第298話
「トムちゃん、そっち行ったよ~!」
『ウニャ!? ニャんで、また我輩の方に来るのですかニャー!?』
他の皆よりトムが狙われやすいという事実は無い……筈だ。
しかし、普段あまり優先的に狙われることの無いトムやエネア、トリアにも、蛇龍の眷族たる漆黒のモンスター達は襲い掛かっていく。
これも、ある意味ではカタリナの推測を裏付ける材料と言える。
コイツらは『選別』だの『判定』だのを気に掛けている様子は一切無い。
一般的なモンスターは『判定』の対象では無いらしいトム、エネア、トリアにはあまり興味を示さないのだが……。
やはり亜神連中の設定した『ルール』の埒外にいる存在と見て良さそうだ。
トムがあたふたしているのは、いつものことのようにも思うが、普段より余裕が無さそうに見えるのも気のせいでは無いのかもしれない。
亜衣やエネアが気に掛けてくれているから、すぐにどうこうということは無いだろうが、いざとなったらオレも手を貸してやるべきだろう。
『分かってはいたけど、恐ろしく硬いねっ!』
再び人狼化したマチルダにしても……
「トリアさん、すいません! 助かりました!」
身体能力に関しては他の皆よりは劣る沙奈良ちゃんにしても……今のところギリギリの戦いを強いてしまっている。
合流が少し早かったか?
どうしてもそんな考えが脳裏に
亜衣とカタリナに加え、エネアとトリアの姉妹だけを連れて戻る手もあったかもしれないが、沙奈良ちゃんはともかくマチルダとトムは意地でも付いて来ただろう。
「……ヒデ、ちょっとだけで良いから戦況が落ち着くまでの間、サウザンドスペルを傷付けるペースを落としてもらえる? ほんの少しで大丈夫だから」
「そうだな。了解」
トリアが小声でオレにペースダウンを提案してきた。
もちろん否やは無い。
オレが微妙にペースを落とすと、兄もオレに合わせて僅かにペースを落とした。
亜衣や、マチルダは特にペースダウンする様子は無いが、オレと兄が配慮した甲斐は充分に有ったと思う。
ほんのちょっとの工夫なのだが、明らかに戦況が落ち着いたのだ。
結果としてトムとマチルダ、それから沙奈良ちゃんに余裕が出始めていることが良い影響を生み、暫くすると却って全体のペースが再び上がり始めた。
皆、すっかり戦えている。
アジ・ダハーカからすれば、未だにオレ達の攻撃などは掠り傷程度にしか感じていまいが、今のところはそれで良い。
あまり大きな傷を負わせると、オレ達の狙いを勘付かれないとも限らないのだし……。
◆
徐々にアジ・ダハーカに負わせる傷は大きなものになっていき、それと比例して眷族の魔物達が強くなっていく。
その筈なのだが……オレ達も、ヤツらを倒せば倒すほどに強くなっていくのだから、実はあまり強さを実感しにくい。
辺りは既に真っ暗になっている時間帯だ。
街灯などは既に無い。
最初は少し無事なものが残っていたのだが、大半はアジ・ダハーカの魔法によって跡形も無くなってしまった。
オレ達の視界を照らしているのは、エネアとトリアの喚び出した光の精霊達。
極端なことを言えば、この辺りは昼間よりも明るいぐらいだ。
万が一にもアジ・ダハーカによって打ち消されたりしないように、敢えてドーム状の障壁の外側から戦場を照らしてくれている。
煌々と……という表現がピッタリかもしれない。
『しっかし、化け物中の化け物なのですニャ。これだけの長時間、主様が魔力を奪い続けてもまだまだ力関係が逆転しニャいのですからニャー』
「ホントだよね~。あれ? トムちゃん、またシッポ増えてるよ?」
『ニャんですと!?』
あ……本当だ。
トムは最初が非力過ぎたせいか、とにかく位階とやらが高まっていくペースが早い。
それにしても、今までは同じ日に二度も位階の上昇が起きたことは無かった。
『ついに究極のニャインテールが見えて来たのですニャー』
「にゃいん? あ、ナインか~。トムちゃん、上手く言えなさそうだよね」
シッポが9本……急にキツネになったりしないよな?
「でも……コイツを倒せたら、本当に有り得ると思うわよ? ケット・シーの尾がそんなに増えるなんて、さすがに聞いたことは無いけれどね」
「エネア、それを言ったら今だって既に有り得ない本数でしょ? あのケット・シーが、私達ニュムペーと同等に戦えているのだもの。私はトムの可能性を信じるわ」
『また、よそのモンスターが入って来たね。しかも大群。サナラ、お願い』
「はい……って、あれ? アレって、もしかしたらクリストフォルスさんのゴーレムじゃないですか?」
マチルダと沙奈良ちゃんが指差す方向に居るのは一見、様々なモンスターで構成された群れに見えるが、その中には確かに見覚えの有る形状のゴーレムが含まれていた。
シャープタイプゴーレム。
装甲は……オリハルコン、か。
だとすれば、あのサイクロプスやバジリスクあたりもクリストフォルスが創ったリビングドールなのかもしれない。
クリストフォルスの人形達は造りが精巧すぎて、パッと見では区別がつかないのが難点だ。
クリストフォルスが援軍を寄越したにしては、ちょっと微妙な戦力だし、そもそも方角もおかしい。
恐らくはアジ・ダハーカの領域に知らず知らずのうちに飲み込まれてしまった、防衛部隊に過ぎないのだろう。
「師匠の人形達ね。間違いないわ。マズいわね。想定していたよりも、サウザンドスペルの領域が拡がっていくペースが落ちていない」
「……ヤバいな。ヒデ、どうする? 予定よりかなり早いが仕掛けるか?」
このままのペースならオレ達の後方に位置する、父が守っている筈の防衛陣地がアジ・ダハーカの領域内に飲み込まれてしまう。
その時にアジ・ダハーカがどういう行動に出るかは不明瞭だ。
恐らくは無視して自らの仕事を続けてくれる筈ではあるが、多人数の籠る陣地にアジ・ダハーカが食欲を刺激されて防衛陣地に襲い掛かることが、万が一にも無いとは言い切れない。
もしそうなったら、父はともかく他の自警団メンバーでは、一堪りも無いだろう。
いよいよ……決断の刻が迫っていた。
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