第234話

 トムがオレのために立ててくれた作戦とは単純明快。


 ただ単にグリフォン以外のモンスターを、なるべくオレが1人で撃破し、それらの存在力を喰らい尽くすこと。

 そうして得た力で、今度こそ確実にヤツを倒す。

 ダンジョンが5つも重なっているエリアだからこその作戦だ。

 喰らうべきモンスターには事欠かない。

 事実、作戦開始からかなりの時間が経っているにもかかわらず、いまだに新手の魔物の来襲は途切れる気配さえ無いのだから……。


 グリフォンの翼撃によって重傷を負い生死の境をさ迷った右京君は現在、以前オレがダンジョンの踏破報酬として得たモンスターよけ結界付きのテントで休養中だ。

 しかし、負傷する前は得意の射撃で飛行タイプのモンスターの翼などを撃ち抜き、見事に飛行能力を奪ってくれていた。

 飛べない飛行タイプモンスターなど、地上戦では大して脅威にならない。

 せめて失った血液が戻るまで、ゆっくり休憩していて欲しいところだ。


 エネアは本来、最も得意なのだという拘束系の魔法を駆使して、時には地面から土のかいなを伸ばす度に敵を地面に釘付けにしたし、木々の根や枝を操っては敵を掴み、縛り、あるいは転倒させて、手際よくお膳立てを繰り返す。

 純粋な魔法攻撃力ではトリアやカタリナに敵わないと謙遜していたが、魔法の多彩さや援護に関してはエネアが一歩リードしているような気がする。


 トムはその俊敏性と悪戯心を存分に発揮して、敵をおちょくり、怒らせ、引き寄せ、次々に致命的な隙を晒させる作業に集中している。

 相変わらず悪魔系のモンスターにだけは狙われるようだが、レッサーデーモンクラスまでなら全く問題にしていない。

 逆に挑発しやすいぐらいにしか考えていないことだろう。


 自分達も敵を直接撃破したいだろうに、3人とも一言も文句を言わず、自分の役割に徹してくれていた。

 おかげで戦いやすいこと、この上ない。

 時折、乱入してくるグリフォンの動向にさえ注意しておけば、この辺りのモンスターなどいくら束になって掛かって来ようが全く問題にならないのだが、仲間達の援護に助けられたことで殲滅ペースは明らかに倍加していた。


 最近のオレは、知らず知らず自分にある程度のリミッターを掛けてしまっていたらしい。

 ダンジョン攻略による魔素収入の増加の恩恵は、オレを間違いなく強化してくれている。

 なのに、それを手伝ってくれている皆には直接的な報酬は何も無いのだ。

 自然、余裕の有る場面ではオレがモンスターにトドメを刺すこと自体を、無意識なのだろうが控えてしまっていたように思う。

 ド派手な魔法よりも無属性魔力波に傾倒するようになったのも、こうして考えると獲物を仲間に分け与えようとしてのことだったかもしれない。


 ……客観的に見ると傲慢だな。

 まぁ、人間なんてそんなもんか。


 極論すれば、楽をしたいからこそ文明が発展したのだ。

 怠惰こそが数多くの技術革新を産み出した母と見ることも出来る。

 人よりも良い暮らしをしたい、財貨を得たいという気持ちが無ければ、競争は生まれないし、それに伴う商業発展は無かっただろう。

 欲張りで何が悪い。

 怒りを活力にして何が悪いのか?

 食欲を否定されたら、人間は生きていけない。

 嫉妬の何が駄目なのか?

 自然な感情だろうに。

 嫉妬が有るから、人より美しく在りたいから、人間は……特に女性は、絶えず容色を磨き続けた。

 色欲が無かったら、とうに人類なんぞこの世に残っていない。

 もちろん全て、行き過ぎは良く無いのだろうけれど。


 別に傲慢でも良いのだ。

 オレが護れる人の数には限りがある。

 家族に、仲間に強くなって貰いたいという気持ちに嘘は無い。

 それが家族自身、仲間自身が生き抜くことに繋がるのだし、あるいはそのおかげで助かる誰かがいるかもしれないのだから、それはそれで良かったのだと思う。

 しかし……こうして自らに課した枷を外して、さらには勝手にたがが外れていくに連れて、嫌でも実感してしまうのだ。


 オレはどうやら戦いが好きらしい……と。


 トロルの首を槍の側面の刃で跳ね飛ばす。

 ハーピーの群れを大規模な魔法で殲滅する。

 レッサーデーモンに槍を突き立て、無属性魔力波を一気に体内で暴れさせて、存在力を丸ごと消し飛ばす。

 ウッドゴーレムの大部隊は容易く炎の海の中に葬った。


 次々にモンスター達を突き、斬り、穿ち、投げ、刺し、殴り、放ち……殺していく。

 喰らっていく。

 自らの力へと換えていく。

 没頭していく。

 最適化していく。

 満たされていく。

 そして……狂っていく。


 気付けばいつの間にかオレは嗤っていたらしい。

 周囲に溢れていたモンスターは既に完全に姿を消していた。

 それに気付いたオレが嗤うのをやめると、途端に辺りは静まりかえる。

 ……悪い癖だ。

 また周りが見えなくなってしまっていた。


 何はともあれ、当初の作戦通りにモンスターの掃討は完遂したわけだ。

 あとはグリフォンを残すのみ。


『ニャ……主様、もう新手の魔物は居ないようなのですニャー』


 おずおずとトムがオレに声を掛けて来た。

 可哀想に……怖がらせてしまったな。

 怯えて耳が寝てしまっている。


 ふとエネアの方を見やると、上気した頬に手をあてこちらを潤んだ瞳で見ていた。

 オレと目が合ったのに気付くと、不意にエネアの方から視線を反らされてしまう。


 視線の先にはグリフォン。

 遠ざかるでもなく、かといって襲ってくるでもなく……一体あの鳥は何がしたいのだろうか?


「すっかり降りて来なくなっちゃったわね。かといって立ち去る風でもない。本能の鳴らす警鐘と、魔物としての存在意義との間で葛藤でもしているのかしら……」


「向かって来ないなら来ないで、やりようは有るけどさ。出来れば、あんな高いところには行きたくないなぁ」


「あら、貴方にも怖いものが有ったの?」


「あのな……落ちたら死ぬんだぞ? 誰だって怖いだろう」


「そうね。じゃあ、ニュムペーに伝わる秘奥のおまじないをしてあげる。何しろ秘奥だからね……少しの間、目を瞑っておいて欲しいのだけれど」


「……こうか?」


「そう。動かないでね?」


 トムもエネアも居るとはいえ、まだ上空に敵がいるのに注意を怠るほど、オレも馬鹿ではない。

 両目はエネアに言われるままに閉じたが、その間もグリフォンのことは【遠隔視】でしっかりとていた。

 半神たるニンフのまじない、一体どんな効果が有るのだろう?

 ……って、おい!


 頬に柔らかい何かが触れたぞ?

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