第13話 天西 鈴音(私)の見た世界 ⑥ 『答え』

 あれから――最初はゆっくりに見えてたさっちゃんの攻撃がだんだんと速く、避けづらくなってきた。


 全く……さっちゃんてば、すっかり役に入り込んで~……。


「――――」


 その際、不意に交錯した私とさっちゃんの眼差し。


 今のさっちゃんはこれまで見せたことのない、鬼のような形相をしていて――。


「――ふえる! ふえる!! ふえるっ!!!」


 友達のふえるちゃんの名前を叫びながら、必死になって拳を振り続けるさっちゃん。


「………」


 ――わかる……。 これは役とか演技じゃなく、さっちゃんの本気の想いだ……。


 さっちゃん……そんなにふえるちゃんのことが嫌い? どうしても許せない?


 私が見た、二人の過去……。


 子供の頃、アイドルになることを夢見て……あんなに仲の良かったあの二人が……どうして今、こうなっちゃったんだろ……。


 二人の関係は、まるで絡み合った糸みたいに、もうグチャグチャで――。


「――――」


 何か、嫌な音が聞こえた。


 これって……――血?


 気付くと私の制服に自分のじゃない血がついていて、同時にさっちゃんの口まわりにも、薄っすらと血の跡が見えて――。


 もしかして、吐血!?


 さっちゃん、血を吐いたの!?


 そうだ……。 さっちゃんてば退院したばかりの病み上がりだったし、そもそも身体だって丈夫そうに見えない。


 今の、この……あまりにも過剰な運動をしてるせいで体調がまたおかしくなって……それですっごく無理してるんだ……。


 それに、この音……。


「――――」


 顔面近くを拳が横切っていく度、耳に届いてくる妙な異音。


 さっちゃんの腕を振る動きに合わせ……何の音かはわからないけど、少なくとも正常な身体の状態からは絶対に聞こえてはいけない――よくないたぐいの音であろうことは、直感で伝わってきた。


 止めなきゃ……。 今すぐにでも……っ!


 ――けど、どうやって?


 今すぐこの竹刀で叩いて、さっちゃんを無理やり昏倒させる?


 ――そんなのダメッ!


 こんな状態のさっちゃんにそんなことしたら、それこそ本当に脳に後遺症が残ったりするかもしれないし……っ!


 こうして悩んでる間にも、さっちゃんの状態はどんどん悪い方に向かっていて、今にもどうにかなってしまいそうに思えた。


 けど、何か~……せめて……っ!


 あせる気持ちで自然と心拍数が高まっていく中、思考だけは決して止めず――。


「―――っ!!」


 そ、そうだっ!


 か、会話……っ!


 私の方から、何か話し掛けてみる!?


 もし仮に――本当に今の私の姿がふえるちゃんに見えてるんだとするなら、私の言葉はきっとさっちゃんのもとまで届く。


 ――けど、何て?


 あの事故の一件以来、根底から狂ってしまったさっちゃんとふえるちゃんの関係……。


 それをちゃんと元通りにするんだったら、最初の最初……――原点。


 そこで掛け違えてしまったボタンを正しく掛け直し、そこから一気に二人の関係を改善させる……。


 そんな……何か……。


 魔法みたいな言葉……っ。


「~~~~っ!!」


 ――だって……私は知ってるから……っ!


 さっちゃんは、あの瞬間――。


「――――」


『あれ? 足元に何か――』


『――………』


『―――っ!!!』


「――――」


 あの一瞬……っ!


『あれ? 足元に何か――』


『――………』


「――――」


 ――あの時、さっちゃんは気付いてた……っ。


 もう一回シャワーを浴びようとした時、偶然足に絡みついてしまった、あのドライヤーに……っ!


 ――けど、さちゃんは……っ!


 このまま進んだら感電するかもしれないけど、それでも構わないって、そう思いながら足を動かして……。


 それで――。


「――――」


『――………』


『―――っ!!!』


「――――」


 私の両手が無意識にグッと握られ、信じられないぐらいの力が入る。


 私は命の重さを知ってる……っ。 それはきっと、ふえるちゃんを助けたさっちゃんだって同じで……っ!


 そんなさっちゃんが、もしかしたら死ぬかもしれないけど、それでも構わないって――そんな決断をした……っ!


「~~~~っ!!!」


 さっちゃんは知らない。


 ふえるちゃんがどれだけ心の内でさっちゃんのことを想っていて、どれだけ大好きなのかという、その事実を。


 ふえるちゃんは知らない。


 優しくて純真だったふえるちゃんの想いに直接触れることでさっちゃんがどれだけ救われて、感謝していたかという、その事実を。


 ――だから……っ!


 今の私がふえるちゃんだとして、さっちゃんが本当に待ち望んでいた――ふえるちゃんとして言うべき……私の言葉は――っ!


「―――っ」


「……―――っ!!」


 私が意を決し、一直線に距離を詰めた際――さっちゃんの爪先がかすかに頬に触れたけど、そんなのお構いなしで強引に前に突き進む。


「―――っ」


 それと同時に、顔の横を抜けていったさっちゃんの手首を後ろ手でパシッとつかみ、力の方向を真上へ――。


「――――」


 その反動によって、まるで吸い込まれるかのようになって近づいてくるさっちゃん自身。


「―――っ」


 そのさっちゃんを全身で受け止めながら、空いたもう一方の手で腰を――グイッと、強めに抱き寄せ――。


「――――」


「――――」


「――……さっちゃん、ゴメンね……」


「あの時……本当は顔が引きつっただけだったんだよね……?」


「……―――」


 さっちゃんの耳元で、そう……。


 あの時のふえるちゃんが本当に伝えたかったハズの……――本当の想いをささやいた。


「………」


「………」


 ――沈黙が、長い……。


 私の考えた、自分なりの答えは出した……。


 後は……ただ、待つだけ……。


「………」


 今のコレで本当によかったのかと、胸中が不安で押しつぶされそうになりながら……。


 ――それでも待つ。


 まるで1秒を数分に感じるような重い沈黙の中、固唾を呑みながらさっちゃんの腰に当てた手にグッと力を込め、その第一声を待つ。


 そして――。


「――そ……」


「そうだよぉ~……」


「私、虫大キライだし……っ。 人がイジメられてるのを見るのだって、好きじゃないんだからぁ~っ!」


「――――」


 と、まるでその当時に戻ったような、子供っぽい口調で強く私に抱きついてきた。


 私はそんなさっちゃんの言葉を受けながらホッと安堵の息を吐き出し、肩の荷が下りた想いで抱き締め返す。


 それから――。


「うん、うん……。 ゴメンね……?」


「――………」


 背中をポンポンと叩きながらそう言った後――お互いの耳元付近にあった顔の位置を徐々に離し、腰や背中に回していた手を今度は両肩へと置く。


 そして、あらためてさっちゃんを正面に迎え、見つめると――。


「……それとね――」


「私が今もこうして生きてるのはさっちゃんのおかげだよ?」


「だから……本当に、本当にありがとうっ」


 それこそが、ふえるちゃんの伝えたかった本当の想いだったろうと、その想いをふえるちゃんになりきったつもりで本気で代弁した。


「―――っ」


 ――その直後、急にさっちゃんが胸元まで飛び込んできて――。


「ごぢら゛ごぞ!!! どう゛い゛だじま゛じでぇ~!!!!」


「――――」


 涙腺が完全に決壊し、ひどい涙声になったさっちゃんがそう叫び続け、私の制服を涙で濡らしていく。


 キーンと鼓膜に響くほどの大音量だったけど、それがどこか心地よく、それだけ本気だったんだというさっちゃんの内なる想いの強さが直に伝わってきた。


「――――」


 そうして……まるで子供に返ったかのようにえぐえぐと泣きじゃくるさっちゃんの背中を優しくさすってなだめていながら、不意にスッと目が細まってしまう。


 さっちゃんはふえるちゃんのことが大好きで、ふえるちゃんだってさっちゃんのことが大好き。


 そんな大好き同士の二人が、仲違なかたがいしてしまう原因……。 それがさっちゃんの左目近くにある、こんな傷なんかにあるんだとしたら……っ!


 私の手が自然と……その傷痕に向かって、伸びていく――。


 こうして……自分の指先から見えるのは、一本の糸。


 その伸びた一本の糸を……強く見つめ続ける……っ。


『――――』


 その瞬間、私の目に映る世界の全てが透け――今いる世界が、あの星と濁流の世界に変わった。


 下にいる私が私を見上げ――同時に、上にいる私が下にいる私を見下ろす。


 そんな、世界の中――。


 理屈なんてわからない……。 でも、もしかして私なら……――ううん、今の私なら絶対にできる……っ!


「――――」


 指先から伸びる糸……それが2本、3本……4本と次々とその数を増していき、その数がいくつなのかもわからなくなった、その時――。


 私の指先が、さっちゃんの傷痕まで最接近し……。


 ――その距離を完全にゼロにさせた。


 瞬間――。


「――――」


「―――っ!!!」


「――熱っ!!」


 そう叫んださっちゃんが反射的に顔を逸らし、同時にビクンと全身を震わせ――。


「――――」


 そのままカクンとなって、私の腕の中で意識を失ってしまった。


 今の、って……私にとっては電気か何かが走ったように感じたけど……さっちゃんにとっては熱かったんだ……。


「――――」


 ――あ……れ……?


 不意に私を襲う、圧倒的な虚脱感。


 身体、が……。 全身が……重い……。


 ――けど……それでも見届けなきゃ……っ。 その、結果を……っ!


 そう思いながら必死になって歯を食いしばり、自然と下がってしまう視線を無理やりになって起こす。


 意識を失ったさっちゃんの頭がカクッと横に傾き、その動きで左目に掛かっていた前髪もパラパラと流れていき――。


「――――」


 そこには、何の傷痕もない――真っ白で綺麗なさっちゃんの素肌が現れた。


 ――やっ……た……っ!


 喜ぶと同時に、それをすることのできた自身の結果に自分で驚いてしまう。


 ――私ならできる。 ……確かにそんな予感はあったけど、実際にその事実を目の当たりにしてしまうと驚きの感情を禁じ得ない。


 今の、私の身体って……一体どうなっちゃったんだろ……。


 ――けど……これでようやく、さっちゃんとふえるちゃんが前と同じ……本当の親友同士に戻れる……っ。


 そんな二人の未来の幸せに比べたら、私のことなんて何の問題にもならない些細なモノだった。


「――――」


 ――フニッと、私の頬に感じる温かな感触……。


 どうやら……自然と傾き続けていた私の頭がいつの間にかさっちゃんの胸元まで触れ、まるで抱きついてしまっているような体勢となっていた。


 その直後――。


『――ダ、ダブルノックダウーンッ!!!』


『―――~~~~~~っ!!!』


 聞こえてきた実況と大歓声。


 聞いた瞬間、思い出す。


 そう……だった。 戦いに集中して忘れてたけど……そういえばこれ、学校のイベントだった~……。


『――ワンッ! ツー!!』


 身体は動かないまま……聞こえてくるカウントと歓声を安心した気持ちになって聞きながら目を閉じ、私はその意識を手放していった……。

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