第189話

 リビングドールと一口に言っても、形状や大きさは千差万別。


 まんま動くフランス人形のような、名前と形状が違和感なく合致するものもいれば、サイズ感などはさほど変わらないまま、見た目が市松人形のものもいる。

 ゴーレムを上回る巨体で見た目が赤ん坊を模した人形だったりする場合もあるらしいので、先輩探索者が勝手に同じ呼び名で呼んでいるだけで、実は別種のモンスターだったとしても何も不思議では無いのだ。


 ここのボスについては人間大の精巧な人形で、パッと見では生身の人間とさほど変わらない。

 リアル仕様のマネキンが最も近いかもしれないが、そうしたマネキンよりも遥かに出来が良いため、なんだか凄くやりにくい。

 表情こそ変わらないものの、動きは非常にリアルで両手に持っている曲刀の技の冴えは、間違いなく達人級だ。

 以前ここを踏破した自衛隊所属の探索者パーティは、銃器で弾幕を張って近付けず無理やりに制圧したらしいが、それを再現することは不可能だ。

 そんな力技に頼らずとも今のオレならば正々堂々とやり合っての撃破自体は容易だったが、やはりこのリビングドールは守護者というわけでは無いらしかった。

【交渉】自体が出来なかったのだから、それは間違いないだろう。


 宝箱に入っていた踏破報酬は有りがたく頂くが、今日はこれが目的では無い。

 帰りを促すかのように階層ボスの部屋の奥にエレベーターが出現したが、もちろんそれに乗り込むこともしなかった。

 そして待つこと暫し……リビングドールが遺した宝箱が役目を終え、白い光に包まれ消え失せた後、ようやく【交渉】相手が重い腰を上げてくれたようだ。

 ポッカリ口を開けていたエレベーターの扉が閉じ、その横の壁面に今まで存在しなかった筈の扉が現れ、そこから先ほど倒したリビングドールそっくりの美女が現れた。

 しかし、ある意味では先ほどのリビングドール以上に生気が無い。

 むしろ透けているぐらいだ。

 エネアの本体であるアルセイデスも存在感こそ稀薄ではあったが、目の前の美女のように明らかに実体が無いと言いきれるほどでは無かった。



『……知識としては知っていたけれど、まさか本当に他の迷宮の守護者が訪れるとはね。しかも貴方もしかすると、こちらの世界の人間なんじゃなくて?』


 もう慣れっこだが、直接的に脳内に響き渡る声。

 目の前の美女の正体は精霊の類いなのだろうか?


「あぁ、そうだ。オレはこっちの人間だ。偶然に偶然が重なって、妙な立場になっているけどね」


『お連れの可愛らしいお嬢さんは……ニンフかしら? あらあら、本当にどうなっているの?』


 ……実際ややこしいよなぁ。


 ここから暫くの間、お互いにお互いの事情を説明し合うことになった。

 ここの守護者も幸いにして、すぐさま敵対してくるようなタイプでは無かったからこその展開ではある。


 リビングドールを操っていた半透明の女性の正体は、いわゆるレイスだった。

 これまでアンデッドモンスターとして遭遇したレイスは自我らしい自我を持っていなかったが、伝承に伝わるレイスとは本来的には彼女のように自我のあるタイプの霊体をいう。

 彼女の性質は完全なる善とまではいかないが、魔術への探求心が旺盛過ぎて、自らの身体から精神体を分離して、彼女達の済む世界で星界と呼ばれるところ(話を聞く限り宇宙空間のようだ)に至り、そこで様々な魔術の実験をしていたところ、本体が朽ち果てて戻れなくなったらしい。

 ……かなりの長期間、研究に没頭していたのだろう。

 精神体だけになれば、空腹も渇きも感じないようになるらしいから、それは確かに熱中してしまうかもしれないが、それにしたって本体が半ばミイラ化するまでの長期間を魔術の研鑽のみに充てるというのは行き過ぎている。

 本人には死の実感が全く無いらしく、いわゆる霊体の筈なのに妙に明るかった。

 あっけらかんとしている。


 彼女の専門は本来なら空間魔法。

 人形やゴーレムなどの魔法生物を作るのは、余技に過ぎないという話だった。

 先ほどのリビングドールに関しては、本人に似せて造ったというが、彼女に言わせれば失敗作も良いところらしい。

 双剣技こそ彼女と同等に近いレベルだが、本人いわく魔法を放てない人形はただの木偶でくで、戦闘時に魔法と双剣の両立が出来て初めて成功だというが、本来なら彼女は魔術師では無かったのだろうか?


『……なるほどねぇ。事情は分かったわ。むしろ願ったり叶ったりと言ったところね。研究に集中する時間が増えるでしょうから、私に異論は有りません。上手いことやっておいてちょうだいね』


 アルセイデスとは違い、積極的にこちらの事情に関与するつもりは無いらしいが、それでも交渉自体は成立した。

 高位レイスの魔法剣士……もちろん彼女が力を貸してくれるのなら心強いかもしれない。

 心強いかもしれないが、さすがに強制することも出来ないし、魔法知識についての師匠にはなってくれるらしいから、それで良しとするべきだろう。


 さっそく、このダンジョンについても魔素の配分を設定し直す。

 しかし……これは見事に変更した形跡が無いなぁ。

 恐らくは初期値のままだったのだろう。

 極めて画一的な数字が並んでいた。


 何はともあれ……これで、このダンジョンについても、オレの影響下に置くことが出来たわけで、周囲の安全の確保が出来たわけだ。


 既に夜も遅いため、急いで帰らなくてはならない。

 今すぐに【転移魔法】で自宅に飛べば何とかギリギリで日付の変わる前に帰宅することが出来そうだ。


 しかし、ここで思わぬが掛かる。

 オレが魔素配分を調整している間、エネアとレイスの女性が何やら話していたが、どうやらそのためらしかった。


 呼びとめられて振り向いたオレの顔……上手く微笑むことが出来ていただろうか?

 何故か、そんなことが気になって仕方なかった。

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