第246話

「地竜には魔法……そして風……その筈なのにっ」


 普段クールなエネアが唖然としてる。


「なんで? なんで観えなかったの?」


 沙奈良ちゃんはまだダメみたい。


「サナラ! しっかりして!」


 ──パァン!


 見かねたマチルダが、沙奈良ちゃんにビンタする。

 うわ、痛そう……。


「あ、マチルダさん。ありがとうございます。エネアさん、亜衣さん、このグランドドラゴンは変異種とでも言うべき個体みたいです。魔法への抵抗力が尋常ではありません。時間が掛かっても武器で戦うか、それとも日を改めるか……どちらかしかありません!」


「変異種? なんで分かるのよ?」


「……私のスキルです。勝率は高くありません。ここは撤退を進言します」


 怪訝そうなエネアに、沙奈良ちゃんは一瞬だけ迷ったような顔をしたけど、次の瞬間にはキッパリ自分が持っているスキルが理由だと言い切った。

 空気を読むことに人一倍のセンスを見せる沙奈良ちゃんが、たまにその場の雰囲気に構わず強く主張する時があるのはスキルのせいだったんだね。


「また来るよ! みんな、かわして!」


 自分で作った瓦礫の山の中に埋まっていたグランドドラゴンが戻ってきた。

 さっきよりも速いけど、幸い一番スピードのない沙奈良ちゃんが居る方には向いていない。


 角度的に、狙われているのは……あ、私だ。


 トラックが向かって来るより、よっぽど怖いけど……今の私なら避けられないほどでもないと思う。


 だったら……!


 銀色に輝く愛用の薙刀。

 そして新緑の靴。

 今の私でも2つが限界。

 だけどそれで十分だった。

 ギリギリまで待って、グランドドラゴンの鼻先の角に本当に当たる寸前になるぐらいまで待って……それからタイミング良くジャンプ。

 相手の攻撃をかわし、空中ですれ違いざま繰り出した一撃は私の狙ったところから少しズレて、グランドドラゴンのおでこに当たった。

 いつもみたいにスパッと切れてくれれば良かったんだけど……なんかかなり浅かったような気がする。

 あれじゃあ『一本』の旗は上がらないよね。


「かったいなぁ」


「アイ、危ない!」


 猛スピードで向かって来たグランドドラゴンは、単なる突進を繰り返すモンスターではないみたいだった。

 さっきみたいに勢いよく走り抜けてくれるかと思ってたのに、お団子みたいな形のまん丸なハンマーがついたシッポで私を狙っている。


 うわ……これ、かわせないなぁ。


 本当にピンチになるといつも、そんな風にどこか他人事のように自分を見てる私がいる。

 不思議な感じがするけど、昔っからいつもそうなんだよね。

 相手の動きもゆっくりに感じるんだけど、自分の動きもスローモーションみたいになっちゃうから、結局は『一本』取られちゃって……。

 特にこれで特したことなんて無かった。


 ……今までは。


 エネアから飛んで来た魔法が私に当たった。

 もちろん攻撃魔法じゃなくて強くなる魔法の一種。

 タイミングは本当にギリギリだったけど……なんとか間に合った形。


 ピンと伸ばしていた足を折り畳んで、私に向かって迫ってきたおっきいお団子に、あえて自分からキックする。

 エネアの魔法のおかげで少しだけ、本当に少しだけ速く動けるようになった私は、ちょっと間違ったら大ケガじゃ済まなかっただろうそんなサーカスみたいな真似で、この大ピンチを何とか切り抜けた。

 無防備なまま殴られるよりはマシだと思ったんだけど……蹴った右ヒザに激痛が走る。

 まぁ、さすがに全くの無傷ってわけにはいかないよね。


 そのまま上空高く飛んでいきそうな私を、マチルダが空中でキャッチしてくれて、結局そのままマチルダの腕の中で着地することになった。

 マチルダは地面に優しく降ろしてくれたんだけど、ヒザをケガした私は上手く立てずに地面に崩れるように倒れてしまう。


「亜衣さん、大丈夫ですか?」


 心配して駆け寄ってきた沙奈良ちゃんが、水属性の回復魔法を私に掛けてくれた。

 うん、なんとか立てそう。


 グランドドラゴンに向かってエネアが何度も、何度も魔法で攻撃している。

 沙奈良ちゃんの言うとおり、グランドドラゴンに魔法の効きが異常に悪いのはエネアだって分かっていると思う。

 それでも魔法を使い続けているのは、たぶん私のため。

 エネアがグランドドラゴンの意識を引き付け続けている間に、私も自分で自分の右ヒザに回復魔法を掛けておいた。


「マチルダ、沙奈良ちゃん、ありがとう。おかげで助かったよ。ちょっと勝てそうにないね。私も逃げたいんだけどさ……アレ、ちょっと速すぎない? 逃げられると思う?」


「私が囮になってアイツに攻撃しながら、アイ達と反対方向に逃げるよ」


「マチルダさん。そんなことしたら、さすがのマチルダさんでも無事にいられるとは限りませんよ? 私は反対です」


「そんなこと言ったって、じゃあ他にどうするの? 沙奈良じゃ絶対に追い付かれるし、アイでも少し怪しいよ。エネアよりは私達の方が狙われやすいんだし、囮をやるなら私が一番でしょ? ほら! また来たよ!」


 面倒くさいと言わんばかりに沙奈良ちゃんを肩に担ぎ上げたマチルダは、何度もサイドステップを繰り返してフェイントを入れながら、あっという間に遠ざかって行く。

 グランドドラゴンは、一瞬そんなマチルダを追う姿勢を見せたけれど、私があんまり動いていないのに気付いて、また私の方に向かって来る。


 でも、これは私なりのだった。

 新緑の靴に掛けた魔法はまだ解けていない。

 さっきみたいに反撃までしようと思わなければ……ほら、かわせた!


 でも、これじゃラチが明かない。

 マチルダの言うように、誰かを囮にしてでも逃げる?

 なんなら私が囮になってもいい。

 マチルダには『少し怪しい』って言われちゃったけど、逃げることに徹すれば私だって十分に囮がつとまるハズ。


 ……どうしよう、ヒデちゃん。


 遠目にグランドドラゴンが、また突進態勢を整えているのが見える。


 狙われているのは……沙奈良ちゃんだ。


 エネアは沙奈良ちゃんとグランドドラゴンの間に数えきれないほどの魔法の壁を作ったり、グランドドラゴンに魔法で攻撃している。

 でもグランドドラゴンは簡単に魔法の壁を突破したし、狙いをエネアに変えたりもしなかった。


 私も、普通の魔法がダメなんだったら……っていうことで、無属性砲をグランドドラゴンに何回も当てていく。

 確実に他の魔法よりは効いている。

 それでも……今まで色んな敵に通用したこの頼もしい武器さえも、グランドドラゴンの注意を私に向けさせるには力不足のようだった。


 その間にもずっとマチルダが弓矢で一生懸命に攻撃し、グランドドラゴンの注意を自分の方に向けようとしているけれど、矢が何本刺さってもグランドドラゴンにはあまり効いていないみたいで、マチルダの試みも上手くいっているようにはとても見えない。

 弓を放り投げたマチルダが、慌てて沙奈良ちゃんの方に走って行く。

 また抱え上げて逃げようとしているんだろうけど、あのタイミングだとマチルダが沙奈良ちゃんのところに着くのと、グランドドラゴンが沙奈良ちゃんに追い付くのは、ほとんど同時になりそうだった。


 沙奈良ちゃんも頑張って攻撃していたし、今は頑張ってかわそうとしている。

 それに沙奈良ちゃんも、逃げようとしたタイミングでマチルダの意図に気付いて、自分からマチルダの方に走っていく。


 それなのに……これならギリギリ間に合うかと思った私をあざ笑うかのように……グランドドラゴンが更に加速した。

 さっきまでは小手調べだと言わんばかりのスゴいスピード。


 2人が危ない!


 時だった。

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