第5話 天西 鈴音(私)の見た世界 ② 『剣王』
「――――」
『――さあっ! これは前回の試合のリプレイ――正面から突っ込んできたところを天西選手が打ち下ろしの面で一閃っ! 出会い頭のカウンターが炸裂ーっ!!』
『それを受けた巻田選手っ! 片ヒザをつき、竹刀を杖代わりにしながら何とか体勢を立て直そうと試みますが、それも叶わずっ!!』
『まるで前回の戦いの再現っ! 10カウントと同時に倒れ込んだ巻田選手! そのまま立ち上がれずに試合終了っ!!』
『恐ろしいほどに冴え渡った天西選手の剣技! それはまるで――相手選手の体力をピッタリゼロにするよう計算されて放たれたかのような、そんな過不足のない一撃……』
『これはもはや天西選手オリジナルといっていいでしょうっ!』
『この技……せんえつながら、私の方で勝手に『ゼロ斬り』と命名させて頂きました! ――ですので、今後はそのように実況させて頂きます!』
『……とまあ、そういった前置きはさておき――』
『この新人は一体何なんだーー!?』
『たったの三戦目で、我が学院の
『剣王!
『―――~~~~~っ!!!』
場内で沸き起こる大歓声。
『剣王である越田選手は、学院での学費免除と成績加算は最高峰! その値はなんと脅威の+3!!』
『五段階評価の最低が1である以上、たとえ授業をサボリまくってテストが0点だったとしても評価4以上が確定という、この事実!』
『そんな剣王が、わざわざ天西選手を対戦相手に指名するのは単なる気まぐれか、それとも何かの憂さ晴らしだったりするのかーー!?』
『しかし、いくら相手が剣王といえど指名された以上、立場は天西選手が上っ!』
『挑戦を受けるかどうかの選択権は天西選手にありますっ!』
『――さぁっ、天西選手! どうしますか!?』
「――は、はいっ!?」
『おーっと!! 天西選手! 剣王の挑戦を快諾だーーっ!!!』
『緊張からでしょうか? 天西選手、若干声が上ずってはいましたが、それにしても何という自信の表れでしょうかー!!』
あ、あれ? 今のは違うくて~……。
『そして! 指名側にはいつも通り、勝負方式の選択権が与えられます』
『すなわち――拳での勝負か、剣での勝負か。 その二択になりますが、天西選手は果たして――』
「――え? それじゃあ、剣でお願いします」
『――なっ!』
『何というっ! 相変わらずのビックマウス振り!! 天西選手っ! 剣王である越田選手に対し、剣での勝負を選択だーーっ!!』
――え? え? だって、剣が得意な人に剣以外で挑むのって卑怯じゃないの?
「――――」
『――さあ、お互い防具を身に着け、用意も整ったようです』
『会長っ! それではお願いしますっ!』
「――――」
『――始めっ!!』
こ、これで三回目~……。 また流されるままに始まっちゃったけど、これって――。
「――――」
――あれ?
なんだろ……何か……。
試合開始の合図が告げられ、今はまだお互いに一合も打ち合っていない様子見の段階……。
それなのに私は、彼女からどうしようもなく拭い切れない……違和感のようなモノを感じていた。
この感じ……私、知ってる……?
ううん、知ってるっていうより……。
――私?
そう……目の前にいる彼女は、私が生きてたあの頃の――というか、今の私と全く同じ構えを取っていた。
「――――」
それによく見ると、構えだけじゃない。
足の動きから視線の向ける先、身体の揺れ、些細な動きのクセまでもが同じように思えてくる。
体格と、面の隙間から覗いて見える本人の顔は当然違っていたけど、それ以外があまりにも私だった。
「……―――」
私の頬が自然と緩み、その端が徐々につり上っていく。
剣道経験者なら誰でも――かどうかはわからないケド、少なくとも私はそうだった。
竹刀を構え、自分自身を対戦相手に見立てたイメージバトル。
端から見ると、一人でおかしな素振りをしてる変な子に見えてただろうけど、それでも私はすっごく楽しかった。
――けど、今はそんなことをしなくたって、実物が目の前にいる。
過去の……昔の自分と、仮想上のイメージとしてじゃなく、実際に打ち合うことができる。
「―――っ」
ブルッと全身が身震いし、身体の内に熱が灯る。
この状況でテンションが上がらなきゃ嘘だ……――っていうより、そんなの私じゃないっ!
高まる鼓動とともに息を荒くさせ、興奮していく中――私は目の前の対戦相手が、もう過去の自分にしか見えなくなってしまった。
「―――っ!」
我慢なんてこれ以上無理。
小手調べなんて考えは欠片もなく、彼女との距離を一気に潰しての先制打――。
さあ、過去の私(仮)っ! この攻撃をどう受ける!?
私だけが知っている、あの体勢からだとわずかに反応しづらい、左のわきの下を狙った渾身の一撃を放ってみた。
「――………っ!」
「――――」
わずかに驚いた気配は感じたものの、危なげなく私の攻撃に対応してみせる過去の私(仮)。
スゴイ、スゴイッ! ――じゃあ、これなら!?
動きの間げきを、あるいはその死角を突き、私だったら受け辛いであろう攻撃を放ち続ける。
「……―――っ!!」
過去の私(仮)も当然黙ってはいない。
今まで防戦一方だった彼女が急きょ反撃に転じ、逆に今度はこちら側の死角を狙った攻撃を仕掛けてくる。
へえ、へえ! ――……って、あれ?
そこからの……その攻撃パターンって……。
「――――」
私の世界から徐々に音が消え、彼女の一挙手一投足に全ての意識が傾いていく。
まさか……本当に……?
「――――」
――ふふっ、大丈夫だよ……安心して……。
そんなわかりやすい前フリしなくったって、ちゃんとわかってるから……。
「――――」
こうして戦っている私達二人の動きは、まるで演舞。
私と彼女が、まるで事前に示し合わせているかのような動きで舞い踊り――合わせ鏡のようになって遠間で打ち合いながら、徐々にその輪が
そして……互いの打ち合いがこれまでの戦いの中で最も近づいた、その瞬間――。
「――――」
世界の全てが、『白』に塗りつぶされた。
「――――」
「――――」
「………」
シーンと会場全体が静寂に包まれ……誰一人として言葉を発することなく、物音すら聞こえない。
……そんな無音の空間を破った、第一声。
『――ぉ……』
『お前らは一体何なんだーーーっ!!?』
『だだの校内寮争奪戦で、『
『―――~~~~~~っ!!!!』
ネコ先輩の絶叫後、その後から続いた大歓声が会場全体を揺らす。
『世界で唯一……千夏専用と言われた絶技、『
『それは、かつて世間を賑わかせた神童……山井出 千夏が考案し、本人の代名詞ともなった朧十字――』
『まず――朧の第一声で、本人の姿が幻か蜃気楼のようにその場から消失』
『そうなった時点でもう手遅れ、たとえその後から姿を捉えることができたとしても、そこから繰り出される攻撃はまるで霧がかったようにかすんでしまい、まともに受け切ることはもはや不可能』
『そこからほぼ同時、十文字に繰り出される、打ち下ろしの面と横薙ぎの胴打ち』
『あまりにも芸術的なその様は、敵意と戦意が混在する戦いの中――白く大輪に咲き誇る、一輪の雪月花のごとく……』
『それこそが、
「………」
『―――~~~~~~っ!!!!』
ネコ先輩の解説が流れていた間だけ、いったんは収まっていた会場内が、復活した大歓声によって再び揺れる。
「――………っ!」
私、が……っ! 胸の……心臓付近に手を当てながら、苦悶の表情を浮かべる。
解説を聞いてる間から今まで……私を襲い続けている深刻なダメージ……。 それは――。
ヤ……ヤメテーッ! それ以上、私の過去の傷口をえぐらないでーっ!
あ、あの頃の私は、それがカッコイイって思ってやってたんですーっ!
前のかっきちゃんのホメ殺しとは別のパターン。
痛過ぎる私の過去が、現在の私をありえないほど執拗に追い詰めていく。
今の――やたらと細かい解説の内容だって、会場内が変に静まり返ってたから、みんなに聞こえちゃっただろうし~……ああ~、もう~っ!
――っていうかネコ先輩~っ、何でそんなにも私のこと詳しいんですかーっ。
私が人知れず苦悶し、悶絶している間にも、ネコ先輩の解説はさらに続く。
『これまで……数多くの剣道家が山井出氏にあこがれ、その技の再現しようと試みてきました』
『しかし、その挑戦者達が――あるいは実際に技を受けたことのある経験者達が、口をそろえて言うのです……』
『これは違う、と……』
『本物の山井出 千夏の剣には、『光』が宿っていた――と』
『先ほどの激突の際……皆さんには見えましたでしょうか? ――少なくとも私には見えましたっ!』
『視界を覆い尽くさんばかりの、まばゆいばかりの閃光が……っ!』
『
『ましてやその朧十字同士が正面からぶつかり合うともなると……これはほぼ間違いなく、全世界で初の瞬間といえるでしょうっ!』
『会場の皆さん!! 私達は今!! 歴史の目撃者となったのですっ!!』
『―――~~~~~っ!!!!!』
そうして
「――――」
ネコ先輩(本名:
この学院にいながら、これまで戦いに少し苦手意識を持っていた風子だったが、最近まで学校を休みがちだった友人の山井出 勝希に誘われ、直接会場を訪れていた。
「ほぇ~、そうなんだー。 何だか、スゴイね~。 山井出さんは知ってた~?」
先輩の実況を感心しきりで聞いていた風子が、同じく自分の隣で観戦していた勝希に感想を求める。
「………?」
待っても返答のない風子が首をかしげ、横の方を向くと――。
「……~~~~っ!」
横にいた勝希がまるで凍える寒さから身を守るようにしながら震え、自身の身体を両手で抱き締めたまま――隣まで聞こえるほどの音で奥歯をガチガチと鳴らしていた。
「――山井出……さん……?」
それを見た風子は、そうひと言だけつぶやくのがせいいっぱいで、それ以上勝希にかけるべき言葉を失ってしまった……。
「――――」
「――――」
あー、う゛~~っ。
過去の……黒歴史の傷口に塩を塗りこまれ、耐え切れなくなりそうになっていた私が頭を抱え、クネクネと変な動きをしながら踊っていると――。
「――あなた……誰?」
そんな、何やらとてもよく通る声が耳に届いてきた。
「ごめんなさい……選手紹介の時に名前は聞こえてはいたけど、覚えてなくて……」
「――――」
何てできた先輩なのだろうと思った。
私なんて、今のこの状況に戸惑ってうろたえているばかりで、相手の名前を気に掛けている余裕すらなかったっていうのに。
先輩相手にここまで気を遣わせしまって申し訳ないと思い、慌てて口を開く。
「な、名前ですか!? わ、私は、天西――」
そのまま言い掛けようとした言葉が、防具から覗いて見える相手の目を見た瞬間に止まってしまう。
「――――」
それは、すごく真剣な……それでいて、何かを期待した……あるいはすがっているようにすら見える……そんな目で……。
「――………っ」
ゴクリと喉を鳴らし、告げようとした名前をそのまま飲み込む。
――単に、違うと思った。
彼女が本当に聞きたいと願い……そして待ち望む……私が告げるべき、その名は――。
「――――」
「
真剣な表情をした彼女に対し、私も真剣な想いで答え、自身の本当の名前を告げた。
「――――」
「―――っ」
押されたわけでもないのに、私の足がそこから勝手に一歩下がった。
「――――」
まるで空気全体が電気になってしまったかのようなピリピリと肌を刺すような痛みに、キーンと鳴り止まない軽い耳鳴り。
――この感覚を、私は知っていた。
剣道大会の決勝や、全国大会の猛者から時折発せられて感じ取れる、気迫や剣気といった
今の彼女から発せられているのはまさにそれと同じモノで、それはこれまで立ち会ってきた誰よりも強く、思わず
さすが高校……それも最上級生の三年生……。
伝わってくる気迫だけ取ってみても、これまで私が参加してきた中学の大会とは比較にならないぐらいレベルが高いなぁ……。
そうやって私が感心していた中――。
「
それだけ言った先輩が再び構え、完全な臨戦態勢に入った。
――あ、そっか……名前。
一瞬何のことかと思ったけど、すぐに理解し、私も同じように構える。
「――――」
彼女――越田先輩が、今か今かといった感じで、その身体をユラユラと左右に揺らす。
――うん、わかってる……私だってそうだし、待ち切れないよね……。
それじゃあ……会話の続きは――この、戦いでっ!
「―――っ!」
そのまま一気に距離を詰め――互いに同じ構えをした者同士が正々堂々、真正面からぶつかっていった!
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