第56話

 それにしても目を覆いたくなるほどの被害状況だ。


 日本でこそ夜間だったため、ダンジョン内での被害者数は限定的だったが、日中だった国々での、特に最前線に潜っていた探索者達に多くの死者が出ている。

 何しろ銃器類はおろか、物理的な攻撃手段がことごとく効かないモンスター達が突如、ダンジョン内に大量に出現したのだ。

 ざっと名前を挙げるだけでも、ゴーストに始まり、スペクター、レイスという、一切の実体を持たない種のモンスターである。

 攻撃が通用しないことに狼狽えている間に接敵……こうなると、あっという間にエナジードレイン(生命力や精気を吸われる攻撃)を受けて、せっかく上げた能力とともに、体力や活力を奪われ、ほぼ無力化される。

 無力化され身動きもままならない状態で、さらにエナジードレインを受け続ければ枯死してしまうし、他のモンスターに襲撃されて、幽霊どもに吸い付くされる前に最期を迎える者も多かったようだ。

 そうして死んだ探索者の身体は、ワイトという、これまたアンデッドモンスターが待ち構えていて、あっという間にマリオネットの様に操られて、敵側の戦列に加わってしまう。

 しかも、ワイトに操られた死体は、単なるゾンビとは違い、頭部が無くなろうが、手足が無くなろうが、胸や腹に大穴が開いていようが動くのだという。

 それのみならず、簡単な銃器や武器なら平然と操るし、必要なら走るし、跳ぶし、攻撃も避ける。

 簡単に言うならば、ワイトに操られた死体は、知能が人間並みで、驚異の耐久力をも兼ね備えたゾンビのような姿をした、しかし全くの別物……ということになるだろう。

 例えワイトの操り人形と化した死体を粉々にしたとしても、ワイト本体は倒せない。

 また別の死体に乗り移るまでの間は、単に幽体のまま活動し続けるだけだ。

 つまりワイトも本質的には、物理無効という結論になる。


 これらの貴重な情報は、命からがら逃げ帰った生存者によってもたらされた。

 彼らの精神状態は恐慌をきたしていることが多く、辛うじて情報をしっかりと話すことが出来た者も、探索者として復帰できるかどうかは、大変に疑わしいとのことだ。

 無理もない……オレ自身、そんなモンスターに出会でくわしたら、逃げることぐらいしか思い付かないだろう。

 さらに無事に逃走に成功したとしても、またダンジョンに行きたくなるだろうか?

 ……まずトラウマを抱えてしまうだろうし、再び死地に赴こうという気になれるとも思えない。

 兄にしても盛大に眉間にシワを寄せているし、妻も今まであまり見たことがないほど、深刻な表情を浮かべている。

 どうにかなりそうになったかと思えば、すぐにまたこれだ。

 昨日のオーガといい、夜中に起きたアンデッドモンスターの発生といい、だんだんと追い詰められていくような感覚に陥ってしまう。


 そんな中……やはり難しい顔をしていた父に、母が何やら小声で話し掛けているのが見えた。

 ここからだと聞こえないが、母を挟む位置に座っている父と兄は、何やら呆気に取られたような顔をしている。


「いや、そうか……あり得るのか」


 その時に父が漏らした声は、やけに大きく響いた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ……どうして、こうなった?


 今、オレは父と2人、いつも以上に走る車や歩く人の姿が無く、やけに閑散としている町内をウロウロと歩いている。


 いつものダンジョンに向かう道ではない。

 むしろ反対方向。

 昔から、この辺りに住んでいる人々の暮らす家がポツポツと立ち並ぶ道を、確固たる宛てもなく歩いているのだ。


 ゴブリンアーチャー、スライム、ワーラット、スライム、イビルバット……成果としては、これらを1体ずつ倒したぐらい。


 今はちょうど今日、何度目かの近くの寺に向かう道へと曲がったところだ。


 父はパッと見、いつもの装備に身を包んでいるが、手に持っているのは、槍ではなく棒だ。

 いわゆる、おはらい棒。

 正確には祓いぐしとか大麻おおぬさと呼ばれるモノで、神主や巫女が持つアレだ。

 木の棒から、白い独特の形状に切られ、そして折られた紙を、数えきれないほど下げているモノ。

 つまりゴースト(幽霊)が出たら、祓ってみようというわけである。

 駄目なら父を庇いながら、全力で逃走する手筈だ。

 無理なら無理で仕方がない。

 やれることは何でもやる必要がある。

 ……と、オレのスマホが鳴った。

 留守を守っている兄と妻の組に、何か有ったのだろうか?

 画面を見ると妻からの着信のようだ。

 急いでスマホを操作し、妻からの報告を受けることにしたのだが………


(嘘だろ……)


 今、妻からの連絡内容を端的に述べるならば要は……イケるらしい。


 頑張って練り歩いていた、父とオレの方ではなく、家に待機していた兄の方にゴーストが出現。

 兄の知り得る限り最も短文の祝詞のりとと、祓い串で祓われたゴーストは、見事にドロップアイテムを残して消え失せたというのだ。


 もちろん、成仏したとか、神上がりしたとか、天に召されたとか、そういう宗教じみた話ではない。

 恐らくだが、単純にゴーストの存在の要となる邪気(魔素)が祓われたことで、存在を保てなくなっただけだろう。

 つまりゴーストの弱点として、こうしたお祓いだとか、退魔とかの行為に弱いということが、この騒動を引き起こしている何者かによって、何らかの理由で設定されている……ということになってしまう。

 善意?

 いや、こんなものは悪意のたぐいだろう。

 攻略不可能なゲームは楽しくないとか、恐らく動機は、そんなもんだと思われる。

 人類もモンスターもダンジョンも、全てソイツの手のひらの上だとでも言いたげな意図が透けて見えるというものだ。

 スペクターやワイトなど、上位のアンデッドもコレで倒せるとか油断したら、手痛い反撃を受ける気さえする。


 まぁ、ゴーストは最下級の非実体系モンスターという位置付けなのだろうし……えーと、じゃあコレもイケるのかな?

 手元にある小さな皿(土器と書いて、かわらけと読む)に山と盛られた塩を見る。

 いや……まさかそんな、ねぇ?


 しかし、ウチの母と同様に、純粋な人というのは、世界中どこにでも居たようで……。


 この日の昼には、ゴーストの対応策は、徐々に報じられるようになっていた。


 もちろん効果の有った手段と、効果の無かった手段が、厳格にその成否によって明らかになったし、それと似て非なる話で、同じ手段でも、それを実行する者によって、また成否が異なったようだ。

 その諸々は、まぁ……諸々の事情が有って伏せておきたいが、真面目にやってる人と、そうでない人には、まぁ差が出ますよね……っていうお話みたいです。


 あとは……お清めの塩って凄いんだね、という話ぐらいだろうか。

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