一章 十六話 無力でも

【無力でも】

 集中しろ、集中しろ、集中しろ。

 私は無力だ。わかっている。

 それでも、少し踏ん張れば彼を守れる力はあるはずなのだ。



「――」

獣たちの唸り声の中、ハクの淡々とした声が不思議なくらいよく響く。

「―― ―――!」

ハクの凛とした声に続いて強い光が現れ、それに続く響く獣たちの悲鳴に轟々と何かが燃える音。その後一拍空けて異臭と煙が漂い始める。


きっと曲がり角の先では、激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。

片手で口と鼻を覆ってただ待つことしかできない自分を恨めしく思う。

あのときハクと共に灯り探しを手伝えばなにかが変わっていたのだろうか。


そんな事を考えているうちに柔らかい風が吹いて煙が晴れ、ハクが曲がり角から顔を覗かせる。

「片付いたよ。焼き殺せば後で焼く手間が省けると思ったのだけれど……煙のことは考えていなくてすまない」

ハクが眉をひそめて言う。

戦闘も不思議な力を使うことにもなれていないハクにすべてを任せておいて、窒息するほどでもない煙で怒るだなんて考えもつかなかった。

「いや、大丈夫。それよりも怪我はない? と言ってもそのあたりの部屋にあるベッドからシーツをちぎって巻くことくらいしかできないけれど」

ハクは苦笑いしながら「大丈夫」と答えると、僕の空いている手をとって曲がり角の先に引っ張っていく。

角の先には三頭の狼のような獣が焼け死んでおり、そのうち一頭だけ身を開かれて中身を小さく切り分けられていた。肉の上にはご信用だと思われる短剣が置いてあり、ハクが護身用の短剣で切り分けたのだと察する。……ステーキのようで美味しそうだ。

「それ、少し食べてみてほしい。調味料はないから味はしないだろうけれど、お腹を満たすのには使えると思って」

そう言われて恐る恐るつまんで食べてみる。

味はなく焦げも目立つが、餓死を目前に控えていた体には病院食の何倍も魅力的に感じた。

「よかった。食べられるようだね」

次から次へと肉を口に運ぶぼくを見て、ハクは安心した様子で言う。

「じゃあ、食べながらでいいから少しだけ聞いてほしい」

「もう薄々気づいているかもしれないけれど、今後はこういった戦闘が頻繁に起きるようになるだろう。それはわたしたちが獣たちにとって餌であるというのもあるけれど、わたしが使うあの力が魔のモノを惹き寄せやすくさせるんだ」

目線を落として申し訳無さそうに言ったハクはその後に「ぼくが片付けるから今回みたいに隠れていてほしい」とでも続けそうで、ハクを守りたいぼくは慌てて強がって口を開く。

「なら、このナイフを借りてもいいかな?」

きょとんとした顔をするハクを横目に、獣を切るのに使用したのであろうナイフを手に取る。男のものとは思えないハクの細腕でも難なく扱える軽く小ぶりで作られたナイフは、病院暮らしの長いぼくにもよく馴染んだ

「……なぜ?」

「なぜって……灯りをつけてくれたときを見るに呪文みたいな言葉から力を発動させるまでの間は無防備になっていたから、その間のハクと自分の身くらいは守れるようにしたいなって」

ハクはじっとぼくの目を見つめる。

相変わらず脳をすべて覗かれていそうで目をそらしたくなるが、ここでそらしたら戦闘に参加させてもらえなくなりそうでじっと見つめ返す。

目線がしっかりあったのはおそらく数秒。体感は五分。

何を見られているのか気が気でなかったが、ふいっと目線を外したハクは無言で表情もなく床を数秒見つめてその後にちらりとぼくを見る。

「……あくまでも、護身というのなら」

苦い顔をして、苦虫を噛み潰したような歯切れの悪さで出された許可に口元がニヤけるのを感じる。

少しだけだとはいえ、ただ守られるだけではなくなったことに嬉しさを感じて自然と肉を口に運ぶ速度も上がる。


細かい模様が彫られた銀のナイフを眺めながら思う。

ぼくはこの迷宮を知らず、不思議な力も使えない。

それでも無力には無力なりのできることがある。

守りきれるだけの力は、おいおい身につけていけばいい。


……しかしこの肉、似たような味を過去にも食べたことがあるような気がするのだが、こんな味のない肉を食す機会なんてあっただろうか。

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