第235話
驚いて眼を開けたオレだったが、頬に触れたらしきものの正体に思わず唖然としてしまった。
久しぶりに見る美幼女。
おチビのエネアの顔が、すぐ側にある。
どうやら地面の土を精霊魔法で盛り上げて、それを踏み台にオレの頬に口付けしたらしかった。
苦情というわけでは無いが何か言ってやらないと気が済まない。
グリフォンは未だに無為な飛行を遥か高空で続けているが、仮にも戦闘中にして良いイタズラではないだろう。
オレが口を開き掛けたその時……
一拍遅れてオレの身体に大量の魔力が流れ込んで来た。
敵から奪った存在力を我が物にするのとは違う優しく、そしてどこか暖かい波動。
「おまじない……効いたかしら? 今の手持ちの魔力の殆どを貴方にあげるわ。これをやるとなると、さっきまでの姿は保てないの。ごめんなさいね、ちっとも色気が無くって」
「そんなことをして……大丈夫なのか?」
「ええ、まぁ。あくまで今の私は分体だから。本体からそのうち魔力がこの身体にも分け与えられるのだし、何も心配はいらないわ」
「なら良いけどさ。いきなりだったからビックリした。ありがとう、エネア。行ってくるよ」
今さら幼女に頬に唇を落とされたぐらいで慌てるほど、オレもウブでは無い。
これ以上無いほどの支援を受けたからには、怖いだなんだ言っていられなくなってしまった。
『主様、我輩もお供しますのニャ。必ずや、お役に立ってみせますのニャー』
「ああ、頼む。じゃあ……行くぞ!」
行くと言っても、なにもグリフォンに対抗して空を飛ぶわけでは無い。
当然だが【転移魔法】の世話になるわけだ。
魔法は問題なく発動し、瞬時に先ほどまでいたところの遥か上空にオレ達を運ぶ。
目の前にはグリフォンの横顔……タイミングもバッチリだ。
すかさず手にしたアダマントの杭剣を【無拍子】の力を借りてノーモーションで【投擲】する。
わざわざ振りかぶっていたら、到底グリフォンには当たらない。
奇襲、強襲、一発勝負。
乾坤一擲、再現性皆無の奇策。
しかし……ここまでやってもグリフォンは信じられない超反応を見せ、急旋回で躱そうとしている。
トムは、それすら見越して着いてきたのか?
グリフォンが回頭した先には既にトムの空間庫の中身がバラ撒かれていた。
しかしグリフォンの纏う風の鎧は、そんなトムの罠を嘲笑うかのように、一切合切を吹き飛ばしていく。
それがグリフォンの致命傷に結び付くとは、当のグリフォンも思っていなかったことだろう。
トムの撒き散らした数々の武器を、ガラクタを弾くたび、グリフォンの速度が落ちていったのだ。
何もかもを跳ね返すグリフォンの風鎧。
それがスローイングナイフだろうが、シミターだろうが、チャクラムだろうが、鎖鎌だろうが、魔石だろうが、ジャーキーだろうが、ポーションの空き瓶だろうが、ネコジャラシだろうが、分け隔てなく全力で……自らの魔力を消費しながら……弾き飛ばしていった。
そのたびにグリフォンの高速飛翔を支えていた魔力が減っていく。
ほんの僅かな差だったのだろうが、結果としてオレの投擲した理外の金属の杭は届いた。
グリフォンの纏う風の鎧の影響を全く受けていない。
さすがはアダマンタイト……不条理そのものだ。
グリフォンが旋回したことで、その後頭部から喉へと抜けた鋭刃は、一撃でこの強大な魔物の生命を断ち切った。
既に落下を始めているオレ達の頭上で、眩いばかりの白光がグリフォンの撃破を告げている。
たちまち流入してくるグリフォンの存在力そのもの。
一瞬、気が遠くなりかけたがトムの勧めに従ってこの付近のモンスターを根絶やしにしたおかげなのか、それともエネアがくれた『おまじない』のおかげか、何とか意識を保つことには成功した。
グリフォンに実体が有ったのも、大いに関係が有るだろう。
トムが落下制御の魔法を掛けてくれたため、先ほどまでより明らかに墜ちていくスピードがマシになっているが、パラシュート無しでスカイダイビングをしている事実には変わりはない。
ここで意識を失ったりしたら、待っているのは逃れようの無い死だ。
努めて精神を集中し、再びの【転移魔法】を試みる。
目標地点の観測は【遠隔視】で終えているため、転移先には何の障害物も無いのは間違いない。
あとは飛ぶだけ……なのだが、普段とは違い発動までの時間がやたら長く感じる。
嫌でも地面が視界に入ってしまう。
焦るな。
焦ったら……死ぬ。
◆
どうにかこうにか、だ。
どうにかこうにか、オレ達は地面に激突するのを免れて、右京君が休んでいるテントの横が地面に転移することに成功していた。
おチビのエネアは涙ぐんでいる。
トムの全身の毛は逆立っていて、落下中ずっとプロペラのように回していたシッポの毛まで未だに膨らんだままだ。
……生きて帰って来られて良かった。
今回ばかりは本当にヤバかったと思う。
グリフォン自体の強さは、いかに上位種とはいえレッサーではない方のドラゴンや、先日のグレーターデーモンほどでは無かっただろう。
もし……ヤツが無警戒に降りて来ることを繰り返していたなら、今頃とっくにエネアの精霊魔法に拘束されて、アダマントの杭剣をその身に受けて討伐も完了していた筈だった。
あの警戒心が本能からきていたモノなのか、それとも上位種に相応しい知能によるモノなのかまでは判然としないが、二度とあんな怖い思いは御免だ。
「……ヒデさん? ッ! グリフォンは!?」
寝てしまっていたらしい右京君がテントから顔を出した。
顔色は……いつもよりは蒼白いが、とても死にかけていた者のそれでは無くなっている。
……ちょっと羨ましい。
トラウマ級の紐無しバンジージャンプを終えたオレは、右京君が先ほど生死の境をさ迷っていたことすら忘れて、内心でそんなことを思ってしまっていた。
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