一章 一話 迷宮

【迷宮】

 少年は、この世界が少年のために作られたことを知らない。

 彼の願いがそのままこの世界を形作ることも、知らない。



困った。

ぼくはどうやら巨大な迷宮の中にいるようで、あの部屋から出てからずっと同じ風景の中を彷徨っている。稀に分かれ道にでる事もあるけれど、そのたびに違う方向へ曲がっても同じ風景が続いている。

目印になりそうなものなどどこにもない。同じ廊下に、同じホール。その二種が交互に存在しているだけだった。

早く出口を見つけたい。せめて違う景色を見たい。

しかし、この廊下は同じ場所をぐるぐる回っているかのように、同じ景色が続くばかり。


本当に、ただの迷宮なのだ。


目をそらしたい事実が、ぼくに現実を叩きつけようとしている。

これが、もし仮にギリシャ神話に出てくるラビリンスのようなものだとしたら?


ギリシャ神話に名高きラビリンス。

そこには、ミノス王の子である半人半牛の怪物が住んでおり、迷い込んだ者や生贄として放り込まれた者を糧に生活していた。

伝承上かの迷宮を攻略した者は存在するが、その者は迷宮に足を踏み入れた時から糸玉を転がしていた。

つまりは、童話の兄妹と同じ。

ぼくはここの入り口を知らなければ脱出することはできないし、そも目印にできるものも持っていない。


その上、ここにはかの怪物や魔女のようなものが、いるのかもしれないのだ。


ヒュッと、息を飲む。

手足が震える。

手に持ったランタンの火が頼りなく揺れて、中にあるアルコールがトプリと音を立てた。

ゆっくり、ぎこちない動きで左手に持ったそれを見ると、小さな明かりと今はいっぱい入っているアルコールが見えた。


冷や汗がつたう。

もし、こんなところで火がなくなってしまったら、真っ暗闇の中で死を待つことしかできない。

せめて、最初の部屋に戻らなくては。

生き延びたところで、それを喜んでくれる家族なんていない。やりたいことどころか、今までずっと、生きる価値を見出せていない。


――でも、こんなところで独り虚しく死ぬのは癪だから。


進もう。

どこかに必ず、出口はあるはずだから。 

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