一章 二話 始まる

【始まる】

役者は未だ足りない。

しかし、最低限必要な要素は今ここに、この城に集まった。

たくさん用意した歯車が、ようやく廻りだす。



はく、本当にこれで良いのだな?」

きらびやかで美しい、王の間と呼ぶにふさわしいその部屋は薄暗く騎士も侍女も居ない。在るのは玉座に腰掛け、いささか不服そうな口ぶりで問いかける美しい王。

「はい。ここまでしていただきありがとうございます。根も葉もない噂話も、信じてみるものですね」

と、それに答える先日『魄』という名を授かった子供。

彼ら以外誰も居ないこの広い王の間に、二人の会話だけが響いている。

「ところで、なぜまたあの小世界と同じ間を?」

魄が問う。

「この城はもとよりあの小世界にあったものだ。魄も慣れぬことをするのだから、はじめだけでも見知った場所のほうが良かろう」

さも当然であるかのような口ぶりで王は答える。もとより己が無理を通して創られた世界で、そのような気遣いまでしてもらえるとは思ってもみなかった魄は表情が乏しいながらも動揺するが、王は見て見ぬふりをしてランタンを投げ渡す。

「それは我の光を入れたランタンだ。燃料はいらず、それこそ我が死んだりしない限り永遠に道を照らすことができよう。この部屋こそ最小限の明かりをつけて入るが、ここを出れば真っ暗だ。足元にだけは十分注意するが良い」

「あ、ありがとうございます」

「かまわぬ。そも、人に光を与える行為は我の権能である。加えて近い意味を持つ導きの行為もまた、我の権能である。ランタンから出る光の粒が行く方向に進むが良い」

魄は珍しく饒舌な王に動揺しているようで目をパチクリとさせながら再び礼を言うと、玉座の反対側、長く真っ赤な絨毯の先にある重い扉に向かって歩き出した。


「それでは、失礼します」

両開きの大扉の前で振り返った魄がそう口にすると、深くお辞儀をして扉に手をかける。

ギィ

大きな音を立てて、大きな両開きの戸が片方だけ小さく開く。

「ああ、せいぜい悔いのないように生きよ。我にはもう、それしか言えぬ」

魄はなにも答えない。なにも語らぬまま扉の先へ、真っ暗な廊下に溶けていった。



コツ、コツ、コツ。

真っ暗で不気味な螺旋階段を、小気味よい足音とともに暖かな光が歩いている。その足取りに迷いはなく軽やかで、向かう先にあるものを楽しみにしていることが見て取れる。

この人気のない城の中で、一体どこへ行こうというのだろう。私はただ、じっと暗闇の中から少年を観察する。

少年の行き先はこの塔の外ではない。なぜならば、この塔の外へ出ることができる唯一の戸を何の迷いもなく通り過ぎたからだ。

少年の行く先は、この塔の地下である。なぜならば、少年はこの塔の最上階から現れ、この塔唯一の出入り口を通り過ぎたからである。

それより下には、謎の多い地下以外に部屋の一つも存在しない。


少年は、中央に支柱が存在しない螺旋階段をタンタンと降りていく。

私はあとに続くように小さな窓から塔へ入り込み、少年の後をつけていく。

心中で改めてこの城が真っ暗だということに感謝する。ここまで暗いと、同じくらいに真っ黒な己が見つかることはないだろう。

羽ばたく音も聞こえないように、慎重に進む。


カツーンカツーン

窓は徐々に減っていき、足音の響き方も変わってきた。少年はもう地下に入っているのだろう。

後は部屋の戸がある高さまで降りるだけだ。


ふと、ずっと一定の間隔で聴こえていた足音が止む。

かなり離れた場所を飛んでいた私は、慎重に少年との距離を詰める。


少年が持つ光の先にあったものは、重厚な両開きの扉。

少年はランタンを置いて両の手で片方のノブを掴むと、全体重をかけて引く。そのさまは、聞き分けの悪い犬のリードを引っ張る子供のようでたいへん微笑ましい。できることなら私の力も貸してやりたいところだが、己のようなただのカラスでは何の役にもたたないだろう。

諦めて見守る。

ギィィイ

大きな音とホコリをたてて重い扉が小さく開く。

それ以上はなかなか開かないようで、少年はしばらく奮闘した後に狭い隙間に身を滑り込ませるように地下室に入っていった。

ギィ

眼の前でもともと少ししか開いていなかった戸が閉まる。

先程までほんの少しではあるもののあったはずの隙間は、今はもう存在しない。

開けなかった方の戸と比べて浮いているところを見るに閉まりきってはいないようだが、カラスの小さな足で開けることは不可能だろう。


諦めて地上に向かって羽ばたく。

あの扉の先にあるものは……彼が出てきた際に確かめるとしよう。

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