第16話 天西 鈴音(私)の見た世界 ⑦ 『強襲』

「――――」


 ――あれ? もう?


 それが率直な感想だった。


 あの戦いで身体も心もすっごく疲れてたから、おそらくあのまま数時間は意識を失ったままになるだろうって、そう思ってたけど、数時間どころかたったの数分で下から上に戻ってきた。


「――――」


 意識が戻ってすぐ、私の視界に最初に飛び込んできたのは、さっちゃんを狙う黒い線の数々だった。


「………」


 ん~~……よいっと。


 ついさっきまでずっと戦い続けていたせいもあって、伸びていた黒い線の通り道にいたさっちゃんを思わずどかしてしまう。


 それも、さっちゃんのえり首を無理やりつかんでの――かなり強引気味に。


 だって、そうでもしないと絶対に間に合わそうな気がしたから、つい~……。


 そして――。


「――――」


 勢いそのまま――私に引っ張られたさっちゃんが背中から倒れ、後ろにひっくり返ってしまった。


 ゴ、ゴメンね~、さっちゃんっ。 苦しかったでしょ~?


「――――」


 この黒い線のことは、私自身いまだによくわかってない。


 それでも何となく嫌な感じがするから、なるべく当たらないようにするのがいいと思って、それで~……。


 そんな理由もあって、これまでになく嫌な感じのする大量の黒い線に狙われてるさっちゃんを見て、ついとっさに行動してしまった。


 多分、それがさっちゃんのために――って……何、コレ?


「――――」


 さっきまでさっちゃんがいた所にあった黒い線の上を――『何か』が通り過ぎていく。


 それが通った後――まるでそこだけが透明なガラス管にでもなったかのように、映る景色が微妙に歪んで見える。


 それは一本だけじゃなく、次々と――10を超える透明なトンネルがいくつも現れ続け……そんな、何とも言えない不思議な光景につい見入ってしまう。


 その後も増え続ける透明なトンネルの数々……。 そこで、それらが作られていく発信源の方にチラリと視線を移す。


「――――」


 ……銃?


 もしかして……あれって、水鉄砲?


 そう考えた後で、再度視線を戻す。


 ……だとしたら、この透明なトンネルも空気じゃなくて……水?


 へ~、仕組みとか原理は全くわからないケド、最近のオモチャってすごいな~。


 あれだったら大人の人が普通に買っても楽しめそうな気がする――けど、何だかすっごく高そう~……。


 と、そんなことを思いながら、ほへ~っとなってそれを見続けていた、その瞬間――。


『―――~~~~っ!!!』


 いきなり聞こえてきた悲鳴のような大歓声に、ビクッとなって身を縮こませてしまい、あらためて周囲を見渡す。


 ――……あれ? ここって、まだ会場?


 見ると――私のまわりには、まるで悪役みたくコスプレ(?)をしてる黒いフードをまとった三人組がいて、会場もすっごい大歓声。


 どうやら……私が倒れている間に、ここでもう次のイベントが始まっていたようだった。


 ――にしても、倒れてた私をそのままにして次のイベントを始めなくても~……。


 ……ん?


 あ、あれ? もしかして……わ、私がここにいるのも何かしらの意味があって、それもイベントの一貫だったり~、とか……?


 そう考えると、さっきまでさっちゃんがオモチャの銃で撃たれそうになってた理由も何となく納得できそう、な気もするけど~……。


 そんな予想をしながら、私が今の現状をどうにか理解しようとしていると――。


「あれあれぇ~? 何だか儀式がジャマされて、途中で中断されちゃいましたよぉ~?」


「こういう場合ってどうなるんでしたっけ~?」


 何やら横にいた黒いフードをかぶった女の子達が、絵に描いたような悪人顔で話すのを見て――。


 うっわぁ~……。


 予想通り、イベントだった~……。


 それから……やっぱり私も無関係じゃないんだぁ~。


 そんな――どこか遠い目になりながら、引きつった笑みをみせてしまう私。


 何ていうか、相変わらず……この学院は~。


 ……まぁ、学院長からしてあんなノリなんだから、無理もないって気がしないワケでもないけど~……。


「――そんなの決まってるじゃないですかぁ~」


 私があきれ顔になっていたのもつかの間、何やら嬉々とした感じで話す三人組の女の子達が一歩ずつ前に出てきて、さっきの続きが始まり――。


「例外なく……」


「儀式の邪魔をする者には――」


「――等しく、平等な死をっ!」


 何やら芝居がかった言い回しで分割して話す三人が、同時に私に襲い掛かってきた!


「――――」


 いつも通りの……あのゆっくりした動きで……。


 ――あ、やっぱりそこはみんなそうなんだ~と、ちょっと気が抜けた感じで待ち構えていると――。


「――――」


 数十もの黒い線が見えた後から、あの透明なトンネルが再び目の前を次々と通過していく。


 ……ん~~。 もしかして、これって水じゃなくて、空気?


 そう思いつつ、目の前を横切る透明なトンネルにスッと指を通してみる。


「――――」


 指先には何の感覚もなく、ただ普通に通り抜けるだけ。


 少なくとも水じゃないことだけは確かなようだった。


 ……そういえば、このトンネルが次々とできてる先の……あの先端の丸っぽいのって、何だろ?


「――――」


 と、ちょうど目の前に迫ってきていた金属(?) のような何かを、とりあえずチョイと指でつまんでみる――。


 ――熱っ!!


 ビクッとなって全身を震わせ、すぐさま指先を離す。


 ――っくりしたぁ~……。 何、何、何~~?


 あの先のって、熱した金属か何か!? それとも中に熱湯でも入ってるっ!?


 そんな私の予想はともかく、その温度は相当なもので、触れた私の指先だっておそらく火傷してしまったと思う。


 こんなのを人に……しかも、これだけたくさん放つだなんて、いくら何でもやり過ぎじゃ~……。


 さっきはさっちゃんのえり首を無理やりつかんで、それで思いっ切り引っ張っちゃったのは大げさかとも思ったけど、どうやら私の判断は間違ってなさそうだったと、今にしてそう思った。


 ……って、そんなことよりも――。


 さっちゃんもだけど、こういったイベントが始まると、やたらテンションが上がりまくって周囲が見えなくなってしまうのは、この学院生徒の特徴なのか――。


 とりあえずこうして目に見えてわかる範囲だけでも、あの熱い何かはやたらと遠くまで届いているみたいで、いくらこのステージと観客席に高低差があるとはいえ、方向によっては届く恐れがあった。


「―――っ」


 そう考えた私はすぐさま重心を落としながら身を低くし、できるだけアレが観客席の方にまでいかないよう誘導してみる。


 もしかしたら観客の方に届く頃にはアレも冷え切ってて、それほど熱い状態じゃなくなるかもしれないけど、それでもビックリはするだろうし~……。


 私だったら別に、こんなのずっとだって避けていられるし、一応念のため……っと。


 こうして向かってくる熱い何かを避け続けてる内、徐々にその数が減っていることに気付き――。


「――――」


 そして、その最後のひとつが目の前を通り過ぎ、そのまま問題なく足元へ。


『―――~~~~~っ!!!』


 瞬間、再び沸き上がった悲鳴のような大歓声。


 それと同時に――。


「!! ――無傷っ!?」


「ウソッ!! 避けたの!? 全部!?」


「スゴッ!! ウチのリーダー並じゃんっ!!」


 う~ん、ノリノリだなぁ~……そんな思いで三人のやり取りを聞きながら、観客席の方にも視線を向けてみる。


「――――」


 そっちの方も大興奮。 みんなスタンディングオベーションで叫びながら動きまわって……っていうより、何か逃げまどってるように見えなくも~……。


 そう思い、私が首をかしげていたところに――。


「――どいてろ」


「――え?」


「――――」


 いきなり真上から聞こえた声に思わずゾワリとなって身震いし、身体が勝手に反応した――。


「―――っ!!!」


「――――」


 続けて聞こえてきた風切り音からさらなる身の危険を感じ、ありったけの力を込めて後方へ――。


「……―――っ!」


 片ヒザをつきながら着地し、とっさに喉に手を当てる。


「……―――」


 私の視線は目の前にいる人の足元を見たまま……ゆっくりとその視線が上がっていく。


「――――」


 そこには、まるで――黒い炎を連想させるような……。 所々巻き毛になってる、長い黒髪の……女の人が、いて――。


「――おいおい……今のを避けるかよ」


「なるほどな……お前らじゃ手に負えないワケだ」


 言いながら両手に持ったナイフをクルクルと使い慣れた感じで器用に回し、目の前の……多分、私と同年代ぐらいの彼女がそう話す。


 そんな……気軽い感じで発せられる彼女の言葉を、私は愕然がくぜんとした表情となって聞いていた。


 避ける……って、何?


 彼女の言った言葉の意味が理解できず、喉を押さえていた左手をゆっくりと目の前に……。


「――――」


 ヌルッとした嫌な感覚とともに、私の手のひらに付いていたのは真っ赤な鮮血。


「――――」


 ――斬られた。


 それも、二箇所……。 喉と……それに右肩も……。


 その傷は思いのほか深く、ドクドクと流れ出る血が一向に止まらない。


「――――」


 さらにパラパラと、私の目の前で数本の髪が宙を舞い、その視線の先に落ちていたひと房の髪を見て、それで気付く。


「―――っ」


 全身からブワッと汗が噴出し、血の気が引いたのを自覚させられた。


「――………っ」


 ゴクリと、反射的に私の喉が大きく音を鳴らす。


 もしかして、この人……。 さっき、ナイフを振りかぶったまま――上から落ちてきたの……!?


 そして、落下する勢いのまま私の肩を斬りつけ――さらにそこから着地と同時に追撃し、私の喉も斬った……?


「――――」


 ズキズキ……と、ようやくやってきた痛みによって、斬られたという事実をいやがおうにでも認識させられる。


 この人……今……。 本気で、私を……殺そうと……。


「――――」


 不意に――目の前が暗くなってしまったかのような感覚とともに、背中の中心がゾワリと冷たくなった。


 息、が……っ。


「――っ、はー……っ! はー……っ!」


 全身が細かく震え、通常の呼吸すらままならないほどの恐怖を覚える中――。


 と、ともかく……っ。 逃げ、ないと……っ!


 心の中でそう思いながら、片ヒザをついた状態から何とか足に力を込め、正面を見据えながらプルプルと立ち上がって中腰になる。


「……――~~~~っ」


 視界に映る彼女から決して目を離さぬよう、そのままジリジリと慎重に後方へ下がり続けていく。


「――――」


 自身の呼吸音にすら気を遣って小さくし、決して油断しないよう必死に警戒していた最中さなか――クルッと、不意に振り返った彼女が私の方を向いたと思った、次の瞬間――。


「―――っ!」


 わずかに取っていた距離を一瞬で潰されてゼロにされ、再びナイフで斬りつけられた!


「――――」


 着ていた制服の上半身が目の前で斬り裂かれ、左右に広がる。


「―――っ!」


 反応した私の右手がとっさに動き、すぐ胸元へ――。


 恥ずかしがって胸元を隠さなきゃ――って思いは微塵みじんもなかった。


 ただ――また斬られてしまったかと思い、胸元に当てた右手をすぐに見つめる。


「――――」


 さっきとは違い、右手はキレイなまま……一応チラッと確認してみたけどそこから出血はなく、斬られたのは制服だけのようだった。


 ――見えな、かった……。


 特に目を離したわけでも、これといった隙を見せたわけでもないのに、気付いた次の瞬間にはもうすでに斬られてた……。


「――――」


 それによく見ると彼女……腕というか、全身から黒い煙のようなモヤが染み出ていて、それが上に立ち昇っていた。


 それが、長い巻き毛の黒髪との印象と相まって、存在そのものがが真っ黒な状態となり、顔すらまともに見えない。


「―――っ」


 そんな姿をの当たりにしながら、私がさらなる恐怖を増大させていた中――。


「クク……ッ! ――ハハハハッ!!」


 それは本当に、込み上げてくるものを抑え切れないといった、そんな感じの笑い声で――。


「――ハハッ!! 何だ、お前! 本当にあの天西 鈴音かよっ!!」


「――クッ、ハハハハッ!!!」


「――――」


 私をいきなり斬りつけた何者かが、ワケもわからず目の前で笑い続けている。


 そんな常識とあまりにもかけ離れた異常者と対峙しながら、私の心がさらに圧迫させられていく――。


「――~~~~っ!!!」


 ――怖い、怖い、怖いっ!


 恐怖で全身がマヒしてしまったかのように感覚がなく、全身の震えだって全く止まらない。


「――――」


 響く彼女の笑い声によって瞬間的に静まり返った会場内の中で、最初に反応したのは周囲にいた黒いフードの三人組だった。


「リーダーがフルネームで人の名前を覚えてるだなんて……」


「めずらし……」


「だーれー?」


「ん~? ――あぁ……コイツは、一ヶ月ぐらい前のターゲットだったヤツで――」


「っ、あああ~~っ!!! もしかしてリーダーが初めて任務失敗したっていうのがその子~!?」


「ちっげーよ!! ……ってワケでもないのか、この場合……」


「生きてる――ってのは、てっきり真っ赤な嘘で、姿を似せただけの影武者か何かだと思ってたんだが……」


「――――」


「その胸の傷痕……」


 言いながらスッと、彼女が指差したのは私の開いた胸元。


「どうやら私の刺した傷で間違いなさそうだしな~……」


「――――」


 それを聞いた瞬間、私の思考が驚くほどにみ広がり、瞬時に思い至る。


 そう、だ……――そうだった……っ!


 この身体の……天西 鈴音さんは――この平和な日本で、胸を刺されて殺されたんだった……っ!


 そして……殺されたということは、殺した犯人がいるということ……っ!


 最初に……かっきちゃんに家を追い出されてすぐ、何かを忘れてるような気がしてた……。


 けどその次の日、忘れたのはカバンだったって、私は勝手にそう思い込んで……。


「――………っ!」


 違う……っ! 心の弱い自分が都合の悪いモノから目を逸らし、考えないようにして逃げたんだ……っ。


 そして……いま目の前にいるのが……その、犯人――。


「――――」


「――………っ」


 そこにいるハズの彼女……。


 けど……私の目にはもう、彼女の姿が尋常じゃない恐怖によってまともに捉えられず、燃え盛る黒い炎のようなかたまりとしてしか認識されなくなっていた。


 ――怖い、怖い、怖いっ!!!


 私……また死ぬの!? ――今、ここで!?


 ガチガチと勝手に動く奥歯が鳴り止まず、目尻に涙だって浮かんでくる。


 それは――まるで身体ではなく、魂そのものが震え出しているかのような……そんな、感覚で――。


「――――」


 そう感じていた中、その彼女の声がまた聞こえてくる。


「――ハハハッ!!! あの状態からどう生き延びたのかは知らんが、身体の方は私に対する恐怖をしっかり覚えてるらしいな!!」


 逃げ……逃げないと……っ!!


 背中を見せたら、おそらく一瞬で殺される……っ!


 そう思いながら姿勢を低くし、ジリジリと後ろに下がっていたところで――ふと手に触れる感覚。


「――――」


 それは――さっきまで私が使っていた竹刀で、私はとっさにそれを握り締めたまま……少しでも彼女から逃れようとしていると――。


「ん~~? どうした~?」


 そう言った彼女が明るく――軽い感じで普通に私に歩み寄ってきて、すぐ手を伸ばせば届く所まで、あっさりとその距離を潰されてしまった。


「さっきまでの戦い、上からであんまりよく見てなかったが……何だかお前、つるぎの王……剣王とか呼ばれていい気になってたな~……」


「――――」


 私の持つ竹刀を、全身を――まるで値踏みするように見られてる気がした。


 その直後――。


「どうした? 構えろよ」


「――――」


 私の耳を疑うような、信じられない内容の言葉が聞こえてきた。


「――ぅ……ぁ……?」


 声がまともに出せない、腕が上がらない、私の思考が――意思が――彼女と戦うという結果に結びつくのを頑なに否定し続ける。


 逃げたくても逃げられない、けれど戦えば死。


 そんな、どうすることもできない……まるで思考の袋小路に入り込んでしまったかのような思考矛盾をどうすることもできず、完全に固まっていた最中さなか――。


「――――」


 一匹の黒いヘビが、いきなり私の目の前を横切った。


「――――」


 次の瞬間、その黒いヘビが通った後に、飛び散る鮮血が見え――。


「―――っ!!!」


 直後、身に訪れたのは手首から先が燃え上がったと錯覚するかのようなありえないほどの激痛――。


「――~~~~っ!!!」


 同時に両ヒザからその場に崩れ落ち、持っていた竹刀も手放す。


「――――」


 ポタポタッ――と、床に落とした竹刀が瞬時に真っ赤な血で染まっていく。


 一向に止まらない出血と、全く動かせない両手……。


「~~~~~っ!!!」


 すさまじいほどの激痛で全身が硬直し、声すら出せない。


「――――」


 それで痛む両手を前方に差し出したまま――上半身がうずくまるようにしてこうべも下がり、まるで土下座か平伏へいふくでもしてるような体勢になっていた、その私の頭上から――。


「――手の腱を斬った。 お得意の剣はもう二度と握れんなぁ……。 ――ハハハハハッ!!」


 恐ろしいほどに冷たい声色で聞こえてきた彼女の笑い声。


「――………っ!」


 眉を中心に寄せ、止まない激痛に耐えている中、今の言葉で理解する。


 そっか……さっき見えたあの黒いヘビ……。 あれはナイフで、私はまた反応できなかったんだ……。


『―――~~~~~っ!!!!』


 会場全体から切り裂くような悲鳴が全方位から聞こえ、場内が一気にあわただしく騒然となり、逃げまどうような足音が周囲から聞こえてくる。


「……はーっ! はーっ! ―――っ! ……はーっ!」


 呼吸がますます荒くなり、思考さえも時折中断される。


 たった今、ほんのついさっき――彼女が上から落ちてきたその瞬間から、私は恐怖と痛みの連続で、心と身体が休まる時間が一瞬たりともない。


 けど、そんな中――本当に……私の心が最大級に揺さぶられることになったのは、次の瞬間だった。


「――――」


「――や、やめなさいよっ!!」


「その人から……――離れてっ!!」


「――――」


 私の時間が止まった。


 聞き間違いなんて、あるハズもない……。


「――――」


 あの――かっきちゃんの声だった。


「ん~……?」


「――――」


 その声に反応し、目の前にあった彼女のつま先が動き、かっきちゃんの声の方向へ……ゆっくりと向けられていく。


「――………っ!!!」


 自分に向けられた恐怖なんて比じゃない。


 このままだと……かっきちゃんは、あの人――。


 おそらく殺し屋であろう彼女に、殺されるかもしれないっ。


 私が死ぬのは全然構わないし、どうなってもいいけど、かっきちゃんだけは死なせない……っ!


 ――絶対に私が守るっ!!!


「―――っ!」


 続く激痛と全身の震えを抑えつけ、床を向いていた頭を無理やりに起こして見上げる。


「――――」


 目の前の彼女がいま何を考え、どう行動するのか、その表情から一挙手一投足まで見逃さないようにするけど、肝心のその相手の姿が見えない。


 見えるのは黒いモヤ……。 闇のような黒炎に包まれた、彼女の全身。


 ――違う……っ!


 私は心を強く持ち、いま見えているモノを頭の中で必死に否定する。


 人から黒いモヤなんて出ない……。 もちろん炎だって……っ。


 これは――彼女のことをまともに見れずに恐怖してる、心の弱い私が見てる幻だ……っ。


 ――集中……集中……。


 もし、ここでかっきちゃんが命を落とすような事態になったら、私はそれこそ自分で自分自身のことが許せず、死んだって死に切れない……っ。


 だから集中……私の中にある恐怖も、痛みも、さらなる集中で無理やり塗り潰す……っ!


「――~~~~っ!!」


「――………っ!」


「――――」


 どうやら私の考えは正しかったらしく、そこからまるで霧が晴れていくかのように黒いモヤが掻き消え、今の彼女の姿がハッキリと目に映った。


 そして、見える彼女の口が動き――。


「ん~……やめなさい? 離れろ?」


「……何だ? それは命令のつもりか?」


「――――」


「―――っ!」


 彼女の気配が変わった……――動く!!


「――――」


 そう思った瞬間――行動を起こした彼女が、さっきまであの三人が使ってたオモチャの銃を懐から取り出した。


 あの彼女が使うモノだ。


 さっきと同じオモチャだとは到底思えない。


「――――」


 私の集中は全く途切れることなく、即座に動き出してもいる、けど――。


 彼女の思考を完全に読み切り、先回りして動いたつもりだったけど、それでもまだ足りない。


 いざとなったら身体を張ってでもかっきちゃんを守るつもりだったけど、今からだとそれすらも叶わない。


 ――けど、今ここで私が諦めたらかっきちゃんが死ぬ。


 だから諦めない――。 諦めるという選択肢がそもそも存在しないっ。


 ……――絶対に諦めない!


「―――っ!!」


「――――」


 その瞬間、私の集中がさらに高まり続け、それでまるで世界が遅く――静止したかのように感じられた。


「――――」


 そんな世界の中で、私は必死になって視線をめぐらせ、周囲を確認する。


「――――」


 見える視界の中、どうにか使えそうなのは胸元を斬られた際に床に落ちた制服のスカーフだった。


「――………っ!」


 斬られた両手はどうやっても動きそうもない。


 だったら――と、駆ける途中でクツを脱ぎ捨て、その先に落ちているスカーフを足の指先でつまみ、全く減速することなく、前へ――。


 その際、自分の足がまるで手の指であるかのように淀みなく動き、細かな力調整だって完璧にできた。


 今の自分の状態は何なんだろうって疑問を覚えつつも、それは後回し。


「――――」


 見ると、銃を持った彼女はすでに引き金に指を掛けており――。


「―――っ」


 私の眉がピクッとなって反応したけど動揺はない。


 ――大丈夫、間に合う。


 そう思いながら片脚を振り上げ、その制服のスカーフを銃の先端に引っかけ――そのまま前方に倒れ込む。


『――――』


 爆発のような破裂音とともに、彼女があさっての方向の地面を撃ち抜く様子が目に入った。


「―――っ」


 その時、彼女の目がわずかに見開き、驚愕きょうがくしているかのような表情を見せた。


 そのタイミングで、私は――。


「――――」


 んべ~と舌を出し、その彼女を挑発してみせた。


 ――余裕なんてあるわけもない。


 けど、これで彼女の注意が少しでも私に向くのなら――と、そう考えての行動だった。


 そして私の目論見もくろみ通り、彼女は私の方に近づいてくると――。


「――ちょっとだけ褒めてやる」


 と、そう言った瞬間、またあの黒いヘビが見えた。


「――――」


 今回は以前と違い、ナイフの軌道を何とか目で追うことができた。


 私は倒れながらも両腕に力を込め、とっさに上半身を起こそうとしたところで、今はその両手が動かないことに気付き――。


「――………っ!!」


 足首に走った――熱く、焼けるような痛みによって、私は瞬時に足首を斬られたのだと理解した。


「――――」


 そして、また頭上から――。


「両足の腱を斬った。 これで足クセの悪い足はもう動かせんなぁ……」


『―――~~~~~っ!!!!』


 会場全体からまた悲鳴が響き渡り、周囲が一段と騒がしくなった。


「――――」


 うあ゛ぁ゛~~、痛ったいなぁ~っ。


 ……でも、この痛みはかっきちゃんの身代わりになって受けた傷だって考えたら、こんなの全然何ともないように思えてくる。


 だから、かっきちゃんもこの間に少しでも遠くに……。


 そうして私はうずくまったまま……手足も動かせず、そう考えていたところに――。


「――――」


「や、やめ……て……もう、それ以上……」


「――――」


 ――消え入りそうな……今にも泣き出してしまいそうな声だった。


 なん、で……。


 何とか今でも動かせる首で頭の位置を変え、声の聞こえた方を向く。


「――――」


 見えた視線の先にいたかっきちゃんはまだ逃げ出さず、あの彼女と正面から対峙したままだった。


「――ん?」


 少しだけ声を高くさせた彼女が、かっきちゃんの方を向くと――。


「ん~~……? やめろって、いうのは――」


「っ!! ――がっ!! ゴボッ!!!」


「……こういうことか?」


 いきなりお腹をまともに蹴りつけられたせいで呼吸が止まり、大きく咳き込んでしまった。


「――っ、……ハイ」


 かっきちゃんがそんな私を見て一瞬息を呑み、震える声でそうつぶやく。


「――お? 何だ、少しだけ言い方が素直になったじゃないか~」


「そんなに、コイツが痛い目に遭うのが嫌か~?」


「―――っ」


 言いながら、彼女は私の頭を無造作にグリグリと踏みつけ、それでかっきちゃんがピクッと震えたのが見えた。


「――あぁ、そうだ」


「だったらお前、私にお願いしてみたらどうだ~?」


「もしかしたら頼み方によっては、私の気が変わるかもしれないぞ~?」


 それは今までの声色とは少し違う、優しい感じの物言いだった。


「――――」


 どうやらかっきちゃんもそれを感じたようで、少しだけ余裕を取り戻したようにも見えた。


 そんなかっきちゃんとは真逆。 彼女の言葉はまるで悪魔のささやきのように聞こえた私は、警戒心をさらに高めていく。


「お、お願い……頼み方……。 ――ぁ……っ」


 と、何かに気付いたかっきちゃんが自分の足元に力なく視線を落とすと――。


「――………」


 そのままゆっくりとその場に両ヒザをつき、両肩を震わせながら前方に手を置こうとしたのを見た、その瞬間――。


「かっきちゃん、ダメーーーッ!!!」


 と、『動く片足』に思いっ切り力を込めて彼女の足をはねのけ、全力で叫んだ。


「負けないでっ!! 曲げないで!! 自分をっ!!」


「私ならこんなの全然大丈夫だから!! かっきちゃんは自分の……――私なんかじゃなくっ!!」


 叫びながら自分自身、何を叫んでるのかわからなくなってしまう……けど!


 それでも、私はかっきちゃんよりひとつ年上のお姉ちゃんだからっ!


 逆ならともかく、かっきちゃんが私のために頭を下げさせるだなんて、そんなの絶対に許せなかった。


「だから――ぃ゛………っ!!!」


 続けて何かを言い掛けようとした瞬間、ヒザの裏に走ったいきなりな激痛とともに――背中からまともにぶつけられた殺気。


「――~~~~っ!!」


 悶絶して声が出せない中、あぶら汗がにじみ、吐き気すらも込み上げる。


「お前……この足……」


「………」


 信じられないぐらいの冷たい声。


 首だけ振り返って視線を向けると、そこには私のヒザの裏を踏みつけながら激昂する彼女が、いて……。


「……私が外した? いや、ありえん……」


「――まさか、避けたのか? 」


「お前程度が……あの状態の、あの体勢から……?」


「――――」


 ――ギリッと彼女の口から歯ぎしりの音が聞こえ、放たれる殺気もますます強まっていく。


「――おい」


「――………っ!」


 ドスの効いた低い声とともに、私のヒザの裏にかかる痛みがさらに増大していく。


「さっきのは少しだけ驚いたが、今回のは……少しだけ腹が立ったぞ?」


「………っ!!」


 メリ、メリッと話すたびにヒザが嫌な音を立て、顔に苦悶の表情が浮かんでしまう。


「~~~~っ!!」


 それでもかっきちゃんに心配をかけまいと、声だけは上げないよう必死になって耐え忍ぶ。


「――――」


「――……ぎっ! あ!!」


 ヒザの裏から何かが切れたような音が聞こえた瞬間、堪え切れずにみっともない叫び声を上げてしまった。


「――――」


 度重なる痛みで視界と表情が歪む中、かっきちゃんと目が合った……ような気がした。


 視界に映るかっきちゃんは、ペタリと座り込みながらガタガタと身体を震わせ、すごく怯えていた。


 そっか……ゴメンね……。


 変な大声だして驚かせちゃったよね……。 それに顔だって、多分すっごくブサイクになってるだろうし――。


「――――」


 そう思っていたところで、いきなり胸ぐらをつかまれ――。


「さっきから、ギャーギャーと……」


「……この口もいらんか?」


「―――っ」


 言いながら無造作に、彼女が手にしたナイフをいきなり私の口の中に無理やり差し込み――。


『や、やめてえええええっ!!!!』


「――――」


「――――」


 それはまるで全身から発せられたような――かっきちゃんの大きな叫び声……。 それが会場全体にビリビリと響き渡った。


「――――」


 そんなかっきちゃんの叫び声を聞いた瞬間、彼女を含めた全員の動きがピタリとなって止まり、一瞬の静寂が訪れた。


 そこに――。


「――――」


「――ヒック……もう、これ以上……その人を傷付けないでよぉ~~……っ!!!」


 と、まるで子供のように泣き崩れたかっきちゃんの悲痛な叫びが、静まった会場内に広がっていった。


 次の瞬間――。


「――――」


 息ができないほどにつかまれていた胸ぐらから、スッと力が抜けたのがわかった。


「――はぁ……」


 あきれたのか何なのか、聞こえてきたのは彼女の大きなため息。


「……わかったよ、口は勘弁してやる」


「――――」


 ピクッと、その声に反応したかっきちゃんがパッと顔を上げた、その瞬間――。


「――だったら、目にしておいてやるっ!!」


 彼女が嬉々としてそう叫び、持っていたナイフを瞬時に横に振るった。


「―――っ!!!」


 避ける間もなく私の両目が一瞬で潰され、その機能を失った。


「―――っ」


 視界の利かない中――かっきちゃんの息を呑む声だけが聞こえた、気がした。


「――――」


 それが、私の――この身体の限界だったらしく、私の意識はその瞬間に途切れてしまった……。

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