第302話

「亜衣、兄ちゃん、ちょっと聞いてくれ!」


 三つ首を再生し終えたアジ・ダハーカは、空中でクリストフォルスの操るシルバードラゴンと激しく交戦している。

 邪神の復活を目論み、自らの魔力の満ちた領域を拡げ続けていた最悪の蛇龍だったが、上空への拡張は優先順位が低かったのだろう。

 何者をも逃がさない不可視の檻は、それを生み出した当のアジ・ダハーカの通過さえも許さないモノのようだ。

 結果的に、さほど高空で戦闘が行われているわけでは無いため、オレ達も魔法でクリストフォルスを援護することが出来ていた。

 先ほどから次々と落下して来ている漆黒のモンスター達は、アジ・ダハーカが順調に傷付いていることを示している。


「何だ? また何か思い付いたのか?」


「お義兄ちゃんと私だけ? 皆は良いの?」


「とりあえずは2人には今のうちに話しておこうと思って。最近オレ……また出来ることが増えてさ」


「今さら驚かないけどな。新しいスキルか?」


「うん、うん。ヒデちゃんだしね~」


「亜衣も使ってる【神語魔法】なんだけどさ……亜衣、それスキルじゃ無いんだろ? 例の【挑戦者】が絡んでるんだろうけど、どうやって使ってるんだ?」


 亜衣のスキル構成は、それこそ何度も確認している。

 そして、どこにも【神語魔法】の文字は無かった。

 他の面々と違う点と言えば、例の文字化けスキル……つまりは【挑戦者】というらしい、亜衣の固有スキルの文字化けが段々と激しくなっていることぐらいだ。


「あ、そっか。ヒデちゃん、んだもんね~。参ったな……スキルの人には内緒にしろって言われてるから、言っちゃダメっぽいんだよね。でも、確かにスキルとして【神語魔法】を使わせてもらってるワケじゃ無いよ」


 ほとんど答えみたいなものだけど……細かい理屈は教えられない『枷』が掛けられているのか。

 まぁ、それは今は良い。


「じゃあ、やっぱりオレだけか。スキルとしての【神語魔法】には、普通ちょっと考えられないぐらい強力な能力が有るんだ」


「何だ、勿体つけて。じゃあ、それを使ってアレを倒せば良いだろ? オレ達に話したってことは、使える目処が立ったってことなんじゃないのか?」


「いや……リスクがデカ過ぎてね。オレがオレでいられなく可能性もゼロじゃないんだ」


「じゃあ、そんなの使っちゃダメだよ! ヒデちゃんがそれを使わなくても、きっとこのまま戦えば勝てるよ!」


「だな、何もヒデが無理する必要は無い。幸いクリストフォルスも来てくれて、さっきみたいなチャンスも増えることだろうし……」


「そうなんだけどさ。万が一ってことが有るだろ? もしアジ・ダハーカを倒しきる前に、アレの主人……伝承に残っている名前で言えばアンラ・マンユっていう邪神が復活しそうな兆しが有ったら、オレはその奥の手を使うことになると思う」


 蛇王を一気に倒しきれなかったばかりに、アジ・ダハーカの復活を許してしまったのだ。

 同じことが再び起きない保証は無い。


「……ダメ、そんなの絶対イヤだよ!」


「ヒデ、早くその先を話せ。策は有るんだろ? その奥の手とやらを使わなくて済む策が」


「あぁ。協力して欲しいんだ。アジ・ダハーカが原型を留めないぐらいまで一気に細切れにすることも考えたんだけど、ヤツの再生能力のことを考えたら、それは現実的じゃない。だから……」


「真っ二つ……とかか? 両断したら、どっちが本体として扱われるかは、確かに見ものだな。それで特大の手下モンスターを倒して、一気に戦力差を覆そうってワケか?」


「うん。要はそういうことだね。今の兄ちゃんと亜衣ならイケると思うんだ。それでも足りなきゃオレが……」


「ヒデちゃん、待って! それ、沙奈良ちゃんにも協力してもらお? ううん、やっぱり皆に話そうよ。私、ちょっと集めて来る!」


 言うなり駆け出した亜衣。

 ……オレ、この後沙奈良ちゃんとトリアの居るところに飛んで、自分で話そうと思ってたんだけどなぁ。


「おい、ヒデ。ああいう話し方やめろってオレ何度も言ったろ? 亜衣ちゃん、パニクっちゃってたじゃないか」


「クセで染み付いちゃってるんだよね……ゴメン」


「オレに謝られてもな。後で亜衣ちゃんに、しっかり謝れよ?」


「……うん」


 ◆


 まず亜衣が報せた相手は手近な所で一心不乱に弓を射ていたマチルダ。

 マチルダと亜衣が駆け回った結果、そう時間も掛からず皆が集まって来る。

 もちろんクリストフォルスは上空で戦っているためこちらに来ることは不可能だが、それ以外のメンバーは全員がオレの話に耳を傾けてくれた。

 それぞれから様々な反応が返って来たが、最終的に早期決着を目指すということ自体には納得してくれたため、細かい打ち合わせを進めていく。



「うん、そんなところで良さそうね。師匠には私から伝えておくわ」


「戦闘中のクリストフォルス君と、連絡を取る手段が有るの?」


「こちらの世界のがヒントになったのよ? まぁ、今のところ私と師匠の間でしか使えないんだけれど……」


 そう言いながらカタリナが空間庫から取り出したのは、スマホに良く似た何か。

 耳にあてがい、話し始めるその様子は中々堂に入っていた。


「もしもし、師匠? えぇ、今とても忙しいのは分かっているわ……」


 こうして見ていると、まんまスマホだ。

 カタリナとクリストフォルスの間でしか使えないということは、恐らくスマホに似せて作った通信用のゴーレムないしリビングドールなのだろう。

 詳しい原理は全く分からないが、そう言えばクリストフォルスの操るヘカトンケイルを模したリビングドールからも、クリストフォルスの声が聞こえていたぐらいだ。

 応用は確かに容易なのだろう。

 何にしても、唯一の懸念だったクリストフォルスとの連携も、これで問題無くなるのは素直に有難い。


 ……後は作戦を実行に移すだけだ。

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