一章 四話 出会い
【出会い】
「あなたとの出会いに感謝を」。
この心からの感謝を伝えることができる日は、もう二度と。
走る。
出口らしき扉など、未だ一度も見ていない。
走る。
扉は廊下の両脇に一定間隔で並ぶものだけ。それらはどれを開けても同じような設計で、くまなく見ても本と机とベッド以外は置いていない。ランタンも、アルコールも、ぼく以外の生き物も存在しない。
走る。
ピチャ
アルコールが揺れる。あとどれだけ持つかわからない。
走る。
今後足が動かなくなろうと、今この時だけは。この迷宮から脱出するときまでは、走り続けなくてはいけない。
走る。
ホールに出たらすばやく道がある方向を探して曲がる。
ドスッ、カシャン。
何かにぶつかり、尻餅をつく。
ぶつかった相手も尻餅をついていたようで、相手が履いているブーツがぼくのランタンに照らされていた。
「あぁ、びっくりした。まさかあんなスピードで曲がってくるとは」
相手は、最初だけ心底驚いたように気の抜けた声を出したが、最後にはおどけたように笑う。
眉尻を下げて薄笑いを浮かべるその人に多少の苛立ちを覚える。
「スピードを落とさず曲がったのは、ぼくが悪いけど。今までずっと誰にも出会わなかったし、ランタンのアルコールももう半分しか残っていないんだ。いるかもわからない人とぶつかる心配まではしてられないよ」
ふと、考える。
どこまでも続く廊下は相変わらず真っ暗で、ぼくの手にあるランタンの周りだけが夕日色の明かりに照らされていた。
「ねぇ、君もこんな真っ暗な中を歩いていたんだろう?君のランタンは――」
ぼくが話し終わるのを待たずに、目の前の彼は壁の方に顔を向ける。
彼の目線の先には、ガラス部分が割れてアルコールを床に撒き散らすランタンがあった。ぼくとぶつかった際に落としてしまったようだ。
「見ての通り、わたしのランタンは使いようもないくらいに壊れてしまったようだ。このままでは出口どころか、ベッドに入ることもできないだろうね」
この環境において一番の緊急事態であるのに、彼はなんてこともないように肩をすくめてそう言った。
彼は、このままでは死んでしまうのだろう。
ランタンを持たない人が、窓の一つもないこの迷宮から脱出できる訳がない。
加えて、ここはどこを探しても食料がないのだ。長期戦ほど苦しく希望のない道はないだろう。
そう思ったとき、目の前の彼がそれらをよく理解したうえで微笑んでいるのではないかとおもった。
ぼくのランタンはもう長くはもたない。
ぼくが急いだせいで自分だけでなく他の人の未来も奪ってしまったことを理解すると、心臓を握られたような痛みと苦しさが襲った。
「それ故に、」
目の前の彼が、眉を下げたまま申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
その後に続く言葉を察してしまって、彼の望む言葉を返してあげることができない自分を呪った。
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