第272話

 頭を全て潰し尽くし、腕を全て斬り離しても、ヘカトンケイルは倒れなかったが、最後に思い思いの魔法で皆が一斉に攻撃すると、それでようやく戦闘は終了した。


 戦い終わった感想としては、どうにも勿体ないモンスターだったといった印象になる。

 百腕も五十頭も活かしきれていないように思えた。

 これがリビングドールではなく本物のヘカトンケイルだったら、恐らくはもう少し苦労したのだろうが……。


「なんか思ってたよりは楽な相手だったね~」


『最初はビックリしましたけどニャー』


 亜衣もトムも、オレと同じように感じたらしい。


「……マヒしちゃってるのね」


 トリアは違う意見のようだ。


「マヒ?」


「感覚が……ね。普通、あんなに岩を投げ落とされたら生きていられないわよ。皆、劇的に身体能力が向上しているものだから、あれが大したことないように思えただけだと思うわ」


 それは確かに、そうかもしれないな。

 普通の人間は、あんな砲弾のような勢いで次々に飛来する岩石を躱したりは出来ない。

 しかも、いつ尽きるとも分からないほど追撃が降って来る中、反撃することも出来ないだろう。

 それに……


「そうだな。実際オレも危ない目に遭ったわけだし、決して弱いワケでは無かったと思うよ」


 ……あの魔法の一斉行使は正直なところ、本当に危なかった。


 もし、ヘカトンケイルが投石を弾幕代わりに、メインの攻撃手段を魔法と割り切っていたなら……もし、それこそがヘカトンケイルの本来の姿だとしたら……もっと苦戦していたのは間違いないだろう。

 結局のところ、岩石を空間から出し入れする魔力と、魔法攻撃に使う魔力とを秤に掛けて、ロスの少ない投石をメインにしていたような気もするが……。



『……倒して、しまわれたのですね。仕方ありません。これ以上の抵抗は無意味でしょうね。そのまま真っ直ぐに進んで来て下さい』


 先ほどの声が聞こえた。

 今度はオレだけではなく、全員に聞こえているようだ。

 頷きを交わし合い、守護者のものらしき声に導かれるまま歩を進めていく。

 先頭をオレが歩くと、トムがさりげなく最後尾に回った。

 もちろん、罠である可能性を考慮してのことだ。

 スキル構成上、周辺警戒能力が最も高いのはトムで、次が僅差でオレ。

 トムに先頭を進ませないのは、単に戦闘能力に関してはオレの方がトムより上だからだ。


「なんだか……か弱そうな声だったね~」


『迷宮の規模と守護者の実力は必ずしも比例しませんからニャー』


「声だけで、そう判断するのは危険よ? 魔法行使に特化した存在なら、肉体の強さはあまり関係が無いのだし……」


「そうだな。油断せずに進もう」


 進むこと暫し……転移時特有の身体が宙に持ち上げられるような感覚に見舞われた。

【危機察知】が反応しなかったことから、階段代わりの移動系ギミックなのだろうが、少しばかり心臓に悪い。


 気づけばオレ達は、階層ボスの部屋というよりは守護者に割り当てられる居住スペースのような、殺風景な小部屋の中に転移していた。

 マチルダが暮らしていたダンジョン内の部屋に似ている。

 かりんとう好きなハーピーのように、自分の生活レベルを向上させることに頓着するタイプでは無いようだ。


「ようこそ……とは、あまり言いたくありませんが、何はともあれ初めまして。私がこの迷宮を預かる者です」


 最初、どこから声がするのか分からなかったが、どうやら部屋の隅にいる小さな人影が、この部屋の主のようだった。


 幼い。


 ウチの長男よりは大きいが、まるで幼子のようにしか見えない。

 しかし人間の子供では無いことは明らかだ。

 まず耳が尖っている。

 それに……感じられる魔力の量が桁違いだ。

 トリアの本体であるナイアデスさえ、優に上回るほどだった。

 肌の色は小麦色と言うしか無いが、そうした表現で連想されがちな健康的なイメージからは程遠い、陰鬱な表情が全てを台無しにしている。


「初めまして。早速で悪いが【交渉】をさせて欲しい」


「……私は本来なら、この醜い姿を誰にも見せたくないのです。貴方の提示する魔素の量には何の興味も有りません。とにかく、姿を晒したくない。それさえ飲んで頂けるのなら、どんな条件でも構わないのです」


 醜い?

 いや、恐ろしく整った容姿にしか見えないが……。

 種族としては恐らくダークエルフといったところだろうか。

 本人達なりの呼び名が有るかもしれないし、美醜の概念も人それぞれだ。

 迂闊に口に出すわけにもいかないが。


「君が嫌なら、無闇やたらに人前に姿をさらす必要は無いよ。オレにそのつもりもない」


「……本当に? 貴方は判定者を連れ歩いて協力を強制しているのでは無いのですか? そちらのニンフの方や、ケット・シーの方のように……」


『ニャニャニャ! それは誤解なのですニャー。我輩は自ら望んで、主様のお供をしているのですニャ!』


「そうね。彼に無理やり付いて来たのは私の方よ。彼の協力者の中には私の妹もいるけど、あの子も初めはそうだったみたいね。こんな迷宮に籠っているなんて退屈じゃない?」


「そうだね~。いつの間にか増えてるもんね」


 亜衣が悪戯っぽく笑いながらこちらを見ているが、オレだって決して好き好んで仲間を増やしてきたわけではない。

 大半は不可抗力で、残りは成り行きだ。

 まぁ、今となっては居てくれて良かったと思える皆だけれど……。


「……にわかには信じられませんが、確かに貴方達の間には一定の信頼関係が構築されているようにも見えます。今は、その言葉を信じましょう。貴方に守護者権限を無償譲渡させて頂きます。見返りとして……こちらの迷宮のどこか片隅に住まわせて下さい。私はどこにも行きたくない。誰にも会いたくないのです」


「分かった。約束しよう。君に同行を強制したりはしない。そして一部の権限は制限させてもらうが、君をこのダンジョンの守護者として再び任命するよ。このまま、この部屋で過ごしてくれて良い」


「そういうことなら……私に異存は有りません。よろしく、お願い致します」


「あぁ、よろしく頼む」



 こうして仙台市内最大のダンジョン……青葉城址のダンジョンの攻略は完了した。


 そして、この引きこもりのダークエルフという一風変わった存在が、このあと思わぬ影響を齎すことになるのだが……この時のオレはその可能性を何故かあまり考慮していなかった。

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