第270話
実物にお目にかかる前に、リビングドールのコレと出会うことになるとは、正直なところ思って居なかった。
特徴が有りすぎるから知っているだけの話で、現実に居て欲しくないと思っていた巨人の筆頭格だったりする。
ヘカトンケイル。
五十頭百腕の大巨人だ。
何でそんなに頭が必要なのかまでは分からないが、脇腹にも背中にもビッシリと生えた腕だけは確実に脅威となるだろう。
「うわぁ……何なの、アレ?」
『……知りませんニャ』
「私も知らないわね。ヒデ、こちらの魔物なの?」
「ヘカトンケイル。魔物っていうか、他の国の神様同士の子供らしいよ。メイン攻撃手段は投石。いや、サイズ的には大岩かな」
あまり詳しいことまでは知らないが、ゼウスなどのギリシャ神話の神々と、ティターン神族との争いの際に大活躍したらしい。
忌み子という表現がしっくりくる来歴であるにも拘わらず、その後も献身的な働きを続けたのがヘカトンケイルだった筈だ。
善悪という概念に勝手に当て嵌めるのはあまり好まないが、いわゆる悪役というイメージは全くない。
「じゃあ、あんなにおっかない見た目なのに、神様みたいなもんなんだね~。強そうだなぁ」
『見るからに凶悪そうなのに意外ですニャー』
「それにしても……動かないわね。まさか、アレがこの迷宮の守護者なの?」
「いや、さっきから一応は【交渉】を試しているが、何の反応も無い。ヘカトンケイルが守護者ってことは無さそうだ」
ヘカトンケイルだけではない。
アダマンタイト製の装甲に身を包んだシャープタイプゴーレムも、ピクリともしていなかった。
『……聞こえますか?』
唐突に脳内に響く声。
さすがに慣れたが、いまだに原理はサッパリ分からないままだ。
「あぁ、聞こえている。君はここの守護者か?」
『はい……そうです。お願いします。これ以上、こちらに向かって来ないで下さい』
少年?
いや、少女か?
声はか細く、直接こちらの脳内に届いているものの筈なのに、酷く小さな声で聞き取りにくい。
弱々しい声だ。
「そういうわけにはいかないんだ。君が戦いを望まないなら、オレも無理に戦うつもりは無い。平和的に【交渉】しよう。出てきてくれ」
「ヒデちゃんにしか聞こえてない……とかかな?」
『そのようですニャー』
「何を話しているのかしらね?」
額を寄せ合うようにして、小声でヒソヒソ話している亜衣達の声の方がよほど大きいぐらいだ。
『……それはイヤです。私は貴方達の前に姿を見せたくありません。帰って下さい』
「さっきも言ったが、それは出来ない。退けない理由が有るんだ」
そう。
退けないのだ。
ここで退いては何のためにここまで来たのかさえ分からなくなってしまう。
ダンジョン外にはドラゴンや巨人。
ダンジョンの中には高位のアンデッドや魔法生物、何より目の前のコレだ。
神話の中の存在すら創り出してしまう【創造魔法】の使い手と、その手足となるリビングドールや、シャープタイプゴーレム。
こんなに危ないダンジョンを放置することなど、絶対に出来ない。
『……仕方ありません。どうしてもと仰るなら、抗わせて頂きます』
言うやいなや、ヘカトンケイルは唐突に百腕の全てに岩を出現させた。
それと同時にシャープタイプゴーレムが一気に前進してくる。
「来るぞ! いったん皆、後衛! 岩に注意!」
短くそれだけ告げるのが精一杯だった。
幸い、亜衣達も油断していたりはしなかったようで、素直に了承し下がっていく。
まずは2体のシャープタイプゴーレムの前に立ち塞がるべくオレも前進するが、敵もさる者。
片方のシャープタイプゴーレムが進路を変更し、大きく迂回して亜衣達の方に向かっていく。
さらには、殆どはオレに向けてだが、ヘカトンケイルの投擲した大岩も降り注いで来た。
速度も速いが、それ以上に狙いも正確なのが厄介だ。
躱したそばから次の岩がオレの躱した先に降ってくるため、動きを止めることが出来ない。
何とか掻い潜りながら、シャープタイプゴーレムに向けてアダマントの杭剣で立ち向かう。
もう1体はトリアの精霊魔法が創り出した底無し沼に嵌まるかに見えたが、いかに平原の階層とはいえダンジョンはダンジョン。
土の地面の下のダンジョンの床までは、沼地化することが出来なかったようだ。
しかし……そうか。
いくらアダマンタイトが魔法を受け付けない金属だからと言って、地面などシャープタイプゴーレムの周囲に働きかける魔法までは防げない。
ああいう魔法は有効なワケだ。
だったら、これはどうだろう?
ヘカトンケイルが投げ続けている岩は絶える気配すらなく、オレ達だけを狙っているが……よし、成功だ!
シャープタイプゴーレムの足元を魔法で凍らせて転倒させたオレは、一気に接近し片足を両手で掴む。
そして、そのままヘカトンケイルを目掛けて、シャープタイプゴーレムそのものを【投擲】してやった。
何体も何体も、モンスターを模したリビングドールを相手取っていたからこそ分かった弱点。
それはリビングドールに生存本能というものが、そもそも備わっていないということだ。
ゴブリンやワーラットのように、格上相手にはすぐ逃げるようなモンスターでも、それがリビングドールなら何の迷いも無く向かってくる。
ドラゴンやグレーターデーモンのように、戦うことに長けたモンスターでも、それがリビングドールならば、大してこちらの攻撃を防いだり回避したりもせず、ひたすらに襲い掛かって来ていた。
つまりは……ヘカトンケイルも本来なら取るべき防御姿勢を取らないだろうということになる。
何しろ百本も腕が有るのだ。
攻撃の手を大して緩めずとも充分に対処可能だろう攻撃に、しかし何ら対抗手段を取らない。
百腕の巨人も、自分に向かって投げられたシャープタイプゴーレムに構わず、投石を続行している。
結果として、理外の金属で覆われた、やたら細く鋭いフォルムのゴーレムが、ヘカトンケイルの頭を見事に減らした。
もう1体のシャープタイプゴーレムも、トリアの沼から抜け出したと同時に、オレの投擲武器に化ける破目に……。
四十九頭九十九腕の巨人の出来上がりだ。
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