第5章

第241話

 事前にある程度は想定していたが、やはり色々と苦労する破目に陥ってしまった。


 手始めに母の身内を実家に。

 次いで義姉の身内を、先日まで柏木さん一家が暮らしていた実家の向かいの借家へと迎え入れたためだ。

 暫くの間、我が家への来訪者は引きも切らない有り様だった。

 もちろん行方不明の家族や親族の救出を求めての来訪だ。

 これは【転移魔法】をオープンにした代償ということになる。


 もし【遠隔視】が無かったら、もっと大変なことになっていただろう。

 大半の場合、こうした救出依頼は仙台市中心部が対象だったため、ドラゴンが飛び回っているような該当地域の現状を正しく理解している人々は渋々ながら引き下がってくれた。

 だが、それでも納得してくれない場合にはリッチから得た【感覚共有】というスキルを用い、オレの【遠隔視】で得られた視界を共有して貰うことで現実を突き付けざるを得ない。

 中にはアンデッドと化した縁者の姿をもろに見てしまった人も居て、かえって気の毒なことになってしまった。


 仙台市中心部以外の場合は、ちょっと困ったことになっている。

 県内の場合は可能な範囲で対応しているが、当の親族が既に亡くなってしまっていたり、生きていても遠慮されてしまう場合も多かった。

 それならまだ良い方で福岡だとか、北海道だとか、かなり離れた場所にいる人々には対応しきれない。

 問題は東京などの関東圏や宮城以外の東北地方在住の人々。

 そもそも【遠隔視】も届かない場合が多いのだが、これから妻の家族を救出することを考えると、これらの依頼は無下にすることも出来ない。

 さすがに優先順位を上げることは不可能だが、どうにかなるなら力になりたいものだ。


 こうなることは分かっていたので、事前に上田さんや佐藤さん、それから柏木さんにも相談したわけだが、当然ながら彼らにも救いたい人が居ないわけではない。

 残念ながら大半の場合は既に亡くなっていたようで、全く連絡が取れず断念することになった。

 救い出すことが出来そうだったのは柏木さんの奥さんの妹さん1人だけ。

 皆一様に肩を落としていたが、それでも彼らはまだ理性的に相談に乗ってくれて、おかげで救出に際して1つの指針を決めることが出来た。


『救出依頼をする前に必ず連絡を取って、先方が希望する場合のみ、救出が可能か不可能かを検討する』


 厳しいようだが、これは極めて現実的な方針だと思う。

 いざ救出に訪れたら本人に全くその気が無い……などという事態になったら、完全な無駄足になるのだし。

 この指針を上田さんらに通達して貰い、玄関にも同様のことを記した貼り紙をしていてもで訪れる人が非常に多かったため、これが浸透するまでの間は昼夜を問わず来客が続いたのだ。


 人口が増えることで消費量の増えそうな物資については、もう思いきることにした。

 大型のホームセンターやドラッグストア、スーパーなどで、距離が遠かったり危険な地域を跨ぐため上田さん達が物資の回収に行けていないところは山ほどある。

 そうしたところに、ミドルインベントリーやライトインベントリーを有りったけ持った兄のパーティや、オレに劣らぬ『空間庫』持ちのカタリナ、トムを含む妻のパーティを派遣し、ダンジョン攻略のついでに物資の回収を依頼したのだ。


 もう特に物資の対価は置いてきていない。

 トムが次々にダンジョンの隠し部屋から財宝を見つけてくれるので資金が無いわけではないのだが、それを持っていく為にインベントリーや『空間庫』の容量を割くぐらいなら、はじめから考えないようにした方が良いのだ。

 何せ、行った先で都合よく物資の量と対価の量とが釣り合うことなど殆ど皆無に近い。

 それでも対価を払う用意が有る旨とウチの連絡先とを記した紙を、現地に置いてきているらしいから、単純な略奪よりはまだというものだろう。

 ……請求する権利を有する人が、この状況でいまだに生きているかどうかは甚だ疑問だが。


 ◆


 オレが予想していたよりはよほど早く、この混乱は収まった。


 やはり、あらかじめ連絡を取って貰うことは大事だったのだ。

 救出を希望する人というのは案外に少ないようだった。

 住み慣れた地域を離れたくないとか、そもそも救出の必要性を感じていない人が多かったらしい。


 そもそも危険な地域に居た人には連絡自体が取れないようだし、連絡が取れたとしても既に落ち着き先を見つけている場合が殆ど。

 危険地域以外に住んでいる人は連絡が取れても、大半は移住を希望しないようだ。

 義姉の家族もかなり渋っていたらしいのだが、義姉が必死に説得した結果どうにか……というところだった。


 何にしても、これでようやく自由に動ける。


 これから、いよいよ妻の家族を迎えに行く。

 既に全員の了承を得ている。

 こちらから向かうメンバーは往復の魔力消費の兼ね合いも考慮して最低限。

 オレと妻……それからカタリナだ。

 不測の自体に備えてカタリナに同行して貰うわけだが、ちょっと過剰戦力な気もする。

 兄はこちらに残るメンバーを率いて引き続きダンジョンの攻略と、物資の調達とを担当して貰う。

 兄を連れていってしまうと、イレギュラーへの対処が厳しい。

 カタリナの代わりはエネアやトリアでも良かったが、エネアは魔力が戻り切らないまま小学校低学年ぐらいの見た目だし、トリアはどこか超然としていて少し取っ付きにくいところがある。

 マチルダはあまり行きたがらなかったし、トムでは妻の家族を驚かせてしまうかもしれない。

 カタリナは万能型だし人当たりも良い方だ。

 無難と言えば無難な選択と言えるだろう。

 ……高位レイスという、その正体は別として。


 スキル・アンプリファイアーのセットは完了。

 妻のスマホで向こうの様子はリアルタイムで確認出来ている。

 今回は【遠隔視】を使うまでもない。


 見送る面々に軽く手を振って【転移魔法】の発動を念じる。


 さぁ、さっさと行って帰って来ようか。

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