第301話

 にいち早く気付いたのは、周辺空域にガーゴイルを配し、アジ・ダハーカの領域がどれほど拡張されているのかを監視していたカタリナだった。


「ヒデ、師匠が援軍を送ってくれたみたいよ!」


 ちょうどカタリナと兄の近くに転移して来たオレとトム。

 カタリナが指差す方向を《視》ると、確かに物凄いスピードで飛んで来るモノがいた。

 例のシルバードラゴンを模したリビングドールだ。


「援軍は有難いんだけどシルバードラゴンクラスじゃ、この戦いに参加しても……って、あれ? カタリナ、見えたか?」


「えぇ、見えたわ。まさかの援軍よね」


 シルバードラゴンの背にしがみついている(?)巨大なスライム。

 そのスライムの内部に、褐色の肌を持つ人形遣いの姿をオレ達は確認していた。

 クリストフォルス本人で間違いないだろう。

 クリストフォルスのことだから、本人を模したリビングドールということは無いだろう。

 ダークエルフの幼児の姿を持つクリストフォルスは、オレからすれば非常に容姿に恵まれているようにしか見えないのだが、本人は自らのその姿を忌み嫌っている。

 恐らくはバンパイアというアンデッドと化した自らを好きになれないとか、そういうことなのだとは思うが本当にそうなのかはクリストフォルス本人以外には分からない。

 いずれにせよ、そんなクリストフォルスが好き好んで、自らの姿を模した人形を創るとは考えにくいのだ。


『ウニャ! それにしてもアレ、速すぎませんかニャー?』


「本当だな。ヒデ、カタリナ。本当にクリストフォルス本人が来てるのか?」


「うん、多分あれは本人だと思う」


「師匠本人で確定よ。じゃないと、あんな速度は出ない」


 さすがは一番弟子。

 オレ達の知らない何かを、カタリナはクリストフォルス本人から聞いているのだろう。

 それが、あのシルバードラゴンを模したリビングドールの速度の秘密ということらしい。


 見る見る間に戦闘空域に到達したクリストフォルスの操るドラゴンは、アジ・ダハーカに向けてブレスを放った。

 いつか見たシルバードラゴンのそれよりも、遥かに強力なブレスなのだろう。

 見た目には同じように見えるのだが、驚異的な防御力、魔法抵抗力を誇る筈のアジ・ダハーカに立派に通用している。

 アジ・ダハーカの三つ首が全て凍るか硬直してしまっているのが遠目にも分かった。


 ドラゴンのブレスとは、多分に魔法的な能力なのだと聞いたことが有る。

 たしかカタリナから探索中の休憩時に聞いたのだと思うが、それに依れば咆哮も飛行もブレスも、そうしたドラゴンらしい能力の全てが魔力によって支えられているのだという。

 シルバードラゴン本来のブレスは冷凍ブレスか麻痺ブレスの筈だが、クリストフォルスの人形は一味も二味も違うらしい。

 一度のブレスで同時に両方の効果を発揮したようなのは、恐らくはそのあたりが関係しているのだろう。

 シルバードラゴンの飛行速度が飛躍的に上昇し、ブレスの威力や効果が桁違いになっているのも、人形遣いクリストフォルスが自らの操る人形の魔法を、自らが行動を共にする事で増幅なり何なりしているとしたら、決して有り得ない現象では無い。


 シルバードラゴンを模したリビングドールは、飛行の勢いそのままに動きを止めたアジ・ダハーカに体当たりをかました。

 それで凍りついた左右の首は崩れ落ち、残った中央の麻痺した首にクリストフォルスの人形竜が噛み付いている。

 次の瞬間には、獲物に喰らい付いたワニのように自らの身体を回転させ、最後の首も瞬く間に噛みちぎってのけた。

 ……デスロール。

 ワニのそれでも恐ろしいのに、ドラゴンのデスロールとは、味方ながらえげつないことをするものだ。


 しかし、これが千載一遇の好機であることは間違いない。

 兄は独自に転移を繰り返して接近していったが、カタリナとトムは心得たものでオレの近くに寄ってきた。

 そのまま全員で転移し、アジ・ダハーカに攻撃を加える。

 兄も追い付いて来た。

 飛べる範囲が違うからね……兄ちゃんも一緒に飛べば良かったのに。

 まぁ、兄の戦闘センスの高さゆえだろう。

 考えるより先にチャンスと見て身体が動いてしまったのだとは思う。

 沙奈良ちゃんにしても、トリアにしても離れた場所から魔法で攻撃を始めているし、エネアとマチルダは比較的アジ・ダハーカの近くに居たので既にオレ達と合流して傷口から這い出て来た眷族の魔物達を次々と葬っている。

 クリストフォルスの操るシルバードラゴンは、傷口へ絶えずブレスを浴びせ掛けているようだ。

 再生が先ほどよりも明らかに遅い。


 ……なるほどな。


 冷凍ブレスが効いているのか、麻痺ブレスが効いているのかはハッキリしないが、再生すべく活動している細胞が冷凍ないし麻痺して動きを止めれば、その分だけ再生が遅くなってしまうのは道理というものだ。

 傷口を焼くことで細胞そのものを殺すことも確かに有効だったが、それとて焼ききれない無事な細胞まで活動を停止したわけではないから、焼く力よりも再生する力が上回った場合は再生が止まらなかったということなのだろう。


 ◆


 結局、先ほどよりもかなり長時間、このチャンスタイムは続いた。

 尾を何度も根元から斬り落とした亜衣や、翼を斬り落とし続けた兄や沙奈良ちゃん。

 胴体に魔法で特大の穴を幾つも穿ったカタリナ。

 そのおかげでオレが相手にした漆黒のモンスター達も非常に強力な連中が多かったが、エネアとトリアの援護を受けてどうにか殺し尽くし、奪い尽くすことに成功。

 トムとマチルダはオレの援護をしながら、オレの手が回らない分の眷族狩りで、何なら最も忙しく動き回ってくれていた。

 クリストフォルスが齎した好機を最大限に生かしきれたと思う。


 これならば…………


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