第7話 天西 鈴音(私)の見た世界 ③ 『風神vs雷神』

「――――」


 あ、あぶなかったーっ。


 初見で初めて朧を逆の順番から打ってみたけど、胴の打ち終わりから面につなげるのが難しいのなんのって~。


 迎撃に間に合った自分を自分で褒めてあげたいくらい~……だけど――。


 本当に打ってきた……私の朧十字を――。


 驚いたのも当然そうだけど、それでもやっぱり嬉しいという想いの方が強かった。


 私なんかの……マイナーで、あんな痛い名前の技を……ちゃんと――。


「――――」


 ネコ先輩の解説も終わって、お互いの自己紹介も済んだ。


 だからこそ私は、そんな越田先輩に感謝の意味も込めて、こうして全力で――……って。


「――――」


 その先輩が私から急に距離を取ってから座り込み、着ていた防具をいそいそと外し始めた。


 え? 何、いきなりどうしたの? キャー、どこまで脱ぐの? と、若干ミーハーのような気持ちになって先輩の行動を見守っていると――。


 全ての防具を外し終えた先輩がトーン、トーンとその場で軽く跳ね始めた。


「――――」


 それを見た瞬間、背景が真っ白になって音が消え、先輩の姿しか見えなくなった。


 先輩は一体……どこまで私のことを知っているのだろう……。


 ――確かに……高校一年の時、私の身体がもう少しまともに動けてたら、私はそれを目指してた。


 軽く……どこまでも軽く……。


 決して身体に負担を掛け過ぎないよう、最小の動きで最大限の効果を発揮させる……そんな、風のような動きを……。


 目の前にいるのは……未来の……もう一人の私?


 私は、そんな未来の自分と……こうして今、対峙していて……。


「………」


 そんな感覚に打ちひしがれ、心を震わせていた時――。


「――――」


 その先輩の姿が、いきなりフッと消えた。


「―――っ!」


 本能的に飛び退いた瞬間、見えた竹刀の切っ先がすぐ目の前をかすめていった。


 ――真横!? あの距離から、一瞬で!?


「――………っ!」


 そこから崩された体勢を立て直す間もなく、越田先輩から繰り出され続ける追撃の数々。


「……―――っ!!」


 一撃、一撃が、鋭く重いっ! 力を受け流すようにさばいてるのにそれを超える攻撃が、立て続けに……っ!


 油断してると腕ごと竹刀が持っていかれそうになってしまう衝撃にどうにか対抗し、竹刀を握る両手に必死に力を込める。


「――………」


 危うい体勢のままで猛攻をしのぎ続ける中、それとは別にわかったことがある……。


 ……確かにあなたは、限りなく私に近い剣技を私のように使いこなし、それを私以上に発展させた天才……。


 ――けど。


 それでもやっぱり、あなたは私じゃない。


「………」


 確かに……現実での私は身体に負担を掛けないよう動きは軽く、できる限り相手の動きや力を利用し、それでいて技はさらに鋭くなるよう……そんな創意工夫をめぐらせてた。


 ――けど、病院のベッドの中で健康な身体を願い、自由に動けることをずっと夢見てた本当の私は違う……っ。


 体力が続かないだとか、相手の動きがどうだとか、そんな細かな事情なんて一切考えない。


 たとえば、そう……まるでゲームやマンガの世界みたく……。


 体力の概念なんて存在しないかのように、アクセルを全開にしたままムチャクチャな動きで無駄に動き続けて暴走してみたい――……とか。


 そんな、バカな妄想ばかり考えてた……。


「――――」


「――………っ!」


 いなし続けていた受けがひときわ大きく崩され、私の胴体がガラ空きになった。


「―――っ」


 その機を逃さず、必中のタイミングで繰り出された胴への打ち込み。


「――――」


 ――そう……イメージすべきは雷……。


 そのために必要になるのは、ありえないほどの純粋な力と……。


 ――単純な瞬発力……っ!


「―――っ!!」


 まずは足首へ――バカみたいにありったけの力を込めるっ!


「――――」


 気付くと、放たれた先輩の竹刀はもう私の胴に触れる寸前、それでも絶対に間に合うと確信し、思いっ切り後方へ床を蹴りつけた!


「――――」


「――――」


 たった今――私は山井出 千夏と戦っているつもりだったけど……その彼女が、いきなり変わってしまった。


 これまでの戦いで見せていた、攻防一体の無駄の無い体力運用に、理にかなった戦略……。


 それが、今や……体力の運用なんてお構いなしの暴走列車状態。


 さらにその動きも大胆というか、すごく大雑把で無駄な動きが多い……。


 いや、むしろ無駄な動きだらけのような気がする。


「――――」


 ――でも……っ!


 この……速度っ!!


 対戦相手を見失うということはほぼ負けと同義なのに、これまで何度見失いそうに……っ!


 戦いの中で反応が遅れただとか、判断を間違えたとかならわかるけど、身体自体を目で追い切れないって何!?


 ―――っ! 近っ!


「――――」


 先ほどから続いていたヒット&アウェイの攻防の中で一気に距離を詰められた際、防具の隙間からチラッと見えた彼女の顔。


 これまで時折見えた彼女はいつも楽しそうに笑っていたけど、今の彼女はこれまでの中で一番生き生きと輝いているように見えた。


 確かに……今の彼女の動きはメチャクチャで、戦略は欠片だってない。


 けど、何故か――そんな彼女が誰よりも本物の山井出 千夏らしい、本人そのものに見えてしょうがなかった。


 !! さらに速くっ!?


 ――ヤ……バッ!


「――――」


 打ち合いの最中さなか――偶発的に飛来した空白の時間。


 これが普通の試合の途中で、いったん距離を取って仕切り直したりする場合なんかだとよくあること……だけど――。


 問題なのは今――私がこの状況の中で対戦相手を完全に見失ってしまっているという、その点だった。


 元々目の端でしか捉え切れてなかった彼女の動きがさらに加速し、私の視界からとうとう完全に消え去ってしまった。


 単純にスゴイって感動したけど、それ以上に彼女に勝ちたいという私の想いがそれを上回った。


「――――」


 背中からビリビリ――と、痛いほどに伝わってくる気配……後ろから来てるっ!


 ――けど、たとえそれがわかったとしても、一度見失った以上、再び彼女を目で捉えるのはもう不可能だろうと、すぐさまそう結論付ける。


 だったら――。


 意識を……さらに、深く……。


 目で捉え切れないのだったら、それ以外の感覚で彼女の姿を捉えようと、新たなる挑戦を試みる……。


「――――」


 イメージすべきは風……。


 ううん……。


 ――それを超える、空気そのもの……っ!


「――――」


 私の意識が風に乗りながら周囲に広がって侵食していき、目に見えないハズの後方にいる彼女の位置情報をおぼろげながらに知らせてくれた。


「――………っ」


 そこからさらに深く、意識を集中……。


 全身で感じる空気の流れから、彼女の動きをさらに細部まで読み取り……先の――未来の行動を予測する……っ!


「――――」


 迫ってくる彼女に対し、無防備な背中を向けてしまっている私……――けど、そんなことはもう関係なかった。


 今の私には、彼女の動く先が予見できている……。 それができてるって、今はそう信じるっ!


 ――まだ、遠い……。


 まだ……。


「――――」


 ―――っ! 今っ!!!


 私の後方から、まるで稲妻のように地を這い、ジグザグに距離を詰めていた彼女。


 その彼女に対し、振り向きざま――居合いに見立てた最速のカウンターを合わせたっ!


「――――」


 地を這っていた彼女よりもさらに低く、上半身を地面スレスレにして放った私の剣閃が出会い頭の一撃となり、彼女の顔面へと吸い込まれていく。


「―――っ!」


 そんな必中のタイミングで放たれた私の一撃ですらまだ足りず、超反応した彼女が寸前で跳躍し、宙に逃れられてしまう。


「――――」


「――~~~~っ!!」


 しかし、宙に逃れたハズの鈴音の方が逆に歯を食いしばり、表情を歪ませていて――。


「――――」


「――――」


 跳ば、された……っ!! ――マズイッ!!


 それは鈴音にとっては想定外だった。


 剣花の視界を完全に振り切り、絶対に反応することのできない、真後ろからの攻撃を仕掛けたつもりだった。


 事実そうなっていたし、剣花の方も鈴音の姿を完全に見失っていた。


 しかし、剣花はそんな鈴音の想像を超えて戦いの中でさらなる成長をしてみせ、目に見えないはずの鈴音を感覚で捉えた。


「――――」


 ――初撃は避けられる。


 相手があの山井出 千夏だったらそんなのは当然で、それは剣花の中での想定通りだった。


 だから、剣花が目指したのはその先――。


「――――」


 避けられた居合いの勢いを殺さず、むしろさらに加速させるような動きで片足を軸にし、地を這ったままその場で回転。


「―――っ!」


 そこから上半身を一気に引き起こし、遠心力と加速を最大限に上乗せさせた全力の二撃目を一気に開放!


 初撃を見せ球にさせてからの本命の追撃が、空中で逃げ場の失った鈴音の胸元へ吸い込まれていく。


「――――」


 跳んだ瞬間、すぐに誘導されたことに気付いた鈴音もそこからどうにかしようとするも、浮いてしまった空中ではどうするわけにもいかず――。


「―――っ!」


 それでも負けじと竹刀を構え、そこから迎撃体勢に入り――。


「――――」


 ――瞬間。


 会場全体が、再び白き光に包まれた……。


「――――」


「――――」


「………」


「………」


 やがて光が収まると、そこには竹刀を構えた二人が無言のまま……お互い向かい合わせに立っており――。


「――――」


 トッ……トトッと、剣花が距離を取り、後ろに下がっていく。


 トトッ……トトトッ……下がって、また下がる。


 そこで聞こえてくる実況の声。


『――まさか……またなのか……!?』


『……二度あることは三度ある……三度目の正直――』


「――――」


 トトトッと、さらに下がり続ける剣花……。 ――その先は、もうじき壁だった。


 そして――。


「――――」


 ――ドンと、剣花の背中が壁にぶつかり、そのまま全身がずり下がっていき――。


『ゼロ斬りの炸裂だーーーっ!!!』


『―――~~~~~っ!!!!』


 そう叫んだ瞬間、会場が割れんばかりの歓声であふれかえった。


『――ワ、ワンッ!!』


 それと同時に会長のカウントが開始されるも、剣花の方はすでに意識を失っていて――。


『カウント、10ッ!!』


『この瞬間! 新たなる剣王がここに誕生しましたーーーっ!!』


『それにしても! 最後の攻防は一体何が起きたのでしょうかーっ!?』


『私の目ではその瞬間を捉えることができませんでしたーーっ!!!』


『――ですが皆さんっ!! ご安心下さいっ!!!』


『戦いに関しては国内随一を誇る我が学院……』


『その国内最高峰の性能を持つ、スーパースローカメラッ!!』


『そして!! その決定的瞬間の映像が~……――こちらっ!!!』


『――――』


 そう言ったタイミングに合わせ、先ほどの瞬間の映像が会場の巨大スクリーンで流れる。


『おお~っと、これはっ! 後ろからジグザクに距離を詰めてくる天西選手に対し、越田選手の出会い頭のカウンターが炸裂だーっ!!』


『しかもこの軌道! 地を這うように進んでいる天西選手の顔面狙いかーっ!?』


『――というか越田選手! 天西選手の方を全く見ずに反応しているぞーっ!!』


『――――』


『それに気付いた天西選手! とっさに宙に逃れることで、越田選手の攻撃を緊急回避ーっ!』


『さらに天西選手! そこから体勢を整え、空中で追撃体勢に入ったーっ!!』


『! 越田選手っ、よく見ると初撃の勢いが死んでおらず、その場で回転を始めているぞーっ!』


『は、速い、速いっ! これは、みるみる内に天西選手の反撃に追いつく――いや、追い越したーっ!?』


『―――っ!!』


『追撃を受けた天西選手! 空中で必死に迎撃するも威力が足りず、完全に押し負けてしまったーっ!!』


『おおっと!! ――こ、これはーっ!?』


『――――』


 ――そうだ……私はあの瞬間、確かにたどり着けた……。


「――――」


「――――」


 イメージすべきは雷……。


 雷のような爆発的なパワーと、圧倒的な超スピード……。


 ううん……それ以上――。


 風や音すらも完全に置き去りにする――光そのものっ!


「――――」


『越田選手の手痛い反撃を受けて弾かれてしまった天西選手! そこから吹き飛ばされるでもなく、反撃の力を逆に利用して空中で回転っ!!』


『天西選手の高速スピンッ! そこから片腕だけを伸ばした片手面が越田選手に襲い掛かるーーっ!!』


『――――』


『こ、このスピードは一体何なんだーー!? スーパースローの映像ですら、その腕がかすむーっ!!』


『―――っ!!』


『対する越田選手も素晴らしい反応っ! 自身の攻撃がしのがれたとみるや、急きょ地を蹴り後方へっ! 天西選手から必死に距離を取るーーっ!!』


『――――』


『!! あーっと、戻り際っ! 天西選手の剣先が、ギリギリ越田選手の首すじに触れたかー!?』


「――――」


 巨大スクリーンの映像はそこで途切れ、真っ黒な画面へと戻る。


『――こ……この攻防が……あの一瞬で……』


「――――」


『―――~~~~~っ!!!!』


 ――瞬間、少しの間を置いて沸き上がった、まるでライブ会場のような大歓声と拍手喝采の嵐。


『さあ、それでは皆さんっ! 剣王の名に恥じぬ戦い振りを見せてくれた越田選手の健闘と、新たなる剣王――天西 鈴音選手の誕生を祝し! いま一度、盛大な拍手をお願いいたしまーすっ!!』


『~~~~~っ!!!!』


「――――」


 まるで現実味のない――映画や舞台の中で聞くような歓声と拍手に包まれている中、私は思い返していた……。


「……―――っ」


 ピクッと片腕が勝手に動き、あの時の感覚が手元に残る。


「………」


 最後の、あの一撃……。 何だか一瞬、『空中で踏み込めた』ような気がしたんだけど、気のせいだったのかなぁ……。


「――――」


 そのまま竹刀を上に向かって伸ばしながら……天井から照らされるライトに目を細めてしまう私だった。


 ともあれ――そんな学院のイベントで、どうやら私は剣王(?)とやらになってしまったらしく……その翌日――。


「――――」


『何とっ! これで四日連続っ! 猛打賞を超える皆勤振りに感心しきりですが――』


『我が学院の新たなる剣王! 天西 鈴音選手の登場だーっ!!!』


『―――~~~~~~っ!!!!』


 実況の紹介に合わせて沸き起こる大歓声。


『そして! 昨日の剣王の戦い振りを見て臆することなく挑んできた無謀なる挑戦者、それは~――』


『今回初出場の一年生! 山井出 勝希ーーっ!』


「――――」


 う……わ……っ。


 思わず顔がほころんで口元が緩み、感激のあまり声を出して笑いそうになってしまった。


 か……かっきちゃんだーっ!!


 もしかして私、今からかっきちゃんと戦えるの!? やったーっ!


 やっぱり、かっきちゃんはかわいーなー……。


「――――」


 そうやってだらしなくかっきちゃんの顔を眺めていた私だったけど、防具によってすぐその顔が隠れてしまい、残念に思ってしまう。


 まず最初にロッカー室で運動着に着替え、それから会場内で剣道防具を身に着けて戦う。 それがこの戦いでの基本のようだった。


「あの……天西さん? あなたも早く防具の準備を~……」


 会長さんからそう言われ、催促された私だったけど。


「――え、何で?」


『な、なんと剣王! 防具の装着を拒否っ! 相変わらず! 何という自信の表れだーっ!!』


 だって~、相手はあのかっきちゃんだよ?


 前の越田先輩の時だって外してたし、別にいいよね~。


 そもそも大体にして、かっきちゃんが戦いの中で何を考えてどこにどうやって打ち込むかだなんて、それこそ目を閉じてもわかるくらいだし~。


「……―――っ!」


「ソイツ――その人が防具をつけないんだったら、私だっていりませんっ!」


 私のそんな態度が挑発と受け取られてしまったのか、かっきちゃんが途中まで身に着けようとしていた防具を全て乱暴に外し終え、ビシッと私を指差してくる。


「――~~~~っ!!」


 そうやってプンプン怒ってるところのかっきちゃんには悪いけど、いいの~?


 身体の動きだけじゃなく、呼吸から、視線から――その表情まで丸見えな状態で私と戦ったりしたら、それこそ本当に勝ち目ゼロだよ~?


 ――ま、かっきちゃんがそれでいいんなら、私は別にいいけど~♪


 と、鼻歌交じりで竹刀を手にして構えると、正面にいるかっきちゃんもそれにならって構え――。


『――は、始めっ!!』


 告げられた生徒会長の号令で試合が開始された。


「―――っ!!」


 開始直後――まるで弾丸のように一直線に駆け出したかっきちゃんが突っ込んでくるのを、私は微笑みを保った状態のまま待ち構えた。


「――――」


「――――」


「~~~~っ!!!」


 そして……試合開始直後から、休むことなく繰り出され続けているかっきちゃんの猛攻。


 それを受け続けながら、私は――。


「――~~~♪」


 戦う前とその最中で、私の精神状態は何ら変わることなくそのまま――時折鼻歌も漏れ出てしまう。


「――――」


 目の前数センチの地点を何度も行き交っていく、かっきちゃんの剣閃の数々。


 まだまだ……もっとギリギリでも全然大丈夫……。


 薄皮一枚……ううん、もう触れてしまってもいいぐらいに――。


「――――」


 かっきちゃんの剣の切っ先が私の頬に触れ、身体がきりもみ状になって宙を舞う。


 派手なのは見た目だけ――痛みは全く感じてない。


 私のよく知るかっきちゃんの予備動作から攻撃の軌道を完全に見切り、剣先が直接身体に触れた瞬間――その剣と同じ方向、同じ速度で跳び、威力を完全に無効化させる。


 おそらく相手がかっきちゃんだからこそ可能な、私だけが使えるであろう、私の特技だった。


「――――」


 その特技を何度だって――面白いように繰り返す。


 ん~、頑張ってるかっきちゃんには悪いけど、それでもやっぱり私はお姉ちゃんだし~。


 まだまだかっきちゃんに負けてあげるわけにはいかないかな~。


 そうやってますます戦いにのめり込み、さらに集中力を高めていく――けど。


「――はぁ……っ! ――はぁ……っ!」


 ……あれ? かっきちゃんてば、もう息が上がってる?


 もしかして、最近ちゃんと練習してなかったりする~……? それに――。


「――――」


 最初に会った時は、感動やら何やらで気が動転してて全然気付けなかったけど――……よく見るとかっきちゃん、少し痩せ気味のような気も~……。


「―――っ!」


 そこまで思い至った瞬間、私はビクンとなって雷に打たれ、ある可能性に気付いてしまった。


 もしかして……かっきちゃんがいま戦ってる理由って……――生活のため?


 そういえば、確か……Aタイプの寮にはたくさんの特典があって、それで学費とか学食が割安になって色々お得だって言ってたような~……。


 そ、そうだ……っ。 私が生きてた頃の、個室の入院費とか……それと、通えもしないのに無駄に払ってた学費とかがあって、それが思った以上に山井出家の家計を圧迫してたんだ……っ!


 多分かっきちゃんの練習不足だって、きっとアルバイトとかしてるせいで……。 けど、それでもお金が足りなくて、だからこんなに身体も痩せ細っちゃって~……っ!


「――――」


 ――あ、どうしよう。


 私、このまま勝っちゃダメだ。


 そ、そうだ! せめて今からでも何とか負けるようにして――。


 と、私がそこまで考えた、次の瞬間。


「――~~~~っ!!!」


 何やら急に飛び出してきた生徒会長が何かを叫びながら、私とかっきちゃんの間に割り込んできて――。


 ――え!? 何!?


 ―――っ! 危ないっ!!


 そう思った瞬間、竹刀を手にした私の腕がとっさに動き――。


「――――」


「――――」


 さかのぼること少し前。


 ――何……なのっ!


「―――っ」


 見た目クリーンヒットなのに、その手ごたえが全くない。


 まるで柳か、実体のない幽霊でも相手にしているような――そんな気分……っ!


 コイツが強いのは昨日の戦い振りを見て充分に理解してたつもりだったけど、まさかこれほどだなんてっ!


「――――」


『―――~~~~っ!!!!』


 私の竹刀の先がコイツの顔面を捉える度、会場の一部から切り裂くような女生徒の悲鳴が聞こえてくる。


 ――だから当たってないって!


 これじゃあまるっきり、私が悪者みたいじゃないっ!


 まさかコイツ……こうなることを計算して、ワザと~……っ!?


 コイツの性格だったらやりかねないと、竹刀を握る手にさらに力がこもっていく。


 その時――。


「――――」


「や、やめてーっ!!」


「これ以上は死んじゃうよーーっ!!!」


 ――んなっ!?


 そう叫びながら飛び出してきたのは、審判役の生徒会長。


 こ……のっ! ポンコツ生徒会長っ!!


 これだけ近くで見てて気付かないの!?


 ――マズッ! 止められ――。


 直前で気付いてすぐに止めようとしたけど、すでに放たれた私の一撃が無防備な生徒会長の顔面へ伸びていき――。


「――――」


 その寸前、私の竹刀が高々と宙を舞い……――同時にガクンと、ヒザから力が抜け落ちた。


 見ると――いつの間にか下の方にいたコイツが、竹刀を振り切っていた後だった。


 っ! コイツッ! 生徒会長を盾代わりに……っ!


 どうやら卑怯にもコイツは、私が生徒会長に気をとられた瞬間を狙って私の竹刀を弾き、ついでとばかりにそのきっ先をアゴの先にかすめさせていたらしく――。


「――――」


『――ダ……ダブルノックダウーンッ!!!』


 全身に力が入らないまま床に倒れ、聞こえてきた実況の声。


 ――……あれ?


 ……今、ダブルって――。


 そのことが気に掛かり、何とか動く首だけを動かし、視線を横へ――。


「――――」


 そこにはワザトらしく目を閉じ、眉を寄せながら倒れているアイツが……いて――。


「―――っ!! ~~~~~っ!!!」


 ――こ、この性悪女~っ!!


 一体どこまで私を私をコケにしてくれたら気がすむの~~っ!!


 そのことがどうしようもなく許せず、ギリギリとなって歯を食いしばり――。


「あ、天西 鈴音ーーっ!!」


「ちょっとーっ! アンターーッ!! 本当は起きれるクセに、何寝たフリしてんのーっ!?」


「聞こえてんでしょーっ!? 立ちなさいよっ!! ゴラァーーッ!!!」


「――――」


 一方その頃、鈴音は――。


 あ~……うぅ゛~……っ。


 勝希に図星をつかれて目を閉じたまま……額に嫌な汗を浮かべている真っ最中だったりした。


『や、山井出選手のこの異常ともいえる気迫は一体何なんだーっ!?』


『自身が立ち上がれないこの状況でなお、天西選手を挑発してみせるこの気概っ!! これはまるで――』


 ――あ。 もう、ダメ……だ……。


 聞こえてくる実況と、頭上から降り注いでくるカウントを子守歌代わりにしながら、私は薄れゆく意識をそのまま手放したのだった……。


 そして――。


「――――」


「………」


「………」


 ――どうして、こうなった……。


 部屋の勉強机に突っ伏し、両手で頭を抱え込んでいる私。


 あの茶番のような出来試合の後……一体何をどう間違えたのか、周囲から私が剣王と同等の力を持つと認められてしまったらしく――。


 これまでに前例のない、二人の剣王同時就任という結果になってしまっていた……。


 その上、さらに――A寮の部屋に私とアイツが相部屋という内容で、話がまとまってすらもいて……。


 こんなに家から近いのに寮暮らしはおかしいよねって、お母さんやお父さんにも言ったんだけど――。


 お母さんが、あらいいわね♪ って言って喜び、お父さんの方も特に反対することなく――。


「――そして、今に至る……と」


「――――」


「フフフ~ッ♪ へへ~っ♪」


 隣同士に並んでいる二つの勉強机――そのもう一方の持ち主がチラチラとこちらの方を見ながら、だらしなく笑っている。


「――……何?」


 すぐさま絶対零度の視線を向け、これでもかっていうぐらいに冷たく言い放つ。


「えぇ~っ? だって~、かっ――妹ちゃんと一緒なのがすっごく、嬉しくて~♪」


 ――効果ゼロだった。


 コイツの表情が一段とだらしなくなり、変に喜ばせただけだった。


 ――っていうかコイツ……私のこと、またかっきちゃんて呼ぼうとした?


 このままここから逃げ出すのは簡単だけど、それだけは絶対にしたくないと思った。


 いつか機を見て、コイツをここから叩き出す。


 再戦しても同じ結果になるのは目に見えていたので、それ以外の方法を考えないといけなかった。


 それもできるだけ早く、可能な限り早急に、だ。


 そんな決意を胸に抱きつつ、私の意に反したコイツとの共同生活が強制的に開始されてしまったのだった……。

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