一章 六話 さがしもの

【さがしもの】

 「私の探しもの」。それは、失くしたわけでも在り処のわからないものでもない。

 「回収したいもの」という意味のみ、その言葉に当てはまるものだ。

 ただし回収できるかは私の技量次第。

 なぜならこの件は、人に話せるようなものではないのだから。



名前の話が一旦落ち着いて、再びカツカツといった二人分の足音だけが廊下に響き出した。

この廊下は夜の病院と比べて、足音がとても大きくなって返ってきていて不気味だ。

この大きくなって返ってくる音を『反響』と呼ぶことは知っているが、実際に体験したのはおそらく今回が初めてだ。一人でこの迷宮を歩いていたときは、ただがむしゃらに走っていたため気になることはなかったが、こう静かに歩いていると不安感に押しつぶされそうになる。


「そういえば」

ふと思い出したように言葉をこぼす。

「どうした?」

すぐに返ってきた返事を聞いて、ぼくに取り憑こうとしていた不安感が一息に霧散していく。改めて『さいごだけでも独りじゃなくて良かった』と痛感する。

論点がずれた。ぼくはハクについて知りたいのであって、すぐに霧散していく不安感や最期について考えたいわけではない。今更人にはどうしようもできないことを考えても、時間が無駄に過ぎていくだけだ。


小さく深呼吸をした後に口を開く。

「ハクはどうやってこの迷宮に迷い込んだんだ?」

これは小さな疑問。心の何処かにずっと残っていた小さな興味。

ハクと出会ったあのとき、ぼくはこれまでの経緯と現状を全部正直に話した。ハクもぼくと同じなら、黒紫の額の話をした際に反応があるはずだ。

興味深そうに、「にわかには信じがたい」と言いたげに眉をしかめながらも、理解しようとするあの時のハクの顔が脳裏に浮かぶ。

「ぼくと同じでないのなら、ハクはどうやってこんなところに迷い込んだのだろう」それはたしかに、ぼくがここに来た経緯を話している際にハクの表情を見て思ったことだ。

次に「ハクは一体どんな場所で生活していたのだろう」と。考えても考えても想像がつかず、それに対する興味は名前の話で一旦引っ込んでいたもののやはり興味があり、今回口からこぼれてしまったのだ。


「どうやって、と言われてもなぁ」

ハクはまた、眉尻を下げて困ったように笑う。相変わらずアイドル顔負けの美少年には不釣り合いの表情だ。

「回収しなきゃいけないものを探しに来たんだよ。と、いってもコクのような面白い迷い込み方をしたわけではないし、帰り道もこの迷宮についても知らないけれど」


「何を探しに?」「具体的にどんな方法で?」知りたいことはたくさんあって、「帰り道の参考になるかもしれない」とか知的なことは考えずただ興味のままに口を開こうとして、ハクから待ったがかかる。

「なぜ?」

素直な疑問は気分が一気に沈んだせいか、ぶっきらぼうな言葉になってこぼれだした。

「なぜって」

ハクは人差し指をぼくの手に向ける。

その指の指す先には、もう油が入っているのかわからないくらいのランタンが、薄ぼんやりと光を放っていた。

「少し走ろう。ここは迷宮なのだから、戻らず前に進み続ければ出口があるはずだ」

彼は「どうせ力尽きるなら惜しいところまで行きたいだろう?」とでも言いたげに、口角を上げて小首をかしげた。


「仕方ない。せっかくだから、昔話は脱出してからのお楽しみにしよう」


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