第297話

 さぁて……そろそろかな?


 実際、もうとっくにルーティンワーク化している。

 アジ・ダハーカを適度に傷付け、傷口から這い出して来た蛇龍の眷族のモンスターを倒し、再びアジ・ダハーカに攻撃を加える……この繰り返し作業は辺りが薄暗くなり始めるまで続いた。

 時折、アジ・ダハーカとは全く関連性の無いモンスターが、ドーム状の障壁の内部に侵入して来ることも有ったが、今さらそんな連中の排除に苦労することは無い。

 問題はむしろ、アジ・ダハーカが拡げ続けている支配領域が、既にかなり広大なものになりつつあることの証明が、そうしたモンスターの流入だということだろう。

 兄もそのことには気付いた様子で、そこからかなりギリギリを攻めるようになった。

 兄が大胆にカットしたアジ・ダハーカの尾から漆黒のドラゴンが這い出して来た時は、内心かなり冷や冷やしたものだ。

 そんな内心をおくびにも出さずにドラゴンに槍を突き刺し、槍を通して体内に魔法を乱発して一気に倒したオレだったが、その後にアジ・ダハーカの腹部にそれまでより明らかに力の籠った刺突を繰り出したのは、無理からぬことだったと思う。

 まぁ……兄が四苦八苦しながら、その傷口から出て来た巨大なカエルのモンスターを倒したのを、少し反省させられてしまったわけだが……。


 アジ・ダハーカの眷族。

 蛇王の時は爬虫類と虫だけだったが、クモの化身の女は少し違っていた。

 スライムや、シャドウなど、別種のモンスターが混ざっていて『おや?』と思ったものだ。

 今は既にルール無用。

 悪魔のような姿をしたモノや、牛のような姿をしたモノ、カエルやサンショウウオ、コッカトライス、グリフォン、ペガサス、何でもアリの様相を呈している。

 傷付ける部位によって違いがあるような気がしているが、大半は爬虫類系や虫系であることには変わりが無いので、たまに出てくる変わり種の発生傾向まで調べようとまでは思えない。

 それよりは、そうしたモンスターに虚を突かれないようにすることの方を優先するべきだろう。


 今オレ達が相手にしている眷族の魔物達の強さは、かなりのものだ。

 蛇王やクモ女が何だったのかと思えるほどの強者揃い。

 それらを繰り返し倒し、その存在力を余さず喰らう。

 そうした作業をひたすら続けた結果として、アジ・ダハーカの反撃の魔法は、既に転移無しでも躱すことが出来るようになっている。

 そろそろ頃合いだ。

 皆を迎えに行こうと思う。

 まずは兄に一言、告げに行こう。



「兄ちゃん、そろそろ良いよね?」


「あぁ、良いと思うぞ。オレ達だけじゃ明日になっちまうしな」


「じゃあ、とりあえず行って来るよ」


「あぁ、早く行ってやれ。亜衣ちゃんとかマチルダあたりは、かなり焦れてると思うぞ」


 ◆


「ヒデちゃん、お帰り~」


「ただいま……っていうのも変な感じだけどな。遅くなってごめん」


「戦況はガーゴイルを通していたわ。今のところは思っていた通りね」


「そうだな。カウンターも相変わらず片手間だ。アレぐらいなら転移が無くとも、今のオレ達には当たらないだろう」


 アジ・ダハーカは悪神の手先。

 アジ・ダハーカ自体が神にも匹敵する能力を有しているのだが、こちらの世界に伝わるアジ・ダハーカにも、あちらの世界に伝わるサウザンドスペルにも、必ず付いて回るのがその創造主。

 世界の創造神と並び称される程の大邪神。

 こちらの世界では『アンラ・マンユ』だが、あちらの世界には名前が伝わっていないらしい。

 カタリナは、アジ・ダハーカが闇雲に暴れまわらず、ドーム状の障壁を張り巡らせることに執着している姿を見て、アジ・ダハーカの目的が自らの創造主の復活にあると推測。

 それを元に作戦を立案した。


 オレもカタリナに言われたからこそその可能性に気付けたわけだが、確かにアジ・ダハーカの出現は不可解だ。

 恐らく、あちらの世界の神とやらが設けた『ルール』にのっとって生まれたのは、最初の蛇王までなのだろう。

 こちらの世界では『ザッハーク』として伝わっている蛇王。

 蛇王までなら確かに、例の亜神連中なら制御出来なくも無かった筈だ。

 問題はその特性と、存在意義だった。

 簡単に倒せる相手では無かったのは確かだが、結果的には蛇王とオレ達が長時間に渡って戦ったことで、蛇王がその存在目的を果たしてしまったのだ。

 オレ達がアッサリ負けていたり、仮に後方に護るべきものが無く撤退を選ぶなりしていたら、恐らくはアジ・ダハーカが復活することは無かったことだろう。

 蛇王と互角以上に戦える存在など、そうそう居ない。

 単なる強いイレギュラーで終わっていた筈の蛇王が、本当の意味でイレギュラーな役割を果たしたのは、ある意味ではオレ達が居たからだとも言える。

 蛇王を瞬殺出来るぐらいに強くなっていられたら違っていたかもしれないが、それはさすがに無理な注文だ。

 まんまとアジ・ダハーカの復活を許してしまったのは痛恨事だが、事態はそこで終わらないかもしれない。


 アジ・ダハーカの狙いが、あくまでアンラ・マンユの復活にあるとしたら……?

 オレ達のことなど、目障りな羽虫程度にしか感じないだろう。

 そんなことより、自分の目的を果たそうとする筈だ。

 そうしたカタリナの推測は正鵠を射ていた。

 だからこそ、ここまでは作戦がハマったわけだが、問題はいつまでアジ・ダハーカが作戦通りに動いてくれるかだ。


「ヒデ、行こう。カズなら万が一のことは無いだろうけど、そろそろ私達も戦いたい」


 待つ間は狼化を解いていたらしいマチルダ。

 活発なマチルダの性格からすれば、何もせずに待つだけの時間は苦痛でしか無かっただろう。


『主様、我輩またシッポが増えましたニャ! セブンテールの実力を、早く御目に掛けたいのですニャー』


 トムはやる気満々だが妙に張り切っている姿が……なんだか可愛い。

 位階の上昇が分かりやすいのは、ケット・シーならではだな。


 エネア、トリアの姉妹は黙って頷いているが、どこか超然とした2人には珍しく、明らかな闘志を感じる。


「ヒデちゃん、行こ?」


「あぁ、じゃあ皆……行くぞ!」


 思い思いの返事を耳にしながら、転移魔法を発動。

 兄が独りアジ・ダハーカと対峙している戦場へと舞い戻る。

 転移してきたオレ達に気付いた兄が不敵に笑う。

 三頭の蛇龍は、相変わらずオレ達をまともに敵対者だと認識していない様子だ。


 ……今は、それで良いさ。


 そのうち嫌でも気付く。

 相手が羽虫などでは無かったことに。

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