第303話
クリストフォルスの操るシルバードラゴンが、徐々に徐々にその高度を下げていく。
怒り心頭といった様子のアジ・ダハーカは、そんな誘いに容易く乗って、自らも次第に低空へと降りて来ている。
……ハマったな。
やはり怒りという感情は、立派な状態異常なのだと思う。
先ほどからオレ達も散々に支援攻撃という形でアジ・ダハーカに魔法や飛び道具で傷を負わせているというのに、怒りに曇ったヤツの眼にはいきなり乱入して来て三つ首全てを叩き落とした不躾な銀竜しか見えていないらしい。
さぁ、ここからだ。
『では、僭越ニャがら我輩が先陣を努めますのニャー』
トムは、まるで執事がするような優雅な礼をしてから、だいぶ狙いやすい高度まで下がって来たアジ・ダハーカに向き直り、蛇龍が間近を通るのを待っておもむろに『例の魔法』を放った。
……上手い!
アジ・ダハーカが最も警戒していたマギスティールに、当のアジ・ダハーカから突っ込んでいくような形で命中。
当たったのは左側の首の付け根だ。
特に翼に当たったわけではない。
それなのにアジ・ダハーカは盛大な音を立てながら地面に墜落した。
『……ウニャ? ニャニャニャニャニャ!』
予想外の事態に小首を傾げたトムは、一瞬だが自分の役割を忘れたかのようにフリーズした後、慌ててオレの隠れていた瓦礫の山に向かって走って来た。
アジ・ダハーカが怒りの咆哮を上げた後、自分を地面に叩き落とした犯人(犯ニャン?)を見つけて再び宙に浮かび上がったのだ。
完全にターゲットがトムに変わっている。
先ほどの墜落は想定外だったが、これに関しては想定内だ。
トムを抱き上げ、そのまま転移。
トムをオレが造った『子ダンジョン』に置いて、再び転移する。
「トムは上手くやったわね。今は師匠が引き付けてくれてるわ。今度は私……ね」
待っていたカタリナが、心なしか緊張した表情で出迎えてくれた。
アジ・ダハーカが墜落してくれたおかげで、クリストフォルスの操るシルバードラゴンは難なく再びアジ・ダハーカに肉薄し、ブレスを放ったらしい。
既に警戒されているブレスは、最初ほど充分な効果を発揮しなかったようだが、右側の首はいまだに凍り付いているから、どうやら不意討ち自体は成功したのだろう。
凍った首が有るせいでバランスが崩れているためか、アジ・ダハーカの飛行速度は落ちている。
いわゆるヘイトが再びクリストフォルスに向いているようなのには、素直に胸を撫で下ろす。
これなら、この後も上手くいく可能性は高いだろう。
エネアとトリアは属性魔法が使えないため、クリストフォルスの援護を続けているが、やはり相手にされていない。
決めつけは危険だが、アジ・ダハーカはオレ達の読み通りに動いてくれている。
……さぁ、そろそろ来るか?
速度の落ちたアジ・ダハーカとは反対に、クリストフォルスの操る人形竜はますますそのスピードを上げているようだ。
万が一にも狙いを途中で悟られないように、時折その高度を上げて、アジ・ダハーカを散々に振り回してもいる。
実際の戦闘経験はともかく、伊達に長い時を過ごしてはいないというところか。
アジ・ダハーカも追跡しながら魔法を次々に放っているが、エネアとトリアに妨害されて大してシルバードラゴンに迫る魔法は多くない。
当たりそうな時だけクリストフォルスが相殺したり、曲芸じみた挙動で回避したりしているためか、まともな被弾は皆無と言って良いぐらいだ。
魔法がまともに当たらないから、さらにムキになって追跡しているあたり、まんまと術中に嵌まりつつある。
「来るわ!」
カタリナの声だけが聞こえる。
姿を隠す魔法。
オレにはまだ使えない【空間魔法】の秘奥だ。
匂いや音、魔力まで隠すことは出来ないようだが、今の冷静さの欠片も無いアジ・ダハーカには充分に通用するだろう。
オレ達の真上を通過する瞬間を狙って放たれたカタリナのマギスティールは、アジ・ダハーカの腹部に命中。
再びの豪快な墜落。
他の魔法を使ったことで姿を現したカタリナの顔には、満足気な笑みが浮かんでいる。
「拍子抜けね。さ、行きましょ」
セリフ自体はクールだが……。
カタリナを連れて再び『子ダンジョン』に転移。
トムが毛繕いをしながら待っていた。
『主様、カタリナ様。ご首尾は……どうやら上手くいったようですニャ』
「当然でしょ? さ、ヒデ。行って。準備はしっかり整えておくわ」
「あぁ。トム、舌」
『ウニ……また仕舞い忘れてましたニャー』
……テヘペロする猫、か。
再び転移したオレを待っていたのは、沙奈良ちゃんだ。
「今のところ上手くいってますね。何だか緊張して来ちゃいます」
「沙奈良ちゃんなら大丈夫だよ。ところでさ……」
「はい?」
「聞くべきかどうか悩んでたんだけど、この際だから聞いちゃうね。沙奈良ちゃんの固有スキルって……どんなの? 話せたらで良いから教えてくれないかな?」
「……そっか。気付きますよね、ヒデさんなら。大したことは無いんですよ。不自由な能力なんです。ヒデさんや亜衣さんのそれとは比べ物になりません」
チラっと上空で行われている戦闘に視線をやった沙奈良ちゃんは、まだ暫くは出番が回って来そうに無いことで覚悟を決めたように見えた。
そして淡々と語り始める。
その内容は概ねオレの予想した通りのモノだったが、一部では大きくオレの予想を上回っていた。
……これが全て本当の話なら、沙奈良ちゃんは人知れず苦悩を続けていたことになる。
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