第300話

 全てが先ほどまでとは桁違いの迫力。


 怒りに燃え咆哮を上げる蛇龍アジ・ダハーカに立ち向かうのは、かなりの胆力が必要とされる。

 もちろん、オレのみならず全員が覚悟のうえで今この場に立っているわけだが、それでも何人かは僅かに怯んだ様な表情を浮かべた。

 中でもトムの耳はペタンと寝てしまっているし、シッポをはじめとして全身の毛が逆立っているから、間違い無く恐怖を感じている筈だ。

 しかし、それでもトムは一歩も退かない。

 トムだけでは無い。

 沙奈良ちゃんにしても、亜衣にしても、つい最近までダンジョンに立ち入るどころか、ゴブリンやスライムすら実物を見たことが無いほど、普通の生活をしていたわけだが、オレの心配を余所に敢然と巨大な蛇龍に立ち向かっている。

 そんな姿を見せられて、オレや兄が勇気付けられない筈は無い。

 オレも兄も考えることは一緒だったのか、三つ首の蛇龍の残った首を落とすべく、すぐさま転移していた。


 兄の刀が眩い魔法の光に包まれている。

 沙奈良ちゃんが兄の神刀に掛けた付与魔法だ。

 転移してすぐ横薙ぎの一撃を見舞うも、惜しいところで完全にはアジ・ダハーカの首を断ちきれない。

 ……と、次の瞬間に兄の姿は反対側の側面に転移していた。

 傷口の再生が完全に行われる寸前、兄の斬擊が再び蛇龍の首を反対側から斬り裂き、ついにはアジ・ダハーカの太すぎるほどに太い首を斬り落としたのだ。


 時を同じくしてアジ・ダハーカの面前に転移したオレは、アダマントの杭剣を至近距離から蛇龍の眼球目掛けて投擲した。

 狙い過たず深々と突き刺さったそれを、遅れてアジ・ダハーカの顔面に着陸(?)したオレは回収しがてら乱暴に揺さぶる。

 再生するそばから傷口を抉ったわけだから、さすがの蛇龍も痛みに悶えていた。

 それこそが狙いだ。

 兄が首を斬り落としたのを視て内心で喝采を贈りながら、その場を飛びのく。

 残念ながらオレは、アジ・ダハーカの首を刎ね飛ばすのに適した武器を持っていない。

 発動までにそれなりの時間が必要なほど強力な魔法を使えばその限りでは無いが、前衛で戦いながらのそれは非常に難しい。

 蛇龍に残された最後の首を斬り落としたのは、亜衣の薙刀だった。

 特に打ち合わせをしたわけでも無いが、オレがアジ・ダハーカに痛撃を与え、その後も注意を惹き付けたことで生まれた一瞬の隙。

 それを見逃さなかった亜衣がやってくれた。

 オレの狙いを察してくれたようだ。

 最悪でも兄が文字通り飛んで来てくれるとも思ったからこその行動だったのだが……。


 アジ・ダハーカから切り離された首は奇しくも、全て同じモンスターに変じた。

 漆黒のヒュドラ。

 三つ首の蛇龍から、九つの首を持つ怪蛇が生まれる……なんだか皮肉なものを感じてしまう。


 アジ・ダハーカの首は早くも再生を始めている。

 ヒュドラの出現をヒントにオレが放った火魔法は、残念ながらその目的自体は果たせなかったようだ。

 全く通用しなかったわけではないし、それなりにダメージは与えられたようだが、焼かれた傷口の再生が止まることは無かった。

 すっかり炭化したように見えた傷口も、早くも元通りになりつつある。

 しかし、幾らか再生を遅らせられるのも間違いないようだ。

 オレが本来の役割を果たすべくアジ・ダハーカの胴体に挑み掛かっても、カタリナが傷口を焼く役割を引き継いでくれていたのだが、これは非常に有効だったと思う。

 結果としてトムとマチルダが、エネアとトリアの援護を受けながら3体のヒュドラを討伐し終えた頃になってようやく、アジ・ダハーカの頭部の再生が終わった。

 これは先ほどまでと比べて、非常に遅い再生ペースだ。

 斬り落とす部位が大きく、そして複雑なほど再生速度は遅いという見方も出来るし、再生の阻害に火魔法を傷口に放ち続けるのは、今後も継続するべきだろう。

 ヒュドラはさすがに大物に過ぎたが、トム達だけで排除出来たのは非常に大きい。

 その他の眷族の魔物達は沙奈良ちゃん達が後方から放つ魔法で瞬殺出来ていたのも有り難かった。

 その分だけオレと兄、それから亜衣がアジ・ダハーカの胴体に集中出来たのだから……。


 首の再生を終えたアジ・ダハーカは、もはや完全に怒り狂っていた。

 それまでは飛行と言うよりは、復活したその場で浮遊するのみだったのだが、今は巨体に似合わぬ高速で飛び回り、オレ達をその牙や魔法の餌食にしようとしている。

 こうなると事前に取り決めたフォーメーションなど、大して役にも立たない。

 皆、散り散りに逃げ回りながら、隙を見つけて反撃していく。

 それでも暫くは順調に戦闘を繰り広げていたオレ達だったが、本気になった蛇龍はやはり一筋縄ではいかなかった。

 オレ達の中では最も身体的な能力に劣るのは沙奈良ちゃん。

 その沙奈良ちゃんに向かって行きがちなアジ・ダハーカの注意を逸らそうと、必死に横合いから攻撃を繰り返していたトムが蛇龍の逆鱗に触れたのか、狙われ続けるうち徐々に追い詰められて窮地に陥る。

 危ういところでトムを救ったのは、クリストフォルスの人形達だ。

 大して長い時間アジ・ダハーカの前に立っていられたわけでも無いが、トムがピンチを脱するにはその極めて短い時間の献身が何よりの援護になった。

 オレがトムのところに転移した時には既に、オリハルコン製のシャープタイプゴーレム以外は残っていなかったが、結果としてそのおかげで救出が間に合ったのだから、これらの人形達を遠隔で操っていた筈のクリストフォルスには、感謝してもしきれない。


 そして…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る