第135話
普通に泳ぐ分には泳げるだろうが、何が潜んでいるかも分からない湖を、しかもフル武装のままで泳ぐというのは、さすがにぞっとしない。
何か無いかと思い周囲を見回す。
うっすらと霧が立ち昇って来て視界はそれほど良くは無いのだが、向かって左手奥の湖岸に銅像の様なもの立っているのが辛うじて見えた。
何かのヒントかもしれない。
辺りにモンスターの影はないが、水中から何が飛び出して来るかも分からない。
なるべく湖には近寄り過ぎないようにしながらも、駆け足で銅像に接近していく。
もちろん銅像自体がモンスターである可能性も考えたが、どうやら杞憂だったようだ。
オレが目と鼻の先に到達しても、古代ローマの剣闘士を思わせる造形の彫像が動き出すことは無かった。
注意深く観察したが、ありふれたデザインの銅像としか言い様がない。
その中で唯一オレの目を惹いたのが像の左手が持つ大盾の表面に刻まれた模様だ。
貴族の紋章の様なデザインだが、落ち窪んでいる模様が有る。
上から、半円……犬か狼の頭部……円……逆三角形……だろうか?
順番に線を引いて結んでいくと、ちょうど綺麗な菱形になる。
それぞれの模様の外縁に文字が刻まれているのだが、どう考えても知らない文字だ。
スキルブックの表紙などに書かれている文字と似ている。
『アナライズ』
……ダメか。
スキルブックと同じ原理で読めないかと試しに念じてみたのだが、どうやらコレは無理なようだ。
うーん……コレが噂の『リドル』ってヤツだろうか?
いわゆる謎かけ……もっと平たく言うなら謎なぞ、だ。
オレ、謎なぞ苦手なんだよなぁ……。
記憶力は良い方だし、多趣味で雑学も好きな方なので、知っていることを答えるタイプのクイズだったら、それこそクイズ王並みに得意なんだが……覚えている事が多い分だけ頭が固いのか、こういうのはからっきしダメだ。
うーん……スマホで写真を撮って、妻に聞いてみようかなぁ。
妻は物を覚えるのは好まないが、
加えて言うなら勘も鋭かったりする。
……あ!
そっか……文字が読めれば良いんだよ。
読めそうな人物が1人、ちょうど近くにいるじゃないか。
手早く撮影を終え【転移魔法】で第6層と7層を繋ぐ通路に飛ぶ。
マチルダの部屋は目の前だ。
『コンコン』──控えめにノックする。
『……どうしたの?』
厚い扉なのだろうか?
かなり篭った声だか、マチルダは在室していたようだ。
すぐに扉は開かれ、マチルダが顔を見せる。
彼女はオレの顔を確認すると、満面に笑みを浮かべて両手を広げた。
「気が変わって、また来てくれたのね? 嬉しい!」
そのまま不意を突かれ、首に腕を回され抱きつかれてしまったが、飽くまでこれは不可抗力というヤツだ。
想像以上に柔らかい感触に戸惑うが、自他共に認める自制心の塊のオレは、彼女のおでこに手を割り込ませて抑え、それ以上の蹂躙は許さなかった。
「マチルダ、落ち着いてくれ。そういうわけじゃないんだ」
「……なぁんだ。いいじゃない、ちょっとぐらい仲良くしてもさ。じゃあ、何?」
「これなんだけどさ……読めるか?」
「ん? あぁ、これ帝国語だね。簡単な単語ならギリギリ読めるよ」
「良かった! 悪いが教えてくれるか?」
「良いけど……ねぇ、私お腹すいた。何か無い?」
「……ある。そう言えばオレも昼飯まだだったな」
「中に入って食べれば? もう襲わないし……それとも、そこで食べるの?」
「……お邪魔します」
彼女の部屋には寝台と毛布、それからテーブルと二脚の椅子の他には木箱が幾つか置かれているだけ。
マチルダの美貌に比して、酷く殺風景な部屋だった。
木箱の中からパンと乾し肉とドライフルーツを取り出したマチルダは、それらを無造作にテーブルに置くと二脚の椅子を近くに寄せて片方に腰掛ける。
そして、もう片方の椅子をバンバンと叩いて、オレに着席を促した。
「はい、いつまでも立ってないで、ここ座って!」
促されるまま腰掛けたオレに満足そうに頷くと、ニコッと笑って……
「コレ全部あげるからさ、貴方のも分けて! 飽きちゃったのよ、コレ」
どうやら毎食、同じメニューのようだ。
見れば台所や調理器具なども無い。
これでは工夫しようにも、しようが無かった。
第一、パンと乾し肉とドライフルーツでは、もし料理が出来たところでタカが知れている。
大人しく弁当を広げ、マチルダの食べたいものを自由に食べて貰う。
オレの昼食が足りなくなる分は、マチルダから貰った物を食べれば良いのだし……。
固いパンと乾燥肉に四苦八苦しながら遅い昼食を摂り、彼女が満足するのを待って、スマホで撮影して来た画像を見て貰う。
文字そのものより、スマホ自体に興味を持ったようで少し時間が掛かったが、どうにか知りたい情報は得られた。
半円は『半月』と書かれているらしい。
同様に犬か狼の頭部に見えたものは『犬』。
円は『
逆三角形にしか見えなかったものは『牙』だという。
そして……オレが単なる模様の一部だと思っていたところに『捧げよ』、『戦い』、『捜す』という文字が隠れていたらしい。
つまり……半月、犬、環、牙に該当するモノを捜して戦い捧げれば、どうやら道は拓けそうだ。
これ……マチルダが居なかったら、恐らくは解けていなかっただろう。
久しぶりに凝った料理を食べて満足そうにしていたマチルダが、今は小首を傾げてオレの顔を見ている。
「ありがとう、マチルダ」
素直に礼を言うと、パァっと嬉しそうな笑顔が咲いた。
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