序章 五話 夢

【夢】

 ムズムズとした、料理に入った大きめの野菜をそのまま飲み込んでしまった時のような不快感。

 彼が本能的に思い出そうとしていることの全てを、否定しなくてはならないということに、気づきたくはなかった。




また、目を覚ました。生きている。

あの日のように、誰もいない朝。

なにもない、朝?


寝心地は変わらない。

あの日のような暖かなベッド。

すべてが終わったあの日の、翌朝のような。

でも今日は、目を塞ぎたくなるような、目に突き刺さる青空も。頰を凍らせる、矢のような冷たい風もない



気になって、起き上がってみる。

バサッと、音を立てて温もりが消える。

街の光は入ってこないし、ベッドも暖かい。環境の良い深夜の病院みたいで、「ここはどんなところなのだろう」と想像が止まらない。

ベッドが病院の倍ふわふわしているから、お城にいるのかもしれない、とか。灯りをつけて部屋を見渡せば見たこともない本や植物がたくさんあって、でもなぜか自分は使い方がわかっていた、とか。

どうしても気になってしまって、それでも想像と全く違う面白みに欠けるところだと嫌だから、このままここに居たくなったりして。


そんな葛藤を脳内で繰り広げていた時に、昔一人でいろんなところに探索していたことを思い出してしまったら、もう歩き出さずには居られなくなった。



手探りでベッドの端を探して、降りる。

父曰く物心がつく前から一人で探検していたらしい俺は、少ない明かりでも不自由なく生活できるが、ここまで真っ暗だと不便でやってられない。


手の感触だけを頼りに明かりを探すこと体感三十分。おそらく実際は五分程度。

部屋の壁をいくら伝っても明かりをつけるスイッチは見つからなかったが、最初のベッドのすぐ隣にあったチェストの上にランプがあった。

同じくチェストの上に水差しとマッチ箱もあったので、手元やランプの構造も見えない恐怖心からチェストに火をつけてしまうことがないようにそっとマッチ棒を一本取り出して――


ボッ

暗闇に突然太陽が現れた。

本来太陽はゆっくりと暗闇を明るくしているのに、この火ときたら真夏の正午のような明るさで暗闇に現れた。

思わず目を瞑ってしまった目をなんとか開けた頃にはぼくの指先にまで火がついてしまいそうになっており、慌てて水差しに入れる。

二度目にようやくランプに火をつけることに成功し、そっとランプの蓋を閉める。


はぁ。

手で顔を覆いながらベッドを背もたれにして座り込む。

数年分の寿命を消費した気がする。

もうこれだけで疲れたからといって、このランプをつけたまま寝るわけにもいかないわけで。その上、今ランプに入っているアルコールが切れる前に追加を探さなくては、一生ここがどこかもわからぬまま閉じ込められることになってしまってもおかしくない。

俺はバンッと手のひらがじんわりと赤くなってヒリヒリとした痛みを感じるくらいの勢いで床を叩き立ち上がると、ランプを持って外へ出た。


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