一章 八話 遭遇


【遭遇】

 何者かが闇の中からじっとこちらを見つめている。

 暗闇で見る猫のように、ギラギラとした眼球だけが浮いている。

 それがもたらすは、福かはたまた災いか。


コツコツ、カツカツ。

早足な二人分の足音が、壁にぶつかり反響する。

この階層は先程と同じような作りであるものの、随分と質素な内装になっているようで部屋の大きさなどは同じはずなのに広く寂しく感じられた。

「上の階のほうが質素だなんて珍しいね」

思ったことをそのままハクに伝えると、ハクは一瞬、悩むように間を開けて「確かに」とつぶやくように答えた。

ゲームをよく遊んでいたぼくとは違って、こういったものには詳しくないのかもしれない。

「ぼくもあまり知識がある方じゃないんだけど、地位の高い人が地位の低い人よりも下の階にいることはあまりないんだよ」

「確かに。牢屋とかは地下にある事が多い気がするし」

簡単に付け加えた説明に対して、先ほどの悩むような間が嘘のように早くはっきりと帰ってきた言葉に少しだけ違和感を覚えたが、ぼくにはその正体を特定することができなかった。

違和感の正体を探し出そうとした次の瞬間に、ぼくたち以外の生き物が声を上げたからだ。


グルルル。

突如響いた、獣のようなうめき声。

慌ててうめき声の聞こえたほうを振り返ると、今まで喰らってきた生き物の血を凝縮しているかのような真紅の瞳と生肉どころか骨さえも容易に噛み砕いてしまいそうな鋭い牙だけが暗闇の中にぽっかりと浮いている。

「ちなみに、戦いに自信は? 」

「残念ながら。なにぶん戦いどころか病院暮らしが長いんだ」

ハクの問いかけに短く返す。

とてもじゃないがぼくの体力では戦えないし、ハクも真っ白な肌と骨に薄皮が乗った程度の体では戦いなどできやしないのだろう。


ズリ、小さく足引く。

強がって上げた広角も引きつって、大概に滑稽な姿になっていることだろう。

それでも構わない。

きっと彼には、はじめからぼくの足が震えていることも、この冒険に対する恐怖もお見通しなのだから。

「走ろう」

小さく深呼吸をしたあとに発した声は小さく、少しだけ震えていた。


「了解」

少しばかり嬉しそうに発せられた声に安堵する。

得体のしれない獣から逃げ切れる自信など毛頭ないし、逃げた結果がどうなろうと構わない。


ぼくはただ、この美しい人にふさわしくない結末を片端から排除するだけだ。

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