第2章

第55話

 また……ダンジョンを取り巻く、この世界のルールが変わっていく。


 あまりに一方的かつ無慈悲な変更。


『それ』が行われたのは、オレ達が1人残らず就寝した後のことだった。


 このまま順調に強化をしていけば、少なくともこの辺りでは小康状態が保てる。

 ウチの一家に限らず、付近で被害が拡大していく前に、必ずどこかで歯止めを掛けることは出来るようになるだろう。

 もちろん新たな異変さえ起きなければ……だが。

 そうしたオレの思いは、オレが寝ている間にアッサリと裏切られていたのだ。


 多くの犠牲者を短期間に出し続けたがゆえの、葬儀……特に火葬の遅れ。


 いわゆる『戻り』モンスターの背擊がゆえ、ダンジョン内で非業の最期を遂げ、ついぞ回収されていなかった探索者だったむくろが発し続けていた無念。


 モンスターが現れるたび、暴れるたび、どんどんと世の中に浸透していく魔素。


 恐らくこれらの要素が重なり、ダンジョン内外にアンデッドモンスターが大量に発生したのは、その夜のことだった。


 20年間、今まで不思議なぐらい存在が確認出来なかったモンスター達。


 ゾンビ、スケルトン、ゴースト……。


 世界中に逸話が有ったり、それぞれの国の創作物でも慣れ親しまれていた超常の存在。

 ダンジョン発生以前から、ゴブリンやスライム並みに一般的な知名度を誇っていたのだし、むしろゴブリンを知らなくてもゾンビは知っているという人も居たぐらいだと思う。


 それらがダンジョン内にモンスターとして登場しないことに、初めのうちは皆が首をかしげていた。

 しかし、ダンジョンの探索が幾ら進んでいっても、アンデッドモンスターは現れる兆候すら無いのだ。

 そうなると……だんだん、世間では『そういうもの』として扱われるようになっていった。


 第一、ダンジョン自体が、我々の理解が及ばないモノである以上、勝手に『出現しない方がおかしい』などと言い続けるのは、それこそ不毛だと思われていった経緯もあるのだろう。

 もちろん一部には、こうした風潮にも怯まず、根強く反論を続ける者達もいた。

 例えば、デュラハンなどは亡霊騎士などと呼ばれることもあって、アンデッドモンスターの一種として扱われることもある。

 しかし、この世界のダンジョンに現れていたデュラハンは、実体を持つモンスターであることから、そうした意見もすぐに下火になってしまう。

 やはり、どこを探しても、ゴーストやスケルトン、ましてやゾンビすら出ないのでは、他のモンスターを、~はアンデッドだ……などと騒ぎ立てても、ちょっと説得力に欠いてしまうのは否定できない。


 ……日本で発見された、初めのアンデッドモンスターはゾンビだった。

 水元公園という東京都内の公園に住む男性が、襲われたのだという。

 男性は肩を噛まれてしまったが、何とか逃れて鉄パイプで応戦……見事、ゾンビの撃退には成功した。

 このゾンビは公園内に急遽設立された遺体安置所から抜け出して来たものと思われる。

 こうした場合、すっぽりと遺体を包むようなファスナー付きのカバーが掛けられるのが、通例ではあるのだが、モンスター災害が続発する今、とてもカバーの数が足りず、簡易的に布とビニールシートとに覆われていただけだったようだ。

 仮設とは言え、区役所から派遣された職員も安置所には詰めていたのだが、この時はたまたま、プレハブではあるが職員の仮眠・休憩用にと設けられた小屋に居て、難を逃れたのだという。

 ゾンビに襲われた男性は近くの病院に搬送されて、治療を受けているらしい。


 これを皮切りに、同様の安置所、病院の霊安室、斎場、寺院などから、遺体がゾンビ化したものが各地で人々を襲った。


 非常に厄介なことに、これらのゾンビはダンジョンに『戻る』ことを優先せず、とにかく近くにいる生者への襲撃をこそ優先し、時には家屋への侵入すら果たすという。

 これは他のスケルトンや、ゴーストなども同じで、この僅か6時間ほどの(オレ達が寝ていた)間に、世界中で失われた人命は恐らく、ダンジョン外にモンスターが発生し出した1日に出た犠牲者数に並ぶものになりそうだという。


 冷え込みも緩やかで天気も快晴……だというのに、朝のニュースでこのアンデッド災害を知った家族の顔は、皆一様に曇っていた。

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