第269話

 懸念されていた大規模なモンスターハウスや、アダマンタイト製のシャープタイプゴーレムこそ無かったが、その後も探索に苦労する階層は続いた。


 中でも完全に水中に没した階層などは、トリアの精霊魔法が有ったから対応出来ただけの話で、普通なら到底クリア不可能だったことだろう。

 もしもトリアの代わりがカタリナだった場合、今日の探索は早々に終了していたところだった。

 なにもカタリナの実力が不十分だと言っているワケではない。

 水中呼吸を可能にする精霊魔法ありきの階層だったというだけの話だ。

 トリア以外なら、エネアにも同様の魔法は使えるし、実はトムにも使える魔法だったりする。

 単に水中呼吸が可能なら良いのかと言えば、もちろんそんな単純な話でも無い。

 ずっと水中で戦闘を強いられる階層というものは思っていた以上に難易度が高く、これまで経験した僅かな水中戦闘のノウハウなどは殆ど通用しなかった。

 そういう意味では、やはりトリアが同行してくれていたのは非常に運が良かった。

 マーマンやリザードマンなどの水棲亜人系モンスターや、シーサーペントやシービショップなどの水棲モンスターを模したリビングドール、あるいは水中だろうが何ら行動に支障をきたさないらしいギャザーやブロッブなどの魔法生物系モンスターが行く手を執拗に阻む。

 それらを次々と倒していったのは、むしろ水中でこそ水を得た魚のように戦うトリアの活躍によるものだ。

 そうした水中で活動するモンスターにも身一つで立ち向かい精霊魔法で水圧を自在に操るトリアは、抵抗する間を与えることさえなくアッサリと圧潰していく。

 泉のニンフたるナイアデスの真骨頂を、存分に見せてくれた。

 こればかりはエネアやトムにも真似出来ない芸当だったと言えるだろう。


 灼熱のマグマが行く先々で立ち塞がる火山を模した階層……密林という表現がしっくりくるジャングルを模した階層……吹雪舞う氷原を模した階層……本当にここがダンジョンの中なのか疑いたくなるような階層が続く。


 地形自体も厄介なのに、出現するモンスターは多種多様で、地形や環境に最適なモノが多かった。

 もちろん生身(?)のモンスターでは無い。

 厳密に言うなら、それらは殆どが『リビングドール』だった。

 イエティ(雪男)だったり、先述のマーマンのように、そうした階層に適応した亜人系モンスターだったり、活動する場所にあまり左右されない魔法生物系モンスターやアンデッドモンスターも居たが、むしろそういったモンスターの方が少数派と言えるぐらいだ。

 つくづく、モンスターを模したリビングドールの汎用性は規格外と言えるだろう。


 ◆


『コイツもニセモノなのですニャ。人形は食べ物を落とさないので嫌いなのですニャー』


「美味しいもんね。これ……」


 トムと亜衣が残念そうに消えゆく姿を見ているのは、マウントボアを模したリビングドール。

 マウントボアは自警団の人々でも最近は狩れるようになってきたモンスターで、そのドロップアイテムの多くを占める『マウントボアの肉』は今や豚肉がわりに重宝されている。

 普通の『イビルボアの肉』よりクセが少なく味も良い。


「でも、ここに来てマウントボアっておかしくないかしら? いかにも、さっき作り足しましたって感じがしない?」


 トリアの疑問も、もっともだ。

 もちろん、レッドドラゴンやグレーターデーモン、バジリスクなどのリビングドールも出現しているし、フルプレートメイルで武装したトロルやドラゴンのゾンビ、リッチやバンパイアの上位個体などが現れているからには、難易度が急に下がったというわけでは無いだろう。

 しかし……今さらマウントボアだったり、先ほど倒したギガントキャタピラー(巨大イモムシ)のような格が落ちるリビングドールが混ざっている意味が分からない。

 トリアの言う通り、急拵えで作り足した可能性はそれなりに有ると思う。


 だとすると……近い、のか?


「そろそろ帰る予定の時間だね。どうしよっか? 試しに、この階だけでも攻略しちゃう?」


『我輩は、このまま帰るのは惜しいような気がしますニャー。獲物は弱っている時に狩れ……我が一族に伝わる至言なのですニャ』


「そうね。私もこれは好機だと思うわ。これらの人形を創り出した存在は今、明らかに無理をしている。満足な戦力にならないのを承知で、こんな不出来な人形を送り出すぐらいですもの」


「よし! ここはこのまま進もう。ちょっとあからさまな気がしないでも無いが、罠だとしても食い破れば良いだけの話だ」


「そうだね。私も賛成。これは、やっぱり変だもん」


『新手が来ましたニャ……っと、アレも今さらの人形ですニャー』


「……ヒポグリフ、ね。せめてグリフォンぐらい寄越して欲しいところだわ」


 その他にもハーピーや、ゴーゴン(鉄の雄牛)、ワーラットなどの姿も見える。

 どれも今さらと言えば今さらなモンスターばかりだ。

 元から配置されていたのだろう凶悪なモンスターと、これらのリビングドールとの差が激しい。

 どちらにせよ、今のオレ達ならば手こずる程の相手では無いのだから、時間稼ぎ以上の意味は無かったが……。


 見渡す限り何も無い平原の階層。

 もはや動くモンスターの姿も無い。


 黒い光が渦巻き……その中から現れたのは、例のアダマンタイト製の装甲を持ったシャープタイプゴーレムが2体と……ここの階層ボスらしい異形の巨人。

 恐らくはコレもリビングドールなのだろう。


 ……しかし、最後の最後に凄いのを持って来たものだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る