一章 十五話 逃れられない
【逃れられない】
人の匂いに、魔の匂い。
獣は餌を求めて、魔は新たな同族に会いにやってくる。
二人がそれを望もうが、望むまいが、出会いは必ず。
「止まって」
先刻の部屋から出て最初の曲がり角でハクはそっと立ち止まり、ぼくにも止まるよう合図を出す。
ハクの動きをよく見ると服の袖で灯りを隠そうとしており、曲がり角の先にいるなにかに気づかれないようにしていることが伺える。
「どうしたの?」
小声でハクに問いかける。
眉間にシワを寄せ睨むように曲がり角の先を見つめていたハクが、横目にちらりとぼくを見る。
鋭いままの目で見られて少しばかり肩が跳ねたが、その目には敵意も苛立ちもなく安堵する。
「こっち」
つぶやくように発せられた言葉と手招きに従いハクの隣に並ぶと、彼はささやくように言葉を発する。
「そっと曲がり角の先を覗いてみて。でも、それを見て声を発してはいけないよ」
「わかった」
自分に言い聞かせるようにそう返すと、促されるまま曲がり角の先を覗く。
「っ!」
覗いた瞬間、体中が小刻みに震え嫌な汗が吹き出す。思わず言葉を発したり奥歯がカチカチと鳴り出したりしそうで、慌てて口を抑える。
そんな有様を見たハクは、ぼくの背をさすりながら耳元でゆっくりささやく。
「君も知っているだろうけれど、ここは迷宮だ。迷路とは多くの別れ道と行き止まりがあるものだが、迷宮とはただの一本道でできているものだ」
ハクが一旦言葉を切る。ぼくはこの先に続く言葉も彼が言いたいこともわかっている。
それでも、足がすくむのだ。
もう一度、チラリと曲がり角の先を覗く。
灯りは隠しているため遠くまでは見えないが、見える範囲には先刻ぼくらを追いかけてきた獣たちの尾や毛が見える。
心を落ち着けようと目を閉じても、カチャカチャと獣たちの爪が石レンガでできた床の上を動き回る音が聞こえている。
……頭がおかしくなりそうだ。
獣たちを巻いたあと、灯りを手に入れることはできたが現状はそれ以外変化していない。
ぼくらは獣たちから逃れる術を持ち合わせていない。
「はあ」
隣でハクが呆れたように小さくため息を一つ吐くと子供に言い聞かせるように語りだす。
「確かに、先に進むのならここを通るほかないしぼくらの足は獣たちのそれにかなわない。でもね」
言葉を切ったハクはまっすぐとぼくを見てニッと笑って得意げに言う。
「逃げられないのなら、倒してしまえばいい」
以前一度見たきりのハクのやんちゃな少年のような物言いにハッとして手を伸ばすが時すでに遅く、ハクは一人踊るように獣の群れに飛び込んだ。
「安心したまえ、幸い数も少なく子供ばかりだ!」
廊下にハクの声が反響すると同時に、曲がり角の先から手に持ったランタンよりも強く大きな光が現れた。
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