第3話 天西 鈴音(私)の見た世界 ① 『校内戦』
ん~、それで……とりあえず家を出た――はいいんだけど……次って、ドコ行こ?
結局……家で両親には会えなかったけど、かっきちゃんとは直接会って話すことができた。 それだけで私の心は必要以上に満たされ、大満足を超える想いだった。
――って、それは……いいんだけど……それとは別に、何か忘れてるような気が~……。
……ゴハン? ――は、食べたばっかりでお腹いっぱいだし~、身体の調子だって、『特に問題はない』し~……。
何か、の~……忘れ物、とかだっけ?
んん~~……?
――ま、思い出せないということは特に大したことじゃないだろうと、これ以上深く考えるのをやめ、これからのことについて意識を向ける。
え~っと……とりあえず、今の私ってかっきちゃんに見捨てられた以上、頼れる人が誰もいない孤立無援な状態のワケで~。
――……あれ? これって結構ヤバかったりする?
と、とりあえず……当面の『衣食住』の確保。 それをしっかり考えるとするなら~……。
「………」
――やっぱり、学校……かな?
この子の住んでいた学生寮。 そこでなら衣食住全ての問題が片付くだろうと単純に考え、このまま学校に向かうことに決めた。
というより、そう考える前に私の足はとっくに動き出し、学校に向けて歩いている最中だったりした。
その際、自宅近くにあったバス停をとっくに通り過ぎたのを思い出したりもしたけど、腹ごなしの意味も兼ね、このまま歩いて学校に向かうことにした。
「――――」
そうして……再び戻ってきた『私立
「………」
ここを出るときは特に意識してなかったからそうでもなかったけど、いざ門をくぐるとなると、妙な緊張感が~……。
そう思いながらキョロキョロと周囲を見渡し、ゆっくりと敷地内中へ足を踏み入れていく。
「――――」
ワイワイ、ガヤガヤと、自然と耳に届いてくるのは大きくて明るい――何やら耳に心地いい感じの黄色い
周囲にはお弁当やらコンビニ袋を持った女子生徒が数名のグループを作って木陰やベンチに座り、談笑に花を咲かせながら食事をしている様子が目に入ってくる。
――そっか……。 今って、昼休みなんだ……。
今が12時ぐらい、だとしたら……私が最初に目を覚ましたのって、大体9時頃……かな?
家にいた時間と、バスや徒歩での移動時間を
とりあえず……まだお腹は空いてないからお昼はいいとして、元いた寮の部屋には戻りたいな~……。
「――――」
そう思いながら、校舎全体をグルッと見渡してみる――けど……。
「………」
――ドコだっけ?
朝、周囲の状況を全く気に掛けてる余裕もなかった私は、自分が出てきた部屋の場所が完全にわからなくなってしまっていた。
とりあえず~……誰かに~……。
「――――」
そう考えながらキョロキョロしていたタイミングで、ちょうど目の前を一人の女生徒が小走りで横切っていくのが目に入り、とっさに声を掛ける。
「――あ、あのっ!」
「――ん?」
私の声に反応した女生徒がその場でブレーキして振り返り、ショートボブの髪全体がフワリと弾んだ。
「なーにー?」
返ってきたのは、何やらすごく軽い感じの明るい声。
背は私より少し低めで、髪はクセッ毛のショート。 寝グセ? じゃないと思うけど、両サイドの横髪がまるでネコの耳みたく横に跳ねてて……。
そんな見た目とともに伝わってくる雰囲気から、どことなく人懐っこいネコを思わせる人だなぁ……と、第一印象でそう感じた。
――あ。 胸のリボン……三年生だ。
赤、青、黄。
信号機を連想させる三色のリボンがこの学院の学年色をそれぞれ表していて、それが一年ごとにローテーションしていく。
今年は確か一年生が『赤』で、二年生が『青』、三年生が『黄色』のハズだった。
ちなみに、私のリボンは青色の二年生……で――。
「………」
よく考えてみたら……一度死んだ私が、同性で同い年――さらに同じ学院にまで通う女生徒として生きてるって、一体どれだけ途方もない確率なんだろうって、あらためて考えてしまう……。
まぁ、それ以前に――その『生きてる』ってこと自体が、ありえない話ではあるんだけど……。
そう思いながら、私が考えをめぐらせていると――。
「――お~い、聞こえてる~?」
「わっ! ――っと」
わ、忘れてた~っ。
わざわざ自分の方から呼び止めた先輩が、いつの間にかすぐ目の前で手を振っていて、思わずのけぞってしまった。
「す! すみませんっ、私ってば! あっ、あの~……わ、私……先輩に学生寮の――」
「――――」
言いかけた私の言葉を聞いた瞬間、目の前の先輩の目がキランと輝き、それがまた獲物を見つけた猫のように見えた。
「もしかして! 入寮希望者だったり~、とかですかっ!?」
「――え!? あ、いえ! 私はただ、元々の自分の場所に行きたいだけでして~……」
「あ。 私、二年の天西って言います」
嘘じゃないですよ、という意味を込め――自分の持っていた生徒手帳を取り出し、先輩に見せる。
「――失礼」
言いながら先輩が、私の生徒手帳に向かって何か――計器のようなモノを近づけてきた。
『――――』
ピッと計器から電子音が鳴り、先輩が表示されたディスプレイの内容を見ながら、フムフムと頷いている。
スマホ――とはちょっと違う感じだし……何だろ?
もしかして、その機械で情報共有したりするのが、この学校の常識だったりする――とか?
最近の高校は進んでるなぁ~と、半ば感心しながらその先輩の様子を見ていると。
「――はい、確認しました。 それでは天西さん、あなたが目指す寮ランクの選択をお願いします」
……寮ランク? 選択? ん? ん~……。
「――あ! もしかして、それって! これから住む寮の部屋を、私が自由に選んでいいってことですか?」
「そうですね。 あなたにはそれを選択できる権利があります」
やったー。 よくわからないけど、寮の部屋が余ってて自由に選べるんだー。
――うんっ。 どうせ元いた部屋が思い出せないんだし、いっそのこと新しい部屋にしちゃお~♪
「――――」
それに……記憶が
あったのは本当にベッドと机だけ……。
それと壁に掛けてあった制服のせいもあって、それが何だか本当にあの病院の個室みたい、で……。
「………」
だったら――。
「だったら私っ! 一番広い部屋がいいですっ!」
そう言いながら勢いよく手を挙げ、自分の希望をハッキリと伝えた。
「――――」
ピクンと、私の言動に反応した先輩が眉を動かし、目つきも少しだけ鋭くなったように見えた。
今の目つきも、やっぱりネコっぽいなぁ~……。
そんな理由もあって、先輩相手でかなり失礼かもだけど、名前がわかるまでの少しの間だけでもとりあえず私の中でネコ先輩って呼ぶことにしよ~。
「――そうなりますと……必然的にAタイプの選択ということになるのですが……本当によろしいんですか?」
「はい」
確か……前に見た見桜学院のパンフレットにも学生寮にはいくつかの種類があって、部屋の広さもタイプ別に分かれてる――って載っていたのを思い出す。
「……再度確認ですが、現在Cタイプのあなたが、Aタイプを選択するということになるんですが、本当によろしいんですね?」
「はい、お願いします」
? ネコ先輩、何か戸惑ってる?
う~ん……単に二人部屋って言った方が話が早かった? けど、三人部屋か、四人部屋の可能性もあるだろうし~……。
やっぱり寂しい個室より相部屋の方が私は嬉しいし、一緒の部屋だったらそれだけで仲良くなって友達にもなれるだろうから、選べるんだったらそっちの方がいいな~。
「それでは最後に、部屋の選択を――」
「――あ、いいですよ別に。 部屋さえ広ければ後はおまかせで~」
同居人の子が下級生でも上級生でも特にこだわりはないっていうのもあるけど、あえておまかせにして楽しみにしながらその部屋に行きたいという思いの方が強かった。
「………っ、わかりました……。 それではタイプはA、部屋選択はランダムとさせて頂きます」
「はいっ、よろしくお願いしまーす」
ん~~……何となくネコ先輩との会話に違和感のようなモノがある気がするけど、私の勘違いな気もする。
「――では……」
あ、ようやく案内してくれるんだと思い、ネコ先輩の後ろの方にまわる。
「――――」
ネコ先輩が何やらスカートのポケットをゴソゴソさせ、そこからあるモノを取り出す。
? 背中越しでチラッとしか見えなかったけど、今のってカラオケボックスとかによく置いてある、マイクだったような……。
『――――』
カチリと、そのマイクのスイッチがONになったのか、周囲から伝わって聞こえてくるスピーカー特有の反響音。
私が頭に『?』マークを浮かべながら先輩の背中を後ろから見てると、スゥッと深く息を吸い込む音が聞こえ――。
『―――~~~~~っ!!!』
ネコ先輩が思いっ切り何かを叫んだみたいだけど、大音量で反響し過ぎな上、私自身も思わず耳を塞いでしまったので、何を叫んだのか全く聞き取れなかった。
「――――」
『入学式当日……学院長から説明された、我が学院の裏の校訓……』
……ん?
『強さこそ全て! 強いということは学院の何においても優先される……!』
『そう!! ――それは、学業よりもっ!!』
んん~~?
……あれ? 聞き間違い? 何だか、微妙に引っかかるワードが色々と~――。
そのまま聞こえてくるネコ先輩の放送を首をかしげながら聞いてる内、私自身の身体も徐々にナナメに傾いていき――。
「――――」
? ――って、え? え? ちょっ! 何~~っ!?
いきなり目の前に登場した二人組の女生徒が――ささ、こちらへといった感じで私の両手を取って
『……この戦いを観戦する全ての生徒が証人であり、見届け人――』
その間にも、こうして聞こえてくるのはネコ先輩の放送の声。
……こっち? ――っと。
『その『強さ』を示すバロメーターになっているもの……それこそが我が学院の学生寮であり――』
「――――」
「――――」
何度かドアを開け、細い通路を行ったり来たり――その
『――ですが…………――――それは……』
場所によっては放送の声が聞こえづらかったりで、耳に届いてくる内容も飛び飛びになってしまう。
「――――」
ここ、って~……。
「――キャッ!」
え? え? え?
いつの間にか到着していたロッカー室で、いきなり着ていた制服を脱がされ、あれよこれよという間に着替えさせられていく。
「――――」
「………」
この格好、って……エアロビ?
上はTシャツで、下は膝丈ぐらいのハーフパンツ……。 スポーツジムやヨガなんかをする人がよく着てる、動きやすい感じのスポーツウェア、で……。
それに……コレ、って――。
「――――」
目の前にいる二人から、いそいそと私の手に着けられているモノ……。 それは――。
ちゃんとした名前はわからないけど、テレビの格闘技や何かでたまに見たりする、指だけが出てるグローブ……。 それを両手に装着させられている。
……あれ? ちょっと待って……これじゃあまるで、今から私が――。
「―――っ」
何かを考えようとする間もなく、再度手を引かれた私がすぐまた別の場所へ連れていかれる。
「――――」
続く通路――その先は目が眩むほどに明るく、どうやら上からスポットライトの光が照らされていて――。
「―――っ」
ここが目的地なのか、ここまで案内してくれた二人が急に立ち止まったかと思うと、急に後方にまわり込み――トンと、軽く背中を同時に押された。
瞬間――。
『―――~~~~~っ!!!』
「―――っ」
音をぶつけられたかと思った。
――え? 何!? 今の、って……――歓声!?
『―――~~~~~っ!!!』
やっぱり、歓声……。 けど、この状況って……?
思わず縮こまってしまっていた身体を徐々に戻しながら、ゆっくりと周囲を見渡していく。
「――――」
「………」
――すっごく広い……。 平らな床がどこまでも広がって……。 それから、ちゃんとした2階の観客席まである。
……何だかここって、まるで柔道や新体操なんかをやる時の会場みたい……。
天井は丸みがかったドーム状で、そこにいくつもの照明が並んで……――わっ、あれってライブ会場とかで見る巨大スクリーン!?
ワケもわからず……状況だっていまだに飲み込めてない私だけど、すっごくお金が掛かってそうな会場だというのだけは理解できた。
そうして周囲を見回していた中、再び聞こえてきたネコ先輩の実況の声。
『――さぁ! この天西選手っ! 二年生とはいえ我が学院では初! Bランクからではなく、一般からのAランク選手への挑戦だーっ!!』
『確かにAタイプともなれば、学食や授業料の割引を始め、様々な特典がありますが、挑戦者が負けた際にはそれ相応のペナルティが発生します!』
『特にAタイプのペナルティは学生にとっては切実! 五段階の成績表――その全てがマイナス1、減算されてしまうぞー!!』
『そんな怖いモノ知らずの天西選手! それは試合前の意気込みからも伺えます!!』
『Aタイプの寮は元々の自分が本来いるべき場所。 そして、その理由についても単に広い部屋がいいから! さらにさらに――』
『これもまたAタイプでは学院史上初! 対戦相手は誰が相手でも一緒だと言わんばかりのランダム選択を希望だーっ!!』
『なんたる無謀! なんたる豪胆!! 何という自信の表れ!!!』
『それはつまり、まるで誰もいないかのように素通りされたBランク選手はもちろん、Aランク選手の全てが敵じゃないと、そう言われてるぞーっ!! いいのか!? お前らーっ!!』
『―――~~~~~っ!!!』
会場全体から響いて聞こえてくるブーイングの嵐。
そこに――。
『――さぁ! 続けて西方から来たるは、今回ランダム選択されたAランク選手!! それは~~――』
『!! おーっと、挑戦者は運からも見放されてしまったかーー!?』
『これまでの戦歴は五回と少ないものの、Aタイプの中で唯一の全勝――勝率100%!』
『名は体を表すという言葉通り、見桜の門にして高き塔……
『そして~、今回も審判を務めるのは、モチロンこの方――』
『実力はそれほどでもないにしろ、可愛さと天然、その場のノリと勢いで決まってしまった今期の生徒会長――』
『
『ちょいコラーッ! ミケー!! その紹介の仕方毎回やめなさいよぉーっ!!』
「――せーの……」
『シエルちゃーんっ!!!』
会長の紹介に合わせて飛び交う、女生徒の黄色い声援。
「――ぅ……っ」
人柄なのか、送ってもらった声援を無下にするわけにもいかず、声の聞こえてきた方に会長が小さく手を振り返し、そこでまた黄色い歓声が上がった。
『――さぁ! 学院側から公開が認められ、本人の強さの指針ともなっている体育の五段階評価! え~、天西選手の前年度の成績は――』
『2・2・2っ! ――ってオイーッ!!』
『え、え~……ちなみに天西選手~、一人しかいない料理部の部長さんで、趣味は読書とのことで~――……え? 何でこの子、ここに来たの?』
最後の方は小声になってたけど、それもしっかりマイクに拾われていた。
『対する三年の大門選手は当然のように一年の時からオール5! これは果たして勝負と呼べるモノになるのでしょうか~っ!?』
『ルールはいつも通り――制限時間無し、ギブアップ有りの10カウント or 3ダウン制っ!!』
『――さぁ、時間いっぱい! カメラの用意も整ったようですっ!!』
『それでは我らが会長っ! どうぞっ!!』
『う゛~~っ、……――もうっ!』
『――両者、開始位置へ』
生徒会長が少しだけむくれた表情を見せながらも、すぐに目つきを真剣にさせてから両手を上げ、床に引いてある赤と青のラインの間に立ち――。
『え~、それでは……Aタイプ、学生寮争奪戦――』
『――始めっ!!』
力強くそう叫び、広げていた両手を胸元で交差させた。
直後――。
「――――」
『出たーーっ!!』
『最初にワザと相手に打たせてみせる、大門選手の挑発だーーっ!』
『そう! 大門選手が倒そうとしているのは対戦相手ではありませんっ!』
『相手の戦おうとする意思!! その心を折り、二度と逆らえないようにするのが大門選手のバトルスタイルですっ!!』
『180cmの高身長を前屈みにさせ、どこにでも打ち込める状態ですが、対する挑戦者の天西選手、一体どう出るーー!?』
え~……っ、と……。
「と、とわーっ!」
「――――」
『お~っと! 天西選手のチョップが大門選手の脳天を直撃したぞ~っ!』
『え~、腰が引けていて威力もあるように見えませんでしたが、ともかく一撃は一撃ですっ!』
『さぁ! いつもの通過儀礼も終わったところで、ここからは大門選手の反撃の時間だーっ!!』
「――――」
「―――っ」
『――ス、スリップッ!』
『おーっと!! 大門選手、足がもつれてしまったかー!? いきなり距離を詰めようとしたところで、すぐに転倒してしまったぞー! 場内からも笑いが起こり、会長もスリップを宣言』
「――――」
『すぐに起き上がった大門選手に会長がファイティングポーズを取るよう指示。 大門選手の両手を取って、目の高さまで上げさせます』
『それでは、仕切り直して再び――』
「――――」
『? おや、何でしょうか……? 何やら、会長の様子が――』
「――――」
『っ! ――ワ、ワンッ!!』
『ツー!!』
『――ス、スタンディングで、ダウンが始まったーー!?』
『一体どういうことでしょうか!? 大門選手の方に何かトラブルでもあったかーーっ!?』
『それとも、天西選手の最初の攻撃が効いていたりしたのかーーっ!?』
『そうこうしている間にもカウントが進んでいくぞーー!』
「――~~~~っ!!」
『大門選手っ!! 必死に両手を上げようとしているようですが、その手が上がらない! 上げられない!! 上げることができないーーっ!!!』
『!! 大門選手、前のめりになって体勢が――』
「――――」
『――テンッ!!』
『10カウントと同時っ!! 大門選手が倒れ込んだーー!!』
『この瞬間、天西選手のAランク入りが決定っ!! 前代未聞の下克上を達成だーー!!!』
「――――」
「………」
だ……。
だまされた~~~っ!!!
あまりにツッコミどころが多過ぎで、途中から完全に思考停止状態になってたけど、ようやく我に返ったー。
ネコ先輩があまりにもソレっぽいこと言ってて、まわりのみんなも何だかそれを受け入れてる感じだったから、それがこの学院ルールなんだって、本当に信じそうになちゃったよーっ!
――にしても、まさか……こんな大掛かりなドッキリを仕掛けてくるだなんて、カケラも予想してなかったよ~……っ。
この会場はさすがに既存のものだろうけど、いま倒れてるフリしてる人も、会長も……ここに集まってる人全員がネコ先輩とグルってことなんだよね~……。
わ、私一人を騙すためだけに……何で、こんな……。
もしかして、ここの学校の人達って……ものすごくヒマで娯楽に飢えてるとか、こんなイベントが大好きな集団だったりするのかな~?
……まぁ、確かに私も嫌いじゃないケド、できれば当事者じゃなく、仕掛け人の立場で参加したかったなぁ~……。
そう思いながら、私が無駄に気疲れしてると――。
『天西選手! おめでとうございますっ!! それでは、何かひと言――』
いつの間にかすぐ隣にまで来ていた生徒会長が、とっさにマイクを向けてきたのに対し、私は――。
『――と……とったどーー!?』
と、中途半端に片手を挙げ、微妙な発言をすることしかできなかった。
だ、だから私っ! こういうの苦手なんだってばーっ!!
『――さぁ! それでは昼休みの時間もないことですし、勝者の賞品ともいえるAタイプの寮への引越し! それを一気にやっちゃいましょーっ!』
! そ、そうだった、学生寮! よかった~、そこは冗談じゃなく本当だったんだ~。
考えてみたらこれって、部屋の余ってる学生寮を私に紹介するついでに、そのことを大げさにしてみんなでからかう……。
そのためだけに始めたイベントだったっけ~……。
今後……もし仮に次があるとするなら、その労力をもっと別のことに生かしてほしいと……心からそう願います……。
『先に述べましたように、この学院では強さが全て! ――天西選手は勝者ですから、面倒な引越しは全てこちらの方でやっておきますのでご安心下さいっ!』
『――……え~、はい。 ――さぁ! 天西選手の部屋の前に有志を募った体育会系の部活メンバーも到着したようなので、パパッと始めちゃって下さいっ!』
「――――」
画面が切り替わって大型モニターに映されたのは、ある学生寮の一室。
――あ、見覚えある。 確かにあの部屋って、私がいた……――って、あんな狭い部屋にドカドカと、10人も20人も入って――。
「――――」
勉強道具や生活用品、衣類や下着に至るまで――ありとあらゆるものがダンボールにまとめて入れられ、それらが次々と部屋の外へ運ばれていく映像が流れ続け――。
「――――」
そして、次に気付いた時には部屋があっという間にカラッポになっていて、最後に部屋の掃除やゴミ捨てまでしてくれてる……。
し、知らなかった~……引越しって、あれだけの人数がいればあんな一瞬で終わるんだ~……。
ありがとうございますって、お礼言いたいんだけど……一体、誰にどう伝えれば~……。
「――――」
「………」
そのまま……このイベントで全ての気力を使い果たしてしまった私は、まるで魂が抜けてしまったかのような抜け殻状態のままで午後の授業を受け、新たに用意された自室で泥のように眠りについたのだった……。
ちなみに――新たに入居した居室も単に部屋が広くなっただけの一人部屋で、私の苦労は全く報われなかった……。
「――――」
明けて、次の日の朝――。
それは――学生寮の食堂で朝食を食べ終え、これから教室に向かおうとしていた、ちょうどその時。
「――ドン引きだよ……」
「――え?」
急に私に話し掛けてきたのは、私より少し背が高くて短髪で――そして、見覚えのない女性……。
……私?
一応まわりを確認してみたけど、その女性の眼差しはしっかりと私に向けられていて、どうやら人違いじゃなさそうだった。
「ちょっと、すず~……アンタってば昨日の朝、どれだけノックしても反応なくて電話にも出ないって思ってたら……昼休みに一体何してんの~……?」
……昨日? 電話?
この人……制服からして私と同じ二年生だから、もしかして――……ん?
「あ……あれ? すず……? そ、それって~……やっぱり……私のこと?」
「………」
はぁ……と、返ってきたのは大げさなほどの大きなため息。
「……
「う、うん……起きてる、起きてる~……おはよ~」
軽く身体を揺すられながらも、何とかそう答える。
そ、そっか~……確かに――『鈴』と『音』だったら、りんねじゃなく、すずねって読むよね~……。
ア、アハハ~、私ってば昨日は慌ててたから、つい~。
「………」
――って、どうしよ~っ! 私、かっきちゃんにウソの名前教えちゃったよ~っ!
昨日は、ただでさえよくわからない内にかっきちゃんを怒らせちゃって、それで家からも追い出されたっていうのに~っ!
と、ともかく、これ以上かっきちゃんから嫌われないためにも少しでも早く仲直りして、それからもう一度自己紹介しないと~っ。
と、そんなことを必死に考えていた私の心の声が直接届いてくれたのか――。
「あ~ま~に~し~り~ん~ね~っ!!!!」
後ろから絶好のタイミングでやってきたかっきちゃんが、私のフルネームを叫びながら近づいてきてくれた。
何だかやたらと怖い顔をしながら、ドシドシと足を踏み鳴らして近づいてくるかっきちゃんに色々と聞きたいことはあったけど、まずひと言――。
「あ、妹ちゃん。 ゴメン、それ嘘」
とりあえず最初に謝罪し、それから昨日私が伝えた名前が違うということを端的に伝える。
「――は?」
「りんねじゃなく、すずね。 ――それが私の正しい名前みたい」
「――は! はぁ!?」
かっきちゃんってば……さっきからやたらリアクションが大げさで、朝から元気だなぁ~。
けど、まぁ……自己紹介した次の日に、その本人から自分の名前が違うって言われたら、それが普通の反応だったりするの……かな?
……あれ? にしてもかっきちゃんてば……何でカバンを二つ持って――っ。
「ああ~~っ!! それって、私のカバンだ~っ!!」
「妹ちゃん、わざわざ持ってきてくれたの!? ありがと~~っ!!」
やっぱりかっきちゃんてば優しいな~。 よ~し、お礼にギュッってしてあげよ~っ。
「――なっ、いや……ちょ――」
本能的に身の危険を感じたのか、とっさに後ずさろうとしたかっきちゃんに構うことなく――。
「―――っ」
ムギュ~ッ! と、私が思いっ切り抱きついたのは――かっきちゃんが持ってきてくれた私のカバン。
――あぶない、あぶない~……。
いくらかっきちゃんが天使みたいに可愛くて優しいからっていっても、知り合って間もない私からいきなり抱きつかれたりしたら、また怒り出しちゃうかもしれないし~。
すっごく残念だけど、ここはガマン、ガマン~……。
「――――」
……けど、こうしてみることでようやく思い出した。
昨日――かっきちゃんと別れた後から、何か忘れてるな~って、ず~っと気になってたんだけど、それってこのカバンのことだったんだ~。
奥歯のスキ間に挟まった何かがずっと取れないような、そんなモヤモヤした感じが続いてたけど、これでようやくスッキリしたよ~。
――ま、それはともかくとして~……。
「――――」
目の前には制服姿のかっきちゃん。
私が前に入院してた時にお母さんから聞いて知ってはいたけど、本当にかっきちゃんも私と同じ見桜の生徒なんだ~。
こうしてかっきちゃんと同じ学校になるのは中学以来だから、すっごく嬉しいし、楽しみ~っ!
そ、そうだっ! せっかく朝から会えたことだし、この機会にかっきちゃんともっとお近づきになろ~。
ん~……だったら、まず――。
「――あ、あの~……い、妹ちゃん? あ、あのね? よかったらでいいんだけど~……」
「い、妹ちゃんのこと、これからはかっきちゃんて呼んでもいいかな?」
そっちの方が私も話しやすいし、そうすれば今よりもっと仲良くなれそうだから――と、私の中にあるお姉ちゃんオーラを総動員させた最高の眼差しを向けてみた。
……つもり、だったんだけど――。
「―――~~~~~~!!!!」
「言いわけねーだろぉっ!!! このクソ馬鹿ぁ!!!」
私の言葉を聞いた瞬間、かっきちゃんの顔がみるみる
そ、そんなに怒らなくてもいいのに~って、すぐ思ったけど、よくよく考えてみたら前の私もこうやってよく怒鳴られたりしてたから、むしろこれがかきちゃんの平常運転なんだと妙に納得してしまい――。
「え~~~……」
と言いながら、かっきちゃんに見せていたいつも通りのむくれ顔を見せてしまう私だった。
そんな時――。
『――――』
「――あっ、これって予鈴? かっきちゃ……じゃなく――妹ちゃん、またね~♪」
そう言いながら私は軽く手を振り、かっきちゃんの前から走り去っていった。
「~~~~~っ!!!」
「あ~ま~に~し~す~ず~ね~っ!!!!!」
小走りする私の背中から、別れを惜しむ悲痛なかっきちゃんの叫び声が耳に届き……それが徐々に小さくなっていく。
「――――」
私だってあのまま話していたかったのは山々だったけど、それだと時間がいくらあっても足りないし、それが原因できっとかっきちゃんまで遅刻させちゃうだろうから~……。
ガマン……ガマン~……。
そう考えながら二年生の教室に向かっていた
「――ドン引きだよ……」
「一体……何をどうやったら、ひとりの人間をあそこまで怒らせることができるワケ……」
おそらく元の――鈴音さんの友人であったであろう彼女が、私にそう話し掛けてきた。
この子……名前は知らないけど、ドン引きって聞くのが二回目だから、とりあえずドンちゃんって呼ぶことにしよ~。
「ん~? ドンちゃんってば~、違うよ~も~」
言いながらポンポンと、彼女――ドンちゃんの肩を軽く叩いておく。
「ん? ドンちゃん? ――私? ……あれ? もしかして私、友達に口癖ディスられてケンカ売られてる?」
「や~、ちょっ、何で髪引っ張るの~?」
その言葉通り――ドンちゃんから物理的に後ろ髪引かれ、なかなか先に進むことができない。
それはともかくとして、かっきちゃんがすぐ怒る怖い子だって思われるのは私にとって心外なので、ここは少し真面目になることにする。
「え~、コホン。 あのね~ドンちゃん、ツンデレって知ってる?」
「あの子はね~、私にとっての妹みたいな存在で、私にすっごく気を許してくれてるんだ~」
「だから、ああやってたまに照れ隠しで怒っている感じになるけど、本心はそれとは真逆で、私のことが本当はすっごく大好きなんだよ~♪」
と、最後に満面の笑顔を見せてそう言い切り、私の中で真面目に説明したつもり――だったけど……。
「――――」
何だか……――絶っ対に違う、っていうドンちゃんの表情。 全くも~、わかってないな~。
あ、そうだ。 それはそれとして――。
「ドンちゃん、ドンちゃん、あとね――」
「はぁ……もうドンちゃんでいいけど……何?」
「な、何かさ~……私ってば、今朝起きたら色々ド忘れしちゃって~」
「あなたのお名前~……何だっけ?」
「……――ドン引きだよ……」
これで聞くのが三回目のドンちゃんのセリフだったけど、今のが何だか一番自然っていうか、すごく実感が込められていたような、そんな気がした。
そして、その日の昼休み――。
「――――」
『――テンッ!!』
『試合終了ーーっ!!!』
『やはりBランクの挑戦者では相手にならなかったーっ!』
『天西 鈴音っ!! その実力は本物だーーっ!!!』
……あれ? まだ続くの? コレ?
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