第271話

 おかしい……。

 いくら何でも無策に過ぎる。

 いくら腕が有ろうが、頭が有ろうが、ただ岩を投げてくるだけでは、神々同士の戦いに介入して戦力になるとは思えない。

 当然、何かしらの隠し玉が有るものと想定して警戒しながら戦っていたのだが、ここまで延々と似たような戦況が続いていた。

 腕も既に半分以上は潰せている。


『しかし相当に【空間魔法】を極めた巨人なのですニャー。あんな大岩、我輩の空間庫には大して入らないのですニャ』


 確かに……。

 それも明らかにおかしい。

 ヘカトンケイルは、魔法を使うイメージとは程遠い存在だ。


「ずっと投げて来てるもんね~。かなり足元が悪くなってきてるから、よける時に転ばないように気を付けようね」


「あれで、よく魔力がもつわよね。ある程度は魔法の通じる相手で良かったけれど……」


【空間魔法】もれっきとした魔法だ。

 だいぶ腕の少なくなってきた今ならともかく、最初は百本も腕が有ったわけだし、同時に大岩を取り出すのに掛かる魔力は結構なものだっただろう。

 頭が何のために五十も有るのか不明だったため、途中から腕をメインに攻撃するようにしているが、ヘカトンケイルの魔力を削ることを考えたら、もう少し腕を残しておいても良かったかもしれないな。


 ちなみに、オレが投擲に使っていたシャープタイプゴーレムは既に居ない。

 投げても投げても、勝手に自分からヘカトンケイルの体内を抜け出して戻って(襲って)来るし、ブーメラン代わりにまだまだ使いたかったのだが、何度も何度も投げているうちに、どうやら累積ダメージで内部の本体が壊れてしまったらしい。

 アダマンタイト製の外部装甲には傷ひとつ無かったように見えたのだが……意外な弱点を露呈した恰好だ。

 今後、オレ達がアダマンタイト製の防具を身に付ける時には、衝撃までは防いでくれないということに留意しなくてはならないだろう。

 柏木さんにも、帰ったらしっかり伝えておかないとだな。


 ヘカトンケイルの身体はアダマンタイト製というわけでもないので、硬いは硬いがオリハルコン製の武器なら充分に通用する。

 魔法も効きにくくはあるが、効かないわけではない。

 色々と試した結果、どうやら風属性に弱いようだった。

 反対に土属性の魔法は殆ど効かない。

 最初の腕の数から投擲される大岩は、致死の弾幕といった印象だったが、今は腕が減った分だけ躱すのも容易になってきている。

 最初は後方から魔法を放ちながらも回避に負われていた3人だったが、今はオレの近くで緊密な連携を取れるようになっていた。

 亜衣とトムはオレと一緒に近接戦もおこなっているし、トリアも近距離から魔法攻撃をしている。

 風の精霊魔法は距離によって威力が減衰するものが多いかららしいのだが、それにしても肝が据わっているものだ。

 不用意にヘカトンケイルに近付くと掴み掛かって来ることも有るため、全員が目まぐるしく動き回りながらヒットアンドアウェイを心掛けて戦っている。

 さすがにこんな大巨人に捕まったら圧死は間違いないだろう。


 それにしても……こんなにも単調な戦闘になるとは思っていなかった。

 あんなに腕が有ったら、投擲以外にも色々と出来ることが有りそうなものだし、奥の手が有るのなら既に出して来てもおかしくないぐらいには、長々と一方的な戦況が続いているのだが……。


 モンスターを模したリビングドールの特長としては、弱点らしい弱点が無くなるということが挙げられる。

 たとえ頭を潰しても、心臓が有る部分に大穴が空いても、それで即討伐完了とはならない。

 許容出来ないほどのダメージを受けた時に、唐突に崩れ去るのだ。

 そのため、オレ達はリビングドールだと判断したモンスターはまず、攻撃手段になりそうな部位を狙って攻撃するようになっていた。

 いきなり急所狙いをする意味に乏しいからだ。

 ヘカトンケイルの場合、頭部と腕以外の部分は単に他よりデカいだけの巨人のそれなので、攻撃を集中させるとしたら、厄介な百腕ということになる。

 これが仮にリビングドールで無かったならば、胸の辺りに有るだろう心臓を狙って攻撃するのが正攻法なのかもしれないが……。


『あんなに有った腕も、だいぶ減りましたニャー。最初の半分の半分といったところなのですニャ』


「だな。このまま腕無しにしてしまおう。何か新しく仕掛けて来る可能性だけは、常に念頭に置いておこうな!」


 そう言いつつ、オレがまた1本の腕をウインドライトエッジで斬り落としたところで、は起きた。


 今まで無表情だったヘカトンケイルの顔が、一斉にこちらを睨んだのだ。

 次の瞬間、オレは吹っ飛んでいた。

 至近距離に発生した無数のストーンブリット(石弾の魔法)を躱し切れず、防御姿勢を取るだけで精一杯。

 土属性の初級魔法だが、規格外の数の石弾が突如として襲い掛かったのだから堪らない。

 顔面などを咄嗟に庇えただけでも大したものだと思う。


「ヒデちゃん! トリア、ヒデちゃんをお願い! トムちゃん、行くよ!」


『り……了解しましたニャ!』


 亜衣は薙刀に銀光を宿してヘカトンケイルに向かって突進していく。

 トムもサポートで連れていくようだ。

 トリアがオレに駆け寄って来て、治癒魔法を掛けてくれた。

 全身の痛みが和らいでいく。


「ヒデ、大丈夫? 折れてた骨は修復できたと思うけれど……凄い出血量よ。造血ポーションはまだ有る?」


「あぁ。しかし、いきなりだったな」


 空間庫から取り出した造血ポーションを呷りながら戦う亜衣達の様子を見ていると、時たま魔法を食らっているものの、オレがやられた時のような出鱈目な魔法の展開は無いようだ。

 あくまで常識の範囲内。

 あれなら少しの間は任せておけるだろう。


「……取っておき、だったんでしょうね。貴方だって不意を衝かれなければ躱せる筈よ。ほら、見て。トムが目潰しに専念してるのが分かる? どうやら敵は視線を定めたところの周囲に、まとめて魔法を出せるみたい。さしずめ頭の数だけ同時に魔法を使える……といったところかしら? アイも今は腕より頭を狙っているようね」


 なるほど……言われてみれば、どうやらトリアの推測は正しそうだ。

 魔法も、使えるは使えるが極めて初歩的なものしか使えないようだし、不意討ち以外ならさほど脅威にならないだろう。

 単調な攻撃に終始していたのは、必殺を期すため……か。

 危ないところだったんだな。

【危機察知】が警報を鳴らしてくれたから助かったようなものだ。

 狙われたのがオレで良かった。

 亜衣やトムなら、ちょっとどうなっていたか分からない。

 造血ポーションも効いてきた。


 オレも戦列に復帰して、さっさと終わらせてしまおう。

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