第136話

 改めて銅像の前に転移したオレは、この階層で『半月、犬、環、牙』に該当しそうなモンスターに遭遇していないか考え込んでいた。


『牙』は……グラスクロコダイル(草原ワニ)が当てはまるような気がするのだが、他は全く思い付かない。

 戻って捜すよりは、この付近で該当するモンスターが出ないか調査し、それで駄目なら奥に進む方が可能性が高いだろう。

 このまま湖岸を奥に進めば、かろうじて歩けるような湿地帯が広がっている。

 とりあえずはそちらの方向に進むことにした。

 湖の中に足を踏み入れたり、グラスクロコダイルを倒しに戻ったりするのは、これからの調査が空振りに終わった場合に採るべき最後の手段だ。


 湖の方を警戒しながら湖岸を歩くが、特にモンスターが現れる気配は無かった。

 遠くの方に普通の魚にしてはデカ過ぎる水しぶきが上がったりしているので、何もいないということは無いだろう。

 オーガの上位種も出現した階層だ。

 それこそカシャンボだとか、隠密性の高いモンスターが水中に潜んでいてもおかしくはない。

 オレも充分に警戒しているからには、簡単に奇襲を許すとも思えないが、それでも過信し過ぎるのは禁物だろう。

 幸いなことに、水辺を得意とするモンスターの奇襲は、オレが湿地帯に到達するまで無かった。


 湿地帯で初めて遭遇したのは、ジャイアントリーチ。

 巨大なヒルだった。

 このダンジョンでは第1層から登場するぐらいだし、大した強さは無いのだが、乾燥した地面で戦う時より明らかに動きが早く、そして何より数が多かった。

 低空とは言え、飛行しながら襲い掛かって来るジャイアントモスキート()の相手も面倒だ。

 どちらも決して強くは無いが、足場の悪い中で数を頼りに攻め掛かって来られると、どうしても足が鈍る。

 遅滞戦闘というヤツだろうか?


 そんな中、襲来したリザードマンの大部隊は今までに遭遇した亜人系モンスターの中でも、群を抜いて連携が巧みだった。

 装備品もそれなりに立派で、魔法を使うヤツまで多く居たのは厄介この上ない。

 足場の泥に水分を増やして深くしたり、オレの顔の周囲の水分量を増やして呼吸をしにくくしたり、とにかく搦め手ばかり仕掛けて来るのだ。

 さらに味方のリザードマンや、その手に持つ武器に補助魔法を掛けてくるヤツまで居る。

 個としての強さはそこまででも無いが、集団の強みを存分に見せつけられた気分だ。


 どうにかそれらのモンスターを倒しながら進むと、遠目に洞窟のような物の入り口が見えてきた。

 湿地に埋没するかのような半地下の洞窟。

 何となくだが、あの中に求めるモノが有りそうな気がする。

 中に入ると、薄暗いが見えないというほどのことは無かった。

 光源が不明なのはいつものことなので、気にせず進む。

 中では、ジャイアントアント(アリ)や、ジャイアントスパイダー(クモ)に混じって、ジャイアントスラッグ(ナメクジ)まで、オレを出迎えてくれた。

 そして次々に現れるリザードマン。

 先ほどの部隊ほどの数は居ないが、狭い洞窟の中でも前衛と後衛の役割分担はハッキリさせているのが厭らしい。

 しかも虫系モンスターの被害にはまるで頓着せず、矢や魔法を放って来る始末だ。

 虫には肉壁としての価値しか認めていないように思える。

 仲間意識は飽くまでリザードマン同士にだけ働いているように見えた。

 リザードマンの前衛を倒し切れずにモタモタしていると、後衛が魔法で傷を癒している。

 どうやら水魔法には回復の魔法もあるようだ。

 しかも苦戦していると続々と増援が来る。

 下手な場所で戦っていると囲まれてしまうほどだ。

 もちろん囲まれても勝てないほど強い相手では無いのだが、こうも数が多いと辟易としてしまう。

 リザードマンの巣穴……いや、これはもうちょっとしたダンジョンだ。


 時間と精神力を削られながらも奥へと進んで行くと、イビルバット(コウモリ)や、ジャイアントセンチピード(ムカデ)まで出てきた。

 もちろんリザードマンの部隊も続々と現れるし、徐々に個々の武装や使う魔法がグレードアップしていく。

 そうなると切り抜けるにも時間が掛かるようになってしまうし、僅かながら傷を負う場面も増えた。

 しかし……


『スキル【水魔法】を自力習得しました』


 明らかに自力じゃないが、まぁそこは善しとすべきだろう。

 流入してくる存在力に酔うほどでは無いが、戦えば戦うほどに強くなれるというのを実感出来る程度には、リザードマン達は厄介な強者ではあった。

 物凄い数を倒してようやく奪った【水魔法】で傷を癒し、残った敵を平らげていく。


 洞窟の最奥でオレの前に現れた一団は、明らかにリザードマン達のカースト最上位に位置するだろう連中だった。

 前衛の重装備のリザードマン達の狂相は、トカゲというよりむしろワニに似ていたし、縦横無尽に振り回す大斧の風圧は、体重の軽い者なら身体が押されるほどだったと思う。

 後衛のリザードマンの中にはレッサーデーモンすら呼び出すほどのサモナーや、どうやら【水魔法】のレベルが2以上は有りそうなソーサラーに加え、前衛の深傷ふかでも一瞬で癒すほどのヒーラーさえ居た。

 他にもやたら正確に矢を放って来る射手や、素早く動き回って撹乱して来るヤツまで混ざっていて、もしコイツらに出会うのが洞窟に入ってすぐだったなら、万が一も有り得ただろう。


 概ね取り巻きを排除したところで、ようやく本気を見せた大将格の巨大なリザードマンは、長大なハルバードを軽快に振るい、魔法まで同時に使用してくる。

 巨体にも関わらず素早く、膂力も恐ろしいほどだ。

 さらには戦技も魔法もかなりの高水準で、マチルダと戦う以前のオレだったら、手もなく敗北していただろうことは間違い無かった。

 もしオレに【存在強奪】が無ければ、配下との戦いで消耗しきったところに、が待っていたわけで……今のようにコイツを子供扱い出来るほどにオレが強くなっていた道理も無かったわけで……まぁ、結論から言えば完勝だったわけなのだが。


 リザードマンのボスが白い光に包まれ消えた後には、小さな宝箱が遺されていた。

 罠が無いことを確認し、中身を確認すると銀色の金属板が入っている。

 スマホを取り出し確認するまでもなく、この金属板は『牙』と同じ形状をしていた。


 あと3つ。

 どうやら先は長そうだ……。

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