決して終わることなく続く戦いの連鎖……。 その事実を突きつけられた際の反応は、果たして――。


「――――」


「……だったら、それで十分――」


「それが私の戦う理由だ」


「――――」


 そう言った少女が全く揺らぐことのない瞳と竹刀を私に向けてきた瞬間、考えていた次の言葉を思わず失ってしまう。


「………」


 続く沈黙と、私から全く逸れることのない眼差しから……少女の強い意思が伝わってくる、が――。


「バ~カッ!!」


 舌を出しながらそう叫び、少女の考えを完全に否定する。


「コイツを本気で助けたい? ――バカがっ!!」


「だったらどうして一人で来た!? 一緒に戦ってくれる他の連中は!?」


「これは立派な傷害事件だ。 通報すれば国家権力である警察だって動くぞ!? 何故そうしなかった!?」


「私が本当に待っていたのはそんな連中だったんだよっ!!」


「大体、その棒キレは何だ!? それで武器のつもりか!?」


「こっちの得物はナイフや銃火器だぞ!? 何故それ以上の武装で挑んでこない!?」


「それに――散々に乱れた呼吸に大量の汗、ここまで走ってきたのか!?」


「交通手段なんてそれこそいくらでもある。 タクシーやバス、自転車でもよかった。 何故そうしなかった!」


「今のお前の残り体力はどのぐらいで、全力の状態をどれだけ持続できる!?」


「――っ、はー……っ! はー……っ!」


「――――」


 そこまでまくし立てるように連続で叫んだ私の言葉を聞きながら――それでも全く動じる様子を見せず、揺れることのない少女の瞳。


 ならば――と。


「――あぁ……それとな、さっき私を倒したら可能性がどうこうという話……アレは嘘だ」


「ここで私を倒すことができれば、まずアイツは助かる」


「――何故だかわかるか?」


「それはこの私が、裏の世界で最も強い殺し屋と言われているから――それが理由だ」


「その意味がわかるか?」


「言っておくが、お前らが学校の中でやってたお遊びの戦いなんかと比べるなよ?」


「女の中という枠でもなく、日本の話ですらない――」


「私が言ってるのは世界の話だ」


「……勘違いしないよう言っておくが、決して世界の連中が弱いワケじゃない」


「この私が、世界からあまりにも隔絶された力を持った殺し屋だというだけだ……わかるか?」


「こ・こ・が、世界のいただき……」


「――私が、世界の頂点だ」


 そう言いながら自身の足元を鳴らし、今の言葉を強調する。


「……―――っ」


 そこまで言ったところで、目の前の少女の身体がピクリと揺れ、わずかに動揺したかのように見えた。


 それで気を良くし、気分がますます高まっていく。


「見たところ……剣を多少使うようだが、それでお前は日本で一番強かったりするのか?」


「たとえ仮にそうだとして、お前はそれで日本一強い男連中に勝てたりするのか?」


「それから実戦経験は? ましてや世界は?」


「……わかるか? そのはるか先にいるのが私……――それが今のお前の相手だ」


「――さて、今のお前が私に勝てる可能性は果たしてどのぐらいかな?」


「――………っ」


 さっきまでとは明らかに違う……。 目の前の少女が視線を下げたままうつむき、身を縮こませるかのようにして全身を細かく震わせている。


「……どうした? 私が怖いか? 怖ろしいか? 今すぐここから逃げ出すか?」


 と、そこまで私が挑発したところで――。


「――――」


 少女の瞳が、スッと見開いて前を向き――。


「あああああああああっ!!!」


「―――っ!!!」


 凄まじい気迫で雄叫びを上げながら、私に向かって突っ込んできた!


「――それでも来るか!」


 それも悪くない――と、口元にニヤリと笑みを浮かべ、こちらからも逆に距離を詰めていった。

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