第20話 黒木 桜花の見た世界 ② 『第三世界』

『――――』


 聞こえてくる指笛と歓声。


「ヘーイ、リーダーッ! いつまで遊んでんのー!?」


「さっさとトドメ、刺しちゃってよーっ!!」


 はやし立てる部下達の声を聞きながら、桜花の口元がきつく歪む。


 ――バカ共がっ! 何故わからんっ!!


 さっきまでのならともかく、今のは完全に意識を刈り取るつもりで放った一撃だぞっ!


 何故アレを喰らってまだ立ち上がれる……っ!


「――チッ!」


 ナイフを使わず、素手だけで沈めようと思っていたが気が変わった。


 恨むんだったら、この私をその気にさせてしまった中途半端な自分の実力を恨めっ!


 使い慣れたナイフを瞬時に取り出し、すぐさま相手の両目を狙っての横一文字。


「――――」


 その相手は瞬きすらすることなく、まるでこのナイフの軌道を確かめるかのように、目で追いながら避け――。


「――くっ!!」


 驚愕きょうがくしながらも即座にナイフを反転――返す刀で斬りつける。


 が、そこにいた相手は私が動く前から目の前におらず――。


「―――っ!!」


 すでに床に身を伏せていた体勢から一気に身を起こし、竹刀で反撃してきた。


「――ぐっ!!」


「――――」


 とっさに出した二本目のナイフで防ぐと同時に後方へ跳び、相手からいったん大きく距離を取る。


 今の動き……間違いなさそうだ……。


「――おい、お前っ! 『視えて』いるな!?」


「………」


 返ってくるのは無言……。 だが間違いないハズだ。


 これまでの戦い……実力を隠して視えないフリをし、手加減していたとは到底思えない……。


 ――だったら視えるようになったのは今、この戦いで……!?


「――――」


「――――」


『――第二……世界……?』


『それってなぁに? お父さん?』


『いいか、桜花~。 普通の人達が普通に見て、聞いたりして生活する世界――それが、『第一世界』だ』


『そして、それとは別……。 この世ならざる……常識の外にあるものを見て、聞き、感じることができる……』


『それが――『第二世界』だ』


『――――』


『――――』


『ねぇ、お父さん……前に私を薬で仮死状態にして、それで私が第二世界を見れるようなった、っていうのはわかったけど……』


『お父さんは前から私にすっごい才能があるって言ってるし、もしかしたら私って訓練だけでも第二世界にいけたんじゃない?』


『ん~? それは、まー……無理、だろうな~』


『……どうして?』


『どうしてって言われても、その程度じゃせいぜい一流のスポーツ選手止まりの、発動の安定しない第二世界モドキになるだろうしな~』


『つまり、死の淵から生還した者とそうでない者には、それだけ大きい明確な差があるということだな』


『うぅ~……っ。 だ、だったら! 私なんかよりも、もっと、も~っとスゴイ才能を持った人がいて! その人だったら!?』


『な、何だかやけこだわるな~……どうした? ――でも、そうだな~……もし仮に、そんなヤツがいるとしたら、死後の世界を見ることなく到達できるだろうけど……でもな――』


『だとしたら、ソイツはもう人じゃない。 人の形をした、別の何か……』


『――才能のバケモノだ』


「――――」


 不意に脳裏に浮かんだ父の言葉。


「~~~~っ!」


 そのことを無意識に思い出してしまった自分自身が腹立たしく、許せなくなった。


「お前が……? お前程度が、そうだっていうのか……?」


「――そんなの……認められるかーーっ!!!」


 胸に湧いた怒りや苛立いらだちを直接ぶつけるつもりで――向かってくる相手を決して逃がさないため、両手のナイフをわずかな時間差で挟撃させるよう斬りつけてやった――。


「――――」


「――――」


「――………っ」


 私、は……眼前まで迫ってきたナイフを、竹刀の腹で受け流すようにいなし、もう一方のナイフも横に跳んでかわす……。


 そうやって戦いながらも、私の目は虚ろ。


 ここではない、別の何かを見つめ続ける……。


 私の見つめる視線の、その先は――。


「――――」


「――――」


 剣道場には私と姉の二人だけ。


 そこで私は姉に対し、久しぶりに剣道勝負を申し込んでいたところで――。


『ねー、かっきちゃーん『真剣ごっこ』しよ~♪』


『……何、それ?』


『だって~♪ せっかくかっきちゃんの方から私と勝負したいって言ってくれたんだから、普通にやったらつまんないでしょー?』


『いや……私はその普通でいいんだけど……』


『いいから~、まぁ聞いてよ~♪』


『『真剣ごっこ』っていうのは~私達が持ってるこの竹刀。 これを本物の真剣だって、そう想定するの~』


『たとえば~……――ホラ。 こうして竹刀の剣先が左ヒジに当たる、そうやって斬られたこの左腕のヒジから先はもう動けませーん』


『そうやって先に動けなくなった方が負け~。 ――いい?』


『ふ~ん……わかった。 ――いいよ、やろ?』


『ぶっぶ~っ!! かっきちゃんダメッ! 全然ダメダメで~すっ!!』


『な、何……?』


『この『真剣ごっこ』は~、竹刀を真剣に見立てるってだけじゃなく、昔のお侍さんのような真剣勝負の立会い――そんな意味も含まれてるの~』


『え~っと――……つまり?』


『だ~か~ら~! これから真剣勝負をするってことになったら、お互いに流派と名前を名乗り合うの~っ』


『その後で、私が『いざ尋常に~』って言うから、かっきちゃんは『勝負っ!』って言ってね?』


『――あ。 それと私達に流派はないから、とりあえず仮に『山井出流』ってことにしよ?』


『かっきちゃん、いい? わかったー?』


『ねぇ……それって意味あるの?』


『あーるーよーっ。 少なくとも私のやる気とテンションが相当に上がるのは間違いないよ~』


『だから、やろー?』


『……ダメ~?』


『……わかったって。 ――やるから、そんな顔近づけてこないでよっ』


『――ふふっ、よかった~』


『じゃあ、私からいくね~』


『………』


『――山井出流、山井出 千夏~』


『――や、山井出流……山井出 勝希……』


『いざ尋常に~~』


「――――」


「――――」


「――勝負……」


「―――っ!」


 ポツリと小さくつぶやいた瞬間、先手必勝とばかりに私の方から一気に距離を詰め、この戦いの機先を制しようとする。


 ――って……あれ?


 何、なの……。 その構え……。


「――――」


 小太刀の、二刀流……?


 そんなの、一体いつの間に――。


 それは初めて見るハズなのに、すごく堂に入った構えで、隙らしい隙が全く見当たらない。


「――………っ!」


 事実、私の打ち込みが次から次に――ことごとくいなされていく。


 こんな動き……いつの間に練習してたの? それともまさか、ぶっつけ本番でこれ?


「――――」


 さすが……。


 世間から、天才とか神童だなんて呼ばれてたのは伊達じゃない……。


「―――っ!」


 私の全力を込めた大振りの一撃なんてかすりもしないし、そんなのは当たり前――。


 そして、そんな隙を見逃すわけもなく、お姉ちゃんの追撃が襲い掛かってくる。


「――――」


 ――って……あれ?


 私……攻撃の軌道が、見えてる?


 いつもだったらパッと光る閃光のようにしか見えず、感覚だけで対応していた姉の剣閃がハッキリと見て取れた。


「――――」


 これって……。 もしかして私、今……お姉ちゃんと、ちゃんと勝負できてる……?


 神童と呼ばれた姉と、こうしてまともに打ち合えている。


「――~~~~っ!」


 その事実がたまらなく嬉しく、全身から武者震いが沸き起こってしまう。


 もしかしたら、この単に慣れてない小太刀の二刀流でまともに実力を発揮できてないだけかもしれない、けど――。


「――――」


「~~~~っ!」


 今の私にとってはそれはどうでもよく、姉と初めてまともに打ち合える高揚感に身を包まれ、この戦いを思いっ切り楽しんでいた――。


「――――」


「――――」


「―――っ!!」


 コイ……ツ!!


 ここに来て、一段と速いっ!


 コイツの剣技……確かに高いレベルではあるが、それでも充分常識の範疇はんちゅうだ。


「―――っ!!」


 ――だというのに、この重さ……っ!


 ナイフを十字にし、剣撃を受け止める。


 ――この威力……っ! 少なくとも片手じゃ受け切れんっ!!


 というか、それ以前に――竹刀で私のナイフに拮抗するってどういう理屈だっ!


 その辺のナマクラじゃない……――この私のナイフだぞっ!


「――――」


 コイツ……さっきから呼吸も乱れまくりで、唇にはチアノーゼ反応すら出てるってのに――。


 何故動ける!? 何故意識を失わない!?


 ――何故、こんなにも速いっ!


「―――っ」


 まともに思考する時間を与えないかのように続いていた猛攻の中――不意にその剣先がわずかに鼻先をかすめていった。


「―――っ!!」


 それを受けた瞬間、私は一瞬怒りで我を忘れてしまい――。


「――――」


「――――」


『桜花~、お前が才能に妙なこだわりを持ってるのはわかったが、桜花にとってはそんなの全然関係ないぞ~』


『……え?』


『父さんや母さんが初めて第二世界へ到達したのは10代後半だったが、桜花にいたっては5歳だ』


『……だからお前は、誰よりも早くその次へと進むことができる』


『……次?』


『第一、第二世界と続いたんだ……だったらわかるだろ』


『ありとあらゆる常識や倫理……物理法則すらも、己の意思のみで捻じ曲げてしまう……』


『すなわち世界そのものを書き換え、塗り潰し、強制的に現実へと変換する……それが――』


「――――」


「――――」


『――第三世界』


「―――っ!!」


 その瞬間、世界の全てが黒く圧縮され、加速――。


 両手で構えたナイフが二匹のヘビとなり、瞬時に相手の四肢を斬り裂いた。


「……―――っ!!」


「―――っ」


 直後、今まで全く止まることなく動き続けていた相手の動きが――まるで糸が切れた操り人形のごとく事切れ、ダイレクトに頭から床に倒れ込んでいった。


「――両手足の腱を斬った……」


「……これでお前はもう地面を這いつくばるだけの、ただのイモ虫だ……っ」


「――――」


 前回の――天西 鈴音の件もあり、ギロリとなって傷口をにらみつける。


「――………」


 見える四つの傷口と出血量……。 手足全ての腱を切断しているのは間違いなかった。


「――チッ!!」


「……――くそっ! くそっ!! くそがっ!!!」


 怒り任せに蹴りつけた木箱が一撃で砕け、バラバラになって周囲に散る。


 せっかくあれだけ手間を掛け、衣装や舞台にまでこだわったのだから、最低でもその手間分ぐらいは遊ぶつもりだった。


 とりあえず、適当に痛めつけて動けなくさせた上で、コイツを天西 鈴音の前へ無理やり引きずっていく――。


 その後から天西 鈴音も殴り起こし、お互いのうめき声を聞かせ続ける。


 そんな感じで遊びつつ、どらちか一方の心を折る……。 ――そうするつもりでいた、その予定がすっかり狂ってしまった。


 ――第三世界を使ってしまった……というより使わされた。


 自分から……その日の気分で適当に使うのならともかく、使わされた。


 そんな感覚がどうしても拭い切れず、内から湧き続ける怒りをどうしても抑えることができない。


「――ふぅーー……っ! ――はぁーー……っ」


 そんな状態の中、ため息を大きく二回に分けて吐き、肺の中の空気を全て出して空にする。


「………」


「――――」


 それで意識の切り替えは終了。


 そうすることで、私はいま戦った相手から完全に興味を失い、もう二、三日もすれば戦った事実すら忘れてしまうだろう。


「――――」


 少し下げていた視線を上げた際、最初に目に入ってきたのはドレス姿のまま鎖で拘束されている天西 鈴音だった。


 今の――この気持ちのウサ晴らしを、天西 鈴音で解消することに決めた。


 応急処置が終わったのはついさっき……。 もしかしたら本当に殺してしまうかもしれんが、そんなの知ったことか。


 まずは――と、踏み出そうとしたところで、その動きを止めてしまう。


「――………っ」


 これまで観客として見ていた部下達もそれに気付いたらしく、ザワついたような気配が後ろから伝わってきた。


「――――」


 それを見た瞬間、私の胸に最初に去来したのは――『珍しいモノを見た』。 そんな感想だった。


 手足の腱を斬る……。


 それはある意味、手足から先を失ったことに等しい。


 そして、今――そんな相手が両手でどうにか持った竹刀を杖代わりにしながら片ヒザをつき、必死になって起き上がろうとしていた。


 ――確かに……。 手足の先を失っても、動くことはできる。


 足首から先がないのだったら、ヒザを意識して動かすようにすれば、とりあえず脚は上がる。


 腕だってそうだ……。 動かせる手首ではさみ込むようにすれば、ああして竹刀だって持てるし、それを杖代わりにして身体だって支えられる。


 ――が、それはあくまで痛みを想定していない上での話。


 痛みに耐性のない人間がそれを実施すれば、当然――。


「――――」


 桜花の予想通り、その状態が維持できたのはほんの数秒。


 勝希の上半身が前のめりになって傾き、そのまま前方に倒れようとしたところで――。


「―――っ!」


 ダンッ! と、前方に強く出された片足が全身を支え、その場に踏み止まった。


「!?」


 桜花の身が瞬間的にビクッとなって震え、その勝希と正面からまともに向かい合う。


「――……~~~~っ」


 勝希は、さらに――プルプルと全身を震わせながらも、上半身を支えていた杖代わりの竹刀の柄をしっかりとつかんで握り締め、そこからまともに構えてまでみせた。


 ――浅かった? 不発? 見間違い? 別人?


 桜花の脳内で様々な可能性が同時並行して駆けめぐり、それで全身も完全に硬直してしまう。


「―――っ!」


 そんな状態の中――桜花はある一点を見たことで、自分の考えていた予想――その全てが違っていることに気付かされた。


「――――」


 傷口、が……目に見えて塞がって……っ!


 あれ、は――。


「――――」


「――第三、世界……っ!」


 そう言いながら、桜花が全身をブルッと震わせて息を吞み、その現象に瞠目どうもくさせれた。


「――――」


「――――」


 ……何? お姉ちゃんってぱ、やけに驚いた顔して……。


 負けず嫌いの私が、たった一回負けたぐらいで勝負をやめるわけないって、わかってるクセに……。


「な、何だ……お前は一体何なんだっ!?」


「ここが……私が! 世界の頂点っ! ――黒木 桜花だぞっ!!」


 ――何? また名乗り上げ? 全く……相変わらず……。


 ……まぁ、それに付き合う私もそんなに嫌いじゃないっていうか……むしろ――。


 そう思うと同時に、クスリと口元に笑みが浮かんでしまい――。


「――……山井出流、山井出 勝希」


『いざ、尋常に~……』


「――勝負っ!!!」


 今度こそっ! と、目の前の姉に再び挑戦していった!


「――――」


「――――」


『……ねぇ、お姉ちゃん。 私にも『朧十字霞雪月花おぼろじゅうじかすみせつげっか』教えてよ』


『ゴハッ!! か、かっきちゃん、それ……知ってたんだ……』


『? お姉ちゃん、聞いてる? だから私に朧――』


『や、やめて~、それ以上お姉ちゃんをイジメないで~~っ!!』


 お姉ちゃんってば、なに急に慌ててるんだろ……?


 あの名前、すっごくカッコイイって思うのに……変なの。


 って、そんなコトより――。


『何で!? どうして私に教えてくれないの!?』


『ん~……だって、かっきちゃんってば相手に勝とうとしてるでしょ?』


『……何なのそれ……なぞなぞ?』


『んも~、違うってば~! って言っても、かっきちゃんならその内自分で気付くだろうし、その方が絶対にかっきちゃんのためになるから~!』


『――大丈夫っ! かっきちゃんはすっごい才能を持った天才さんだから、私なんかより、も~っと強くなるよ~♪』


『うぅ゛~~~っ! そうやってまたバカにして~~っ!!』


『バ、バカに――って何で!? 私、かっきちゃんのこと、本当にすっごくカワイイって、そう思ってるよっ!?』


『~~~~っ! だ、だから、それがもう~~っ!!!』


「――――」


「………」


 お姉ちゃん以上の天才って……そんな、見せ掛けのお世辞……。


 そんなの……それこそ、本当に世界最強だよ……。


 ――でも、その言葉で私の心が少し軽くなったのをよく覚えてる……。


「――――」


「――――」


 山井出 勝希? その名前……覚えがある……。


 ――そうだ……。 神童……山井出 千夏のひとつ違いの妹が、確かそんな名前じゃなかったか……?


「――――」


 ――何だ……どこぞの馬の骨かと思って適当に相手していたが気が変わった……。


 山井出 千夏の忘れ形見……。


 それだけでお前は充分に特別で、私が本気で相手をするだけの価値があるっ!


「―――っ!」


 これまで桜花から発せられていた気迫が一段と高まり――戦いの質が変わった。


「――――」


「……―――っ!」


 剣、だ……っ!


 この竹刀さえ破壊すれば、それでこの戦いは……っ!


「――~~~~っ!!」


 ひと振りごとに、際限なく加速し続ける桜花の斬撃――それに比例し、威力と精度も――。


「――――」


 これまで――あらゆる角度から不規則に放たれ続けていた桜花の斬撃だったが、今はそれにひとつの方向性が生じていた。


「――………っ!」


 それは、急きょ防戦一方となった勝希の竹刀の中心、その一点に集中し続けており――。


「―――っ!」


 ようやく亀裂が……――そこっ!!


「……―――っ!」


 度重なる桜花の、さらなる渾身のひと振りをまともに受けた瞬間――。


「――――」


 勝希の竹刀がふたつに斬り裂かれ、その剣先が宙を舞った。


 斬っ……た……!


 桜花の口角がニヤリとなってつり上がり、対する勝希は――。


「――――」


「――――」


 ――何か狙ってるって思ってたケド……やっぱり……。


「―――っ」


 勝希の右手が、宙を舞っていた竹刀を――まるで先読みしていたかのような動きで軽くキャッチし――。


「―――っ!!」


 それを無造作に、全力で正面に打ち下ろした!


「―――っ!」


「――――」


 その一撃を受けた姉が驚愕きょうがくの表情を見せ、私から大きく距離まで取ってみせた。


 今の……。


 たとえマグレの偶然だとしても、驚く姉の顔が見れて、その意表だって突くことができた……。


 そうすることのできた自身の結果に、思わず自分で驚いてしまう。


 だって……何しろ、いま私が相手にしているのは――あのお姉ちゃんだ。


 あの非常識な姉だったら、振るい続けていた二刀流の竹刀で、私の竹刀を両断する――そんなこともまんざら不可能じゃない。


 続く戦いの中でそう予測していたからこそ、それに対応できたし、動揺だって少なかった。


 もしこれが本物の真剣だとするなら、この剣先をつかんだ方の私の手はきっと血だらけなんだろうけど――あくまでもこれは『ごっこ』だし……。


 とは言っても、それを持ってる右手も微妙にチクチクして、そこそこ痛かったりするんだけど……。


 それとは別の、少しだけ先の広がってしまった竹刀。


 その広がった――柄とは反対側の方を持ち、左右それぞれの握りを確認。


「………」


 ――よし、これで私も二刀流だ。


 二刀流の戦い方はこれまでの戦い振りをみて大体わかったし、今から私もやってみるっ!


 こうして私の準備が終わるのを、まだ驚いた表情で固まっていた姉に対し、今度は私の方から二刀流で突っ込み、戦いを仕掛けていった!


「――――」


「――――」


「―――っ!!」


 コイツ……ッ! 私の動きを……っ!


 この私に真正面から、ナイフの間合いで挑んでくる……だと……!?


「――~~~~っ!! なめるなぁっ!!!」


「―――っ!」


 桜花の左右から別々――それぞれの必中のタイミングで放たれた、どちらともに必殺の斬撃。


「――――」


 その一方が勝希の竹刀によって正面からいなされ、残った一方も身体を半身にされてかわされた。


「――チッ!!」


 桜花はそれによって多少上半身を流されて体勢を崩されながらも――それに構うことなく、そこからさらなる追撃を仕掛ける――。


「―――っ!」


 が、それすらもしのがれてしまった上、そこで生じたわずかな隙を逆に突かれ、勝希からの反撃を受ける結果へとつながってしまった。


「……―――っ」


 そんな勝希の反撃は軽くしのがれるも、それを受けた側の桜花は激昂しており――。


「~~~~っ!!」


 何故反応できる!? 何故喰らいつける!?


 誰でもないっ! この私の全力だぞっ!?


「―――っ!」


 そして、続く攻防の中――放った勝希の剣先が、ついに桜花の頬をかすめた。


「――――」


 その瞬間――桜花の目が大きく見開かれたと同時に、まとっていた気配の質が変わった。


 ――あぁ……残念だ……。


 けど、誇っていい……。


 たいしたヤツだったよ……――お前はっ!!


「――――」


「――――」


『桜花……互いに同じ第三世界を使っているのに、どうしていつも父さんが勝つのかわかるか?』


『――それ、は……』


『体格や経験の差はもちろんそうだが、第三世界はそれすらも超越する絶対的な力だ』


『桜花と父さんの決定的な違いはな、トリガーにあるんだ』


『……トリガー?』


『そうだなぁ……言ってみれば、それは呪文だな』


『今からここではない別の世界に行くのだという明確なイメージを込めた、自分の中のオリジナルの言葉……』


『それこそが呪文であり、トリガーとなる』


『――ま、慣れればだんだん不要になっていくが、最初の内はやっぱりあった方がいいぞ~』


『そして、それが――第三世界の直接的な強度につながる』


『だから桜花も、なるべく短い――自分だけの言葉のトリガーをあらかじめ考えておくんだ』


「――――」


「――――」


『王さま……?』


『そう、お前の名前の由来だ……』


『母さんが桜好きってのもあるが、『黒き王』っていうフレーズが父さんは気に入っていてな――』


 黒木、桜花……。


 そうだ……私が――。


 私こそが、世界の――。


「――――」


「……王気、開放――」


「―――っ」


『第三世界』


「――――」


 ここが、私の……私だけに許された、王の世界だ。


 この世界では私の望むまま……私の思った通りに動きや思考が加速し、どんな現象すらも思うがままだ。


 ――せっかくだ……冥土のみやげに見せてやる。


 人類の限界……いや、それすらも超越する、この世界での最速を――っ!!


「――――」


 駆け抜けて後ろを取った。 だが今のコイツには、私が消え瞬間すら目に映っていないだろう。


「―――っ!!」


 振り向きざまに一閃。


 余波の真空波だけで十分だったかもしれないその一撃を直接うなじに当て、そのまま全力で腕を振り抜いた。


 瞬間――。


「――――」


 胴体から離れた山井出 勝希の頭部が、高々と宙を舞い――。


「――――」


 その首が、陽炎かげろうのように揺らぎ――フッと消えた。


「――――」


 桜花の思考が途切れて中断され、一瞬の空白が生じた。


 そこへ――。


「朧……」


「―――っ!!!」


 聞こえたのは足元――桜花の表情が驚愕きょうがくに変わり、全力の警戒態勢に入った!


「――――」


「――――」


 ――全く……お姉ちゃんの中の私って、どれだけ評価高いの?


 こんなの、気付くワケないよ……。


 ――でも、これでいいんでしょ?


 相手に勝ったと思わせる。


 その瞬間に放つ技……それこそが――。


『朧――霞十字雪月花』


「――――」


 勝希から放たれた十字の剣閃――。


 それが止まることなく、連続で続き――。


『――二刀流・嵐!!!』


 さらに激しさを増した剣閃が、嵐のようになって折り重なっていく!


「――――」


「――――」


 ――な、何だっ!? あの一撃をどうやって避けたっ!?


 それはともかく、今は――。


「――ぐっ!!」


 さばきき辛いっ! ――というか初撃の軌道をいちいち見失うっ!


 確かに最初の一瞬だけ出遅れはしたが、その一瞬があまりにも致命的過ぎるっ!


 第三世界は解除せず、こうして全力発動させたままだ。


 それ、なのに――。


「―――っ」


 この私の、全力の第三世界だぞ! 何故その差が埋まらないっ!!


 何故! ほんの一瞬すらコイツの動きを止めることすら敵わないっ!?


 一体、何の悪い冗談だ――コレはっ!?


「――――」


「――――」


 ――……あれ? お姉ちゃんが、二人……?


 一人は目の前で戦ってて、もう一人は裸……?


「――――」


 裸の方のお姉ちゃん……どことなく苦しそうな……。


「………」


 ――そんなお姉ちゃんの顔を見てると、ふと思い返されしまう……。


「――――」


『アハハ~……。 お姉ちゃん、負けちゃった~……』


 あんな顔、二度と見たくない。


 私がさせるもんか。


「―――っ」


 ギュッとなり、両手の握りに力がこもる。


 ――わかる……。


 今のお姉ちゃんは本気だ……間違いない……っ。


 今度こそ、本当に……。


 全力状態のお姉ちゃんに、私の全力をぶつけて勝つ……!


 それでこそ――。


 おそらく……この機を逃したら、もう二度と私に勝機はやってこない……っ!


 だから動く……っ! 私の中に残った燃料の全てを燃やし尽くす、そのつもりでっ!!


「――――」


 最初にひと振りした瞬間わかった。


 小太刀の間合いは私の思ってた以上に、ずっと短い……だから、もっと……――もっと前にっ!!


「――――」


「………っ! な、何……!?」


「――……け」


 ――届け、届け……っ!


「コ、コイツ……回転が……上がって……っ!!」


 ――届け、届け、届け、届け、届けっ!!


「……―――っ!!!」


「届けぇーーーーーっ!!!!」


 それは――私の全身全霊……。 残った全ての力を総動員させて放った、最後の一撃。


「――――」


 けど――それすらも当然のように届かず、それを待ち構えている笑顔の姉が、いて――。


「――――」


 やっぱり……さすがだな、お姉ちゃん……。


 届かないとわかっていても、伸ばし切った私の腕はもう止められない。


「――………」


 そうして放たれた剣先が……受ける姉の竹刀に、吸い込まれるよう重なっていき――。


「――――」


「――れ?」


 瞬間、今まで見えていた姉の姿が二つに斬り裂かれて消え、その中から苦痛に顔を歪ませながら吹き飛ぶ彼女の姿が現れた。


「――――」


 ――あ。 と、見た瞬間に思い出す。


 そう、だった……。


 私……お姉ちゃんとじゃなく、この人と戦ってたんだっけ……。


「……――ぐっ!!」


「――――」


 見るとアイツは苦悶の表情を浮かべながら後退し、左手に持っていたナイフも床に落としていた。


「――……~~~~っ!」


 私の右腕から芯にまで……全身に響くようにして残る手ごたえからあわせ考えると、今の攻撃が当たった事実だけは確かなようだった。


 ……あれ? ちょっと待って……さっきまで見えてたのって夢? 幻? ……それとも――。


「――――」


 ――っと……雨……?


 急に視界をさえぎる水滴を受け、とっさに顔を上げようとするけど、何故だかその首が動かせない。


「――――」


 そのまま雨の勢いがしだいに強まり、かなりの本降りになっていく――けど……。 何か……どこかおかしい……。


 ……え? あれ? これって――。


「――――」


 私の……汗……?


 滝のような汗って表現があるけど、ホント言葉通りっていうか……むしろシャワー?


「――っ、はぁー……はぁー……っ」


 ――って、熱……っ!


 何……? 今のって私の口から出たの?


 こんなの……まるでドライヤーの熱風……。


 何だか……肺の中に直接火が点いて燃えてるみたい、な……。


 ――コレは、マズイ……。


 私の中にある人としての本能が――今の状態は危険だと、全身のあらゆる器官を通して最大級の警報を鳴らしてくる。


 それは、わかった……。 そう理解した上であえてそれを無視し、手足に力を込めてみる。


「――――」


 竹刀を持つ手がギュッと動き、この身体を支える足にもどうにか力が入る。


 ――だったら何の問題もない。


 私の心臓はまだ動いていて、手足もどうにか動く。


 ――だったら進まなきゃ……一歩でも、前に……っ!


 でないと、届かない……!


「―――っ」


 私、は……。


 私はまだ……っ! 自分の命を使い切っていない……っ!!


 うご……け……っ!


 ついさっきまでの、絶好調で――まるで風に舞う羽のように軽かった私の身体――。


 それが今度は逆に、まるで足そのものが地面に根付いてしまった大木たいぼくのようになってビクともしない。


「……~~~~っ!」


 息が、苦しい……身体が悲鳴を上げてる……!


 でも、苦しいってことは……まだ生きてるってこと……!


 だからこの苦しみがある限り、私は進む……っ。


 一歩でも……――前へっ!!


「……―――っ!」


「――――」


 非常におぼつかなく、引きずるような足どりだったけど……確かに一歩、私の足がザッと前に出た。


「―――っ」


 それを見た瞬間、桜花の全身がビクッとなって震え、勝希の進んだ分だけ後ずさってしまう。


「………っ! ~~~~っ!!」


 そんな後ずさってしまった自分を恥じ入るかのように桜花が歯をきつく食いしばり、顔を紅潮こうちょうさせた。


「――――」


 そうしてうつむいていた際、桜花の視線があるモノを捉え、その口元を醜く歪ませた。


「―――っ!」


 すぐさま桜花が足元にあったそれを飛びつくように手にし、そのまま叫ぶ。


「――おいっ!! 山井出 勝希っ!!!」


「今のお前をギリギリで支えている存在……」


「それが! ――アイツなんだよなっ!!!」


 ガシャッ! と、桜花がたったいま手にしたものを構えており――。


「――――」


 マシンガンの銃口――それを鈴音に対して向けた桜花が、今の勝希と向かい合っていた。


「―――っ!!」


 それで勝希の身体がすぐさま硬直し、続けて踏み出そうとしていた二歩目の動きをピタリと止めてしまう。


「――………っ」


 すぐに何かを告げようとした勝希だったが、息が絶え絶えで、言葉が言葉とならない。


 そんな勝希の様子を見ながら、桜花が満足気に笑うと――。


「だったらソレを……――今からぶっ殺してやるよっ!!!」


「―――っ!!」


『――――』


 ――その瞬間、耳を裂くような射撃音とともにマシンガンが火を噴き、放たれた凶弾が鈴音のもとへ襲い掛かっていった!


「――――」


「――――」


 それは――。


 鎖につながれていたまま……意識を失っていた鈴音の肉体へ次々と命中――。


 鈴音は全身をつらぬかられながら――受けた反動で強制的に踊らされ、血しぶきが飛び散っていく。


 純白だったドレスが一瞬で鮮血に染まり、その上からもさらなる追撃を受ける。


 凶弾の数発が鈴音のこめかみや顔面にも命中――頭部が揺れ、アゴが跳ね上がる。


「――――」


「――――」


 そして……次に気付いた時……。 銃声は、すでに鳴り止んでいて……。


 その後には――。


「――――」


 広がり続ける血溜まりの中心で、ピクリとも動かなくなった天西 鈴音が、いた……。


「――………っ」


 その瞬間――私はヒザから床に崩れ落ち、持っていた竹刀も手放してしまった。


 私の戦う理由……。 それが、たった今……目の前でメチャクチャに蹂躙じゅうりんされ、動かなくなってしまった……。


「ハーッハハハハハハハハッ!!!!」


「どうだっ!! 見たかっ!!」


「お前の戦う理由とやらが、もうただの肉の塊になってしまったぞ!? ハーッハハハハッ!!!」


「それからついでに、私が天西 鈴音を殺したことで、絶対的な幸福とやらも約束もされてしまったぞ!! ハハハハッ!!!」


「………」


 耳に届く桜花の笑い声を聞きながら、ピクリとも動かなくなってしまった勝希。


「……それと喜べ! お前という存在は私にとって非常に度し難い、全力で殺す価値のある敵になった!!」


「――――」


「――死ねっ!!!」


 マシンガンの銃口が今度は勝希に対して向けられており、桜花が何のためらいもなくその引き金を引いた。


『――――』


 見える銃口が火を噴き、いくつもの銃弾がスローモーションのようになって自分の所へ向かってくる様子が目に映った。


 今すぐここから動かなきゃ死ぬ。


 頭の片隅でそう理解しつつも、それがどうしても行動と結びついてくれない。


 だって、これは罰だから……。


 私なら絶対に負けないって、そんな根拠のない自信めいたモノを持ったまま勝手に暴走して――。


 そうして迎えてしまったのは、最悪の結末……。


 そんな、私に……生きてる価値なんて……。


「――………」


 迫ってくる銃弾を目の当たりにしながらスッと目を閉じ、ただ流れに身を預けた、その瞬間――。


「――あなたの勝ちだよ、かっきちゃん」


「――――」


 すごく聞き覚えのある声が耳元から聞こえ、同時に――フワリと、身体が浮いたような感覚を味わった。


 ――そっか……。 この感覚が、そうなんだ……。


 そう思いながら、閉じていた目を薄く開ける。


「――――」


 まず目に入ったのは、クセ毛がかったロングの茶髪に大きな瞳。


 そして、その眼差しは安らぎと慈愛に満ち、口元からも笑みがこぼれ出ていて――。


「――――」


 そう……私の姉……。 ――山井出 千夏が、目の前にいた。


「―――っ!」


 考えるより先に身体が動き――胸に飛び込んだ瞬間、感情が爆発した。


「――お姉ちゃんっ!! 私……頑張ったよ!!!」


「これまで生きてきた人生の中で……これ以上はないってくらい……っ!!」


「すごく……――すっごく頑張ったんだからっ!!!」


「――――」


「……うん、ずっと見てたよ」


「ぅ゛……っ! ぁ゛……っ!!」


 涙と嗚咽おえつが同時に出た。


『ずっと見てた』


 姉からそのひと言が聞けた。


 たったそれだけで、私の全部が救われた。


 頑張ってよかった……!


 生き続けてよかった……!


 私の命を――ここで使ってよかった……!


 私の命には……ちゃんと、価値があった……っ!


 こんな汚れきった私じゃ、絶対に行けないと思ってたお姉ちゃんのもとまでちゃんと行けて、微笑んで――抱き締めてもらえて、私が一番欲しかった言葉まで言ってくれた。


 ……こうして私は死んでしまったけど、私は世界で一番幸せな最期を迎えられた人間だと、本気でそう思えた。


「――――」


 まぶたが、重い……。


 死後の世界にも眠気ってあるんだ……。


 それとも雪山で遭難した時みたく、このまま寝たら二度と起きられなくなる……とか?


「――――」


 ……? 頭に固い感覚……。


 見ると、お姉ちゃんが抱きかかえていた私をちょうど丁寧ていねいに床に寝かせていたところで――。


 へぇ……この世界にも床が……って……――ここ、どこ?


 今までお姉ちゃんばかりに注目していて、あたりのことなんか気にも掛けてなかった私は、あらためて周囲を見渡してみる。


「――――」


 所々穴の開いた床板に、ドミノのように左右になぎ倒された本棚……。


 ……あれ? ここって、さっきまで私が戦ってた――。


「――………」


 私が少しだけ周囲に気を取られている間に、お姉ちゃんが何事かを小さくつぶやき、スッと身を離す。


 ――え? 何……? お姉ちゃん……今、何て――。


「―――っ」


 とっさに身を起こし、その後を追いかけようとした私だったけど、全身がまるで地面に貼り付いてしまったかのように重く、身じろぎのひとつすらできない。


 あ……ヤバ、イ……。


 何……か……コレ……。


 さっき身体を動かそうとしたのが最後の力だったのか、まるでこれから冬眠にでも入ってしまうかのごとく、圧倒的な眠気が私を襲う。


 お姉ちゃんが、これから何かする……。


 それを見たい……。 私が見てなきゃ、いけない……のに……。


「――――」

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