第190話

『ねぇ! この世界、少し前まで魔物や魔法が存在しない世界だったって本当なの!?』


 何を言い出すのかと思えば……あぁ、まぁ彼女の立場からすれば信じられないのも無理は無いか。

 何しろ魔法の研究に(文字通り)一生を捧げたのだし。


「あぁ、本当だ。魔物は今から20年前に現れたダンジョン内部で発見されたのが初めて……ということになっている。それまでも目撃したっていう人は居たし、おとぎ話の中には存在していたけどね。20年前までは誰も証明が出来なかった。魔法も似たようなもので、オレが使えるようになったのだって、ごく最近だよ」


『信じられない……じゃあ、貴方どうやってそんな桁外れの魔力を培ったっていうの?』


 エネアまで一緒になってオレの顔を食い入るように見つめている。

 ……あぁ。

 これは日付が変わる前に……っていうのは諦めた方が良さそうだ。


 ◆


 結局、オレが家に帰りついた時には深夜1時を回っていた。


 あの後、見目麗しいレイス(カタリナというらしい)とニンフの質問責めという、何ともファンタジーな拷問に合う破目になってしまい、さらにはカタリナからは『お土産』まで持たされてしまう。

『お土産』とは他でも無い。

 自動式のリビングドールだ。

 しかも階層ボスとして使っているモノとは素材からして違う。

 戦闘時の強度はオリハルコンレベルでありながら、魔力を纏わせていない時には人間と変わらない弾性をも兼ね備えている。

 魔法はこのままでは使えないらしいが、苦戦しそうな相手に遭遇した時には、カタリナを瞬時に憑依させることすら可能なのだという。

 その状態ならカタリナ本人と同等の魔法が行使可能。

 つまりこれは肉体を失ったカタリナの、仮のボディなのだ。


 さすがに兄をはじめ家族は皆すでに就寝していたが、妻とマチルダは起きて待っていた。

 そんなところに、エネアはともかくカタリナそっくりの見た目の人形を、オレが連れ帰って来たものだから大変だ。

 妻もマチルダも静かにキレていた。

 二人の満面の笑みが怖い。

 助けを求めてエネアの方を見るが、薄情なニンフは苦笑するばかりで何も言ってくれなかった。


 ……どうしてこうなった?


 ◆ ◆


 翌朝。

 寝足りないままオレが起き出して来た時には、すっかり家族みんながエネアとカタリナ(人形)を受け入れていた。

 ……マチルダの時も思ったことだが、ウチの家族は順応性が高すぎやしないだろうか?

 特にエネアが、おチビ達に大人気だ。

 いや、母もか。

 下の甥っ子が産まれた時、ボソッと孫娘も欲しいとか言ってたもんなぁ……。


 それはともかくとして昨夜の就寝前、ある程度までは妻やマチルダにも状況を話しておいたし、妻達に加えてエネアも説明に加わってくれたらしく、オレが温泉街のダンジョンを攻略したことについては、兄や父も既に把握していた。

 問題は実際それで何が変わるのかだが、まずは今のところ窮屈な生活を強いる格好になってしまっている、湖畔ダンジョン付近からの避難民達を温泉街の元旅館やホテルなど無事な建物に移すか否か。

 そして移すのだとしたら、付近の安全確保や生き残りの捜索をどうするのかなのだが、それについての調整は兄と父が請け負ってくれた。

 兄達にしても、上田さんや町内会長などに話を通すところからスタートするのだろうから、すぐさま行動を開始するわけでも無いだろう。

 もし生き残りが居た場合、希望するのなら元の住居に戻したりする必要も出てきそうだ。

 やるべきこと、決めるべきことは多かった。


 それから、これは今すぐにでも確認する必要が有りそうなのだが、オレに流入してくる魔素量の急激な増加が気にかかる。

 ド田舎ダンジョンを影響下に加えた時とは明らかにスケールが違うのだ。

 温泉街のダンジョンが……と言うよりは恐らく、その周辺地域の算出魔素量が並外れて多いのだろう。

 温泉街のダンジョンからでは、実際の魔素収入増加量は確認出来なかったため、面倒でも最寄りの本拠地ダンジョンに向かわなくてはならない。

 妻やマチルダ、柏木兄妹については今日も最寄りのダンジョンで戦闘経験を積んでいく予定らしいので、どうやら一緒に向かうことになりそうだ。


 そして、これは全くもって自業自得なのだが、車を温泉街のダンジョンから3Kmちょっと離れたところに置いてきてしまっていた。

 妻達が行動を開始する前に、取って来る必要が有る。

 まずは【転移魔法】で温泉街の中の適当なところまで飛び、それからダッシュで車まで向かう。

 幸いモンスターに邪魔をされることは無かったが、だからといって完全に周辺の安全を確保しきれたという証明にはならない。


 自宅の方向へと車を走らせながら、さらに個人的な用事を思い出してしまった。

 例のスキルブックだ。

 柏木さんの【鍜冶】の腕前の向上は、必ずしもオレだけに利するわけでは無いので、完全に私用ということにもならないかもしれないが……。

 結局、行動開始の前に柏木さんに話をしに行く必要が有るようだ。


 何だか今朝は締まらない。

 これは完全に、睡眠が足りていないせいなのだろう。

 いくら鍛えても、強くなっても、このあたりは普通の人間と変わらないものなんだなぁ。


 そう思うと、ここのところ完全に人間離れしてしまっている自覚が有ったせいか、奇妙なことにそんな不自由を嬉しく思える自分を発見して笑ってしまった。

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