ハムルビ #4

【残機 �】


【囚人No.0019・システム復旧率73.8%・脳の記憶パッケージ回復まで残り33秒・被験体、人格分裂の恐れ2.11%・心肺停止に伴う電磁パルスの乱れ全値異常無し・

システム修復完了まで、3、2、1、修復完了・尚、引き続き刑は執行されまままままままままままままままままままままままままままままままま】



【残機 ??鐔�鐔э秀鐔� エラーコード解析中】


 肌寒さから薄っすらと目を開けると、無機質なコンクリートが前方を覆っていた。

 むくり。

 両の手をついて上半身を起こすと、ゆっくりと首を右へ左へと回して周囲を見渡した。

 どうやら自分は立方体のコンクリートの中にいるようだ。天井からは裸電球がだらりと垂れ下がっており、儚げに部屋を照らしている。実に心許こころもと無い。

 裸電球から視線を外すと、影がちらりと動く気配がした。

「だ、誰だ」

 下も上も右も左もコンクリート。そんな中吊るし上げられている裸電球、そして、自分の背後、部屋の隅には鏡台がぽつりとあった。

 写り込む全裸の自分は酷く痩せこけている。顔が上手く見えず、近づいて見てみる。が、やはりぼやけるようで顔が認識できない。

 息をハッと吹きかけ、腕でぐいと擦り上げてみたが結果は変わらなかった。

「これは一体…………」

 瞬間、思い切り鈍器で頭を殴られたような痛みがオレの脳を震え上がらせた。同時に、先程まで見ていた『夢』が脳裏に蘇り始める。

「あ、あぁぁああ!!!」

 夢、じゃあない。夢じゃないぞ!!! オレは既に三度も『死』を、確かに経験している!!! 全部思い出した。刺されて、刺されて刺されて刺されて刺されて刺されて刺されて刺されて刺されて終いには頭がかち割れて──ここはオレの知っている現実か? いや、この閉鎖空間を見ても分かるだろう。現実味の無い鼠色の壁、壁、壁。それにこの顔だけを写さない鏡! 己の記憶をちゃんと辿るんだ。

 最初に経験した『死』は? この辺り、そうだ気が付くと倒れていて腰の辺りにナイフが刺さっていたんだ。

 次はどうだ? 一人暮らしだと思っていたら一階から母の呼び声がして、風呂場でシャワーを浴びた後正体不明の【ダレカ】がオレを襲った!

 今はいつだ? オレは今幾つだ? ここは一体どこなんだ!

 フル回転する脳。思考を重ねる程に浮かぶ疑問符。

 焦れば焦るほどに全身の汗腺が開き、じっとりとした汗が噴き出す。

 素手でコンクリートを思い切り何度も叩き、大声で助けを呼ぶ。しかし、誰かがいる気配どころか物音一つ聴こえてこない。

 扉らしきものはない正に密室。

──オレは一体どうなってしまうのだろうか。




数刻前

「おい、カナタ。ここエラー出てるぞ」

 冷たくなったコーヒーをすすりながらキョウジが眉間に皺を寄せている。

 折角温かい飲み物を持ってきても、この部屋に入れてしまうとオーバーヒート防止用のクーラーで直ぐに冷えてしまう。これは季節に関係なく稼働しているので、冬になるとこの部屋は極寒地帯へと豹変する。

 ここの機器は冷えていれば冷えているほどよく動く。

「どこにエラー出てるって? 今手が離せないから番号だけ言ってくれ」

 隣に座しているカナタはゴーグルを着けながら虚空をスワイプしている。どうやら作業中のようだ。

「お前まだそんな旧式使ってんのな。手上げてんの辛くない?」

 カナタは作業に集中しているようで返事がない。

 キョウジは半分ほど入っていたコーヒーを一気に飲み干すと「おかわり」と言って席を立った。

「キョウジ、どこにエラーが出てるのか言ってからにしてくれ。それと僕も欲しいから淹れてきてくれないか?」

「あー、ルームC-2に収容されてるコード0019だな。ここに入れられてからかれこれ三日と数時間、そりゃバグも出るよ」

 やれやれと言った仕草をするキョウジに「そうか、──」とカナタが返事をする。『そうか』といった直後も何かをボヤいているようだったがキョウジは気にも止めずに続けた。

「コーヒー、カナタは砂糖二本追加だっけ? 健康管理システムに則って飲まねぇと身体壊すぞ?」

 カナタは返事をしない。ひたすら虚空に指をスライドさせて独り言を息をするように口ずさんでいた。そんなカナタが滑稽に見えて、なんだか可笑しい。最近のシステムエンジニアは大概こんな感じだが、カナタの場合は特に独り言が重症だった。

「だぁー、もう! どうなってんだこれ!」

 文字通りお手上げと言ったポーズで固まったカナタは、自分の頭に装着していたゴーグルを雑に外した。

「あれ? キョウジもう淹れてきてくれたんだ。仕事が早いね」

 カナタがキョウジの方へ歩みを寄せた。

「いやいや、席立ってから二分もしてないぞ。カナタも向こうで温かいやつ飲もうぜ」

 キョウジは苦笑いしながら部屋の戸を押した。

 長い廊下を経て署内にあるコーヒーメーカーの前に辿り着いた二人は、腕のバンドを機器の前でかざした。

《承認しました。

 ナンバー0125、糖分が不足していますので適量加えさせて頂きます。

 ナンバー0167、カフェインの過剰摂取です。本日のコーヒーはこれを最後の一杯とする事をお勧めします》

 音声が流れ、間もなく二人分のコーヒーが注がれた。

 カップにはそれぞれナンバーが記載されており、カナタは0125をキョウジは0167と書かれたカップを手にした。

「カフェインの過剰摂取だってよ、久々に聞いたわ。カナタにはさっきああ言ったが、こいつちょいとお節介が過ぎねぇか?」

 キョウジが参ったといった様子で頭を掻いた。

「君はすぐここへ来る癖があるからね、以後控えたほうが良いんじゃない? 健康管理システムに則って」

 カナタは皮肉混じりにニタリと笑うと、「う、なんだこれ。苦すぎ」と啜ったコーヒーにいちゃもんをつけた。

「カナタは甘党すぎるんだよ、そんなに砂糖砂糖言ってるとあれになるぞ、あれ。なんだっけ、とーにょう? あ、糖尿とかいう病気になるぞ」

 ニヤニヤしながら言うキョウジにカナタはむっと眉間に皺を寄せると、ポケットからカードを取り出して足元の棚へと近付けた。間もなくカチリと音がして棚が開くと、カナタは手慣れた手付きで中にあったシュガースティックを二本取り出し、自分のコーヒーに投入した。

「うるさいなぁ。いつの時代の病気だよそれ、聞いたことないぞ……。あ、それよりさっきのエラーコードの話なんだけど」

「なんだよ、ブレイクタイムくらい仕事の話はよそうぜ」

「いや、あまり悠長には語ってられない。さっきのぱっと見でも、あれはフェーズⅣの兆候だと考えられるんだよね」

 キョウジはカナタを凝視したまま固まった。驚きが隠せておらず、口をあんぐりと開けている。

「おま、え? マジ?」

「大マジ。まぁ、うん。なんとかなるだろ」

「いやいやいやいや、コーヒー飲んでる場合かよ。とっとと原因探らねぇと」

 カナタは一切焦る様子を見せないので、キョウジはどこになんの自信を持ってこの男が余裕尺尺なのか理解ができなかった。

「このコーヒーだけ、飲ませて。キョウジの言う通りブレイクタイムに仕事の話は必要ないね」

 そう言ってカナタは微笑んだが、キョウジにはそれが酷く不気味に見えた。

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