ハムルビ #2-4

 次第に呼吸と心臓が落ち着きを取り戻し、この後はどう行動しようかと慮っていた刹那、

 

 ずぶり


 腹部に生じた奇妙な感覚に、考えが一瞬にして絶たれた。

「──────あ?」

 唐突に背中から腹部に渡って冷たい感覚が走ったかと思うと、その部分は途端に熱を持ち始めた。その熱が下半身にねっとりと纏わり付きながら脚全体に伝わってゆく。

 視線をゆっくりと落とすと、赤黒く鋭い突起物が腹部を貫通して小指の長さほど飛び出ていた。見覚えのある形状。それは間違いなく【ダレカ】が手にしていたサバイバル・ナイフの先端だった。

 刺された。そう理解した途端にオレの中で騒ぎ出す痛覚、張り裂けそうな激痛。

「あ、ああぁ。ぃ、いだあぁああぁぁあああぁ! あ、ごぼっ。うぶっ」

 大量の熱は食道を逆流すると口に溢れ返り、外へと漏れ出した。ぬらりとかる赤色は凶。なまぐささと鉄の味が口一杯に広がると、瞬く間に呼吸すらままならなくなっていった。

「がああ! ごがっ、ごぼっ」

 オレの叫びは赤い洪水に呑まれ、くぐもった音だけが周囲に霧散する。


 ずぶぶっ ずる ぬちゃ


 痛みに悶えながら腹を覆うように沼田中のたうち回っていると、腹を抉っていたナイフがずるりと一気に引き抜かれた。

「ぎぃ ゃあ あ ぁあ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 悲鳴は空間を割き、声にならない声が自分の耳をつんざく。辺りは真っ赤に染まり、臓腑は傷口からでろりとはみ出ていた。

 肉が、赤い涙を流し狂う。

 表現し難い痛みが全身を支配し、意図せず五体がビクビクと痙攣けいれんを引き起こす。

 オレは風呂場の真ん中でうつ伏せになりながら助けを求めるように空に手を伸ばす。しかし、伸ばした手は何にも届くことなく虚しく項垂れた。

 そんな苦に悶えるオレの体位を無理やり仰臥ぎょうが位にすると【ダレカ】が馬乗りになって言った。

「死ねよ」

「ごぼっ! なん、なんだよお前! オレが何したって、言うんだよ!」

 オレはボロボロと涙を零しながら訴え掛ける。涙が滲んで上手く相手の表情が読み取れ無い。

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