一章 七話 天使の階段

【天使の階段】

天使の翼を模したその階段は、苔の生えた石の通路の先に存在している。

それを駆け上がった先にあるものは、出口に繋がる道かはたまた冥界の入り口か。



タッタッタッタッタ

真っ暗な世界に、弱々しい光と二人分の足音だけが響いている。

それがなんとなく寂しく感じて、今度は足を止めずにすぐ後ろを走るハクに声を掛ける。

「君の探しものはどんなものなんだ?」

一人で探すよりも二人で探したほうが見つけやすいだろうと思って投げかけた質問は「内緒」と一言で流された。

ハクは聞いたことを何でも真面目に返してくれそうな印象だったから、その返答は意外だった。

しかしよくよく考えてみれば妥当な答えかもしれない。なぜなら、それを探してこんなところに来きているのだ。人に話せない事情の一つや二つはあるのだろう。


しばらく重い沈黙の中を歩いていると、ずっと同じ景色ばかりを照らしていたランタンがいつもとは違う色を照らしてみせた。

白だ。

もうはじめの三分の一の量になってしまったアルコールを揺らしながら、ランタンをその白に近づける。

ランタンが照らしたのは、上の階につながる螺旋階段。いつも一定間隔で現れるホールがあって、その壁に沿って真っ白な階段が取り付けているようだ。

色も相まって天使の翼を彷彿とさせる2つの階段は、どちらもすぐ上の階につながっており他の道はないようだ。

階段の足元からでは、ハクに出会ったときから更に弱くなった光で上の階を見ることは叶わなかった。


「上に行くか、この階をもう少し探索するか、どちらにしようか」

ハクが足を止めたぼくの隣まで来てそう問いかける。

ぼくに選択を任せるつもりのようだ。

「この先はもっと危険かもしれないし、この階層で油の半分を使ったとなると先が思いやられるな」

思わずため息を吐いて、一人ごちる。

それでも、止まるわけにはいかなかった。なぜならぼくが止まれば、ランタンを持たないハクは止まることしかできないのだから。


ハクは、ぼくをランタンの持ち主として進み方を一任してくれている。

ぼくが止まればハクも止まるだろうし、ぼくがハクにランタンを譲ると言ってもぼくと共に逝くと言うのだろう。

本人がそう言ったわけではないが、ぼくには確信めいた予感があった。


ぼくには、彼の命が重すぎたのだ。

「先に進もう。一度も行ったことのない方へ進んだほうが得るものがありそうだ」

ただ終わりを待つよりも得るものが多そうな方を選んだほうが得だ、などとよく言ったものだ。ぼくには、冒険に対する恐怖やゆっくりと首を絞められていくような恐怖に耐えられる力を持ちあわせていない。


それでも、こんなワガママで彼にすべてを諦めさせることなんてしたくないから。

少しだけ、ランタンを持つ手に力を込める。

ハクには聞こえないように、小さく深呼吸をして足を踏み出した。


つるりとした階段に足をかける。

鏡のように自分を映した白を見て、これが大理石というものなのだろうかと考えてみる。あいにくと学のないぼくが考えたところで答えは出てこないのだが。


ちらりと後ろを振り返る。

白にランタンの明かりが反射しているからか、ハクの顔がよく見える。

「どうしたの」

ハクはぼくが突然振り返ったことに理由があると思ったのか尋ねてくる。

小首をかしげる中性的な美人は、肌と髪と同色のこの場所がよく似合っている。

「なんでもないよ」

「そう」

ふむ。美人のために生きるのも、また乙なものかもしれない。

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