第15話 臼井 さちの見た世界 ③ 『試練の儀』

「――――」


「………」


 ……目が開く。


「――――」


 最初に視界に飛び込んできたのは……私の目の前で寝てるおねーさま。


「――………」


 どうにも状況がつかめない。


 さっきまで私、拳王として戦っていて……。


 それから――。


「………」


 すぐ目の前にあるおねーさまの顔……。 普段の私だったらその状況だけで気が動転してどうにかなりそうなのに、どうにもそんな気分になれない。


 理由はわかってる。


 寝覚めが最悪だった。


 いきなり大きな音が聞こえたわけでも、強く身体を揺さぶられたわけでもないのに――何かに無理やり叩き起こされた。


 そんな感覚がどうしても拭い切れない……。


 続く不快感と頭痛に顔をしかめながらも、無理やりに上半身を起こす。


「――………っ!」


 瞬間、ビクッとなって視線をめぐらせた。


 何、だか……黒い布をかぶった三人組に、周囲を取り囲まれていた。


「――………?」


 この状況が全く理解できず、とりあえず首だけかしげていると――。


「――今ので起きるということは……やはり、アナタも持っているようですね」


 布の奥から、少しこもった感じで聞こえてきたのは若い女性の声。


「――それはまぁ、先ほどの戦い振りを見た時点でわかっていたことではありますが……」


「――それでは、これより盟約に従い、試練の儀を執り行ないます」


 話す文章ごとに人を変え、それぞれ別方向から声が聞こえてくる。


 ……え? え? 何?


 今の……この状況が理解できないのって、寝起きで私の頭が回ってないからってだけじゃないよね?


 と、とりあえず、誰でもいいのでこの状況の説明を~。


 そう思っていたところで、また聞こえてくる声。


「――試練の内容は1分」


「――私からの攻撃を受け続け、死なずに生き延びること」


「――それが試練です」


「………」


 ………? 聞き間違い? それとも私……まだ寝ぼけてる?


 この人達、今……死ぬとか生きるとか、そんなこと……。


「――ちなみに、試練の条件を変え、二人を同時に相手にする場合だと20秒」


「――さらに、三人を同時に相手にする場合なら5秒で構いません」


 また聞こえてくる声……。 やはり文章ごとに人が変わる。


「――さあ、どうしますか?」


「――………」


 多少は眠気も晴れてきて声はしっかりと私の耳に届いているけど、肝心のその内容が頭に入ってこない。


 というより、まるで私の頭が理解するのを拒否してしまっているような、そんな状態な気がした。


 今のこの状況を冗談だと笑い飛ばし、そのまま立ち去るのは簡単――だけど……。


 それをしてしまった瞬間、何か取り返しのつかないことになってしまう……。


 そんな嫌な予感めいた何かが、私の心全体に薄くのしかかっていく。


「……返答がないようですので、当初の予定通り――私と1分間戦い、生き延びてみせて下さい」


 どうやら私が考え事をしてる間にも状況はどんどん進んでいるらしく、捉えようのない不安だけがますます大きくなる。


「――――」


 そんな中、黒いフードの隙間からわずかに覗いた女性の口元に――フッと小さな笑みが浮かんだのが見え、その口が薄っすらと開く。


「大丈夫……。 そんなに緊張しなくてもいいんですよ……?」


「私達も、最初はそうでした……」


「何も知らず……。 何の心構えもできていない中、ただいきなり戦わされた……」


「――ちなみに、試練を受ける者の条件はただひとつ……」


「死後の世界を見て、そこから生還した者」


「……心当たりはない? あの世界から戻った後と、今――これまでとは違う、自分にしか見えないモノが見えるようになった、あの感覚を――」


「―――っ」


 瞬間的に息を呑み、とっさに頭に思い浮かんだのは、あの黒い線。


 それって……――違う……っ。 あれは、おねーさまからの……。


 胸の内に広がっていく動揺……。


 そんな中、この場に流れる重苦しい空気に、少しだけ変化が――。


「ウソ……。 選ばれる条件、もうひとつある」


「若くてキレイな女性であること」


「え? ん~……まぁ、確かにそうではあるけど、それはあの方の完全な趣味だから~」


 ――あの、方? ……何?


 さっきまでとは別の……違う意味での不安というか、嫌悪感のようなものが本能的に広がっていく。


「大丈夫ですよ……。 先ほどまで見せてもらった戦い振り……。 あれだけ動けたんですもの……アナタだったらきっと超えられる……」


「――もしかしたら、何も失うことなく」


「――……うし、なう……?」


 その言葉からさらなる嫌な予感を覚え、思わず聞き返してしまう。


「――――」


 初めて反応らしい反応をした私の態度に少し気でも良くしたのか、見えていた女性の口元が――フッと緩み……。


「――そう、私は左眼を」


 そう言いながら黒いフードをたくし上げ、眼帯をした素顔を見せる。


「――私は手首から上」


 二人目の女性もフードの前を開け、手首から先のない片腕を私に見せつける。


「――私は脚を」


 三人目の女性がフードの裾をめくり、ヒザから下が義足となった脚を見せた。


「――………っ!!」


 これまでどことなくフワッとした感じになってた思考がそれで一気に覚醒し、わずかに残っていた眠気も完全に吹き飛んだ。


 この、人達……普通じゃない……っ!


 まさか、本気で……私のこと――っ。


「――安心なさい。 あの方は寛大だから、どうにかして生き残ってさえいれば、たとえどれだけ酷い状態になっていようとも、私達に等しく寵愛ちょうあいをお恵み下さいます……っ」


「――………っ」


 ゾクゾクッ! と、私の背中がさらに冷たくなっていく。


 そう話す女性の目には狂気が宿っていて……それはまるで、宗教か何かにどっぷりつかった人を見ているかのようで――。


「――――」


 パン! と、その眼帯の彼女が急に大きく手を鳴らした。


「――さあ、おしゃべりはここまで。 盟約に従い、儀式は私一人で執り行ないます」


「――――」


 そう言った瞬間、残りの二人がフードを戻しながら――トンッと、分かれて後方に跳び、残った眼帯の彼女も私の正面でスッと身構えた。


 左右の後方に二人と、前方の彼女……。 その三人に周囲を完全に取り囲まれ、ここから逃げようとしても逃げられない。


「――――」


 ――ビリビリッと、ますます空気が張り詰めていくのが伝わり、全身に鳥肌が走る。


 そして、正面で構えていた彼女が――。


「これまで生きてきた人生の中で最も集中しなさい」


「では、これより……――1分ですっ!」


 そう告げた瞬間、私との距離を一気に詰め――同時に世界も遅くなった。


「――――」


 ――ギラリと、フードの隙間から覗いて見えたのは、ゴツくて武骨なナイフ。


 さらに、その先から出てる黒い線が私の喉に向かい、一直線に伸びていた。


 この人――やっぱり、本気で私を……っ!


「――――」


 速い……っ! それに、そこまでスローに見えないっ!


 ボクシング部の乱闘とはワケが違う。


 これに失敗すれば自らの命を失ってしまう。


 だから、このナイフもスレスレにかわすんじゃなく、もっと大きく余裕を持って――。


 ナイフが通過する軌道とは逆側の、反対方向へ思いっ切り身を傾ける。


「――――」


 そんな遅い世界が続く中――カチャリッと、変に間延びして聞こえてきた金属音。


 そのことが気に掛かり、視線をそこへ――。


「――――」


 見えたのは銃口。


 彼女は振るったナイフとは逆の手で、フードの下に銃を隠し持っていて、その銃の先を私に向けていた。


「――――」


 私の思考が、意識が――心が完全に停止する。


 テレビや映画なんかでよく見る、指で引き金を引くだけで簡単に人を殺せる武器――拳銃。


 それを実際に向けられることが、ここまで怖ろしいモノなのだと、生まれて初めて実感させられていた。


 そして……何より怖ろしいのが、見える黒い線――その数。


「――――」


 パッと見10以上。


 つまりあの銃は単発じゃなく、連続で発射されるマシンガンタイプの銃ってことになる。


 しかもその狙いが、私の頭や胸――胴体といった、人体の急所を確実に捉えている。


 さらにマズイことに、今――私の身体はその黒い線の真っただ中に向かって動いている、その最中さなかで――。


「―――っ!!」


 とっさに全力で急ブレーキし、即座に身体を反転――。


 反対側からはナイフが向かってきてたけど、もうそんな場合じゃなかった。


 今から発射されるであろう弾丸。


 その速さがナイフ以下だなんて絶対にありえないからっ。


「――――」


 そして、その銃口がついに火を噴く!


「――――」


 ――速い、速い、速い!


 とてもじゃないけど回避なんて全然間に合わない。


 しかもこの黒い線、私の動きに対応しながら向きを変えて――。


「――――」


 ――直撃コースだ。


 全弾当たる。


 考えてみたら最初のナイフ――あれがそもそものフェイントで、本命はこっちの銃だったんだ。


 気付いた時にはもう手遅れ。


 後はもうせめて、致命傷を避けるぐらいしか――。


「――――」


 私の左右の腕がとっさに――頭部や心臓付近を守ろうと、本能的に身体の中心へ動いていく。


 そして、見える黒い線から頭を守ろうとした右腕により、自分の視界が完全に塞がってしまう。


「――――」


 弾丸も、黒い線も――何もかもが全く見えなくなった。


「……~~~~っ!」


 目に見える恐怖というのは当然あって、ついさっきまでずっとそれを感じながら怯えていたけど、目に見えない恐怖がこれほどのモノとは思わなかった。


 あの弾丸はいつ私に届き、その際に生じる痛みは果たしてどれだけのモノになるなのだろう――。


 ……そもそも、私のこの細腕で本当にあの弾丸の勢いを殺し、生き延びれるのだろうか?


 というか、仮に生き延びたとして、その先は……?


「――――」


 そこまで考えた時点でふと呼吸が止まり、背中が氷のようにゾクリと冷たくなった。


 ――そうだ……。 この人は、さっき私に――1分間生き延びろって言った。


 今の、これって……――本当の時間に換算したら多分5秒も過ぎてない。


 だったら、ここで私がどうにかして致命傷を避けて生き延びたとしても、それで動けなくなった私は……その後からナイフか何かの追撃を受け……そこで死ぬ。


 つまり、私の命は……――ここまで?


「――………っ!」


 そう思った瞬間、途端に胸と息が苦しくなった。


 いやだ、死にたくない……っ!


 苦しい……苦しい……っ。


 ――息が、できない……っ!


 喉……っ。 喉が……っ!


 ――って、喉……?


「―――っ!」


 私がどこか妙な疑問を感じた瞬間、周囲の重力がいきなりフッとなって消え、まるで宙に浮いたかのような感覚を味わった。


 それと同時に両腕が伸び切り――晴れた視界の先には、会場の天井と思われるライトが広がっていて……。


「――ぐぎゃっ!!」


 瞬間、まるでカエルが踏み潰されたかのような、みっともないうめき声を上げてしまった。

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